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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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第4話 領主権限を、現実で使う

書き直し消去予定


《王都防衛結界の残存時間――二十三時間五十九分》


 数字は止まらない。


 二十三時間五十八分。


 二十三時間五十七分。


 指輪の上に浮かぶ赤い文字が、一分ごとに王都の終わりへ近づいていく。


 俺が門を越える前までは、七十一時間残っていた。


 それが、アステリアへ戻っただけで二十四時間を切った。


「どういうことだ」


 俺の声に、ノアが空を見上げた。


 王都を覆う半透明の結界。


 その更に向こう側にある黒い亀裂。


 亀裂の奥で開いた巨大な目が、まっすぐこちらを見ている。


「大裂界が、陛下を認識したものと思われます」


「俺を認識したから、結界の消耗が増えたのか」


「それだけではございません」


 ノアが杖を振る。


 空中へ何枚もの光る板が浮かび、王都の結界を示す図が表示された。


 青く描かれていた外周が、見る間に赤へ変わっていく。


「大裂界から流入する侵蝕力が、先ほどまでの三倍以上に増加しております」


「原因は俺か」


「可能性は高いかと」


 リゼルが剣の柄へ手を伸ばした。


 その視線は空にある巨大な目へ向いている。


「陛下を狙っているのであれば、私が」


「剣でどうにかできる相手なのか」


 リゼルの手が止まる。


「分かりません」


「なら、今は動くな」


「しかし」


「命を粗末にするなと言ったばかりだ」


 リゼルは悔しそうに唇を噛んだ。


 空の向こう側にいるものが、何なのかは分からない。


 ただ、こちらを見ている。


 三百年前。


 ゲームの中で俺が領主だった頃には存在しなかったもの。


 俺が消えたあとに生まれ、百年以上もアステリアを脅かし続けてきた敵。


 そいつが、俺の帰還を待っていた。


「セレフィナ。俺が戻ったことは、王都の外にも伝わっているのか」


「転移室に集まった者以外には、まだ正式な布告を行っておりません」


「正式じゃなければ?」


「既に王都全域へ広がっているものと思われます」


 転移室の扉の外には、無数の人々が集まり始めていた。


 城内の兵士。


 文官。


 侍女。


 魔導技師。


 窓の外を見れば、城前の広場にも人が増えている。


 誰も騒いでいない。


 誰も押し寄せてこない。


 ただ、遠くからこちらを見ていた。


 俺が知っているアステリアとは、あまりにも違う。


 建物も。


 人の数も。


 空を飛ぶ魔導船も。


 けれど、彼らがこちらを見る目だけは、七年前に画面越しで見たものと同じだった。


「陛下」


 セレフィナが俺の隣へ立つ。


「王都の民へ、御姿をお見せいただけますか」


「今か?」


「はい。大裂界の活動が急激に上昇したことで、不安が広がっております」


「俺が戻ったせいで、残り時間が減ったんだぞ」


「それでも、陛下が戻られたことは希望でございます」


 希望。


 簡単に言ってくれる。


 俺は国を救う方法を知らない。


 剣も魔法も使えない。


 王都の構造も、現在の軍備も、何も分からない。


 それでも、ここにいる者たちは俺を見ている。


 三百年前に消えた領主が、すべてを解決してくれると思っている。


「演説はできない」


「必要ございません」


「何を言えばいいかも分からない」


「御姿をお見せいただくだけで十分です」


 それはそれで、余計に重い。


 俺は城の外へ続く巨大な扉を見た。


 その先には、王都の中央広場へ突き出した石造りの回廊がある。


 ゲーム時代にも存在していた場所だ。


 戦争に勝った時。


 新しい領地を獲得した時。


 イベントの報酬を受け取った時。


 俺は画面の中で、何度もそこへ立った。


 実際に自分の足で歩くことになるとは思わなかった。


「分かった」


 俺が頷くと、リゼルが前へ出た。


 近衛騎士たちが左右へ広がり、通路を作る。


 俺はリゼル、セレフィナ、ノアと共に転移室を出た。


 城内は静まり返っていた。


 廊下の両側に並ぶ者たちが、俺が通るたびに頭を下げる。


 エルフ。


 獣人。


 人間。


 魔族。


 ゲーム時代には敵対種族だった者まで、同じ国の紋章を胸につけている。


 三百年の間に、アステリアは俺の知らない国になった。


 回廊へ続く扉が開く。


 夜の冷たい空気が流れ込んできた。


 広場を埋め尽くしていた人々が、俺の姿を見た瞬間。


 音が消えた。


 何万人いるのか分からない。


 広場だけではない。


 周囲の建物。


 屋上。


 遠くの通り。


 空を飛ぶ魔導船の甲板にまで、人が立っている。


 全員がこちらを見ていた。


「レグナ陛下」


 誰かが小さく呟いた。


 その声が広がる。


「陛下」


「お戻りになられた」


「本当に」


「建国王陛下が」


 声が重なり、王都全体へ波のように広がっていく。


 やがて、誰かが片膝をついた。


 次の瞬間。


 広場を埋め尽くしていた人々が、一斉に跪いた。


 遠くの通りでも。


 建物の屋上でも。


 魔導船の上でも。


 数え切れないほどの人々が、俺へ頭を下げていた。


 ゲームでは見たことのない光景だった。


 画面の中の演出ではない。


 彼らは三百年を生きてきた。


 俺を知らない世代も多いはずだ。


 それでも、建国王として伝えられてきた俺の姿へ頭を下げている。


 胸が苦しくなった。


 俺は王じゃない。


 そう否定したかった。


 けれど、今ここで言えば、彼らの希望まで否定することになる。


「顔を上げてくれ」


 自分でも驚くほど、声が広場へ響いた。


 魔法か何かが使われているらしい。


 囁く程度の声だったのに、遠くの者まで届いている。


「俺が戻ったことで、大裂界の活動が強くなった」


 人々の間に僅かな動揺が走った。


「結界の残り時間は、二十四時間を切っている」


 セレフィナが俺を見る。


 黙っていてもよかった情報なのだろう。


 だが、隠す気はなかった。


「俺は、今のアステリアを知らない。三百年前の知識しかない。大裂界が何なのかも、まだ分かっていない」


 広場は静かなままだった。


「それでも、何もしないつもりはない」


 指輪が赤く光る。


 空の黒い亀裂。


 こちらを見下ろす巨大な目。


 そこにいる何かが、俺の声を聞いている気がした。


「二十四時間で、できることを全部やる」


 跪いた人々が顔を上げる。


「だから、今は自分の持ち場へ戻ってくれ。避難の準備をしろ。結界が消えても、生き残れるように動いてくれ」


 俺が戻れば、すべて解決する。


 そんな言葉は言えなかった。


 誰も死なせないとも約束できない。


 それでも、何もしないまま終わる気はなかった。


「俺も、俺にできることを探す」


 長い沈黙。


 やがて、広場の最前列にいた老人が立ち上がった。


 白い髭を胸元まで伸ばした獣人だった。


 彼は杖を支えにしながら、深く頭を下げる。


「御帰還を、お待ちしておりました」


 それだけだった。


 すると、別の場所から声が上がる。


「我らも持ち場へ戻ります」


「避難路を開放せよ」


「医療院の受け入れ準備を」


「北区の住民を地下へ」


 広場にいた人々が、一斉に動き始めた。


 混乱ではない。


 誰かに押されることもなく、整然とそれぞれの方向へ分かれていく。


 俺が命令したからではない。


 彼らは自分たちで考え、自分たちの役割へ戻っている。


 三百年前。


 俺が最後に残した言葉。


 自分たちのために生きろ。


 その命令は、確かに残っていた。


「陛下」


 リゼルの声が僅かに震えていた。


「何だ」


「いえ」


 彼女は首を横へ振る。


「御帰還、心より嬉しく存じます」


 俺は返事ができなかった。


 代わりに空を見上げる。


 巨大な目は、まだそこにある。


 俺を観察するように、ゆっくり動いていた。


《対象情報を解析しますか》


 指輪の上に、新しい文字が現れた。


 俺はすぐに触れる。


《解析不能》


《領主権限が不足しています》


《旧統治施設との接続を推奨》


「旧統治施設?」


 俺の呟きに、セレフィナが反応した。


「何か表示がございましたか」


「旧統治施設と接続しろと出ている」


 三人が顔を見合わせる。


「心当たりは?」


「ございます」


 答えたのはノアだった。


「陛下が使用されていた旧王城地下の統治室です」


「まだ残っているのか」


「封印してございます」


「どうして」


「誰にも使用できなかったためです」


 三百年前。


 俺が管理画面を使って国を操作していた場所。


 ゲーム上では、王城内にある領主管理室として表示されていた。


 資源。


 人口。


 建物。


 軍事。


 交易。


 国全体の状況を一画面で確認できた場所だ。


「案内してくれ」


 ノアが頷く。


 俺たちは城内へ戻り、地下へ向かった。


 広い階段を何度も下りる。


 途中から壁の装飾が減り、石造りの古い通路へ変わっていった。


 新しい王城の下に、三百年前の城がそのまま残されている。


 俺が知っている壁。


 俺が知っている扉。


 ゲーム画面で何度も見た風景が、現実の大きさで目の前に存在していた。


 通路の最奥。


 巨大な石扉が立っている。


 中央には、アステリアの古い国章。


 今使われているものより簡素な、俺が最初に選んだ紋章だった。


「ここから先は、陛下がお姿を消されて以来、一度も開いておりません」


 セレフィナが扉を見上げる。


「開けようとはしなかったのか」


「何度も試みました」


 ノアが答えた。


「魔法、物理、空間転移。あらゆる方法を試しましたが、扉そのものを認識できない者も多くございました」


「認識できない?」


「私どもには扉が見えております。しかし、触れようとすると壁として認識されます」


 俺は扉へ近づいた。


 古い国章の中央に、指輪と同じ形の窪みがある。


 指輪を近づけると、赤い光が走った。


《領主権限を確認》


《旧統治室の封印を解除します》


 重い音が地下へ響く。


 三百年間閉ざされていた扉が、ゆっくり左右へ開いていった。


 中は真っ暗だった。


 俺が一歩足を踏み入れると、壁に埋め込まれた魔石が順番に灯る。


 部屋の中央には、一つの椅子。


 その前に、巨大な半透明の板が浮かんでいる。


 ゲーム時代に使っていた管理画面だった。


 地図。


 人口。


 資源。


 施設。


 軍事。


 懐かしい項目が並んでいる。


 だが、そのほとんどが赤く点滅していた。


《長期間の未接続を確認》


《統治情報を更新します》


《更新対象――三百二年分》


 表示が高速で切り替わる。


 十万人だった人口が増えていく。


 領地が広がる。


 町が増える。


 国境が変わる。


 同盟国が増え、消え、再び増える。


 三百年分の歴史が、数秒で画面を流れていった。


《更新完了》


《現在人口――一億八千三百二十一万七千四百六十二名》


《保護対象人口――三億一千四百八十二万九百十一名》


《国家施設――二十一万八千四百三十六》


《稼働率――六十二パーセント》


《重大案件――一千二百八十四件》


「多すぎるだろ」


 思わず声が漏れた。


 ゲーム時代。


 国で問題が起きても、多くて十件程度だった。


 千件を超える案件など、見たこともない。


 その中で、最上部に一つだけ黒い項目がある。


《管理不能案件》


《大裂界》


 俺が触れようとすると、画面全体が黒く染まった。


《対象は統治領域外です》


《通常権限による干渉はできません》


「領域外」


「何と表示されておりますか」


 ノアへ内容を伝える。


 彼女は少し考え込み、巨大な目の存在がこの世界に属していない可能性を口にした。


「つまり、アステリアの施設や魔法では攻撃できない?」


「その可能性がございます」


「だから四十七回失敗したのか」


 ノアは黙って頷いた。


 俺は管理画面へ戻る。


 大裂界そのものへ干渉できない。


 なら、その周辺はどうか。


 王都防衛結界を選択する。


《中央防衛結界》


《稼働率――十二・一パーセント》


《残存時間――二十三時間四十一分》


《出力不足》


《供給魔力不足》


《制御中枢負荷超過》


 問題が三つ。


 魔力が足りない。


 制御装置も限界。


 単純に魔力を集めるだけでは、一年程度しか延命できない。


 俺は施設一覧を開いた。


 魔導炉。


 転移門。


 浄水設備。


 医療施設。


 農業施設。


 数が多すぎる。


 一つずつ確認していたら、二十四時間では足りない。


 ゲーム時代に使っていた並び替え機能を探す。


《消費魔力順》


 選択すると、施設が消費量の多い順へ並んだ。


 一番上。


《世界間転移門》


《消費魔力量――中央防衛結界の三四・八パーセント》


「これだ」


 現在、俺のマンションと王城を繋いでいる門。


 結界の三割以上を使っている。


「ノア。この門を維持するための魔力は、王都の結界から取っているのか」


「はい」


「切り離せないのか」


「代替となる力がございません」


「地球の電気を使おうとしていただろ」


「量が足りません」


「どれくらい必要だ」


 ノアが答える前に、管理画面へ数値が表示された。


《世界間転移門維持に必要な地球側電力換算》


《毎時二百八十四万キロワット》


 意味が分からないほど大きい。


 俺の部屋の電気を使ったところで、どうにもならない。


「他の方法は」


《代替エネルギー候補を検索》


 画面に触れる。


《検索中》


《候補一――大規模魔力源》


《候補二――領主権限による接続固定》


《候補三――異世界側エネルギー網への直接接続》


「二番は何だ」


《領主自身を接続点として固定します》


《実行した場合、転移門の維持魔力を九七パーセント削減可能》


《警告――領主は接続中、双方の世界から離脱できません》


 俺自身を門の杭にする。


 そうすれば、消費魔力のほとんどを削減できる。


 だが、俺は地球にもアステリアにも移動できなくなるらしい。


「却下だ」


 すぐに画面を閉じる。


 リゼルが不安そうに俺を見ていた。


 説明すれば、間違いなく自分が代わると言い出す。


 俺にしか使えない機能なら、余計に止めようとする。


「三番は?」


《異世界側エネルギー網への直接接続》


《接続先候補を検索します》


 表示されたのは、地球だった。


 正確には、俺のマンション周辺の簡易地図。


 赤い線が地中を走り、一か所へ集まっている。


《大規模電力網を検出》


《出力不足》


 別の場所が表示される。


《発電施設を検出》


《接続には現地側協力が必要です》


「発電所……」


 地球側の発電所から直接電力をもらえれば、門を維持できる可能性がある。


 だが、勝手に使えば犯罪どころの話ではない。


 政府や電力会社との交渉が必要になる。


 俺が黙り込んでいると、セレフィナが近づいてきた。


「何か方法がございましたか」


「地球側にある大規模な発電施設へ接続できれば、門の消費魔力を減らせるかもしれない」


「その施設を管理する者は?」


「国か、電力会社だ」


「交渉が必要ということでございますね」


「ああ。すぐには無理だろうけど」


 セレフィナは静かに頷いた。


 その表情は穏やかだった。


「承知いたしました」


 何か引っかかった。


「セレフィナ」


「はい」


「勝手に動くなよ」


 言いかけて、俺は止まった。


 今は王都の結界が先だ。


 細かいことまで指示している時間はない。


「いや、後で話す」


「かしこまりました」


 セレフィナが頭を下げる。


 その背後で、光の門が僅かに揺れた。


     ◇


 同じ頃。


 地球側。


 蓮のマンションに残された小さな門から、一人の男が静かに姿を現していた。


 黒い礼服。


 白い手袋。


 人間とほとんど変わらない外見。


 ただし、金色の瞳だけが暗い部屋の中で僅かに光っている。


 アステリア外務院次官、アルノルト・ヴァイス。


 三百年間、一度も領主へ直接仕えたことのない世代の文官だった。


 それでも彼は、建国王へ誰より深い敬意を抱いていた。


 部屋のテーブルには、如月蓮の社員証。


 賃貸契約書の封筒。


 電気料金の明細。


 三つの資料が並んでいる。


 アルノルトは、それぞれの文字を翻訳魔法で読み取った。


 雇用主。


 建物所有者。


 国家機関。


 陛下がこの世界で不当に扱われているとは、まだ断定できない。


 だからこそ、正式な確認が必要だった。


 アルノルトは門の向こうへ控える部下へ視線を向ける。


「三班に分かれます」


 一班は、陛下の雇用先へ。


 一班は、この建物の所有者と管理会社へ。


 最後の一班は、この国の外交を担う機関へ。


「無礼があってはなりません」


 彼らは侵略者ではない。


 主が暮らす国へ、正式な挨拶を行うだけだった。


「陛下のお手を煩わせる必要はございません。明朝までに、最低限の窓口だけ整えます」


 部下たちが一斉に頭を下げる。


 午前二時四十七分。


 日本政府も。


 会社も。


 大家も。


 まだ何も知らない。


 サービス終了したゲーム世界の国家が、既に現実世界で外交を始めていることを。


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