↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/51

第46話 三百年前にセレフィナからもらった本を開いたら、『王様を辞めた後にしたいこと』が百個書いてあった



 セレフィナが三百年前に俺へ渡した本を開くことになったのは、《王様じゃなくていい家》で休日を過ごしてから三日後だった。


 場所は前回と同じ家である。


 本人から「可能であれば他の三名がいない場所で」と頼まれた以上、政府施設の共同研究室で開くわけにもいかない。俺のマンションでもよかったのだが、三百年前の贈り物なら、それが渡された世界で確認する方がいいだろうと思った。


 それに、この家には《ここで起きたことを仕事にしない》という規則が残っている。


 セレフィナも宰相ではなく、一人のセレフィナとして来やすいはずだった。


「本当に一人で来た? 前回、三人の前で次はセレフィナの本って話してたから、誰か付いてきてないかちょっと心配なんだけど」


 玄関を開けながら聞くと、地球式の落ち着いたワンピース姿をしたセレフィナが、少し心外そうに眉を下げた。


「もちろんでございます。リゼルにも、ノアにも、ミーナにも本日の日時までは知らせておりませんし、位置情報も切っております。念のため、昨日から研究塔の管理権限も副所長へ一時的に移しておりますので、ノアが《緊急研究相談》などと称して割り込む余地もございません」


「そこまでやったの!? ……いや、七番なら本当にやりそうだけど」


「過去に三度ございます」


「実績あるんだ……」


 家へ入り、いつものように玄関横の籠へ王権端末を入れる。セレフィナも仕事用の通信具を置いたが、指を離したあとも数秒ほど未練がましく眺めていた。


「まだ慣れない?」


「多少は。本日は午後四時まで副宰相へ完全に権限を委任しておりますので、私が確認しなくとも国政は滞りません。それは理解しているのですが、三百年ほど続けてきた習慣ですので、どうしても気にはなります」


「それはすぐには直らないよな。まあ今日は、本を開いて、お茶飲んで、それで終わりでいいんじゃない?」


 前回は、仕事と無関係の本を一冊読むだけでも彼女にとって立派な休日だった。今日も別に何かを直す日ではない。


 するとセレフィナは、ふと居間を見回してから少しだけ微笑んだ。


「蓮さんは、以前よりこの家の使い方がお上手になりましたね」


「二回目だけど?」


「三百年前も含めれば、私より自然にお使いです。留守番の経験が少し混ざっている可能性もございますが、それ以上に、蓮さん御自身がこういう場所を必要としておられるのでしょう」


 否定する理由はなかった。


 会社でも、政府施設でも、王城でもない。ただ座っていても誰からも決裁を求められない場所は、思っていた以上に楽だった。


     ◇


 問題の本は、《蓮に返す箱》から地球側へ移したあと、政府施設の保管庫へ預けてあった。


 とはいえ、歴史資料として接収されたわけではない。所有権は俺にあり、今日は許可を取って持ち出してきた。


 机の上へ置く。


 濃紺の革表紙で、厚さは三センチほど。表面には題名らしいものが何もなく、隅に小さく金色の線が一本引かれているだけだった。


「これ、セレフィナが作ったの?」


「製本は専門の職人へ依頼いたしました。中身を書いたのは私です」


「何で渡したのかは、まだ言いたくない?」


「できれば、中をご覧になってからにしていただければ」


 三億人規模の国家で宰相を務め、世界を越えた外交の場でも表情一つ変えないセレフィナが、たった一冊の本を前にして明らかに落ち着かない。


 俺は表紙へ手を置いた。


「じゃあ、開けるよ」


「はい。お願いいたします」


 了承したくせに、セレフィナはなぜか俺から少し離れた。


「何で距離取るの?」


「冷静さを維持するためです。ですから、これ以上は聞かずにお開きください」


「そんな本なのか……」


 これ以上聞くと本当に困らせそうなので、素直に表紙を開いた。


 最初のページには、《レグナへ》と書かれていた。


 その下。


《王様を辞めた後に、私があなたとしたい百のこと》


 俺は数秒黙ったあと、静かに本を閉じた。


「蓮さん!?」


「いや、覚悟がいるって意味、ちょっと分かった。タイトルが想像より強かったから」


「表題ではございません。分類上は前書きです」


「最初のページの一番上に書いてある時点で、ほぼタイトルだよ!」


「そこは重要ではございません!」


 セレフィナは両手で顔を覆った。


 たぶん、今日一番。いや、今まで見た中でもかなり珍しい姿だった。


     ◇


「先に一個だけ確認していい?」


「……何でしょうか」


「これ、恋文?」


「違います。少なくとも、当時の私はそのつもりで書いておりません。ただし、今になって読み返しますと、第三者からそのように解釈される可能性まで否定するつもりはございません」


「やっぱりちょっと恋文じゃん」


「ですから三名がいない場所でと申し上げたのです!」


 三百年前、これが他の三人に知られた時に最も揉めたというミーナの話にも納得できる。


「じゃあ、本来はどういうつもりで書いたの?」


 セレフィナはしばらく黙っていたが、やがて諦めたようにソファへ座った。


「当時の蓮さん――レグナは、何度も《国が落ち着いたら俺は要らなくなるだろ》とおっしゃっていました。御本人は軽い冗談のつもりだったのだと思います。国家運営が安定し、私どもが自分たちで判断できるようになれば、いずれ御自身は一線を退き、その後は好きなことをしたい、と」


「……言いそうだな」


 ゲームとして考えていた俺なら、エンディングの後みたいな感覚だったのかもしれない。


 国を作り、危機を乗り越え、部下を育て、安定したらあとは彼らへ任せる。


「それで、その後のことを考えた?」


「はい。当時の私は、宰相として国政を担い、次代を育成し、必要がなくなれば私も退く。それが当然だと思っておりました。ですが、陛下が王でなくなった後も、私はあなたに会いたいと思いました」


 静かな声だった。


 大げさな告白でもない。


 だからこそ、妙に真っ直ぐ入ってきた。


「王と宰相でなくなれば、会う理由がなくなります。決裁も、会議も、外交も、報告もございません。そのことに気づいた時、私は非常に困りました」


「その困った結果が、百個?」


「はい。最初は十個でしたが、翌月には三十七個になり、最終的には際限がなくなりそうでしたので百個で止めました」


「増えるの早いし、自制の仕方が宰相なんだよなあ」


「宰相ですので」


「その能力をもう少し早く使おう」


     ◇


 俺はもう一度、本を開いた。


 一番。


《陛下ではなくレグナと呼んで、一日過ごす》


「これはもう達成済み?」


「三百年前に一度だけです。その後は、どうしても職務へ戻ってしまいましたので」


「今なら、蓮さんでいける?」


 そう聞くと、セレフィナの唇が少し動いた。


「地球のお名前がございますので、今はそちらの方が自然です」


「なら一番は現代版で達成ってことで」


「勝手に達成扱いになさるのですか?」


「嫌ならやめるけど」


「……嫌ではございません」


 じゃあ達成。


 二番。


《仕事の話をせずに食事をする》


「これも今日できそうだな」


「そうですね」


 三番。


《陛下が選んだ本を借りて読む》


「普通だ」


「普通のことを書いた本でございます」


「最初のページだけが強すぎるんだよ」


「忘れてください」


「無理だと思う」


 四番。


《私が選んだ本を陛下に読ませる》


「これもできる」


 五番。


《二人で市場へ行き、必要のない物を一つ買う》


「必要のない物って?」


「当時の私は、買い物とは必要な物を購入する行為だと思っておりました」


「今は?」


「地球へ来てから、少し考えを改めました。先日は本の栞を購入いたしましたが、同じ用途の物を既に十二枚所有しております」


「それは十分成長してる!」


 本人にとっては大きな進歩らしい。


 六番。


《陛下の愚痴を、解決策を提示せず聞く》


 俺は思わずセレフィナを見た。


「これ、かなり難しかった?」


「非常に。問題点を聞けば、解決策を提示するのが宰相の役目ですので。愚痴は必ずしも解決を求めているわけではない、と理解するまで四十年ほど要しました」


「四十年!?」


「三百年の中では早期です」


「時間感覚がおかしい!」


 七番。


《私の愚痴も聞いてもらう》


「セレフィナって愚痴言うの?」


「当時はほぼ申しませんでしたが、現在は多少。相手を選んでおりますので」


「誰に?」


「最近は、蓮さんに」


「俺?」


「ノアが提出期限前日に研究予算の追加申請を三百二十七ページ提出した際など、《ノアには困ったものです》と三度申し上げました」


「あれ愚痴だったの!? 普通の報告だと思ってた!」


「まだ訓練が必要なようです」


 どっちがだろう。


     ◇


 十番を越えても、内容は拍子抜けするくらい普通だった。


《雨の日に同じ部屋で別々の本を読む》


《朝食を作らず買って済ませる》


《知らない町で道に迷う》


《予定を決めずに散歩する》


《一緒に演劇を観て、感想が違っても議論しない》


《一日だけ時計を見ない》


 王を辞めた後にやりたいこと。


 そんな題名だから、もっと大きな願いが並んでいるのかと思ったが、どれも地球なら普通の人が休日にやっているようなことばかりだった。


「セレフィナ、これってほとんど仕事しない練習じゃない?」


「……今見ると、そのようにも思えます」


「三百年前から休めてなかったんだな」


「国がまだ若かった頃ですので」


「今は三百年経ってるけど、改善は?」


「現在も努力中です」


「知ってる」


 前回、この家で仕事と関係ない本を読みながら二十分寝ただけで本人が少し驚いていた。


 三百年あっても、苦手なものは苦手らしい。


 二十二番から二十四番には、《陛下に一日だけ予定を決めてもらう》《私が一日だけ予定を決める》《どちらも予定を決めず、起きてから考える》と並んでいた。


「全部試そうとしてる」


「比較が必要でしたので」


「急に仕事っぽくするな!」


 二十七番から三十番は、《海を見る》《海辺で本を読む》《海辺で眠る》《眠っている間、陛下に起こされない》。


「最後、信用されてない?」


「当時のレグナは、私が眠っていると珍しがって起こしましたので。寝顔を確認しようと顔を覗き込まれたこともございます」


「最低じゃん……本当にごめん」


「蓮さんではございません」


「でも元は俺だから!」


 セレフィナが声を出して笑った。


     ◇


 ページを進めているうちに、途中から少し雰囲気が変わる。


 四十一番から四十四番。


《陛下が困っている時、宰相としてではなく相談を受ける》


《私が困っている時、臣下としてではなく助けを求める》


《互いに断っても怒らない》


《互いに知らないことを、知らないと言う》


 俺はそこで手を止めた。


「これ、今も大事じゃない?」


「そう思います」


「当時はできてなかった?」


「できておりませんでした。私は宰相である以上、陛下から尋ねられたことには答えなければならないと思っておりました。知らないことを知らないと申し上げれば、役に立たないと思われるのではないかと、ひどく怖かったのです」


「俺がそんなことで?」


「今なら、そう思えます」


 セレフィナは落ち着いている。


 たぶん三百年かけて、もう乗り越えた話だからだ。


「レグナは気づいてた?」


「はい。ある日突然、《知らない時は知らないって言っていいからな》とおっしゃいました」


「それで直った?」


「私は《承知しております》と答え、その日の午後、知らないことを三時間調査してから回答いたしました」


「全然分かってない!」


「後ほど叱られました」


「俺でも叱る!」


 四十五番。


《役に立たない日があっても会う》


 そこで俺は、少しだけ読むのを止めた。


「これが一番?」


「いいえ。順位は付けておりません」


 宰相なのに百項目へ優先順位を付けていない。


 それだけで、この本が本当に仕事ではないことが分かった。


「でも、今ならできてるな。今日はセレフィナは何も仕事してないし、俺も何も頼んでない。ただ一緒に本を開いてるだけだ」


「はい。三百年ほど遅くなりましたが」


「地球だと七年くらい。それでも、今からやればいいんじゃない?」


 俺としては普通に言っただけだったが、セレフィナはしばらく返事をしなかった。


「蓮さんは時折、非常に簡単に三百年分のことを終わらせようとなさいますね」


「駄目?」


「いいえ。その方が、ありがたいです」


 セレフィナは小さく笑った。


     ◇


 六十番台まで進んだ頃には、最初の気まずさはかなり薄れていた。


 ところが、七十一番で俺は再び止まった。


《陛下が誰かと結婚しても、私は普通に祝いに行く》


 俺とセレフィナの間に、妙な沈黙が落ちた。


「これ、飛ばす?」


「できれば忘れてください」


「もう見えたから無理だよ。何で書いたの?」


「当時、王家の継承について議題となった時期がございました。陛下は《ゲームで結婚システムないから無理》とおっしゃり、意味は理解できませんでしたが、拒否されたことだけは分かりました。ただ、いずれ事情が変わる可能性もあると思いましたので」


「それで、普通に祝いに行く?」


「はい。ただ、できる自信はございませんでした。だから、やりたいことへ入れました」


 少しだけ意味が変わった。


 やりたい、ではなく、できるようになりたい。


 そんな項目も混じっている。


「他の三人に知られたの、この辺?」


「正確には七十三番です」


「何?」


「ここまで来たのでしたら、お読みください」


 七十二番。


《陛下の子が生まれたら抱かせてもらう》


 そして七十三番。


《もし陛下が誰とも結婚せず、私も誰とも結婚していなければ》


《老後に同じ家で本を読めたら嬉しい》


 俺はしばらく文字を見てから、ゆっくりセレフィナへ視線を向けた。


「……これか。揉めたの」


「はい。ミーナが最初に見つけました。部屋へ置いていた本を、私が不在の際に片づけようとして。その後、リゼルとノアへ極めて速やかに共有されました」


「ミーナ、当時から情報伝達が早いな……」


「リゼルからは《なぜ老後の同居を勝手に予約している》と。ノアからは《私も住む》と申し立てがあり、ミーナからは《食事は誰が作るのか》と確認されました」


「最後そこ!?」


「その後、三名ともそれぞれ同居案を作成し始めまして……私も感情的になり、《これは私が先に考えたことです》と主張してしまいました」


「セレフィナまで参加してる!」


「若かったのです」


「三百年前の便利な言い訳!」


 留守番が《四人同時に開けるな》と書いた理由が、完全に分かった。


     ◇


「でもさ、老後ってみんな今と見た目ほとんど変わってないよね。老後いつ?」


「長命種ですので……当時は、もっと早く訪れると思っておりました」


「もう三百年経ってる。俺は地球だと普通に歳取ると思うけど」


「その点につきましては、現在ノアを中心に王権接続による身体影響の調査が――」


「仕事禁止」


「……失礼いたしました」


 家の規則は強い。


「じゃあ七十三番は保留?」


「当然でございます。現在の御年齢で老後の同居先を決定する必要はございませんし、私も三百年前と現在では考え方が異なります」


「今ならどう書く?」


 何気なく聞くと、セレフィナは少し考えた。


「同じ家でなくとも、時折、同じ部屋で本を読めれば十分かと」


「それ、もう前回やったな。俺はカードでノアに負け続けてたけど」


「はい」


「なら一個達成?」


「……そうですね」


「簡単だったな」


「本当に。驚くほど」


 セレフィナが微笑んだ。


     ◇


 最後の十個は、さらに普通だった。


《八十九、陛下が選んだ茶を飲む》


《九十、私が選んだ茶を飲んでもらう》


《九十一、同じ本を読んで、好きな場面を一つずつ話す》


《九十二、一日だけ名前も役職も知らない町へ行く》


《九十三、陛下が失敗しても解決せず笑う》


「これ性格悪くない?」


「蓮さんは、私が失敗すると笑いますので」


「お互い様か」


《九十四、私が失敗した時も笑ってもらう》


 公平だった。


 九十五から九十九までは、《何も話さなくても気まずくない時間を作る》《会う理由がなくても会う》《別れる時に次の予定を決めなくても不安にならない》《一年会わなくても次に普通に話せる関係になる》《私が宰相でなくなっても名前を呼んでもらう》。


 そして、百。


 俺はゆっくり読んだ。


《王様でなくなったあなたに》


《それでも会いたいと言えるようになる》


 そこだけ、一度書き直した跡があった。


 薄く残っている最初の文字。


《好きだと》


 途中まで書いて、消されている。


 俺がセレフィナを見ると、既に顔が赤くなっていた。それでも彼女は逃げるように視線を逸らさなかった。


「これ、書き直した?」


「はい」


「何で?」


 すぐには答えが来なかった。


 けれど俺も急がせなかった。


 ここは仕事の場所ではない。


 彼女には答える義務もない。


 やがてセレフィナは呼吸を整え、ゆっくり口を開いた。


「当時、その言葉が何を意味するのか分からなかったからです。臣下としてなのか、宰相としてなのか、友人としてなのか。それとも女性としてなのか。自分でも分からないものを陛下へ伝えるべきではないと思いました。ですから、私が確実に言えることへ書き直しました」


「それでも会いたい、なら言えると思った?」


「はい」


「今は?」


 聞いてから、少し踏み込みすぎたかもしれないと思った。


「ごめん。言いたくなかったら無理に――」


「蓮さん。この家では、知らないことを知らないと言ってもよいのでしたね」


「あ、四十四番」


「はい。ですので、まだ分かりません」


「そっか」


「ですが、三百年経っても、あなたに会いたかったことだけは間違いございません」


 セレフィナは俺から視線を逸らさなかった。


 そこは迷っていなかった。


 俺も、それなら答えられる。


「俺も、戻ってきてくれてよかったよ」


 セレフィナの目が少しだけ大きくなり、それからいつもの綺麗な笑顔が浮かんだ。


 ただ、その笑顔は宰相として誰かへ向けるものではなかった。


「はい」


 静かな返事だけが、部屋に残った。


     ◇


 本を閉じた頃には、午後三時を少し回っていた。


「結局、百個のうち何個くらい達成してる?」


 俺が尋ねると、セレフィナは少し考えてから答えた。


「三百年前の時点で三十四項目ほどです。現在まで含めれば、もう少し増えているかと」


「意外とやってるな。今から数えてみる?」


「今日はやめておきます。数値化すると、達成率を上げたくなりますので」


「正しい判断!」


 危ないところだった。百個の休日目標が、宰相の手によって達成率や進捗率まで管理されるところだった。


「じゃあ、この本はどうする? 地球に持って帰る?」


 そう尋ねると、セレフィナはすぐには答えず、居間と本棚をゆっくり見回した。


「できれば、こちらに置いていただければと思います。この本に書いたことの多くは、ここでなら実現できそうですので」


「じゃあ、本棚に置いておこうか。家の本でいいだろ」


「……よろしいのですか」


「もちろん」


 俺がそう言うと、セレフィナはしばらく本を見つめたあと、静かに頷いた。


「はい」


 三百年前、王様を辞めた後の俺へ向けて書かれた一冊の本は、ようやく誰にも隠す必要のない場所を得た。


     ◇


 帰る準備を済ませて玄関へ向かい、預けていた王権端末を手に取ると、画面にはかなりの数の通知が溜まっていた。


「……多いな。ノアから十九件、リゼルから六件、ミーナから二件」


「ノアにしては予想より少ないですね。ミーナの内容は?」


「《夕食はどうなさいますか》と《帰宅予定時刻をお知らせください》。いつも通り」


「平常運転でございますね」


 問題はノアだった。


 通知欄には、《セレフィナとどこいる?》《本開けた?》《内容》《何書いてた?》《写真》《一ページだけ》《目次だけでも》と、段階的に要求を下げながらも諦めきれていない文章が並んでいる。


「全部無視でいいな」


「ありがとうございます」


 続いてリゼルからの通知を開く。


《本日の予定について問い質す意図はございません。ただ、三百年前、セレフィナの贈り物だけが他の品より長時間確認されていた記憶がございます》


 俺は思わず画面を二度見した。


「時間まで覚えてるのかよ……」


 横を見ると、セレフィナは何も言わず微笑んでいる。


 その笑顔が少しだけ楽しそうなのが、逆に怖い。


「どう返信する?」


「蓮さんの御判断にお任せします」


「絶対楽しんでるよね」


「多少は」


 認めた。


 俺は少し考え、三人へ同じ文章を送った。


《普通の本だった》


 送信して一秒も経たないうちに、ノアから《嘘》と返ってきた。


「何で即断できるんだよ!」


 さらにリゼルから、《その御回答は、三百年前にも伺いました》。


 俺は顔を覆った。


「留守番、同じこと言ってるじゃん……」


 追い打ちのようにミーナからも、《その際も、皆様の間で少々揉めました》と届く。


「だったら先に教えてよ!」


 三百年前の俺は、同じ問題に直面し、同じ答えを返し、そして同じように失敗していたらしい。


 十五年分の未同期記憶。


 こういう時こそ先に必要なところだけ受け取っておけばよかったかもしれない。


 俺が頭を抱えている横で、セレフィナはとうとう声を上げて笑った。


「笑ってる場合じゃないよ」


「申し訳ございません。ただ、三百年前とまったく同じことをなさるので」


「元が俺だから仕方ないだろ!」


 そこへまた通知が入る。


 リゼルからは《次は私の徽章でしょうか》、ノアからは《私の魔導具》、そしてミーナからは《お二人とも、蓮様がお決めになります》と届いた。


「ミーナ偉い。ちゃんと分かってる」


 そう思った直後、もう一件。


《なお、私の贈り物の確認時間は二時間四十七分でした》


「ミーナも参加してる!」


 セレフィナは再び笑いながら靴を履き終えた。


「蓮さん。次も、ある程度は覚悟なさった方がよろしいかと」


「リゼルとノア、どっちが危ない?」


「それは申し上げられません。ただ、他人から聞くよりも、本人と御覧になった方がよろしいと思います」


 確かに、ミーナの家の鍵も、セレフィナの本も、本人と二人で確認したからこそ聞けた話があった。


「じゃあ次も順番は決めない。自然に機会が来た方からにする」


「賢明かと存じます」


 俺も玄関を出ようとした、その時だった。


 王権端末に、今までとは少し違う通知が表示された。


《経験情報・自動関連付け》


 開いてみると、《現在の出来事と関連する未同期経験情報を検出》という説明の下に、ひとつの題名が表示されていた。


《セレフィナの本を三人に見つかった日》


「……これは、いらないな」


 反射的に閉じようとしたところで、隣にいたセレフィナの声が飛んできた。


「蓮さん。それだけは、本当に御覧にならないでください」


 今までの照れ方とは違う。


 本気だった。


「そんなに?」


 気になって詳細を開くと、《感情負荷――低》と表示され、その下にはさらに余計な一文まであった。


《推奨分類――喜劇》


「喜劇扱いなの!?」


「蓮さん。お願いいたしますから、本当におやめください」


「分かった、今日は見ない」


「今日は、ですか?」


 問い返され、俺は言葉に詰まった。


「……保留で」


「蓮さん!」


 三百年前。


 別に知らなくても困らないし、今後の国家運営にも、おそらく何の影響もない。


 それなのに、知ってはいけないと言われれば言われるほど気になる記憶が、また一つ増えてしまった。


 俺は玄関を出ながら王権端末を閉じ、横でまだ抗議しているセレフィナの声を聞き流した。


 少なくとも今日は、開かない。


 たぶん。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。