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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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第5話 陛下のお手を煩わせるほどではありません

書き直し消去予定


《王都防衛結界の残存時間――二十三時間二十八分》


 旧統治室の中央に浮かぶ数字は、今も減り続けていた。


 俺は管理画面に並ぶ二十一万を超える国家施設を、消費魔力の多い順に表示させた。


 一番上にあるのは、地球とアステリアを繋ぐ世界間転移門。


 次が王都上空を飛ぶ大型防衛艦。


 その下には、各都市の転移門や浄水施設、医療院、農業用魔導炉が続いている。


 国民の生活を支える施設ばかりだった。


 これらを止めれば、中央結界へ魔力を回せる。


 だが、三億人の生活を犠牲にして得られるのは、一年程度の猶予にすぎない。


「生活に影響しない施設だけを表示できないか」


 俺が管理画面へ触れると、新しい条件が現れた。


《優先度の低い施設を抽出》


《抽出条件を選択してください》


《生命維持への影響なし》


《軍事への影響なし》


《産業への影響なし》


《行政への影響なし》


 すべてを選択する。


 該当する施設は、それでも一万八千件以上あった。


「多すぎるだろ」


 施設名を確認していく。


《建国王帰還祈念大灯台》


《建国王降臨祭用広域投影装置》


《第一王宮庭園・常春維持結界》


《建国王像自動洗浄設備》


《建国王生誕推定日記念噴水》


 途中から、嫌な予感がした。


「セレフィナ」


「はい」


「建国王の名前がついた施設が、やたら多いんだけど」


 セレフィナが僅かに視線を逸らした。


「国民の心を一つにするため、必要な施設でございます」


「俺の巨大な顔を空に映す装置も?」


「年に一度しか使用しておりません」


「年に一度でも使ってるのか」


 リゼルは当然のような顔をしている。


 ノアは管理画面へ表示された施設を見上げ、小さく首を傾げた。


「陛下御帰還後は、投影装置の増設を予定しております」


「増やすな」


 俺がいない三百年間。


 アステリアには、俺が知りたくなかった文化まで生まれていたらしい。


 建国王関連の施設だけを選択する。


 八千七百二十一件。


「これを全部止めたら、どれくらい魔力が浮く」


 ノアが空中へ計算式を展開する。


「中央結界の現在消費量、その約六・二パーセントです」


「全部停止」


「陛下」


 セレフィナが一歩前へ出た。


「帰還祭を目前に、関連施設を一斉停止するのは、国民感情への影響が」


「三日後には祭りどころじゃないだろ」


「既に帰還祭は本日より開始されております」


「いつ決まったんだ」


「陛下が門を越えられた瞬間です」


 王都が滅びかけているというのに、俺の帰還を祝う祭りが始まっている。


 止めなければ、国民は避難準備をしながら祭りまで行いかねない。


「帰還祭も中止」


 今度は、リゼルまで動揺した。


「陛下。三百年間待ち続けた民にとって、今日は」


「分かってる」


 楽しみにしていた者がいることも。


 俺の帰還を喜んでくれていることも。


 それを否定したいわけではない。


「結界を直してから、改めてやればいい」


 リゼルが顔を上げる。


「俺はもう消えない。今日できなければ、明日でも来月でもいい。国中が落ち着いてから、みんなでやろう」


 それでもリゼルは何かを言おうとした。


 だが、セレフィナが彼女の肩へ手を置く。


「陛下の仰せの通りです」


 セレフィナは俺へ向き直り、深く頭を下げた。


「帰還祭を延期し、関連施設を停止いたします」


 管理画面へ承認表示が浮かぶ。


《八千七百二十一施設を一括停止しますか》


《停止による結界延命予測――一時間三十二分》


 たった一時間半。


 それでも、今は必要だった。


 実行を選択する。


 王都の外から、低い音が響いた。


 空を照らしていた光が一つずつ消えていく。


 城の窓から見えていた巨大な俺の像も、途中まで浮かび上がったところで消滅した。


 本当に映していたらしい。


《王都防衛結界の残存時間――二十四時間五十九分》


「次だ」


 不要な施設を、更に絞り込む。


 貴族の別邸。


 使用されていない旧軍事拠点。


 廃止された街道の照明。


 運行していない転移路線。


 登録だけ残り、何十年も使用されていない施設が大量に見つかった。


「これ、誰も整理してなかったのか」


「各地方へ管理を任せております」


 セレフィナの答えを聞きながら、画面を確認する。


 個別に見れば微量でも、数が多い。


 使用者がいないのに、維持だけ続けている施設もあった。


 ゲーム時代にも似たようなことがあった。


 昔作った建物を忘れ、毎日少しずつ維持費を取られる。


 一つなら問題にならない。


 だが、国が大きくなるほど、その無駄は積み重なる。


「過去一年間、使用記録のない施設を全部出してくれ」


《該当施設――三万四千八百二十二件》


「生命維持と災害用の予備施設を除外」


《該当施設――二万一千四百九十六件》


「停止した場合の影響は?」


《軽微》


「全部止める」


 セレフィナが口を開きかけたが、今度は何も言わなかった。


 承認する。


《結界延命予測――四時間十一分》


《王都防衛結界の残存時間――二十九時間九分》


 残り時間が増えた。


 まだ一日と少ししかない。


 それでも、方向は間違っていない。


「次は、稼働効率が低い施設だ」


 古い設備。


 同じ役割を持つ施設が近隣に複数ある場所。


 過剰な出力で動いている魔導炉。


 一つずつ洗い出す。


 ノアが俺の操作を見ながら、空中へ新しい計算式を並べていく。


「この浄水施設は出力を三割下げても、供給量を維持できます」


「下げてくれ」


「東部第三医療院は、隣接する二院へ患者を移せば一時停止可能です」


「患者を移してから停止。急がせるな」


「南部転移門は利用者が多いです」


「避難に使う可能性がある。残す」


 最初は俺の指示を待っていた三人も、次第に自分たちから意見を出すようになった。


 セレフィナは各地域の人口と行政への影響を確認する。


 ノアは設備の効率を計算し、代替施設を探す。


 リゼルは侵蝕体が現れた場合に必要となる防衛設備を選別する。


 俺一人では、今のアステリアを判断できない。


 けれど、三人がいれば、それぞれの情報を合わせられる。


《王都防衛結界の残存時間――四十一時間三十三分》


 二時間近く作業を続けた結果、残り時間を十七時間ほど増やすことができた。


 だが、管理画面に表示された時計を見ると、地球側の時刻は午前四時を過ぎている。


 明日の朝ではない。


 もう今日の朝だった。


「一度、地球へ戻る」


 リゼルがすぐに反応した。


「お供いたします」


「いや、俺一人でいい」


「お一人にはできません」


「俺は仕事へ行くんだぞ」


「その仕事場を確認する必要がございます」


「必要ない」


 リゼルは納得していない。


 だが、銀色の髪に白銀の鎧、長剣まで下げた女性を会社へ連れていくわけにはいかなかった。


「こちらの世界では、武装した人間を連れて会社へ行く方が問題になる」


「では、武装を解除いたします」


「そういう問題でもない」


「衣服を変更することも可能です」


 そこまでして来るつもりらしい。


 リゼルなら、会社の入口で止められても俺の護衛だと堂々と名乗る。


 そして社員たちを危険人物と判断し、全員の行動を監視する。


 想像するだけで頭が痛くなった。


「門の維持もある。今はこっちにいてくれ」


 俺がそう言うと、リゼルはようやく引き下がった。


「必ず、お戻りください」


「門がある限り逃げないと言っただろ」


「承知しております。それでも、申し上げずにはいられません」


 七年前。


 俺は何も知らず、彼らの前から消えた。


 リゼルが不安になるのも無理はない。


「仕事が終わったら戻る。何かあれば指輪で連絡できないか試してみる」


「御意」


 俺は旧統治室を出て、転移室へ戻った。


 既に一万二千人の姿はない。


 それぞれが避難準備や施設停止のため、持ち場へ戻ったらしい。


 門の前には、数人の騎士と文官だけが残っている。


 光の境界を越える。


 石造りの転移室から、見慣れた六畳の居間へ。


 一歩で世界が切り替わった。


 地球側の部屋は、俺が出た時とほとんど変わっていない。


 テーブル。


 ソファ。


 途中で止まったままの電子レンジ。


 冷めきったコンビニ弁当。


 ただ一つ。


 テーブルの上に並べていたはずの社員証と賃貸契約書が、少しだけ動いていた。


「誰か入ったのか?」


 門の向こうへ尋ねても、リゼルたちは既に旧統治室へ戻っている。


 警備に残っていた騎士は、何も知らないようだった。


 空き巣なら、もっと価値のあるものを持っていく。


 そもそも玄関の鍵も閉まっている。


 気のせいだと思うことにした。


 時計を見る。


 午前四時二十二分。


 今から寝ても、二時間ほどしか眠れない。


 会社を休むことも考えたが、急に休むには連絡が必要だった。


 スマートフォンを手に取る。


 着信が十二件。


 すべて同じ番号だった。


 知らない携帯番号。


 こんな時間に何度も電話をかけてくる相手に心当たりはない。


 留守番電話が一件入っていた。


 再生する。


『夜分に申し訳ございません。株式会社東栄システムズ代表取締役の大崎です。如月君の件で、至急確認したいことがあります。朝になりましたら、必ず連絡をください』


 会社の社長だった。


 俺は社長と直接話したことなど、一度もない。


 社員数三百人ほどの会社だ。


 廊下ですれ違ったことはあるが、向こうは俺の名前すら知らないと思っていた。


「何で社長が俺の番号を知ってるんだ」


 着信履歴を確認する。


 別の番号からも三件入っていた。


 こちらには、文字で伝言が残されている。


『如月様。お住まいの物件を管理しております中央住宅管理です。建物の所有権に関して、確認したいことがございます』


 今度は管理会社。


 建物の所有権。


 家賃の滞納はない。


 契約更新もまだ先だ。


 不安になりながら次の通知を確認する。


 知らない市外局番。


 更に、非通知着信が二件。


 その直後、スマートフォンが震えた。


 また知らない番号だった。


 少し迷ってから通話ボタンを押す。


「はい、如月です」


『早朝に失礼いたします』


 落ち着いた男性の声だった。


『私、外務省の者です』


「……外務省?」


『如月蓮様でお間違いございませんか』


「そうですけど」


『アステリア王国を名乗る方々より、我が国との正式な外交関係樹立を求める国書が届けられております』


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


「国書?」


『はい。先方は、如月様を同国の国家元首であり、建国王であると説明しております』


 頭の中に、セレフィナの穏やかな笑顔が浮かんだ。


 会社を確認していた視線。


 賃貸契約書を見ていた目。


 地球側に必要な交渉相手は、国と電力会社だと話した時の返事。


 承知いたしました。


 あれは単に理解したという意味ではなかったらしい。


「その人たちは今、どこにいるんですか」


『現在は、身元と安全性を確認した上で、都内の施設にてお話を伺っております』


「何人です?」


『外務使節を名乗る方が三名。それとは別に、護衛役と思われる方が十二名です』


「十五人も?」


 現実世界へ渡る者は、俺の許可を得ること。


 確かにそう命令した。


 だが、彼らは世界間転移門を越えたわけではないのかもしれない。


 ノアなら、分身体や投影体のような魔法を作っていてもおかしくない。


 命令の言葉を、ぎりぎり破らない方法で動いたのだろう。


 悪意はない。


 むしろ、俺が結界の問題へ集中できるよう、自分たちだけで交渉を始めた。


 有能だった。


 有能すぎて困る。


『如月様にも、先方の主張について確認させていただきたいのですが』


「少し待ってください」


 通話を保留にし、光の門へ振り返る。


「セレフィナ!」


 王城側から返事はない。


 旧統治室まで戻っているのなら、声は届かない。


 指輪へ意識を向ける。


 赤い光が浮かび、新しい項目が表示された。


《臣下通信》


《宰相セレフィナ・アルシェリア》


 名前に触れる。


 数秒後、指輪の上へセレフィナの姿が浮かび上がった。


 彼女は旧統治室にいるらしい。


『いかがなさいましたか、陛下』


「外務省から電話が来てる」


『予想より早い対応でございます』


「お前たち、何をした」


『こちらの世界を統治する組織へ、正式な国書を提出いたしました』


「俺に何も言わずに?」


 セレフィナは不思議そうに首を傾げた。


『陛下は、地球側の発電施設を利用するには国家との交渉が必要であると仰せでした』


「言ったけど、今すぐ使者を送れとは言ってない」


『王都防衛結界の残存時間は、四十二時間を切っております』


 言い返せなかった。


 必要な行動ではある。


 しかも、俺が一から外務省へ説明しようとしても、まともに取り合ってもらえたか分からない。


 彼らは国書と使節団を送り、既に話を聞いてもらえる段階まで進めている。


「会社と大家にも、誰かを送ったのか」


『はい』


「何のために」


『陛下の置かれている環境を確認するためでございます』


「確認だけだよな」


 一瞬。


 本当に一瞬だけ、セレフィナの返答が遅れた。


『現在のところは』


「現在のところって何だ」


『陛下のお手を煩わせるほどのことではございません』


 その言葉を聞いた瞬間、背中に冷たいものが走った。


「詳しく話せ」


『雇用先には、国家元首を就労させるに至った経緯と、現在の待遇について確認を求めました』


「ただの会社員として入社しただけだ」


『住居の所有者には、建物の譲渡が可能か問い合わせております』


「何で買おうとしてるんだ」


『陛下の居城としては手狭ですが、門を維持するため、周辺地域の確保が必要となります』


「まだ買うなよ」


『既に購入額を提示しております』


 頭が痛い。


「いくら」


『土地と建物の評価額に、迷惑料を加えた額です』


「具体的には?」


『金貨換算で二百四十万枚ほどでございます』


「地球の金額で言ってくれ」


『現時点の相場では、およそ百八十億円です』


「高すぎるだろ!」


 思わず叫んだ。


 隣の部屋から、また壁を叩かれる。


 電話の向こうにいる外務省の担当者にも聞こえたはずだ。


 俺は声を抑えた。


「普通のマンション一棟に百八十億も出すな」


『陛下がお住まいです』


「俺が住んでいても値段は変わらない」


『我が国においては、陛下が一夜を過ごされた場所は国家史跡となります』


「ここは日本だ」


『その点につきましても、所有者との協議が必要かと存じます』


 セレフィナは悪びれていない。


 彼女の中では、すべて筋の通った行動なのだろう。


 会社へ確認する。


 住居を確保する。


 政府との交渉窓口を作る。


 地球側から電力を得るためにも、どれも必要なことではある。


 だが、順番と規模がおかしい。


「とにかく、俺が行くまで新しい契約はするな」


『かしこまりました』


「使節団にも、勝手に話を進めすぎないよう伝えてくれ」


『既に大枠での合意を目指すよう命じております』


「止めろ」


『御意』


 指輪の通信を切る。


 保留にしていた電話へ戻った。


「お待たせしました」


『いえ。何か問題がございましたか』


「問題しかありません」


 俺は深く息を吐いた。


「その使節団と、話をさせてください」


『承知いたしました。なお、先方より如月様の移動には国賓相当の警護を求める要請が出ております』


「普通に行きます」


『しかし』


「電車で行きます」


『先方は、建国王を公共交通機関へ乗せることは国威に関わると』


「本人がいいと言ってるんです」


 電話の向こうで、担当者が言葉に詰まった。


 時計は午前四時四十分。


 会社の始業まで、あと四時間もない。


 結界の残り時間は四十二時間を切っている。


 会社の社長。


 管理会社。


 外務省。


 三か所から連絡が来ている。


 今日、普通に出勤できるとは思えなかった。


 スマートフォンがもう一度震える。


 今度は会社の上司からだった。


『如月、今どこにいる。朝一番で社長室へ来てくれ。海外の王国を名乗る人たちが、お前を返してほしいと言ってきている』


 返してほしい。


 どうやら俺は、会社に雇われている社員ではなく、異国に拘束されている国家元首として扱われ始めているらしい。


 サービス終了したゲーム世界の元部下たちは、俺が眠る時間すら与えず、現実世界を動かし始めていた。


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