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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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第36話 身分を持ち込まない休日なのに、リゼルが俺を「陛下」以外で呼べなかった



 七日後。


 俺は、自宅マンションの前でリゼルを待っていた。


 三百年前から続いているらしい《私的休息契約》。


 その第四条。


《年一回、双方の予定が合う休息日を一日選び、レグナとリゼル・アルフェリアは二人で過ごす》


 形式上はまだ有効らしいが、今日ここにいるのは契約に従ったからじゃない。


 今の俺が誘った。


 今のリゼルが了承した。


 ただそれだけだ。


「……五分前か」


 スマホを見る。


 待ち合わせは午前十時。


 現在、九時五十五分。


 政府側には事前に連絡してある。


 世界間交流の重要人物二名が同時に街中を歩くことになるため、さすがに完全な無警戒とはいかない。だが、《二人で過ごす》という条件を尊重してもらい、目に見える護衛は付けないことになった。


 緊急時だけ連絡。


 追跡もしない。


 予定も細かく提出しない。


 そこまでは良かった。


 問題は。


「……来ないな」


 リゼルは時間に遅れるような人間ではない。


 三百年前から、俺より先に来て待っている側だった。


 一分。


 二分。


 九時五十八分。


 連絡しようか迷っていると、マンションの角から人影が現れた。


「……」


 俺は一度、その人影を見た。


 通り過ぎた。


 もう一度見た。


「リゼル?」


「……はい」


 小さな声で返事が来る。


「分からなかった」


「その反応は、想定しておりませんでした」


「いや、ごめん」


 鎧じゃない。


 当然だ。


 今日は休みなのだから。


 薄い色のブラウスに、長めのスカート。足元も騎士用のブーツではなく、地球で買ったらしい普通の靴だ。


 腰に剣もない。


 長い銀髪だけはいつもと同じだが、それ以外は完全に普通の女性だった。


 いや。


 普通と言っていいのか。


 マンションの前を歩いていた男性が二度見した。


 自転車で通り過ぎた高校生まで振り返った。


 たぶん俺の感覚がおかしくなっているだけで、かなり目立っている。


「似合ってる」


「……ありがとうございます」


「自分で選んだ?」


「はい」


 少し間があった。


「最終候補は、自分で」


「最終候補?」


「ノアから四百十二件、セレフィナから八十六件、ミーナから百三十三件の資料が届きましたので」


「全然自分で選べてないじゃん!」


「ですが、最後に決定したのは私です」


「そこだけは守ったんだな」


「はい」


 どこか誇らしげだった。


 三百年も国家を守ってきた近衛騎士団長が、自分で休日の服を選んだだけで少し嬉しそうにする。


 何とも言えない気持ちになる。


「それじゃ、行こうか」


「はい、陛下」


 一歩。


 俺は止まった。


 リゼルも止まる。


「……リゼル」


「はい」


「今日の契約、第三条覚えてる?」


「もちろんでございます」


「身分、職務、命令系統を持ち込まない」


「はい」


「今、俺のこと何て呼んだ?」


「陛下です」


「思いっきり身分持ち込んでるよね?」


「……」


 リゼルの顔が固まった。


     ◇


「じゃあ練習しよう」


 マンション前。


 休日開始から三分。


 俺たちはまだ一歩も進んでいなかった。


「練習、でございますか」


「今日ずっと陛下って呼ぶわけにもいかないだろ」


「しかし」


「三百年前はどうしてた?」


「……」


「まさか」


「陛下、と」


「契約違反してたの!?」


「呼称についての明文化はされておりません!」


「抜け道探すな!」


 三百年前の俺。


 第四条まで作るなら、第五条に呼称も入れておけ。


 いや。


 今の俺が困っていることを、三百年前の俺に文句を言っても仕方がない。


「如月さんでいいよ」


「それは」


「何?」


「少々、他人行儀ではございませんか」


「注文あるんだ!?」


「本日は私的な休日ですので」


「じゃあ蓮さん」


「……」


 リゼルが固まる。


「どうした?」


「いえ」


「言ってみて」


「……」


「リゼル?」


「れ」


「うん」


「……」


「れ?」


「申し訳ございません」


「まだ一文字!」


 戦場で何万人を指揮できる人間が。


 俺の名前二文字で止まった。


「三百年前、敵軍二十万と戦ったんだよな?」


「はい」


「怖かった?」


「多少は」


「今は?」


「それ以上です」


「何で!?」


 リゼルは真剣だった。


「陛下を陛下以外の名で直接お呼びするなど、三百年以上」


「今また陛下って言った」


「……」


「はい、一回目」


「一回目?」


「蓮さん」


「……れ、蓮」


「お」


「……様」


「増えた!」


「申し訳ございません!」


「何で様付けた!」


「反射的に!」


 俺は笑ってしまった。


 リゼルが少しだけ頬を膨らませる。


 珍しい。


「笑わないでください」


「ごめん。でも、リゼルでもできないことあるんだな」


「ございます」


「例えば?」


「あなたを」


 一瞬。


 止まる。


「……蓮さん、と呼ぶことです」


 言った。


 本人も気づいたらしい。


 目を見開く。


「言えたじゃん」


「……はい」


「じゃあ今日はそれで」


「努力いたします」


「努力が必要なんだ」


「大変な努力です」


 休日開始。


 八分。


 ようやく俺たちは歩き始めた。


     ◇


「それで、どこ行く?」


「……」


 十分後。


 また止まった。


「決めてない?」


「はい」


「七日あったよね?」


「ございました」


「何してたの?」


「候補地を調査しておりました」


「何件?」


「二千八百四十七件」


「調べすぎ!」


 リゼルの端末には、地球側の観光地や飲食店が大量に登録されていた。


 美術館。


 水族館。


 遊園地。


 大型商業施設。


 庭園。


 映画館。


 有名なレストラン。


 日帰り温泉。


 どうやら日本政府が公開している観光情報まで一通り読んだらしい。


「ここまで調べて、何で決まってないの」


「どこも素晴らしく」


「うん」


「陛……」


 止まる。


「……蓮さんに、どれが一番お喜びいただけるか判断できませんでした」


「俺?」


「はい」


「今日、リゼルの休みでもあるだろ」


「もちろんです」


「だったらリゼルが行きたいところでいい」


「……」


 また固まった。


「どうした?」


「私が、ですか」


「他に誰がいるんだよ」


「自分が行きたい場所を選ぶ、という意味でしょうか」


「そうだけど」


「……」


 そんなに難しい質問をしたつもりはない。


 ところがリゼルは、敵国との外交交渉でも始めるような顔で端末を見つめ始めた。


 一分。


 二分。


「決まらない?」


「申し訳ございません」


「謝らなくていいよ」


「陛下の御希望を考慮せず決定する経験が、あまり」


「また陛下って言った」


「……蓮さんの御希望を」


「俺は何でもいい」


「それが最も困ります」


「そっか」


 考えてみれば。


 リゼルは三百年以上、誰かを守る側だった。


 近衛騎士団長。


 国家の守護者。


 俺がいなくなった後も、国を守り続けてきた。


 何が必要か。


 誰を守るか。


 何を優先するか。


 そういう判断なら、俺より遥かに得意だろう。


 けれど。


 自分が何をしたいか。


 それだけを基準に決める機会は、案外少なかったのかもしれない。


「じゃあさ」


「はい」


「歩こう」


「どちらへ?」


「決めない」


「……はい?」


「適当に歩いて、気になったところがあったら入る」


「予定は」


「なし」


「予約は」


「なし」


「目的地は」


「なし」


 リゼルの顔に。


 分かりやすく不安が浮かぶ。


「大丈夫?」


「……努力いたします」


「休日って、そんな覚悟してやるもんじゃないから」


     ◇


 結局。


 最初に止まったのは。


 近所のパン屋だった。


「ここ?」


「はい」


「観光地二千八百四十七件調べた結果?」


「……はい」


 店先から。


 焼きたてのパンの匂いがしていた。


 ガラス越しに並んでいるものを、リゼルがじっと見ている。


「入りたい?」


「よろしいのでしょうか」


「だから今日は聞かなくていいって」


「ですが」


「入りたい?」


 数秒。


「……はい」


「じゃあ入ろう」


 普通のパン屋。


 王国の近衛騎士団長。


 三百年以上生きた英雄。


 国家最高戦力の一人。


 そのリゼルが。


 トングを持ったまま。


 固まった。


「種類が多いです」


「好きなの取っていいよ」


「この丸いものは?」


「あんパン」


「こちらは?」


「クリームパン」


「これは?」


「カレーパン」


「なぜパンの中にカレーを?」


「俺に聞かれても」


 真剣な顔で悩んだ末。


 リゼルは三つ全部取った。


「全部いくんだ」


「比較が必要かと」


「研究じゃないよ」


「……では」


「戻さなくていい!」


 店員さんが笑いを堪えている。


 俺も同じだった。


     ◇


 次に止まったのは。


 雑貨屋。


 その次は本屋。


 さらに、小さなゲームセンター。


「これ」


 リゼルが足を止めた。


 クレーンゲームの中。


 白い犬のぬいぐるみ。


「欲しい?」


「いえ」


「今見てたよね」


「構造を確認していただけです」


「欲しいんだな」


「違います」


 百円。


 入れる。


「蓮さん?」


「取ってみる」


「そのような浪費を」


「百円だよ」


 一回目。


 失敗。


 二回目。


 少し動く。


 三回目。


 落ちる。


 俺の手元へ。


 白い犬。


「はい」


「……」


「リゼル?」


「私に?」


「見てたから」


「……いただいてよろしいのですか」


「もちろん」


 受け取る。


 ものすごく丁寧に。


 国宝でも扱うように。


「そんな高くないからな?」


「金額の問題ではございません」


「じゃあ何」


 リゼルは答えなかった。


 代わりに。


 白い犬を両手で抱えた。


 そのまま。


 離さない。


「気に入った?」


「……はい」


 小さい。


 でも。


 今日一番はっきりした返事だった。


     ◇


 昼。


 川沿い。


 俺たちは、パン屋で買ったものを食べることにした。


 ベンチ。


 二人。


 リゼルの隣には。


 白い犬。


「何か」


「はい?」


「前にもこんなのなかった?」


 俺は川を見る。


 三百年前。


 リゼルが話していた。


 二年目。


 釣り。


 一時間で俺が飽き。


 その後。


 川辺で昼寝した。


「ございます」


「やっぱり」


「ただ」


「うん」


「場所はまったく違います」


「そりゃそうだ」


「川の幅も」


「うん」


「木々も」


「うん」


「空も」


「違う?」


「はい」


 リゼルは少し考え。


「ですが」


「うん」


「隣だけは」


 こちらを見る。


「同じです」


 返事に困る。


「……そういうこと普通に言うよな」


「何か問題が?」


「いや」


 本人。


 たぶん。


 全然分かってない。


 あるいは。


 分かって言っているのか。


 三百年以上生きた相手なので、未だに判断できない。


「蓮さん」


「何?」


「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「うん」


「今日」


 リゼルは、手にしていたパンの袋を膝へ置いた。


「楽しいですか」


「楽しいよ」


 即答した。


「……本当に?」


「何で疑うんだ」


「私は」


 一度。


 言葉を探す。


「何もしておりません」


「パン買った」


「はい」


「店見た」


「はい」


「ぬいぐるみ取った」


「取っていただきました」


「昼飯食ってる」


「はい」


「十分じゃない?」


「ですが、陛下――」


 止まった。


「蓮さんには、もっと素晴らしいものを御用意できました」


「いらないよ」


「王国であれば」


「いらない」


「地球側でも政府へ相談すれば」


「絶対相談しないで」


「……」


「今日ってさ」


 俺も。


 少し考える。


「何かすごいことする日じゃないだろ」


「……」


「仕事しない」


「はい」


「俺を王様扱いしない」


「はい」


「リゼルも近衛騎士団長じゃない」


「はい」


「二人とも、自分の好きなことする」


「……はい」


「それでいいじゃん」


 リゼルは。


 しばらく。


 何も言わなかった。


 川の音。


 自転車のベル。


 遠くで遊んでいる子供の声。


 三百年前。


 似たような休日があった。


 俺は覚えていない。


 リゼルだけが覚えている。


 それが。


 今までは少し寂しかった。


 でも今日は違う。


「これなら」


「はい?」


「今日のことは、俺も覚えてるから」


 リゼルの目が。


 少し大きくなる。


「三百年前の続きかもしれないけど」


「……はい」


「俺にとっては最初だから」


「はい」


「だから」


 一度。


「また行こう」


「……」


「リゼル?」


「契約では」


「うん」


「年一回です」


「契約関係なく」


「……」


「休み合えば、また行けばいいだろ」


 長い沈黙。


「リゼル?」


 顔を伏せている。


「どうした?」


「少々」


「うん」


「待ってください」


「何を」


「現在」


 声が。


 少し震えている。


「近衛騎士団長へ戻りそうです」


「何で!?」


「平静を保つためです」


「休日!」


「承知しております」


「戻るな!」


「努力しております!」


 顔を上げる。


 目元。


 少し赤い。


「……嬉しい?」


「はい」


「なら良かった」


「はい」


 そして。


 リゼルは。


 今までで一番自然に。


 俺の名前を呼んだ。


「蓮さん」


「うん」


「また」


 一度。


 笑う。


「誘ってください」


「もちろん」


     ◇


 夕方。


 マンション前。


「今日はありがとう」


「こちらこそ」


 リゼルの腕には。


 白い犬。


 朝から一度も鞄へ入れなかった。


「それ持って帰るの?」


「当然です」


「王国に?」


「はい」


「近衛騎士団長の部屋に?」


「はい」


「似合わないな」


「……返却いたしましょうか」


「嘘です、ごめんなさい」


 怖い。


 本気で悲しそうな顔をするな。


「大事にして」


「一生」


「重い!」


 いや。


 リゼルの場合。


 本当に一生持ちそうだ。


「じゃあ、また」


「はい」


 リゼルが門へ向かう。


 そして。


 途中で止まった。


 振り返る。


「蓮さん」


 もう。


 詰まらない。


「何?」


「今日は」


 柔らかく笑う。


「本当に、ありがとうございました」


「こっちこそ」


 門。


 光。


 消える。


 俺は。


 自宅へ戻った。


 スマホ。


 通知。


 一件。


 ノア。


《終わった?》


「早い」


 返信しない。


 二件目。


 セレフィナ。


《無事にお戻りでしょうか》


 三件目。


 ミーナ。


《夕食は召し上がりますか》


「普通」


 そして。


 四件目。


 ノア。


《リゼル、何もしてない?》


「何を心配してんだよ」


 返信。


《普通に休んだだけ》


 既読。


 一秒。


《何した?》


《パン屋》


《雑貨屋》


《本屋》


《ゲームセンター》


《川で昼飯》


 送信。


 三秒。


《それだけ?》


《それだけ》


 少し。


 間。


 新しい通知。


《私もそれでいい》


「……」


 嫌な予感。


 セレフィナ。


《私も、特別な行程は必要ございません》


 ミーナ。


《私もです》


「何で共有されてる!?」


 更に。


 王権端末。


 点灯。


《休暇予定照合》


《ノア――候補日十二件》


《セレフィナ――候補日八件》


《ミーナ――候補日十五件》


「もう予定合わせ始めてる!」


 そこへ。


 リゼル。


 個人通信。


《報告》


「何?」


《本日いただいた品について》


 画像。


 近衛騎士団長執務室。


 机。


 中央。


 白い犬。


 横。


 小さな札。


《地球訪問記念品》


「大げさ!」


 次の画像。


 札。


 変更。


《私物・接触禁止》


「国家機密みたいになってる!」


 最後。


 リゼル。


《ノアが分解しようとしましたので》


「七番!」


《阻止いたしました》


「よくやった!」


《ありがとうございます》


 休日。


 終わり。


 俺はベッドへ座る。


 三百年前の契約から始まった一日だった。


 でも。


 今日できた約束は。


 契約書にはない。


 また行こう。


 それだけ。


 たぶん。


 その方が。


 今の俺たちにはいい。


 そう思った。


 翌朝。


 王国側から届いた連絡を見るまでは。


《王立記録院・新規史料登録》


《資料名――建国王より近衛騎士団長へ贈られた白き聖獣》


「待て」


《推定用途――不明》


「ただのぬいぐるみ!」


《歴史的重要度――特級》


「百円三回!」


 三百円で取った犬が。


 三百年分の歴史資料と同じ棚へ入ろうとしていた。


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