第35話 三百年前の私的契約書を開いたら、リゼルと「二人で休む日」が決められていた
《私的契約書》
《契約者――レグナ》
《契約者――リゼル・アルフェリア》
俺には。
まったく覚えがない。
なのに。
リゼルは。
明らかに知っている。
「私から先に、御説明させてください」
「うん」
政府施設。
共同研究室。
高城さん。
水城さん。
ノア。
セレフィナ。
ミーナ。
全員いる。
リゼルは。
一度。
周囲を見た。
「……可能でございましたら」
「何?」
「二人で」
「え」
「御説明を」
ノア。
顔を上げる。
セレフィナ。
通信画面の向こうで。
姿勢が変わる。
ミーナ。
無言。
「駄目?」
「駄目ではありませんが」
高城さんが。
少し困ったように言った。
「資料そのものは、歴史検証対象です」
「内容が個人的なものなら?」
「公開する必要はありません」
水城さん。
「本人同士で確認していただいて構いません」
「じゃあ」
俺は立つ。
「場所変えようか」
「はい」
その瞬間。
ノア。
「私も」
「二人って言ったよね」
「研究者」
「今回は駄目」
「王権接続関連かもしれない」
「契約書だろ?」
「重要」
「七番」
「……」
頬。
膨らむ。
セレフィナ。
《陛下》
「何?」
《念のため申し上げますが》
「うん」
《契約内容に、現在の陛下を拘束する効力はございません》
「分かってる」
《リゼル》
「はい」
《説明だけにしてください》
「当然です」
何だ。
この空気。
ミーナ。
《陛下》
「ミーナまで?」
《お茶を》
「いらない」
《二人分》
「もっといらない」
◇
小さな会議室。
俺。
リゼル。
二人。
机の上。
複製された契約書。
原本は。
まだアステリア側。
王立記録院の保管庫にある。
「それで」
「はい」
「何の契約?」
リゼル。
黙る。
「言いにくい?」
「少々」
「俺が変なことした?」
「いいえ!」
即答。
「ではございません」
「じゃあ」
「むしろ」
一度。
目を伏せる。
「私が」
「リゼルが?」
「かなり、面倒なことを申し上げました」
「今でも?」
「……」
「今でもなんだ」
「申し訳ございません」
「謝らなくていいから」
契約書。
開く。
《私的休息契約》
「休息?」
「はい」
嫌な。
というより。
ものすごく最近。
見覚えのある言葉。
「休息感謝祭と関係ある?」
「直接はございません」
「じゃあ」
「その数か月後です」
三百年前。
建国暦八年。
俺が。
突然。
《今日は全員休み》
と言い出した。
その日をきっかけに。
アステリアでは。
少しずつ。
休暇という考え方が広がった。
「その頃のリゼル」
「はい」
「ちゃんと休んでた?」
視線。
逸れる。
「リゼル」
「……休息日は取得しておりました」
「何してた?」
「陛下の護衛を」
「仕事じゃん」
「私にとっては休息です」
「三百年前も同じこと言ってたよね」
「はい」
「それで?」
リゼル。
契約書。
指先で。
一行。
示す。
《第一条》
《休息日において、レグナはリゼル・アルフェリアへ護衛任務を命じない》
「俺が?」
「はい」
「強制的に休ませようとした?」
「そのようです」
次。
《第二条》
《リゼル・アルフェリアは、休息日におけるレグナとの私的行動を護衛任務として扱ってはならない》
「……」
「……」
「待って」
「はい」
「私的行動って何」
「その」
「具体的には?」
リゼル。
耳。
赤い。
「散歩」
「うん」
「食事」
「うん」
「買い物」
「普通だ」
「その他」
「その他?」
「休日に行うことを」
「なるほど」
まだ。
普通。
「つまり」
「はい」
「俺が休みの日に城下を歩くと」
「はい」
「リゼルが護衛ですって付いてくる」
「はい」
「休めって言っても」
「陛下の御側が最も心休まりますので」
「三百年前から変わってない!」
「……はい」
今も。
似たようなことを言う。
地球へ来た時も。
俺の近くにいることを。
護衛。
随行。
補佐。
なんだかんだ。
理由をつける。
「それで俺が」
「はい」
「護衛扱い禁止って契約にした?」
「左様でございます」
「そこまでは分かった」
問題は。
まだ。
続きがある。
《第三条》
《双方が合意した休息日に限り》
《身分・職務・命令系統を持ち込まない》
「これも」
「はい」
「俺が?」
「陛下と私で」
「何でこんなことまで」
「私が」
一度。
リゼル。
息を吐く。
「陛下の御前では、臣下であることを止められないと申し上げました」
「うん」
「すると陛下が」
昔の記録。
別紙。
《じゃあ契約にしよう》
「軽い!」
「非常に」
「俺らしい」
「はい」
「そこ即答なんだ」
でも。
分かる。
ゲーム時代の俺なら。
言いそうだ。
システム。
規則。
契約。
ゲームの機能として。
ボタンがあるなら使う。
「それで」
「はい」
「リゼルは納得した?」
「いたしませんでした」
「しないんだ」
「陛下は陛下です」
「じゃあ契約成立しないじゃん」
「そのため」
「まだある?」
「はい」
第四条。
俺は読む。
《第四条》
《年一回》
《双方の予定が合う休息日を一日選び》
《レグナとリゼル・アルフェリアは》
止まる。
「リゼル」
「はい」
「読んでいい?」
「……はい」
読む。
《二人で過ごす》
「……」
「……」
「これ?」
「はい」
「赤くなってた理由」
「……はい」
ただ。
まだ。
分からない。
「二人で過ごすって」
「はい」
「具体的には?」
「特に」
「決まってない?」
「ございません」
「散歩でも?」
「はい」
「飯でも?」
「はい」
「城でだらだらしてても?」
「契約上は」
「何この契約」
「陛下がお作りになりました」
「俺か!」
正確には。
ログアウト中の俺。
でも。
俺。
「リゼルは何で署名したの?」
沈黙。
「嫌なら断れたんだろ?」
「はい」
「王命じゃない」
「私的契約です」
「なら」
一度。
リゼル。
俺を見る。
「嬉しかったからです」
「……」
今度は。
俺が止まった。
「当時」
リゼル。
続ける。
「陛下は、多くの者に囲まれておられました」
「国王だからな」
「はい」
「セレフィナ」
「はい」
「ノア」
「はい」
「ミーナ」
「はい」
「他にも」
「数え切れないほど」
王。
ゲームの中では。
俺の周囲には。
いつも誰かがいた。
「陛下がお一人で外出なされば」
「護衛がつく」
「はい」
「飯食ってても」
「侍女がおります」
「仕事なら」
「宰相」
「研究なら」
「ノア」
「なるほど」
「ですから」
リゼル。
契約書を見る。
「一年に一日だけ」
「うん」
「近衛騎士団長ではなく」
「うん」
「一人のリゼルとして」
小さく。
笑う。
「陛下と過ごしてよい日があることを」
「……」
「私は」
一度。
「大切にしておりました」
◇
「何したの?」
「はい?」
「その日」
「……」
「年一回なんだろ?」
「はい」
「何してた?」
「最初の年は」
リゼル。
少し考える。
「城下へ」
「散歩?」
「はい」
「二人?」
「はい」
「本当に護衛なし?」
「遠距離警戒班は」
「いるじゃん!」
「陛下の安全上!」
「第三条!」
「私ではございません!」
「抜け道使ってる!」
リゼル。
珍しく。
少し笑った。
「二年目は?」
「陛下が釣りを」
「俺、釣りするの?」
「一時間ほどで飽きられました」
「だろうな」
「その後、川辺で昼寝を」
「俺だけ?」
「私も」
「休んでる」
「はい」
「三年目」
「市場へ」
「四年目」
「騎士団の訓練場へ」
「休みだよね?」
「陛下が見たいと」
「仕事見に行ってる」
「訓練は休止日でした」
「なら何見たの?」
「誰もいない訓練場を」
「何が楽しいんだ」
「陛下が」
一度。
「ここなら誰も仕事を持ってこない、と」
「目的それか」
でも。
想像できる。
誰もいない。
訓練場。
二人。
座って。
何もしない。
「何年続いた?」
リゼル。
止まる。
「陛下が」
「うん」
「いらっしゃらなくなるまで」
空気。
少し変わる。
「最後は?」
「サービス終了前?」
「いいえ」
リゼル。
首を振る。
「陛下が、地球側ではログアウトされていた時期です」
「低帯域接続中の俺?」
「現在の呼称では」
「その時も」
「はい」
「契約守ってた?」
「守っておられました」
俺。
覚えていない。
「何した?」
リゼル。
少しだけ。
懐かしそうに。
「何も」
「何も?」
「はい」
王城。
屋上。
二人。
「陛下は」
「うん」
「椅子へ座られ」
「うん」
「空を見て」
「うん」
「寝られました」
「また寝たの!?」
「私は隣で」
「護衛?」
「第三条がありますので」
「じゃあ」
「一緒に昼寝を」
「……」
「……」
「リゼル」
「はい」
「それ」
「はい」
「今言うとかなり」
「存じております!」
顔。
赤い。
「別々の椅子でございます!」
「そこ大事?」
「大変重要です!」
「分かった!」
俺まで。
変に意識する。
◇
「それで」
俺は。
契約書へ戻る。
「これ」
「はい」
「いつまで有効?」
リゼル。
黙る。
「まさか」
「契約終了条件が」
「書いてない?」
「……はい」
「永久契約!?」
「私的契約のため、法的な強制力はございません!」
「良かった!」
「ですが」
「何」
「記録院の見解では」
別紙。
《当事者双方が存命し》
《明示的な破棄意思が確認されていないため》
《形式上は継続中》
「継続中なの!?」
「形式上のみです!」
「でも」
俺。
見る。
「リゼルは」
「はい」
「破棄したい?」
止まる。
「……」
「嫌なら」
「嫌ではございません!」
早い。
「じゃあ」
「ですが」
「うん」
「今の陛下は」
一度。
リゼル。
言葉を選ぶ。
「当時のことを覚えておられません」
「そうだな」
「ですから」
「無効にしたい?」
「違います」
「じゃあ」
「今の陛下に」
リゼル。
まっすぐ。
俺を見る。
「三百年前の約束だからと」
「うん」
「守っていただきたくはありません」
「……」
「今の如月さん御自身が」
一度。
「私と一日過ごしてもよいと」
頬。
また。
少し赤くなる。
「そう思ってくださるのであれば」
俺。
契約書を見る。
三百年前。
いや。
俺にとっては。
七年以上前。
覚えていない。
約束。
「リゼル」
「はい」
「今度」
「……はい」
「休み合う日ある?」
「ございます!」
「即答」
「勤務予定は把握しておりますので」
「俺の?」
「はい」
「それはそれで怖い」
「公表されている範囲のみです!」
「ならいいけど」
俺は。
少し笑う。
「じゃあ」
「はい」
「契約だからじゃなく」
「……」
「普通に」
一度。
「二人でどっか行こうか」
リゼル。
動かない。
「リゼル?」
「……はい」
「聞こえた?」
「はい」
「嫌?」
「違います」
「じゃあ」
「少々」
一度。
顔。
逸らす。
「三百年分」
「何?」
「嬉しいだけです」
◇
会議室。
戻る。
扉。
開く。
ノア。
すぐ来る。
「何の契約?」
「個人的なやつ」
「内容」
「非公開」
「私には?」
「駄目」
「ずるい」
「何が」
セレフィナ。
《陛下》
「何」
《問題はございませんでしたか》
「うん」
《契約は》
「強制力なし」
《破棄を?》
「してない」
一瞬。
通信。
静か。
ミーナ。
《継続?》
「形式上は」
更に。
静か。
「何でみんな黙るの」
ノア。
「私的契約」
「うん」
「作れる?」
「何で」
「陛下と」
「駄目」
「まだ内容言ってない」
「嫌な予感するから!」
セレフィナ。
《制度上》
「セレフィナ?」
《私人間の契約は、双方合意であれば》
「説明しなくていい!」
ミーナ。
《契約書の様式を》
「用意しない!」
リゼル。
俺の隣。
珍しく。
何も言わない。
ただ。
少し。
機嫌が良さそう。
「リゼル」
「はい」
「止めて」
「何をでしょうか」
「この流れ」
「私は」
一度。
小さく笑う。
「本日は休暇扱いですので」
「使い方違う!」
◇
その日の夕方。
王権端末。
通知。
《私的契約書作成申請》
《申請者――ノア》
「却下」
《申請者――セレフィナ》
「セレフィナまで!?」
《申請者――ミーナ》
「全員!?」
内容。
ノア。
《年一回、陛下と二人で地球の研究施設へ行く》
「研究じゃん」
セレフィナ。
《年一回、陛下と二人で何も決裁しない日を設ける》
「それは普通に休んで」
ミーナ。
《年一回、陛下と二人で夕食を》
「一番普通」
そして。
最後。
《既存契約》
《リゼル・アルフェリア》
《次回履行予定――未定》
「……」
そこ。
俺。
少し考える。
スマホ。
会社の予定。
政府側の日程。
世界間会議。
全部。
確認。
一日。
空いている日。
入力。
《次回履行予定》
《七日後》
確定。
三秒。
リゼルから。
個人通信。
《確認いたしました》
続けて。
《服装について》
「服装?」
《地球式がよろしいでしょうか》
「好きなので」
《承知いたしました》
十秒後。
《ノアが》
「うん」
《地球の服について資料を四百十二件送ってきました》
「もう動いてる!」
《セレフィナからは》
「何」
《行程表が》
「作らなくていい!」
《ミーナから》
「まだあるの!?」
《地球用の鞄を選ぶようにと》
「全員参加してる!」
リゼル。
通信の向こう。
笑う。
《陛下》
「何」
《七日後》
「うん」
《楽しみにしております》
昔の俺が。
三百年前。
いや。
地球では七年以上前。
知らないところで結んだ契約。
その続きを。
今度は。
覚えている俺が。
自分で決めた。
問題は。
翌朝。
王権端末を開いた時だった。
《王国内検索急上昇》
《第一位――建国王私的契約》
《第二位――リゼル・アルフェリア》
《第三位――二人で過ごす》
「何で漏れてるの!?」
《内容は漏れてない》
ノア。
「じゃあ何で!」
《記録院が》
「記録院?」
《三百年前の私的契約書を発見した事実だけ公表》
「そこ公表する必要ある!?」
《歴史資料発見として》
「本人たちの許可!」
《内容非公開》
「存在だけでも!」
そして。
王国民。
推測。
開始。
《建国王と近衛騎士団長の秘密協定》
《建国初期最大の未解明契約》
《軍事協定説》
《王位継承関連説》
《秘密任務説》
「全部違う!」
最後。
《婚姻契約説》
「もっと違う!」
通信。
リゼル。
完全に。
固まった。
「リゼル」
《……》
「リゼル?」
《陛下》
「何」
《記録院へ》
「うん」
《私が参ります》
「待って!」
久しぶりに。
近衛騎士団長の顔になっていた。
「怒らないで!」
《説明を》
「剣置いて!」
三百年前の。
たった一枚の私的契約書。
それは。
七日後の俺の休日より先に。
王国中を。
とんでもない勢いで駆け回り始めていた。




