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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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第49話 三百年前の俺が『四人に返すもの』を残していたので開いたら、中身はわざと空白だった

 ノアの黒い呼び鈴を《王様じゃなくていい家》の棚へ置いた夜。


 俺は自宅のテーブルに紙を一枚置いて、そこから一時間ほど何も書けずにいた。


《蓮が戻ったら、四人に返すもの》


 三百年前の留守番が残した未完了記録。


 開けば、すぐに答えが分かる。


 それでも俺は、ノアの前で「先に自分で考えたい」と言った。


 勢いで格好をつけたわけではない。


 留守番の十五年分の経験は、確かに俺へ残されたものだ。必要なら受け取っていいし、要らなければ捨ててもいいと本人も書いていた。


 ただ、全部を先に見てしまえば。


 俺は何かを考えるたびに、《三百年前の俺ならどうした》を答えにしてしまう気がした。


「それは違うよな」


 誰もいない部屋で呟き、ペンを持ち直す。


 まず。


《リゼル》


 そこまでは書けた。


 問題は、その先だ。


 リゼルから返ってきたのは《称号なし》の銀色の徽章だった。


 近衛騎士団長だからでも、臣下だからでも、護衛だからでもなく、理由がなくても俺の隣にいたい。


 そのために、わざわざ《何でもないことを示す徽章》を作った人である。


「俺から何返せば釣り合うんだよ……」


 高価な剣。


 違う。


 地球の何か。


 もっと違う。


 そもそも、釣り合わせようとする考え方からして違う気がする。


 俺は考えた末、ようやく一行書いた。


《理由がなくても、俺から誘う》


 見直す。


 物ではない。


 贈り物ですらないかもしれない。


 でも、今の俺がリゼルへ返したいものを考えるなら、たぶんこれだった。


 護衛が必要だから呼ぶのではない。異世界へ行くから同行してもらうのでもない。


《暇だから散歩しない?》


 それで呼べる関係。


「……これでいいか」


 次。


《セレフィナ》


 あの本に書かれていた百個の願いを思い出す。


 役に立たない日があっても会う。


 会う理由がなくても会う。


 同じ部屋で、別々の本を読む。


 俺が思いついた答えは、さらに簡単だった。


《何もしない日に会う》


 仕事を相談するためでもなく。


 王国の未来について話すためでもなく。


 セレフィナが宰相として有能だからでもない。


 この前みたいに、本を読んで、途中で寝てもいい。


「次はノア」


 これは。


 比較的すぐに書けた。


《用事がなくても返事をする》


 黒と白の呼び鈴。


 三百年前、ノアが作ったのは文字も声も送れない道具だった。


 ただ呼ぶだけ。


 だから俺も。


 呼ばれれば、可能な時には返す。


 会えないなら会えないでいい。


 それでも《見た》くらいは返す。


「スマホあるけどな」


 まあ、それを言ったら負けだろう。


 最後。


《ミーナ》


 ここが一番難しかった。


 家。


 三百年以上。


 王様でなくていい場所を守った。


 料理も、掃除も、俺たちの生活を整えることも、全部ミーナは上手い。


 だからこそ。


 前回。


 この家で昼寝をした時の顔を思い出した。


 百年以上、四人全員がいる場所で自分から眠ることさえなかった人。


 俺は紙へ書いた。


《俺たちと一緒に休む》


 少し考えてから、《俺たち》を消す。


 書き直した。


《俺と一緒に休む》


「……これだと別の意味に見えない?」


 誰も答えない。


 さらに迷って、《みんなと一緒に休む》へ戻そうとした。


 でも。


 やめた。


 ミーナに返したいものを考えているのに、最初から四人まとめて扱うのも違う。


「まあいいか」


 本人に渡す手紙ではない。


 今の俺が考えたことを忘れないためのメモだ。


 四人。


 四行。


 書き終わってみれば。


 物は一つもなかった。


「贈り物って感じじゃないな」


 けれど。


 不思議と。


 これ以上考えても、たぶん高価な何かにはならないと思った。


     ◇


 翌日の夕方。


 俺は四人を《王様じゃなくていい家》へ呼んだ。


 別々に渡せばいいとも思ったのだが、今回は三百年前の贈り物を開くわけではない。


 俺自身が考えた答えを伝えるだけだ。


 それなら四人一緒でも問題ない。


 ――と思っていた。


「先に申し上げておきますが、順番には意味がないという認識でよろしいでしょうか」


 居間へ入って最初に確認したのはセレフィナだった。


「まだ何も言ってないよ」


「念のためです」


 リゼルも真面目な顔で頷いている。


「私も、発表順が優先順位を示すものではないことだけ確認できれば」


「だから何の発表かも言ってないって!」


 ノアは既に俺の持っている紙を見ていた。


「四人の名前ある」


「見るな!」


「見えた」


「覗くなよ!」


 ミーナだけは苦笑しながらお茶を置き、「とりあえず蓮様のお話を伺ってからにいたしましょう」と三人を座らせた。


 この人が一番まともに見える。


 三百年前にはセレフィナの本を見つけた直後、リゼルとノアへ極めて速やかに共有した人だけど。


「今日は、あの未完了記録を開こうと思う」


 俺が王権端末へ《蓮が戻ったら、四人に返すもの》を表示すると、四人とも表情を少し引き締めた。


「ただ、その前に俺なりに考えた」


「何を?」


 ノアがすぐ尋ねる。


「お前たちから三百年前にもらったものに対して、今の俺から何を返したいか」


 部屋が静かになった。


 さっきまで順番を気にしていた三人まで、何も言わない。


「大したものじゃないよ。というか、物じゃない」


 少し恥ずかしくなりながら、紙を見る。


「まずリゼル。護衛とか用事とかなくても、俺から普通に誘う。前に二人で出掛けた時みたいに、理由なしで」


 リゼルはすぐには答えなかった。


 ただ、膝の上へ置いていた手が僅かに動いた。


「それは……」


「嫌なら」


「嫌ではございません」


 返事が早くなった。


「むしろ、その……よろしくお願いいたします」


「うん。ただし毎週とか予定表にはしないからね」


「承知しております」


 セレフィナが何か言いかけたので、先に釘を刺す。


「交代制もなし」


「まだ何も申し上げておりません」


「顔が言ってた」


 次にセレフィナを見る。


「セレフィナには、何もしない日に会う」


「何もしない日に?」


「仕事を手伝ってほしいからでも、相談があるからでもなくて。この家で本読んでもいいし、地球でお茶飲むだけでもいい。役に立つ必要なし」


 セレフィナは一瞬だけ目を見開いたあと、静かに微笑んだ。


「四十五番ですね」


「覚えてた?」


「もちろんでございます」


《役に立たない日があっても会う》


 あの本の四十五番。


「では、お願いが一つございます」


「何?」


「その日だけは、前日までに《何も相談しない》と明記していただけますか」


「そこまでしないと仕事始める?」


「自信がございません」


「分かった。書くよ」


 次はノア。


「ノアには、呼ばれたら返事する」


「呼び鈴?」


「スマホでも呼び鈴でも。すぐ会えるとは限らないけど、無視はしない」


「仕事中も?」


「返せる時だけ」


「夜中」


「寝てたら無理」


「三時」


「寝てる!」


「昔は起きてた」


「今は会社員なんだよ!」


 ノアは不満そうだったが、それでも最後には「分かった」と頷いた。


 そしてミーナ。


 ここだけ、口に出すとやっぱり少し変な気がした。


「ミーナには……一緒に休む、かな」


「私と?」


「うん。この前、あの家で昼寝しただろ。料理とか掃除とかしなくていい日を、俺も一緒に作る」


「蓮様まで休まれる必要はございませんが」


「俺も休みたいからいいの」


「でしたら」


 ミーナは少しだけ目を伏せたあと、柔らかく笑った。


「お付き合いいたします」


「休むのに付き合うって変だけどな」


「私には、そのくらいが丁度よいかもしれません」


 紙。


 四行。


 それだけ。


「こんな感じ」


 言い終わると。


 妙に。


 恥ずかしい。


「物じゃなくてごめん」


 そう続けた瞬間、四人の反応が揃った。


「必要ございません」


 リゼル。


「十分でございます」


 セレフィナ。


「こっちの方がいい」


 ノア。


「私も同感です」


 ミーナ。


 ほぼ同時。


「こういう時だけ揃うな」


     ◇


「じゃあ」


 俺は王権端末を机へ置いた。


「答えも決めたし、三百年前の俺が何を考えてたのか見よう」


《蓮が戻ったら、四人に返すもの》


《状態――未完了》


《作成者――レグナ》


 開封を選択。


 いつものように認証が走る。


《引継ぎ対象――如月蓮》


《閲覧許可――承認》


 表示された内容を見て。


 俺は。


 しばらく黙った。


「蓮様?」


 ミーナが心配そうに呼ぶ。


「……空白」


「はい?」


「中身、ほとんど何もない」


 画面を四人へ向ける。


《リゼル――》


《セレフィナ――》


《ノア――》


《ミーナ――》


 名前だけ。


 その後は。


 本当に。


 何も書かれていなかった。


「未完了って、そういう意味?」


 ノアが端末を覗き込む。


「待って。下に何かある」


 スクロール。


 最後。


 短い文章。


《ここは俺が書くな》


「……」


 更に。


《蓮に決めさせろ》


 俺。


 顔。


 覆う。


「またか!」


 こいつ。


 本当に。


 俺がやりそうなことを先回りしてる。


 続きを読む。


《俺が四人からもらったものは、俺が受け取った》


《蓮が四人に何を返すかまで俺が決めたら、それは違う》


《あいつの人生だから》


 セレフィナが。


 小さく。


 息を吐いた。


「レグナらしいですね」


「ここまで来ると腹立つくらい俺だよ」


 さらに一行。


《多分、蓮はここ見る前に自分で考える》


「……」


 四人。


 俺を見る。


「何」


 ノア。


「当たってる」


「言わなくていい」


《もし先に見たなら閉じろ》


「何でそこまで!」


 リゼルが口元を押さえている。


 笑ってる。


 セレフィナも。


 完全に。


 笑ってる。


「本人から本人へここまで細かく指示を残す必要があったのでしょうか」


「知らないよ!」


 ミーナが、俺の書いた紙と画面を交互に見る。


「ですが、蓮様は実際に先に御自身でお考えになりました」


「そこは偶然」


「おそらく、三百年前の陛下もそう予想されていたのでしょう」


「予想されてるのが嫌なんだよ……」


 最後に。


 もう一行。


《四人へ》


 そこから先は。


 少しだけ。


 文章が長かった。


《蓮が何を返すかは分からない》


《多分、物じゃない》


《高い物を買おうとしたら止めろ》


「そこまで読まれてる!」


 実際。


 一時間前。


 最初は何か物を考えた。


《あと比較するな》


 四人。


 黙る。


 俺。


 ゆっくり。


 見る。


「ほら」


「まだ何も」


 セレフィナ。


「比較しておりません」


 リゼル。


「してない」


 ノア。


 ミーナだけ。


 視線。


 逸らした。


「ミーナ?」


「内容ではなく、文字数を」


「比較してる!」


 留守番。


 正しい。


     ◇


 そこまでは。


 いつもの。


 三百年前の俺から。


 今の俺への。


 余計に細かい引継ぎだった。


 でも。


 一番下。


 今まで表示されていなかった。


 折り畳まれた項目。


《追記》


 作成日時。


 サービス終了日。


 俺は。


 少しだけ。


 姿勢を直した。


「まだある」


 四人も。


 画面を見る。


 開く。


《蓮へ》


《四人のことは、これで終わり》


《次は俺の話》


 部屋。


 静かになる。


 俺も。


 何となく。


 続きを読む指が止まった。


 これまで留守番は。


 ずっと。


 自分のことより。


 四人。


 国。


 俺へ返す記憶。


 そういうものばかり残していた。


《ここまで来たなら、多分もう》


《俺が蓮じゃないことも》


《でも蓮と無関係じゃないことも》


《分かってると思う》


 その通りだった。


《次に返すのは記憶じゃない》


 俺の指が。


 止まる。


「記憶じゃない?」


 ノアが身を乗り出した。


 次。


《管理者権限》


 以前。


 何度も。


 出てきた言葉。


 留守番が。


 サービス終了後。


 地球側の運営と接続し。


 十五年分の経験を保存し。


 俺へ返すために使った。


 正体不明の権限。


《これは俺のものじゃない》


《最初から蓮のものでもない》


「……どういうこと?」


 続き。


《借りた》


《誰から借りたかは》


 一度。


 文章。


 消された跡。


 そして。


《分からない》


 ノアの顔から。


 さっきまでの笑いが消えた。


「レグナにも分からなかった?」


「そう書いてる」


《でも》


《これがなかったら》


《サービス終了後に地球へ話しかけることも》


《経験を残すことも》


《世界を止めないことも》


《できなかった》


「世界を」


 俺。


 読む。


「止めない?」


 そこだけ。


 今まで聞いていた話と。


 少し違った。


 アステリアは。


 サービス終了後も。


 勝手に続いていた。


 俺たちは。


 そう考えていた。


 でも。


 この書き方だと。


 まるで。


 留守番が。


 何かをしたから。


 世界が止まらなかったように見える。


「ノア」


「分からない」


 質問する前に答えられた。


「私も初めて見る」


 リゼルも。


 セレフィナも。


 ミーナも。


 知らないらしい。


 更に。


 最後。


《蓮》


《管理者権限を返すかどうかは》


《お前が決めろ》


 また。


 俺。


「俺に投げるなよ!」


 思わず。


 声が出た。


 でも。


 その下。


《返してもアステリアは消えない》


《そこまでは確認した》


 少し。


 安心する。


《ただ》


《返した先で何が起きるかは分からない》


「全然安心できない!」


 更に。


《だから急ぐな》


《四人と相談しろ》


 俺は。


 四人を見る。


 四人も。


 俺を見る。


「……相談しろって」


 セレフィナが最初に口を開いた。


「それは従ってよろしいのではないでしょうか」


「そこは俺もそう思う」


 リゼルも頷く。


「少なくとも、御一人で判断される内容ではないかと」


「私も調べる」


 ノア。


 既に。


 研究者の顔。


「でも今日は?」


 俺。


 先に。


 言う。


「仕事禁止」


 ノア。


 止まる。


「ここ家」


「……」


「明日」


「明日ならいい」


「分かった」


 危ない。


 この家がなければ。


 今から徹夜。


 始まってた。


     ◇


 結局。


 その日は。


 管理者権限の詳細を開かなかった。


 というより。


 開けなかった。


 画面の最後。


《詳細閲覧条件》


《四名の立会い》


 全員。


 いる。


 条件は満たしてる。


 でも。


 もう一つ。


《如月蓮本人による閲覧意思確認》


 そこ。


 俺。


 押さなかった。


「今日はやめる」


 ノアが。


 意外そうに見る。


「気にならない?」


「めちゃくちゃ気になる」


「じゃあ何で?」


 俺は。


 さっきの紙を見る。


 四人へ返したいもの。


 四行。


 そして。


 留守番の。


《蓮に決めさせろ》


 という文章。


「ここまで全部、昔の俺に引っ張られてきたから」


「うん」


「一晩くらい、自分で考えてからにする」


 管理者権限。


 何なのか。


 返す。


 返さない。


 まだ。


 何も分からない。


「明日、政府施設でちゃんと調べよう」


「承知いたしました」


 セレフィナ。


「私も異存ございません」


 リゼル。


 ノアは少し残念そうだったが、「分かった」と頷いた。


 ミーナは。


「では、本日はここまでですね」


 そう言って立ち上がった。


「お茶を淹れ直します」


「ミーナ」


「はい」


「今日は休む日」


「……」


 止まる。


「俺がやるよ」


「蓮様が?」


「お茶くらい淹れられる」


 立つ。


 台所。


 向かう。


 後ろ。


 ミーナ。


 ついてくる。


「座ってて」


「ですが」


「今日の返すもの」


「……」


「一緒に休む」


 言うと。


 ミーナ。


 しばらく。


 迷って。


 戻る。


 座る。


「分かりました」


 その横。


 ノア。


「私はプリン」


「お茶って言ったよね?」


「冷蔵庫にある」


「誰が入れたの?」


「私」


「いつ!?」


「昨日」


「勝手に家の冷蔵庫使うな!」


 セレフィナが笑う。


 リゼルまで。


 笑ってる。


 管理者権限。


 世界が止まらなかった理由。


 たぶん。


 ものすごく大事な話。


 でも。


 留守番自身が。


《急ぐな》


 と書いていた。


 なら。


 一日くらい。


 いいだろう。


 俺は五人分のカップを並べながら思った。


 三百年前の俺が。


 四人へ何を返すか。


 答えを残さなかったように。


 管理者権限をどうするかも。


 最後は。


 今の俺が。


 選ばなければならない。


 そして。


 その選択だけは。


 もう。


 昔の俺へ。


 任せるつもりはなかった。


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