第45話 『王様じゃなくていい家』に四人を呼んだら、元部下たちが休日の過ごし方を知らなかった
三百年前から残っていた《王様じゃなくていい家》へ、今度は四人で行こう。
俺がそう決めてから数日後の午後、旧王都住宅区の細い道を歩く俺の後ろには、リゼル、セレフィナ、ノア、ミーナの四人が揃っていた。
前回はミーナと二人だったのでほとんど目立たなかったが、今回は事情が違う。地球式の私服に着替えているとはいえ、銀髪のリゼル、長い金髪のセレフィナ、小さな角を持つノア、猫耳のミーナがまとまって歩いているのだから、普通なら嫌でも視線を集めるだろう。
ただ、ここはアステリアだ。異種族そのものは珍しくないうえ、四人とも今日は身分を示す服装や徽章を身につけていない。そのため通行人が多少振り返る程度で、俺たちを建国王とその側近だと気づく者はいなかった。
「本当に護衛はいないんだよな?」
歩きながら念のため確認すると、リゼルの視線がわずかに泳いだ。
「旧住宅区外周には通常警備を担当する衛士がおりますが、我々のために増員はしておりません。私自身も、本日は近衛騎士団長としてではなく……その……」
「リゼルとして来た?」
続きを促すと、彼女は少しだけ照れたように頷いた。
「はい。そのつもりでおります」
言い切るまでには少し時間が掛かったものの、以前に比べればずっと自然だった。
その隣では、セレフィナが何も持っていない両手を何度も確かめている。普段なら書類か情報端末のどちらかは必ず持っている人なので、手ぶらで歩いているだけで落ち着かないらしい。
「セレフィナも、本当に仕事は持ってきてない?」
「もちろんでございます。緊急案件につきましては副宰相へ権限を委任し、本日の定例決裁もすべて前倒しで終了しております」
「休むための準備が大仕事になってない?」
「国政を停滞させず私が休息するためには、必要な措置ですので」
真顔で答えられ、俺は思わず苦笑した。
「そのうち、そこまで準備しなくても普通に休めるようになろうな」
「努力いたします」
冗談を言っている様子はまったくない。どうやら本気で訓練課題だと思っているらしい。
一方、ノアには別の問題があった。
「ノア」
「何」
「右のポケットだけ妙に膨らんでない?」
「服の形」
「左右で違うの?」
「流行」
あまりにも平然と言うので一瞬信じそうになったが、ミーナが無言で視線を向けると、ノアは数秒だけ抵抗するようにこちらを見返した末、諦めてポケットへ手を入れた。
出てきたのは、手のひらより少し小さな黒い板だった。
「何これ」
「簡易構造解析器」
「研究道具じゃん!」
「小さい」
「大きさの問題じゃないって前回も言われただろ!」
ミーナが無言で手を差し出すと、ノアはしぶしぶ黒い板をその手へ置いた。
ところが、反対側のポケットも僅かに膨らんでいる。
「そっちも出して」
「お菓子」
「本当に?」
「半分」
「残り半分は?」
「記録結晶」
「没収」
今日も家へ入る前から先が思いやられた。
◇
古い玄関扉の前まで来ると、四人の様子が少し変わった。
リゼルは懐かしそうに扉を眺め、セレフィナは細めた目で壁や窓を静かに見回している。ノアも、さっきまで没収された研究道具を気にしていたのが嘘のように黙っていた。
「三人とも、ここへ来たことはあるんだよな?」
「ございます。もっとも、私が最後に訪れたのは二百九十年以上前になりますが」
リゼルの答えを聞いた瞬間、俺は思わず玄関扉へ視線を戻した。
「その言い方されると、急に歴史遺産っぽくなるな」
「蓮さん、この場所を歴史遺産として扱う必要はございません。当時も、私たちはそうしておりましたので」
途中で《陛下》と言いかけたのかもしれない。しかしリゼルは家の規則を思い出したらしく、きちんと名前で呼び直した。
「うん。その方がいい」
俺は前回と同じ鍵を差し込み、少し硬い錠を回す。三百年前から変わらない小さな音が鳴り、古い扉がゆっくり開いた。
その瞬間、ノアが俺の脇から中を覗こうとしたので、ミーナが後ろから襟を掴んで止めた。
「ノア様。先に規則を確認いたします」
「覚えてる」
「では一つ目を」
「仕事を持ってこない。二つ目は王命禁止。三つ目は、腹が減ったら言う。四つ目は眠かったら寝る」
そこまでは順調だったが、五つ目でノアが黙り込んだ。
「何だっけ」
「帰りたくなったら帰る、だよ」
俺が教えると、ノアは納得したように頷いた。
「それは使わない。今日は帰らない」
「夕方には帰るんだから、宣言しなくていいよ」
やり取りを聞いていたセレフィナが小さく笑い、リゼルも少し肩の力を抜いた。
玄関横には、前回と同じ籠が置かれている。王権端末や仕事用通信具を預けるための場所だ。
俺が最初に端末を入れると、ミーナも自分の業務用通信具を置いた。セレフィナは少し名残惜しそうに端末を見つめていたが、やがて覚悟を決めたように籠へ収める。
問題はリゼルだった。
「リゼル。その腰のやつは?」
今日は鎧姿ではない。しかし長めの上着の下には、細身の剣が一本だけ隠されていた。
「こちらは職務道具ではございません。私物です」
「剣だよね?」
「はい。護身用でございます」
「私物なら仕事じゃない理論?」
俺が半分呆れながら言うと、リゼルは至って真面目に頷いた。
少し考えたが、武器そのものを置けとまで言う必要はないだろう。リゼルにとって剣は、俺がスマホを持ち歩くのと同じくらい身体に馴染んでいるものなのかもしれない。
「じゃあ抜かなければいいよ。ただ、庭の枝とか斬らないでね」
「いたしません」
「三百年前にやった?」
リゼルが一瞬だけ黙った。
「……一度だけ」
「やったんだ」
後ろでノアが声を殺して笑った。
◇
全員が仕事を手放して居間へ入ったところで、俺は早くも別の問題へ直面した。
誰も座らない。
ソファが一つ。椅子が四脚。それから窓辺に小さな長椅子まである。選択肢は十分あるのに、四人とも立ったまま互いの様子を窺っていた。
「……何してるの?」
問いかけても返事がない。
リゼルがソファを見て、セレフィナも同じ場所へ視線を向ける。ノアは俺の動きを観察していて、ミーナだけが全員を見ながら困ったように微笑んでいた。
原因にはすぐ気づいた。
「席順、決めないからな」
四人の視線が一斉に集まる。
「ここでまで近侍席制度を復活させない。座りたいところへ自分で座って」
「しかし、蓮さんはどちらへ?」
「それを聞くから始まるんだよ!」
俺は一番近くにあった椅子を適当に引き、そのまま腰を下ろした。
「俺はここ。あとは自由」
言い終わった直後、ノアが隣の椅子へ座った。
「早い!」
「自由」
「間違ってないけど!」
リゼルとセレフィナがほぼ同時に動きかけ、互いの存在に気づいて止まる。
「……どうぞ」
「リゼルこそ」
「私はどこでも構いません」
「私も場所への希望はございません」
「二人とも俺の反対側の椅子見ながら言うなよ!」
結局、ミーナが「私はお茶を用意してまいります」と席を外したことで一脚空き、何となく収まった。
ところが五分後、ミーナがお茶を持って戻ると今度は彼女の座る場所がなくなってしまった。
「俺が移るよ」
「いいえ、蓮はそのままで構いません」
「家なんだから遠慮しなくていいって」
「では」
ミーナは少し考え、窓辺の長椅子へ座った。
ただそれだけのことだった。
誰も損をしていないし、世界も滅びていない。三百年前の俺が百年以上続く席順制度を作ったことを考えると、最初からこうすればよかった気がする。
◇
ところが席問題を片づけても、四人はなかなか落ち着かなかった。
セレフィナは三分ほどすると無意識に胸元へ手を伸ばし、そこに端末がないことへ気づいて指を止める。リゼルは窓の外で何か音がするたびに反射的に視線を向け、ノアは壁の継ぎ目を眺めながら「前と材質違う」と呟いていた。
ミーナだけは比較的いつも通りに見えたが、よく観察すると俺のカップが半分になるたびに立ち上がろうとしている。
「ちょっと待って。もしかして、何したらいいか分からない?」
問いかけると、四人とも微妙に黙った。
図星らしい。
「今日は仕事じゃないし、観光でも記憶検証でもない。ただ家に来ただけなんだから、好きなことをしていいんだよ」
「好きなこと、と申されましても……蓮さんの護衛以外で、という意味でしょうか」
「もちろん」
リゼルは本気で考え込み、それからようやく答えを出した。
「では、剣の手入れをしたいと思います」
「それ、半分仕事じゃない?」
「趣味でもございます」
「じゃあ、それはあり」
即答すると、リゼルは少し意外そうな顔をした。どうやら《休め》と言われた以上、剣そのものを触ってはいけないと思っていたらしい。
「セレフィナは?」
「本を読みたい、とは思いますが……蓮さんと皆で来ている時に、一人で読書をしてもよろしいのでしょうか」
「いいよ。ずっと会話し続ける決まりなんてないし」
「……なるほど」
本当に新しい制度を教えられたような顔で納得するのはやめてほしい。
「ノアは?」
「家を調べたい」
「研究じゃなければ」
「床下」
「それは研究」
「屋根裏」
「研究」
「壁」
「研究!」
全部却下され、ノアは不満そうに頬を膨らませた。
「じゃあ何もない」
「お菓子食べたら?」
ノアは少し考えたあと、自分のポケットへ手を入れた。
「ある」
「さっき本当にお菓子も入ってたんだ」
「半分は本当」
「半分だけな」
最後にミーナを見る。
「ミーナは?」
「皆様が快適に過ごせるように――」
「それじゃなくて、自分がしたいこと」
そこでミーナは完全に止まった。
猫耳が少し伏せられ、視線がテーブルの上を彷徨う。料理や掃除ならいくらでも即答できるはずなのに、《自分がしたいこと》と聞かれると、それだけで答えが出なくなるらしい。
「料理?」
「好きですが、今は皆様のお食事を御用意する必要がございません」
「必要じゃなくても、作りたければ作っていいよ」
「では……」
一度言いかけてから、ミーナは自分で首を横へ振った。
「本日は、作らないことにいたします」
「お」
「蓮が前回、私に《自分のためにも休め》とおっしゃいましたので。今日は一度、それを試してみます」
そう言って座り直したものの、両手を膝へ置いたミーナは明らかにそわそわしていた。
三百年以上、一国の生活を支え続けてきた人たち。
仕事をさせれば誰より上手い。判断を求めれば即座に答えるし、国家規模の危機にさえ対応できる。
なのに、何もしなくていい午後の過ごし方を知らない。
俺は何とも言えない気分になった。
◇
「そういえば」
前回来た時に見た《この家の規則》を思い出し、壁へ視線を向けると、その横にもう一枚、薄い板が掛かっていることに気づいた。
埃除けの布を外してみる。
《今日やりたいこと》
「これ、前からあった?」
リゼルが立ち上がり、懐かしそうに文字を眺めた。
「まだ残っていたのですね。昔、この家を皆で使用した際に使っておりました」
「何を書いてたの?」
古い文字を順番に読む。
《レグナ――昼寝》
「最初からやる気ない!」
《リゼル――剣の手入れ》
「今と同じだ!」
リゼルが少し気まずそうに視線を逸らした。
《セレフィナ――静かな場所で本を一冊読む》
「セレフィナも同じ!」
《ノア――家を分解する》
「駄目だろ!」
「止められた」
「当然だよ!」
最後。
《ミーナ――四人と同じ部屋にいる》
俺はそこだけ、少し長く見た。
「ミーナ。これだけ?」
「はい。当時は、それで十分でしたので」
ミーナは少し照れたように微笑んだ。
その隣には別の日の記録も残っている。
《レグナ――何もしない》
《リゼル――レグナと散歩》
《セレフィナ――昼まで寝る》
「セレフィナ!?」
「……当時、三日ほどほとんど眠っておりませんでしたので」
「それ休みじゃなくて倒れる寸前だよ!」
《ノア――お菓子》
「今と同じ」
「好きだから」
《ミーナ――自分の服を買いに行く》
その文字を見たミーナが、懐かしそうに目を細める。
どうやら昔の俺たちも、同じことをしていたらしい。
休み方が分からない四人へ、その日にやりたいことを一つだけ決めさせる。
壮大な制度でも、建国王の教えでもない。
ただそれだけ。
「じゃあ、今日もやる?」
俺が尋ねると、四人の表情が揃って少し柔らかくなった。
◇
紙を一枚ずつ配り、ペンを五本用意する。
わざわざ制度にするつもりはないので、古い板へ新しい文字を刻むこともしない。
「好きなのでいいからね。俺に合わせなくていいし、全員同じじゃなくてもいい」
そう伝えてから、自分も今日やりたいことを考える。
せっかく五人で来た。でも、特別なことをする必要はない。
少し迷ってから。
《蓮――ここで夕方までだらだらする》
そう書いた。
「蓮さん。これは《何もしない》と何が違うのでしょうか」
「ちょっと楽しそうにした」
「なるほど」
「納得するんだ」
リゼルは自分の紙へ、《庭で剣の手入れをして、そのあとお茶を飲む》と書いた。
セレフィナは、《ソファで本を読み、眠くなったら寝る》。
「本当に寝てもよろしいのでしょうか」
「家の規則第四条」
俺が壁を指すと、そこには確かに《眠かったら寝る》と残されている。
セレフィナはしばらくその文字を見つめてから、静かに頷いた。
ノアは、《お菓子を食べて、蓮に地球の遊びを教えてもらう》。
「研究は?」
「今日はしない」
「偉い」
「褒めて」
「偉い偉い」
「子供扱い」
「どっちだよ!」
最後に、ミーナ。
しばらく考えた末。
《何もしない皆様を見る》
「ミーナ、それ結局いつものミーナじゃない?」
「……」
「自分のことを書いて」
本当に困った顔をした。
それでもしばらく考えたあと、紙へ新しく書き直す。
《昼寝》
「お」
「一度、してみます」
「いいね」
たったそれだけのことなのに、ミーナは国家間条約へ署名した時より緊張しているように見えた。
◇
その後の二時間。
本当に、何も起きなかった。
リゼルは庭先でゆっくり剣を手入れし、終わると居間へ戻ってお茶を飲んだ。
セレフィナは本棚から一冊を選び、ソファへ身体を預けて静かに読み始める。
ノアには、地球から持ってきたトランプを教えた。
「数字揃えるだけ?」
「ポーカーなら基本はね」
「簡単」
「じゃあやる?」
「やる」
十分後。
俺は三連敗した。
「何で初見でそんな強いの?」
「蓮、顔に出る」
「嘘」
「スペード一枚引いた時、ちょっと笑った」
「観察するな!」
「遊びだから仕事じゃない」
「確かに!」
反論できない。
その横では、ミーナが長椅子へ横になっていた。
最初の二十分ほどは目を閉じても猫耳だけがずっと動いていたが、いつの間にか本当に眠ったらしい。呼吸がゆっくりになり、耳もぴくりとも動かなくなっている。
「寝たな」
声を落として言うと、リゼルが驚いたように振り返った。
「珍しいことです。ミーナが我々全員のいる場所で先に眠ることは、ほとんどございません」
本を読んでいたセレフィナも顔を上げる。
「最後に拝見したのは……おそらく百年以上前かと。彼女は誰かが起きている間、自分も起きていようとしますので」
「そんなレベル?」
「はい」
俺は眠っているミーナを見る。
前回、俺がここへ来た時。
ミーナは三百年間守っていた家へ俺を案内した。
そして今日は。
ようやく、その家で本人が眠っている。
「起こさないでおこう」
「はい」
リゼルも静かに笑った。
セレフィナは再び本へ戻り、ノアが声を潜めながらカードを配る。
家の中は、驚くほど静かだった。
三百年ぶりに五人が揃っているというのに、誰も歴史について話さない。王国についても、世界間交流についても、次の仕事についても話さない。
ただ、一人は剣を拭き、一人は本を読み、一人はカードを並べ、一人は眠っている。
俺はその光景を眺めながら、三百年前の留守番がこの家を《王城より帰りやすい》と書いた理由を、少しだけ理解できた気がした。
◇
夕方になる頃、ミーナが目を覚ました。
最初の数秒は状況を理解できていないらしく、ぼんやりとした顔で俺、リゼル、セレフィナ、ノアを順番に見ていく。
「どれくらい眠っていましたか」
「一時間ちょっと」
「……申し訳ございません。お茶の追加もせずに」
「何で謝るの。誰も困ってないよ」
「ですが」
「今日やりたいこと、ちゃんと達成したじゃん」
俺は《昼寝》と書かれた紙を指した。
ミーナは少し恥ずかしそうに猫耳を伏せる。
「はい。それと……とても、よく眠れました」
「なら大成功」
セレフィナも本を閉じた。
「私も、一冊読み終えました」
「寝なかった?」
「途中で二十分ほど」
「寝たんだ!」
「家の規則に従いました」
「いいじゃん」
リゼルも穏やかな表情で剣を鞘へ戻している。
「私も、久しぶりに急がず剣を手入れすることができました」
「ノアは?」
「蓮に十一勝四敗」
「それは報告しなくていい!」
俺だけ被害が大きかった。
それでも、全員どこか朝より表情が柔らかい。
「また来ようか」
誰へともなく言った。
今回は誰も申請書や優先順位の話をしなかった。
「はい。また来たいです」
「私もぜひ」
「来る」
「私も御一緒したいと思います」
普通に。
それだけ返ってきた。
少しずつ。
本当に少しずつだけど。
こういうのでいいらしい。
◇
帰る前。
セレフィナが本棚へ本を戻そうとして、ふと手を止めた。
「どうした?」
「いえ。本日、久しぶりに仕事と無関係な書物を読んでいて、思い出したことがございまして」
「何?」
「三百年前、私も陛下――いえ、蓮さんへ、一冊の本をお渡ししたことを思い出しました」
「あ」
俺もすぐに思い出す。
《蓮に返す箱》。
最後に残っていた四つの贈り物。
リゼルの銀色の徽章。
セレフィナの本。
ノアの黒い魔導具。
そしてミーナの布袋。
ミーナのものは、もう開けた。
残りは三つ。
「そういえば、まだ開けてないな。中身、セレフィナは覚えてる?」
「もちろんでございます」
「何の本?」
そう尋ねた瞬間。
セレフィナが黙った。
さっきまで普通だった表情が僅かに崩れ、頬がほんの少しだけ赤くなる。
「……セレフィナ?」
「一つだけ、お願いがございます」
「何?」
「開く際は、この三名がいない時にお願いいたします」
リゼル、ノア、ミーナを順番に見る。
途端に。
空気が変わった。
「セレフィナ」
リゼルの声が少しだけ低くなる。
「その書物について、私は内容を聞いておりませんが」
「当然です。私から陛――蓮さんへ個人的にお渡ししたものですので」
「何書いた?」
ノアの目が完全に起きている。
「ノアには関係ございません」
「気になる」
「関係ございません」
その横で、ミーナが少し考えるように目を伏せた。
「そういえば三百年前、皆様へ知られた際に最も揉めたのは、確かセレフィナ様の贈り物だったような」
「ミーナ!」
「今、思い出しました」
「なぜ今なのですか!?」
俺は、留守番が残した注意書きを思い出した。
《絶対に四人同時に開けるな》
《面倒なことになる》
ミーナの家の鍵だけでも、十分に重かった。
どうやら次は。
もっと面倒らしい。
「……セレフィナ」
「はい」
「次はこれでいい?」
俺が尋ねると、普段なら三億人の国家を相手にしても表情を崩さない宰相が、珍しくはっきりと視線を逸らした。
「できれば」
少しだけ言葉を選んだあと、セレフィナは小さな声で続ける。
「覚悟をなさってから、お願いいたします」
「本だよね?」
俺の問いには。
とうとう答えてくれなかった。
三百年前の俺は、一体何をもらったのだろう。
王様じゃなくていい家で過ごした、何も起きないはずの休日。
それは最後の最後で。
次に開ける贈り物だけを。
きっちり厄介な形で残していった。




