第42話 三百年前の俺が『蓮に返す箱』を残していたので開けたら、元部下四人からの贈り物が全部入っていた
三百年前から続いていた席取り問題について、俺は一つだけ学んだ。
制度にしてはいけない。
順番を決めても駄目。優先順位を設定しても駄目。公平性を追求すると、四人はその公平な制度の中で最大限有利な位置を取りにくる。
だから翌日、政府施設の共同研究室でノアから「近侍席運用規程の代わりを作る?」と聞かれた時、俺は迷わず首を横に振った。
「作らない。俺がその都度決める」
「非効率」
「効率化した結果が百年以上続いた席順表だろ」
「安定運用」
「本人の知らないところで運用する制度は安定してても嫌なんだよ」
大型通信画面の向こうでは、リゼルが何とも言えない顔をしていた。セレフィナは書類へ目を落としているし、ミーナはお茶の準備をしながら会話へ参加していないふりをしている。
たぶん三人とも、昨日の件をまだ少し引きずっている。
「それに、四人とも希望があるなら普通に言えばいいだろ。空いてる日を見て、俺が決める。それで十分」
「では」
リゼルが姿勢を正した。
「次回の私的休息日につきましては――」
「今ここで先着順を始めない」
「……承知いたしました」
「危なかった」
セレフィナが静かに手を挙げる。
《では、申請期間を》
「設けない」
《抽選》
「しない」
《四半期単位の予定表だけでも》
「作らない!」
俺が即答すると、セレフィナは本気で残念そうな顔をした。
この人たちは国家を三百年運営してきただけあって、何でも制度にしようとする。
そして困ったことに。
俺も割とそっち側だったらしい。
三百年前の俺が作った近侍席交代制が、その何よりの証拠だった。
◇
「では、本日の検証を始めましょう」
高城さんの一言で、ようやく本題へ入る。
ここ数日調べているのは、ログアウト中の俺――通称《留守番》が残した十五年分の未同期経験情報だった。
全情報の同期率は、まだ二・八パーセント。
自動同期は停止し、俺が希望したものだけを少しずつ閲覧する方式へ変更している。
昨日は、三百年前から四人が俺の周囲の席を取り合っていたという、知らなくても国家運営には一切困らない情報を知った。
今日も低負荷の日常記憶から選ぶ予定だったのだが。
「一個、変なの見つけた」
ノアが言った。
「変じゃないものからお願い」
「記憶じゃない」
「じゃあ何?」
「関連物品」
空中へ新しい画面が開く。
《経験情報付随記録》
《分類――所有物》
《登録者――レグナ》
《保管場所――旧王城地下第三保管庫》
《名称――蓮に返す箱》
「……箱?」
「うん」
「今もある?」
「ある」
ノアが表示した王城図を見ると、確かに地下に小さな部屋が残っていた。
三百年前の旧王城。
現在の巨大な王城へ建て替えられる際も、その一角だけは保存区域として残されているらしい。
「何で今まで見つからなかったんだ?」
《見つかってはおりました》
セレフィナが答える。
「知ってた?」
《箱そのものの存在は。ただし、王権封印が施されていたため、開封できませんでした》
「誰も?」
《はい》
「リゼルでも?」
「無理でございました」
「ノアでも?」
「壊せば開く」
「開けなくて正解だった」
「三百年前も同じこと言われた」
「成長してないな」
ノアが少し不満そうに頬を膨らませる。
高城さんが資料を確認しながら尋ねた。
「名称が《蓮に返す箱》ということは、如月さん本人を受領者として指定しているのでしょうか」
「調べる」
ノアが認証情報を読み取る。
《所有者――レグナ》
《開封権限――如月蓮》
「分けてる」
俺は画面を見直した。
レグナ。
如月蓮。
三百年前の留守番は、その二つを明確に別人として扱っていた。
「開けますか」
水城さんに聞かれ、俺は少し考える。
「危険物は?」
「魔力反応なし」
ノアが即答した。
「呪物などの可能性は」
「なし」
「爆発は?」
「たぶん」
「七番」
「ない」
「最初からそう言って」
黒田医師も問題ないと判断したため、アステリア側で開封することになった。
◇
旧王城地下第三保管庫。
映像越しに見るそこは、想像していたよりずっと小さかった。
石造りの壁に囲まれた部屋。棚がいくつか並び、中央に木製の箱が一つ置かれている。
三百年も経っているのに腐っていないのは、保存魔法のおかげらしい。
「これ?」
「はい」
現地へ向かったリゼルが、箱の前へ膝をつく。
「私も、中を拝見したことはございません」
「リゼルも?」
「陛下――当時のレグナ様より、《蓮へ渡す物だから誰も開けるな》と申し付けられておりました」
「三百年間?」
「はい」
「誰も開けなかった?」
「はい」
「……律儀すぎない?」
《王命でしたので》
セレフィナの返答に、俺は少し困った。
「俺、命令待つなって言ったよね」
《命令を待たないことと、他人宛ての荷物を勝手に開封しないことは別問題でございます》
「それはそう」
言われてみれば正論だった。
俺は王権端末へ手を触れる。
《保管物開封申請》
《対象――蓮に返す箱》
《受領者認証》
《如月蓮》
《一致》
《開封を許可しますか》
「許可」
押す。
アステリア側。
箱の表面に刻まれていた淡い光が消えた。
「開きます」
「お願い」
リゼルが蓋を持ち上げる。
全員が画面へ顔を寄せた。
中にあったのは。
「……ガラクタ?」
思わずそう言ってしまった。
「陛下」
「ごめん!」
リゼルの声が一段低くなった。
金銀財宝ではない。
伝説の武器でもない。
古びた布。
小さな木彫り。
何かの欠片。
紙。
瓶。
細い紐。
用途すら分からない物が、三十点ほど丁寧に並べてある。
箱の一番上には、一冊の薄い帳面。
「引継ぎ?」
リゼルが表紙を映す。
《蓮に返すもの》
また。
留守番の字だった。
◇
一番目。
《リゼルからもらった剣帯の飾り》
《壊れたから交換した時、古い方をもらった》
《蓮がこういう装備品好きだった気がする》
箱から出てきたのは、銀色の小さな金具だった。
長年使い込まれているらしく、細かな傷が無数に残っている。
「これ、リゼルの?」
「……はい」
リゼルが驚いた顔で金具を見つめる。
「覚えてる?」
「もちろんでございます。近衛騎士団長へ就任する以前より使用していた剣帯の一部です」
「何で俺に?」
「当時の陛下が、不要になったのなら欲しいと」
「俺が?」
「はい」
「何で?」
「分かりません」
「留守番も分かってない!」
帳面に理由が推測で書かれている時点で、本人もよく分かっていなかったらしい。
「でも、俺こういうゲームの装備品好きだったからな」
「覚えておられるのですか」
「地球側の俺の話ね。設定資料集とか好きだったし」
リゼルは金具を両手で持ち、少しだけ笑った。
「では」
「うん」
「三百年前の陛下の推測は、正しかったのですね」
「みたいだな」
二番目。
《セレフィナの古い筆記具》
《新しいのに変えた時にもらった》
《蓮はセレフィナの執務机に置いてあるやつ欲しがってた》
セレフィナ。
固まる。
「欲しがってたの?」
《ゲーム時代の陛下が、装備画面を開かれる度に》
「うん」
《私の筆記具を選択なされていたことは》
「……」
《記憶しております》
「たぶんアイテム化できないか試してた」
《やはり》
「やはりなんだ」
ノアが笑っている。
三番目。
《ノアが最初に作った魔導石》
《失敗作》
《本人は捨てろって言ってる》
《取っとく》
「七番」
「何」
「これ覚えてる?」
「……」
画面の中。
ノアが珍しく黙った。
「ノア?」
「失敗作」
「うん」
「魔力蓄積、一秒しかできない」
「本当に初期のやつ?」
「うん」
箱から取り出された石は、親指ほどの大きさしかなかった。
今のノアなら、都市一つを支える巨大な魔導炉を設計できる。
世界を越える門まで作った。
そのノアが。
まだ何もできなかった頃。
初めて作った魔導石。
「これ」
「何?」
「まだあると思わなかった」
声が少し違った。
「捨ててほしい?」
俺が尋ねると。
ノアはすぐには答えなかった。
「……蓮のなら」
「うん」
「蓮が決めて」
「じゃあ取っとく」
「……うん」
四番目。
《ミーナの料理帳》
《新しい帳面に変えるって言うから古い方をもらった》
《蓮は料理できないけど、地球へ持って帰れば何か使えるかもしれない》
「最後、余計じゃない?」
《事実です》
ミーナが平然と答えた。
「俺だって簡単なのは作れるよ」
《野菜炒め》
「作れる」
《焦がします》
「毎回じゃない」
《三回確認しております》
「何で三回も!」
《現在の蓮様です》
「今の話!?」
三百年前どころか、地球へ来てから既に観察されていた。
料理帳を開く。
手書きの文字。
料理名。
材料。
分量。
その横に。
《陛下は香草少なめ》
《ノア様は辛味不可》
《リゼル様は肉を多めに》
《セレフィナ様は執務中でも食べやすく》
料理の作り方だけではなかった。
みんなの好み。
体調。
忙しい時。
疲れた時。
その日のための調整まで書かれている。
「……これ」
《はい》
「すごいな」
ミーナが少し目を細めた。
《ありがとうございます》
留守番は。
何でもない物を。
一つずつ。
取っておいた。
◇
箱の半分ほどを確認した頃。
俺は、ようやく規則性に気づいた。
「これ全部」
《はい》
セレフィナも気づいていたらしい。
「四人からもらった物?」
《そのようでございます》
誰かが俺へ正式な贈り物として渡したものもある。
いらなくなったから譲ったものもある。
昔の俺が勝手に欲しがったものもある。
価値なんてほとんどない。
だけど。
留守番は全部残した。
《蓮が来たら返す》
何度も。
同じことが帳面へ書いてある。
「何で返すんだろ」
俺が呟くと、高城さんが静かに答えた。
「自分の物ではないと思っていたのかもしれませんね」
「……ああ」
留守番は。
ずっと。
俺の代わりだと思っていた。
リゼルたちと過ごした時間。
もらった物。
思い出。
全部。
最終的には蓮へ返すもの。
「でも」
リゼルが言った。
「はい?」
「それらをお渡しした相手は」
一度。
「間違いなく、当時の陛下でした」
「……」
「我々にとっては」
セレフィナも続く。
《ログイン中も、ログアウト中も》
ノア。
「陛下」
ミーナ。
《蓮様でした》
「俺は覚えてないけどね」
「はい」
リゼルは否定しなかった。
「それでも、です」
それだけだった。
俺は箱を見る。
「じゃあ」
少し考えて。
「半分ずつにする?」
「半分?」
「これは留守番がもらったものだから」
俺は自分の胸を指す。
「全部を俺の物って言うのも、何か違う気がする」
そして箱。
「でも返すって言ってくれたなら」
一度。
「俺も受け取る」
誰も。
反対しなかった。
「地球に全部持ってくる必要はないよ。王国に置いておきたい物は置く。持ってきたい物だけ持ってくる」
《合理的です》
高城さんが頷く。
その瞬間。
通信の向こうから別の声が入った。
『お待ちください!』
「誰!?」
王立記録院。
担当官。
『当該物品群は建国期第一級史料に該当する可能性が――』
「出た!」
『少なくとも現状保存、詳細撮影、材質分析、歴史的重要度評価を』
「俺の私物!」
『しかし三百年間未開封で保存された建国王直筆目録付き保管箱でございます!』
「言い方が全部重要そうになる!」
『事実として重要です!』
「白い犬の時もやっただろ!」
『あちらとは重要度が異なります!』
「三百円の犬も特級にしようとしてたじゃん!」
『現在は写真史料として――』
「ちゃんと残ってるの!?」
記録院。
三百年。
本当に恐ろしい。
◇
結局。
現物の所有権は俺。
王立記録院は写真と記録だけ保存。
必要なら将来、俺の許可を得て展示。
そこで合意した。
「次で最後?」
「大きい物は」
ノアが箱の底を見る。
「あと四つ」
「まだ四つあるの?」
リゼル。
セレフィナ。
ノア。
ミーナ。
四人とも。
妙に反応した。
「……何?」
「いえ」
《何でもございません》
「怪しい」
「開ける」
「七番、待って」
俺が止める前に。
ノア。
箱。
一つ目。
布包み。
開く。
中。
小さな銀色の徽章。
《リゼル》
「はい」
二つ目。
本。
《セレフィナ》
《……はい》
三つ目。
黒い魔導具。
《ノア》
「うん」
四つ目。
刺繍された布袋。
《ミーナ》
《はい》
俺は四人を見る。
「これ何?」
沈黙。
「リゼル?」
「贈り物です」
「さっきのもそうだよね?」
「こちらは」
リゼルの耳が。
少し赤い。
「正式に」
「正式?」
留守番の帳面。
最後のページ。
《四人から》
《同じ日に別々に呼び出された》
「……」
嫌な予感。
《全員》
《俺だけに先に渡したって言ってた》
「ちょっと待って」
通信画面。
四人。
誰もこちらを見ない。
「三百年前から?」
《……》
「これも三百年前からなの?」
帳面。
続き。
《翌日》
《四人とも他の三人にバレた》
「だろうね!」
《揉めた》
「やっぱり!」
《順番を決めろと言われた》
「また順番!」
《決めなかった》
「偉い!」
《全員同時にもらったことにした》
「賢い!」
最後。
《多分これが正解》
俺は。
深く。
頷いた。
「留守番」
一度。
「よく分かってる」
リゼルが小さく咳払いをする。
「陛下」
「何?」
「念のため申し上げますが、当時は若かったため」
「三百年前ね」
「はい」
セレフィナ。
《現在の我々は、同じようなことで争うことはございません》
「昨日席順で揉めてたよね?」
《……》
「ノアは?」
「贈り物なら私から開けて」
「始まった!」
ミーナ。
《蓮様》
「ミーナだけが頼り」
《私の物は食事の後に御覧ください》
「時間指定で割り込んできた!」
何も変わっていなかった。
◇
検証終了後。
俺は。
四つとも。
持って帰ることにした。
リゼルの徽章。
セレフィナの本。
ノアの魔導具。
ミーナの布袋。
まだ詳しい中身は見ていない。
それぞれ。
別の日に。
本人から話を聞きながら見る。
順番は。
決めない。
「絶対決めない」
帰宅途中。
一人。
自分に言い聞かせる。
スマホ。
通知。
リゼル。
《蓮さん》
「はい」
《先ほどの件ですが》
「順番なら決めないよ」
《承知しております》
一安心。
《ただ》
「何」
《私の品は劣化確認が必要かと》
「先に見ろってこと?」
《安全上です》
「却下」
三秒。
セレフィナ。
《陛下》
「何」
《書籍について、現在では失われた文字が使用されているため》
「却下」
ノア。
《私のは壊れてるかも》
「却下!」
ミーナ。
《夕食》
「行きます!」
一件だけ。
普通の連絡だった。
と思った。
《その後、お渡しした布袋について》
「ミーナ!」
俺はスマホを伏せた。
三百年前。
国を守った四人。
三百年後。
世界を越えて再会した四人。
王国最高戦力。
宰相。
天才魔導技師。
王宮侍女長。
そんな人たちが。
昔、自分が渡した贈り物を。
誰から先に見てもらうかで。
また。
静かに競争を始めていた。
その夜。
王権端末へ。
留守番が残した追記が一件だけ表示された。
《補足》
《この四つ》
《一人ずつ本人がいる時に開けろ》
「……」
次。
《絶対に四人同時に開けるな》
「経験者!」
最後。
《面倒なことになる》
俺は。
三百年前の自分へ。
心の底から同意した。




