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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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43/50

第43話 三百年前にミーナからもらった布袋を開けたら、『王様じゃなくていい家』の鍵が入っていた



 三百年前の俺――留守番が残した注意書きには、かなり強い調子でこう書かれていた。


《四つの贈り物は、一人ずつ本人がいる時に開けろ》


《絶対に四人同時に開けるな》


《面倒なことになる》


 経験者の言葉は重い。


 しかも、その経験者はほぼ俺である。性格も考え方もかなり似ているらしく、十五年分の引継ぎ記録を読めば読むほど、「俺でもそうする」と思うことばかりだった。


 ならば忠告には従おう。


 問題は、誰から開けるかだった。


 リゼル、セレフィナ、ノア、ミーナ。順番を決めれば、それだけで三百年前の《近侍席交代制》が復活しかねない。


 だから俺は決めなかった。


 偶然、その日の夕食担当だったミーナが地球へ来た。


 それだけを理由にした。


「先に言っておくけど、順番じゃないからね」


 夕方。俺のマンションの台所で、ミーナは鍋の蓋を開けながら小さく首を傾げた。


「何のことでしょうか」


「贈り物」


「ああ」


 猫耳がぴくりと動いた。


 絶対に分かっていた顔だ。


「今日はミーナが来てるから、ミーナのを開ける。それだけ。第一番とか優先順位とか、そういう意味は一切ないから」


「承知しております」


「本当に?」


「はい。蓮様が、そのようなことで順位をお決めにならないことは理解しております」


 穏やかに返され、俺は少し安心した。


 ミーナは煮込み料理の味を確認すると、何事もなかったように続ける。


「ですので、リゼル様たちには既に《本日の開封は偶然であり、優先順位を示すものではございません》と連絡しておきました」


「もう根回ししてる!」


「不要でしたでしょうか」


「いや……必要だったと思う自分が悲しい」


 三百年の実績がある。


 俺が何も言わなければ、リゼルは《護衛上の安全確認》を理由に通信参加を求め、セレフィナは《歴史資料確認》と言い出し、ノアは説明なしで勝手に覗きに来る可能性がある。


「ちなみに三人は?」


「リゼル様からは《承知した》、セレフィナ様からは《異論ありません》と。ノア様からは《映像だけ送って》と返答がございました」


「最後の一人だけ分かってないな」


「却下しておきました」


「ありがとう」


 元王宮侍女長。


 強い。


     ◇


 夕食を終えてから、俺は例の布袋をテーブルへ置いた。


 三百年前のものなのに、不思議なくらい傷んでいない。保存魔法のおかげらしいが、布そのものは特別高価なものには見えなかった。淡い生成り色で、口を細い紐で結ぶだけの小さな袋だ。


 表面には、小さな刺繍がある。


 王家の紋章でもなければ、俺がゲーム時代に使っていたマークでもない。


 小さな家。


 煙突。


 窓。


 そして、その横に一本の木。


「これ、ミーナが縫った?」


「はい」


「三百年前に?」


「正確には、建国暦十三年のものです」


 ミーナは俺の向かいへ座った。今日は侍女服ではなく、地球で仕事をする時に着ている落ち着いた私服だ。それでも姿勢や動作には王宮侍女長だった頃の癖が残っている。


「留守番の帳面には《正式にもらった》って書いてあった」


「はい。私から当時の陛下へ、個人的にお渡しいたしました」


「侍女としてじゃなく?」


「一人のミーナとして、です」


 その言い方だけで、少しだけ空気が変わった。


 俺は袋の口へ手を掛ける。


「開けてもいい?」


「もちろんです」


 紐を解く。


 中から出てきたのは、まず小さな布だった。広げてみればハンカチのようで、端に俺の名前が刺繍されている。


《REGNA》


「レグナだ」


「当時は、地球のお名前を存じませんでしたので」


「そりゃそうか」


 次は、小さな金属製の筒。


「これは?」


「携帯用の調味料入れです」


「何で?」


「陛下は外出先の料理が薄いと、時折御自分で香辛料を足しておられました」


「俺、そんなことしてたの?」


「はい。それで二度ほど入れすぎて」


「そこから先はいらない」


「水を三杯」


「詳細もいらない!」


 ミーナの口元が僅かに緩む。


 その次には、硬くなった飴が二つ。


「非常食?」


「当時はもっとございました」


「食べた?」


「陛下が」


「俺か」


「はい」


「保存用じゃなかったの?」


「《腹が減ったから》と」


「俺だなあ……」


 留守番。


 人のことを言えない。


 そして。


 袋の底。


 指先に硬いものが触れた。


 取り出す。


「鍵?」


 小さな鍵だった。


 王城の巨大な門を開けるようなものではない。古びた真鍮色で、地球の古い家でも使っていそうな、ごく普通の鍵。


 ただし。


 柄の部分に。


 小さな文字が刻まれていた。


《HOME》


「……ホーム?」


 ミーナは答えなかった。


「これ、何の鍵?」


「家です」


「それは見れば何となく分かる」


「蓮様の家です」


「俺の?」


「はい」


 俺は鍵を見る。


 それからミーナを見る。


「王城じゃなく?」


「違います」


「別邸?」


「いいえ」


「保養所?」


「違います」


「じゃあ」


 ミーナは少し考えてから、三百年前と同じことを説明するようにゆっくり言った。


「王様でなくてよい家、と当時は申し上げました」


 俺の手が止まった。


     ◇


 話は、建国暦十二年の冬まで遡るらしい。


 まだアステリア王国の制度が完成していなかった時代。建国王レグナには、一日に何十件もの決裁と報告が集まっていた。


 もちろん、ゲームへログインしていた俺は、そのすべてを実際に処理していたわけではない。


 俺の感覚では、クエストを受けたり、施設を建てたり、イベントを進めたりしていただけだ。


 しかしアステリア側では、その裏側に現実の国家運営があった。


「当時の陛下は、よくおっしゃっていました」


「何て?」


「《どこ行っても仕事持ってくるな》と」


「言いそう」


「庭へ行けば文官が参りました」


「うん」


「食堂へ行けば各部署の責任者が」


「うん」


「浴場の前で待っていた者も」


「そこは止めて!」


「処罰いたしました」


「良かった」


「寝室へ書類を持ち込んだ者もおります」


「ブラック企業どころじゃないな、王様」


「そのため、陛下が一度」


 ミーナは当時の言い方を思い出すように、少しだけ間を置いた。


「《俺が王様じゃない場所、一個くらいないの?》と」


 冗談。


 たぶん。


 俺なら軽い気持ちで言う。


 仕事が多い時に、「会社じゃない場所へ逃げたい」と言うのと大差なかったはずだ。


「それで?」


「買いました」


「何を?」


「家を」


「実行したの!?」


 さすが元部下。


 そこだけは三百年前からまったく変わっていない。


「待って。誰が買ったの?」


「私です」


「ミーナが?」


「はい。当時いただいていた給与から」


「自腹!?」


「それほど高価な家ではありませんでした」


「そういう問題じゃないよ!」


 王都の中心から少し離れた場所に、小さな住宅街があったらしい。


 商人。


 職人。


 役人。


 普通の人たちが暮らす区画。


 そこに。


 二階建ての小さな家を一軒。


 ミーナは自分の給料で買った。


「何でそこまで」


「陛下が必要だとおっしゃいましたので」


「いや、たぶん愚痴だったと思う」


「後ほど理解いたしました」


「買った後!?」


「はい」


「昔から行動が早い!」


 ミーナは少し申し訳なさそうに猫耳を伏せたが、その顔にはどこか懐かしさもあった。


「買った家を俺に?」


「所有権そのものは私のままでした」


「え?」


「陛下へお渡ししようとしましたところ、《家は重い》と拒否されましたので」


「昔の俺、まとも!」


「ですので、鍵だけを」


「それも結構重くない?」


「お断りになりました」


「ちゃんと断ってる!」


「三回」


「三回も渡そうとしたの!?」


「四回目に受け取っていただきました」


「押し切られてる!」


 留守番。


 負けたらしい。


     ◇


「それで、この袋?」


「はい」


 ミーナは布袋へ視線を落とした。


「陛下が地球へ戻られる時、必要になるかもしれないと思いまして」


「家の鍵が?」


「当時の私は、地球がどのような場所か存じませんでした」


「そうだよね」


「ですから」


 ハンカチ。


 飴。


 調味料。


 そして鍵。


「もし地球へ帰る途中で困ったら使えるように、と」


「途中?」


「世界を越える旅が、どれほどの日数を要するのか分かりませんでしたので」


「ああ……」


 ミーナたちにとって。


 俺のログアウトは。


 地球へ瞬間移動することではなかった。


 どこか遠い場所へ帰っているように見えた時期もあったのだろう。


「だから旅支度を」


「はい」


「でも家の鍵は旅に使えないよ」


「戻ってきた時に必要です」


「……」


「陛下が」


 一度。


 ミーナは言葉を止めた。


「もし王城へ帰りたくない日があれば」


 俺は何も言わなかった。


「王になりたくない日があれば。誰からも命令を求められず、何も決めたくない日があれば、その家へお戻りいただければよいと思いました」


「戻る」


「はい」


「行く、じゃなく?」


「はい」


 ミーナは自然に頷いた。


「家ですので」


 短い言葉だった。


 でも。


 何となく。


 胸に残った。


     ◇


「その家」


「はい」


 俺は一番大事なことへ気づいた。


「もうないよね?」


 三百年以上。


 普通の住宅だ。


 王城みたいに歴史的建造物として保存される理由もない。


 ところが。


 ミーナは黙った。


「……ミーナ?」


「ございます」


「あるの!?」


「はい」


「三百年経ってるよ!?」


「何度か修繕しております」


「何度かって何回?」


「大規模修繕は十三回です」


「十三回!」


「屋根は二十七回」


「別集計なの!?」


「床は――」


「もういい!」


 嫌な予感がした。


「もしかして」


「はい」


「ずっと維持してた?」


「はい」


「三百年?」


「はい」


「俺いなかったよね?」


「はい」


「何で!?」


 ミーナは本当に不思議そうな顔をした。


「帰ってこられるかもしれませんので」


 あっさり。


 言った。


 三百年間。


 誰も住んでいない家を。


 帰ってくるかもしれない人間のために。


 ずっと。


「……ミーナ」


「はい」


「それ、ミーナ自身でずっと?」


「最初の百年ほどは」


「百年!?」


「その後は、管理を任せられる方がおりましたので」


「そういう問題じゃなくて」


「現在は王宮施設管理局が」


「国家管理になってる!」


「私有財産保全業務として委託しております」


「制度ができてる!」


 三百年。


 長すぎる。


 本当に。


 何でも制度になる。


「じゃあ今も」


「清掃済みです」


「何で今の話になるの?」


「先週」


「先週!?」


「蓮様がアステリアへ自由に往来できるようになりましたので」


 俺。


 嫌な予感。


「ミーナ」


「はい」


「俺に言わずに?」


「清掃だけです」


「家具は?」


「交換いたしました」


「寝具」


「新調しております」


「食器」


「地球式も一部」


「完全に住める状態にしてる!」


「家ですので」


 強い。


 この一言が。


 ものすごく強い。


     ◇


「見てみたい?」


 俺が鍵を見ながら言うと、ミーナの猫耳がぴくりと動いた。


「……よろしいのでしょうか」


「俺のために三百年残してたんでしょ」


「はい」


「だったら見ない方がおかしい」


「ですが、本日は既に遅い時間です」


 壁時計を見る。


 午後八時過ぎ。


「明日は?」


「蓮様は午前中、政府施設で検証予定がございます」


「午後は空いてる」


「私は」


 ミーナ。


 止まる。


「何?」


「空いております」


「じゃあ行こうか」


「……」


「嫌?」


「まさか」


 今度は。


 少し困ったように笑った。


「三百年間」


「うん」


「鍵をお渡しするところまでは、何度も想像しておりました」


「うん」


「ですが」


 視線。


 少し下がる。


「御一緒に家へ入るところまでは」


 そこまで言って。


 本人も何かに気づいたらしい。


 猫耳。


 ぴん、と立つ。


「違います」


「まだ何も言ってないよ」


「今の表現には誤解が」


「大丈夫だから」


「私は純粋に、管理者として」


「うん」


「家へ御案内するという意味で」


「分かってる」


「本当ですか」


「分かってるって!」


 珍しく。


 ミーナが慌てている。


 俺は思わず笑ってしまった。


「笑わないでください」


「ごめん。でも、ミーナもこういうの気にするんだな」


「当然です」


「いつも冷静だから」


「蓮様が無防備すぎるのです」


「俺?」


「はい」


 ミーナ。


 少しだけ。


 こちらを見る。


「女性から家の鍵を渡されて、《じゃあ一緒に行こう》と平然とおっしゃる方は」


「三百年前の家だよ?」


「それでもです」


「……」


 言われると。


 少し。


 意味が変わって聞こえる。


「明日」


「はい」


「昼に行こう」


「はい」


「明るいうちに」


「……はい」


 なぜか二人とも。


 そこだけ強く確認した。


     ◇


 ミーナがアステリアへ帰ったあと。


 俺はテーブルに残された鍵と布袋を眺めていた。


 ハンカチ。


 調味料入れ。


 飴。


 家の鍵。


 高価なものは。


 一つもない。


 なのに。


 三百年。


 全部残っていた。


「留守番」


 帳面。


 最後のページを開く。


 ミーナの贈り物について。


 何か追記がないか探す。


 あった。


《ミーナ》


《袋》


《家の鍵入ってる》


「知ってたのか」


 次。


《最初いらないって言った》


「うん」


《三回断った》


「聞いた」


《四回目で負けた》


「そこまで一致してる」


 そして。


《家、一回だけ行った》


「……行ったんだ」


 俺は続きを読む。


《仕事持ってくるなって言ってあるから、誰も来ない》


《静か》


《すごくいい》


 少し。


 笑う。


《ミーナが掃除しすぎて、自分の家より綺麗》


「それは分かる」


《昼寝した》


「また寝てる」


《起きたら飯できてた》


「ミーナもいたの?」


 続き。


《ミーナは》


 そこで。


 文章。


 一度。


 消されている。


 書き直し。


《まあいい》


「何だよ」


 更に。


 最後。


《蓮》


《あの家は》


 少し間がある。


《王城より帰りやすい》


「……」


 次。


《たまに使え》


《ミーナ喜ぶ》


「余計なこと書くなよ」


 俺は苦笑しながら帳面を閉じた。


 その瞬間。


 スマホ。


 通知。


 リゼル。


《陛下》


「何?」


《明日午後、ミーナと旧王都住宅区へ向かわれると伺いました》


「情報早いな」


《念のため確認ですが》


 嫌な予感。


《護衛は》


「いらない」


 三秒。


 セレフィナ。


《歴史的建造物への訪問ですので、記録官を》


「いらない」


 二秒。


 ノア。


《家見たい》


「駄目」


 最後。


 ミーナ。


《皆様》


《明日は私と蓮様のみです》


 俺。


 画面。


 止まる。


 リゼル。


《承知しました》


 セレフィナ。


《承知いたしました》


 ノア。


《ずるい》


 ミーナ。


《三百年前の贈り物を確認するためです》


 ノア。


《私の時も二人?》


 セレフィナ。


《それは当然、公平に》


 リゼル。


《私も同条件を希望いたします》


「始まった!」


 三百年前の席順問題が。


 今度は。


《贈り物を開封する時は二人きり》


 という。


 新しい争点へ進化しようとしていた。


「制度にするなよ!」


 俺が慌てて送信すると。


 三人。


 同時。


《まだ何も申し上げておりません》


「言う気だっただろ!」


 数秒後。


 ミーナだけから。


 個人通信。


《蓮様》


「何?」


《明日は》


 少し間。


《ただの家ですので》


「うん」


《どうぞ、何も構えずにお越しください》


 俺は。


 テーブルの上の小さな鍵を見る。


 三百年前。


 王様じゃなくていい場所。


 俺がいなくなってからも。


 三百年間。


 ずっと。


 帰る人間を待っていた家。


《分かった》


 返信。


《ただ》


《はい》


《三百年分の掃除チェックとか始めないでね》


 少しして。


《努力いたします》


「努力なんだ……」


 明日。


 俺は。


 三百年前の自分が一度だけ帰った。


 もう一つの家へ。


 初めて帰ることになった。


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