第12話 仕事を断るよう教えたら、日本政府の三十七部署が一つの会議にまとめられた
「明日の最初の仕事は、セレフィナに仕事の断り方を教えてください」
俺がそう言った翌朝。
政府施設の会議室には。
昨日より多くの人間が集まっていた。
外務関係。
法務関係。
財務関係。
医療。
農業。
物流。
科学技術。
警察。
他にも。
俺には所属を覚えきれないほど、いくつもの部署から担当者が来ている。
全員。
セレフィナへ仕事を頼むためだった。
「増えてませんか」
俺は、水城さんへ小声で尋ねた。
「昨日の三十七件から、今朝までに五十二件へ増えました」
「止めてください」
「各部署には、現在セレフィナさんの受入れ方法を調整中であると伝えています」
「それでも来た?」
「せめて相談だけでも、と」
頼みたい内容がある。
本人が目の前にいる。
しかも。
三百年間。
一億八千万人の国家運営へ関わってきた宰相。
話を聞きたいと思う気持ちは分からなくもない。
だが。
全て受ければ。
セレフィナは休まなくなる。
会議室の中央。
今日も黒いジャケットを着たセレフィナは、背筋を伸ばして座っている。
「陛下」
「勤務開始後は、如月さん」
「まだ午前八時五十七分でございます」
壁の時計を見る。
始業まで三分。
「細かい」
「勤務規則へ従っております」
「それなら、今日の規則も守ってくれ」
「拝見いたします」
俺は。
水城さんたちと作った、一枚の紙を渡した。
《本日の勤務条件》
《勤務時間――午前九時から午後五時》
《休憩――正午から一時間》
《同時に引き受ける案件――三件まで》
《予定外の依頼――その場で受諾しない》
《勤務時間内に終了しない業務――翌日以降へ延期》
《勤務時間外の作業――禁止》
セレフィナは。
書類を上から下まで読む。
「同時に三件まで」
「そう」
「四件目は?」
「断る」
「緊急性がある場合は」
「本当の緊急時は、水城さんたちと相談」
「陛下に関する案件は」
「俺の命に関わる本当の緊急時以外、普通の案件」
「陛下の生活環境改善は」
「普通より優先度を下げてください」
「下げるのですか」
明らかに納得していない。
「セレフィナ」
「はい」
「働きすぎて倒れたら、アステリアも地球も困る」
「倒れる可能性は低いと考えております」
「低くてもある?」
「ございます」
「なら休む」
「私はエルフでございますので、人間種より長時間の活動が可能です」
「種族が違っても、地球側の勤務時間は同じ」
水城さんも頷いた。
「今回の目的には、地球側の労働制度を理解していただくことも含まれています」
「能力があり、本人が希望していたとしても?」
「本人が希望しているからこそ、止める制度が必要な場合もあります」
「不思議な考え方です」
「アステリアにはない?」
「休養を義務づける制度はございます」
「あるんじゃないか」
「他者に対しては」
俺は。
セレフィナを見る。
「自分は対象外?」
「宰相は、国家的な緊急事態において勤務時間の制限を解除できます」
「緊急事態じゃない時は?」
「必要に応じて、宰相権限で解除できます」
「いつでも解除できるってことだろ」
「必要性は慎重に判断しております」
「誰が判断する」
「私が」
止める者がいない。
「今日から、日本側で働く時は自分で解除できない」
「承知いたしました」
「本当に?」
「契約条件でございますので」
セレフィナは。
書類へ署名した。
少し不満そうだったが。
正式な勤務条件になれば守る。
「それと、断り方を練習します」
「練習が必要でしょうか」
「五十二件全部に対応可能です、って言わないために必要」
「実際、対応可能ですが」
「時間の話」
「優先順位を付ければ」
「今日終わらない分は断る」
俺は。
用意していた練習用の紙を読む。
「セレフィナさん。今日中に、異世界の税制を全て日本語で説明する資料を作ってください」
「承知いたしました」
「駄目」
「なぜですか」
「今日中に終わらないから」
「要点のみでしたら」
「頼まれたのは全て」
「では、夜まで」
「勤務時間外は禁止」
セレフィナは。
しばらく考える。
「本日中の完成は困難です。必要な範囲と期限を御相談させてください」
「それ」
「これでよろしいのですか」
「完璧」
「不思議です」
「何が」
「できないと申し上げるだけで、評価されました」
「無理なことを無理と言えるのは、大事な能力だよ」
次の練習。
「この仕事、セレフィナさんにしか頼めません」
「承知いたしました」
「まだ引き受けるな」
「しかし、私にしか」
「本当にセレフィナにしかできないか確認する」
彼女は少し考える。
「必要な資格と、他の担当者では対応できない理由を確認させてください」
「いい」
次。
「急ぎだから、他の仕事より先にやってください」
「承知」
「止まって」
「緊急性の根拠と、現在進行中の案件への影響を確認させてください」
「もう覚えたな」
「地球側では、依頼を受けるまでに多くの確認が必要なのですね」
「確認せず全部受けるから仕事が増えるんだ」
セレフィナは。
自分の新しいノートへ、何かを書き込んだ。
《仕事を断ることは、相手を拒絶することではない》
《優先順位と責任範囲を明確にする行為》
「理解が早い」
「学習は、私の職務ですので」
午前九時。
セレフィナの二日目の勤務が始まった。
◇
「最初の依頼です」
水城さんが書類を置く。
「地球とアステリアの間における、通行申請書式の統一」
「承知いたしました」
「二件目です」
「治癒魔法共同研究に関する、両世界共通の用語集作成」
「承知いたしました」
「三件目」
「アステリア王国側から提出される公文書の、日本語表現基準作成」
「承知いたしました」
三件。
これで上限。
「では」
財務関係の担当者が手を上げる。
「アステリアの通貨制度について」
「申し訳ございません」
セレフィナが。
穏やかな表情で答える。
「現在、三件の案件を担当しております。本日中の着手は困難です」
成功。
俺は小さく頷いた。
「説明だけでも」
「必要な内容と期限を、文書にて御提出ください。現在の案件終了後、優先順位を協議いたします」
「では、五分だけ」
「五分で正確な回答ができない可能性がございます」
「概要だけで構いません」
「概要が誤解を生む恐れがありますので、準備なく御説明することはできません」
完璧だった。
財務関係の担当者は。
少し残念そうだが、引き下がった。
次。
「農産物の検疫について、一つだけ」
「書面でお願いいたします」
「質問だけです」
「回答には、王国農業院と治癒院への確認が必要となります」
「後日?」
「はい」
断っている。
きちんと。
誰へも失礼にならない形で。
「できるじゃないか」
俺が小さく言う。
「依頼そのものを拒否しているわけではございません」
「それでいい」
「後日、全て対応いたします」
「全部?」
「順番に」
完全には変わっていなかった。
「本当に必要なものだけでいい」
「必要性は、依頼者と協議いたします」
一歩前進。
それで十分だった。
◇
セレフィナは。
三件の仕事を順番に進めた。
通行申請書。
地球側では。
名前。
生年月日。
国籍。
渡航目的。
滞在場所。
所持品。
アステリア側では。
種族。
魔力属性。
魂紋。
加護。
呪詛の有無。
使役生物。
収納魔法内部の物品。
両世界で必要な項目が違う。
「地球側の国籍欄へ、種族を記入することはできません」
「日本政府としても、種族を国籍とは扱いません」
「では、国籍と種族を分けます」
「性別欄は?」
「種族によっては、地球側の二分類に当てはまりません」
政府側の担当者が。
記入欄を見直す。
「任意記載にしましょう」
「アステリア側では、医療と検疫上必要な場合がございます」
「一般手続きと、医療情報を分けるべきですね」
「同意いたします」
十分ほどで。
問題点が次々と洗い出される。
「申請書を一枚へまとめる必要はございません」
セレフィナが提案する。
「一般情報。通行目的。医療・検疫情報。所持品。魔法能力。五種類へ分割いたしましょう」
「申請者の負担が増えませんか」
「必要のない項目は提出不要とします」
「例えば?」
「魔法を使用できない地球人へ、魔力属性の記入を求める必要はございません」
「使役生物のいない者も」
「はい」
必要な人間だけ。
必要な書類を出す。
「では、申請者が自分に必要な書類を判断できる仕組みが」
「質問へ回答することで、自動的に必要書式を選ぶ制度を作ります」
セレフィナが。
画面へ流れを表示する。
《地球人ですか》
《アステリア王国民ですか》
《魔法を使用しますか》
《生物を伴いますか》
《仕事、観光、研究、外交、緊急避難のいずれですか》
「地球側のオンライン申請に近いですね」
「昨日、学習いたしました」
三百年の行政経験。
地球側の制度を一日学んだだけで。
両方を組み合わせ始めている。
一件目。
午前十時二十分に終了。
「次へ移ります」
二件目。
治癒魔法共同研究用語集。
《治癒》
《修復》
《再生》
《回復》
《生命力補助》
《魂体安定》
地球の医師と。
アステリアの治癒師が。
同じ言葉を違う意味で使っている。
「治すという表現を、一つにまとめることが問題です」
セレフィナが説明する。
「地球側の手術と、治癒魔法による組織修復は同じ結果になる場合がございます」
「方法が違う?」
「はい」
「では、治療という大分類の下に、方法を記載する」
「適切です」
医療担当者たちと。
言葉を一つずつ決めていく。
午前十一時三十五分。
二件目終了。
「休憩まで二十五分ございます」
セレフィナが三件目の資料を開こうとする。
「時間内に終わりますか」
水城さんが尋ねる。
「文書表現基準の全項目は、終了しない可能性がございます」
「なら」
セレフィナは。
少しだけ考える。
「今日は、誤解が発生しやすい優先表現のみ整理いたします」
「続きは午後に?」
「午後一時より再開します」
自分で。
仕事を区切った。
俺と水城さんが、顔を見合わせる。
「今のは良かった」
「何がでしょう」
「終わらない仕事を、無理に終わらせようとしなかった」
「勤務条件ですので」
セレフィナは。
当然のように答えた。
◇
正午。
「休憩時間です」
水城さんが告げる。
「区切りまで、あと七分ほど」
「休憩です」
「七分だけ」
「規則を守ってください」
セレフィナが。
俺を見る。
「陛……如月さん」
「水城さんが正しい」
「あと一段落です」
「一段落が七分で終わる保証は?」
「ございます」
「昨日の健康診断で、疲労を調べようか」
セレフィナは。
すぐに資料を閉じた。
「休憩へ入ります」
効果が強い。
休憩室へ移動。
昨日買った青空のノート。
財布。
今日は自分で、昼食を選ぶ。
「何にした?」
「野菜と魚の弁当です」
「健康的だな」
「如月さんは?」
「麺」
「野菜は」
「少し入ってる」
「少し」
セレフィナの目が細くなる。
「勤務中は俺の生活管理をしない」
「休憩中です」
「それでもしない」
「御健康は、業務とは関係ございません」
「もっと駄目だろ」
「友人としての助言です」
「友人?」
俺が聞き返すと。
セレフィナの動きが止まった。
「不適切でしたでしょうか」
「いや」
三百年前。
俺は。
彼女を宰相として扱った。
仲間としても。
大切にしていたつもりだ。
だが。
友人と呼んだことは、あまりなかったかもしれない。
「嬉しい」
「陛下」
「今は如月さん」
「失礼いたしました」
セレフィナが。
少しだけ顔を伏せる。
「如月さんの友人として、食事内容へ意見を申し上げても?」
「一回だけなら」
「野菜を追加してください」
「分かった」
売店へ戻り。
小さなサラダを追加する。
セレフィナは。
満足そうに頷いた。
「これを毎食やるなよ」
「努力いたします」
約束ではなかった。
◇
午後一時。
三件目の仕事を再開。
公文書の表現基準。
《要求する》
《要請する》
《提案する》
《協議を求める》
《命令する》
アステリア語では同じ言葉でも。
立場。
魔力を込めた発音。
文書の封印色。
使われる紙によって意味が変わる。
「日本語へ翻訳した場合、全て文章だけになります」
「だから最初の外交文書が、会社への脅迫みたいに見えたのか」
「我が国では、非常に丁寧な照会でした」
「国家元首を即時返還せよ、って書いてあった」
「自由が侵害されている場合に限る、との条件が付いておりました」
「後ろの小さい文章にな」
「地球側では、重要な条件は前へ置くべきなのですね」
「絶対に」
午後二時十分。
三件目も終了。
「本日の担当案件は完了いたしました」
セレフィナが報告する。
「まだ三時間近くあります」
水城さんが時計を見る。
「追加業務を一件、受けてもいいのでは」
俺が言うと。
セレフィナは。
渡された勤務条件を見る。
「同時に三件まで」
「全部終わったから、今はゼロ」
「では」
待っていた担当者たちが。
一斉に手を上げた。
「財務制度について!」
「治癒師の資格制度を!」
「農産物の持込み基準を!」
「魔法使用者の法的責任を!」
「転移物流を!」
「教育制度交流を!」
「一人ずつ!」
俺が叫ぶ。
五十二件の依頼。
終わった三件を除いても。
まだ四十九件。
全員が。
今日中に少しでも進めたいと思っている。
セレフィナは。
手を上げている者たちを、静かに見渡した。
「一つ確認してもよろしいでしょうか」
「何でしょう」
水城さんが答える。
「皆様の依頼は、それぞれ独立した案件なのでしょうか」
担当者たちが互いを見る。
「財務制度は、交易と就労へ関わります」
「就労制度は、在留資格と税金へ」
「医療研究には、資格と報酬と保険制度が」
「農産物には、検疫、物流、税関が」
「魔法使用には、法務、警察、医療、安全保障が」
完全に独立しているものは。
ほとんどなかった。
「昨日から」
セレフィナが言う。
「同じ前提条件について、複数の部署より個別に御質問を受けております」
「はい」
「個別に回答した場合、部署ごとに異なる前提が作られる可能性がございます」
「確かに」
「それを防ぐため」
セレフィナが。
机の中央へ、新しい資料を表示する。
《地球・アステリア世界間制度合同調整会議》
「全ての依頼を、一つの会議へまとめることを提案いたします」
会議室が静かになる。
「一つに?」
「はい」
「五十二件を?」
「内容別に分科会を設けます」
画面が切り替わる。
《第一分科会――人員通行・在留・就労》
《第二分科会――物流・税関・通貨》
《第三分科会――医療・治癒・生命倫理》
《第四分科会――魔法・技術・安全管理》
《第五分科会――農業・食品・生物検疫》
《第六分科会――教育・文化・言語》
《合同事務局――重複案件整理、共通用語管理、決定事項共有》
「いつ作った?」
俺が尋ねる。
「先ほど、皆様の御要望を伺いながら」
「仕事を断る練習は?」
「断りました」
「何を?」
「個別依頼を」
セレフィナは。
穏やかに答える。
「その上で、私一人が全件へ対応しなくてよい制度を提案しております」
断った。
確かに。
一件ずつ受けることを。
その代わり。
依頼者全員を。
一つの仕組みへまとめた。
「各分科会には、日本側の責任者と、アステリア側の専門家を配置します」
「セレフィナさんは?」
「合同事務局へ、週二回。一回二時間のみ参加します」
自分から勤務時間を制限した。
「それ以外の質問は?」
「事務局へ提出していただきます」
「直接頼まれたら?」
「契約時間外ですので、お断りいたします」
完璧だった。
「日本政府側の負担も減ると思われます」
セレフィナが続ける。
「同一内容を複数部署で調査する必要がなくなります」
「決定事項の共有も早くなる」
「部署間で前提が違う問題も」
「共通用語集を使えば減らせます」
担当者たちが。
一斉に資料を読み始める。
最初は。
セレフィナへ自分の仕事を頼みに来た。
それが。
気づけば。
日本政府全体の仕事の進め方を、見直す会議になっていた。
「正式に採用するには、省庁間の調整が必要です」
水城さんが言う。
「では、本日は試験会議を」
「今から?」
「残り勤務時間内で、第一回合同調整会議を行えます」
「セレフィナの仕事が増える」
「進行は、私が行いません」
「誰が?」
「日本政府側から、議長を選出してください」
セレフィナは。
自分が全部やろうとしなかった。
資料作成。
議題整理。
進行。
記録。
今までなら。
全て自分で担当していたはずだ。
「私は」
セレフィナが言う。
「アステリア側の助言者として、必要な質問へのみ回答いたします」
仕事を断る。
任せる。
自分が担当する範囲を決める。
本当に。
一日で覚えていた。
◇
午後三時。
第一回。
《地球・アステリア世界間制度合同調整会議》
が始まった。
日本側から。
各部署の代表者。
アステリア側から。
外務院。
財務局。
治癒院。
魔導研究院。
農業院。
王立学院。
それぞれの担当者が、投影体または通信映像で参加する。
進行役は水城さん。
セレフィナは。
俺の隣で。
発言を求められるまで黙っていた。
「最初の議題です」
水城さんが言う。
「アステリア王国民が、日本国内で就労する場合の身分について」
法務担当。
労働担当。
税務担当。
外務担当。
それぞれが意見を出す。
「既存の外国人就労制度を参考に」
「国籍確認が必要です」
「アステリア王国の国家承認は、まだ正式には」
「旅券の信用性確認も」
話が広がり始める。
今までなら。
各部署が別々に検討していた。
今日は。
全員が同じ場にいる。
「アステリア側では、国民の身分をどのように証明していますか」
質問が来る。
セレフィナが答える。
「出生記録、生命紋、魂紋、住民登録を使用しております」
「地球側で確認できるものは?」
「旅券に全情報を登録しております。ただし、魂紋を地球側が確認する技術はございません」
「では、王国側の確認結果を信頼するしか」
「地球側でも確認可能な新しい証明方法を、共同で作るべきです」
「偽造は」
「ノアに確認します」
自分で全て答えない。
専門家へ回す。
「ノアさん」
魔導研究院側の画面。
小さな角を持つ少女が現れる。
「聞いてた」
「地球側でも確認可能な、旅券の偽造防止方法を提案してください」
「三つある」
ノアが説明を始める。
セレフィナは。
その間、別の質問に答えない。
一度に一つ。
専門家へ任せる。
午後四時。
最初の議題がまとまった。
《アステリア旅券は、暫定的な本人確認書類として認める》
《地球側で確認可能な生体情報を追加》
《就労は個別許可制》
《報酬、労働時間、安全基準は日本側法令を基準とする》
《アステリア側にも、労働者保護窓口を設置》
一時間で。
昨日まで別々に議論されていた内容が。
一つの方針へまとまった。
「次の議題へ」
水城さんが言う。
セレフィナが時計を見る。
「残り一時間でございます」
「あと三件ほど」
セレフィナが首を横へ振る。
「一件のみが適切です」
「なぜ?」
「各案件を二十分で扱った場合、十分な確認ができません」
「では、緊急性が高いものを一件」
「同意いたします」
自分から。
仕事を減らした。
俺は。
少し感動していた。
「成長したな」
「陛下」
「勤務中」
「如月さん」
セレフィナが。
僅かに頬を膨らませる。
「子供を見るように仰らないでください」
「三百歳以上だけど」
「四百歳を超えております」
「知らなかった」
「お伝えする機会がございませんでした」
俺より。
何倍も年上だった。
今さらだった。
◇
午後五時。
「本日の勤務は終了です」
水城さんが告げる。
合同調整会議も。
予定通り終了した。
セレフィナは。
机の上の書類を閉じる。
「追加の整理を」
「明日」
「五分だけ」
「明日」
「承知いたしました」
本当に。
持ち帰らなかった。
「今日は、どうだった?」
勤務終了後。
俺が尋ねる。
「断ることに、少し慣れました」
「嫌じゃなかった?」
「最初は」
セレフィナが答える。
「相手の期待を裏切っているように感じました」
「今は?」
「無理に引き受ける方が、結果として相手へ迷惑を掛ける場合があると理解いたしました」
「完璧」
「ただし」
「何」
「本日断った案件は、全て合同調整会議へ移されました」
「結局、全部やるんじゃ」
「私一人ではございません」
そこが大きな違いだった。
「任せられるようになった?」
「地球側では、担当外の仕事を受けないことも責任であると学びました」
「アステリアでも使ってくれ」
「検討いたします」
「直属三百二十一人を減らせるかも」
「それとこれは別です」
「別じゃないだろ」
簡単には変わらないらしい。
◇
セレフィナが帰国した後。
合同調整会議の結果は。
日本政府内へ共有された。
反応は。
予想以上に大きかった。
「如月さん」
午後六時過ぎ。
水城さんが。
大量の通知を見ながら言う。
「合同調整会議への参加希望が届いています」
「また増えた?」
「地方自治体。大学。医療機関。経済団体。企業です」
「政府内だけじゃなかったのか」
「異世界との交流制度に関わる者は多岐にわたります」
画面へ。
参加希望数が表示される。
《政府機関――六十二》
《地方自治体――百八》
《大学・研究機関――二百四十一》
《医療機関――三百八十二》
《企業・団体――二千九百十六》
「全員入れないでください」
「もちろんです」
「セレフィナへ直接連絡も」
「禁止すると伝えます」
「本人も全部受けない?」
水城さんが。
アステリア側から届いた返答を表示する。
《全ての参加希望は、合同事務局へ提出してください》
《私個人への直接依頼には対応いたしません》
「学習してる」
《ただし、合同事務局の人員が不足しております》
「嫌な続きだ」
《アステリア側より、追加の連絡官派遣を提案いたします》
人手が足りない。
なら。
セレフィナ一人で全部やるのではなく。
担当者を増やす。
正しい。
非常に正しい。
「何人を希望してる?」
新しい資料。
《追加派遣希望人数――十二名》
「意外と少ない」
「必要最低限に絞ったそうです」
「候補は?」
名前が表示される。
外務院。
財務局。
法務院。
治癒院。
農業院。
魔導研究院。
王立学院。
各分野から一人か二人。
その一番上。
《アルノルト・ヴァイス》
《アステリア王国外務院次官》
《専門――外交交渉、条約、異種族間協議、危機管理》
《地球側連絡官候補》
外務省へ最初の外交文書を届けた人物。
会社へ。
俺の返還要求だと受け取られる文章を持ち込んだ男。
「アルノルトか」
「御存じですか」
「少しだけ」
ゲーム時代にはいなかった。
俺が消えた後に生まれた世代。
俺を直接知らず。
歴史上の建国王として学んだ者。
アルノルトから。
正式な志望書も届いていた。
《志望理由》
《建国王陛下が生きられた地球と、アステリア王国との間に、対等で安定した関係を築くため》
まともだった。
俺の世話をしたいとも。
近くで働きたいとも書いていない。
「この人なら、大丈夫そうだな」
続きがあった。
《第二志望理由》
《建国王陛下へ不当に接近する地球側人物および組織を、外交的手段によって排除するため》
「駄目だ」
即座に言う。
「一行目は良かったのですが」
「二行目で全部台無しです」
更に。
《希望勤務地》
《建国王陛下の居住地より、緊急時に十分以内で到着可能な範囲》
「近くへ来る気だ」
《住居希望》
《陛下の御居所を監視可能な》
「不採用!」
俺の声が会議室へ響く。
その直後。
アステリア側から。
アルノルト本人の通信が入った。
《陛下》
「何」
《御安心ください》
「何を?」
《地球側の規則を尊重し、陛下の御許可なく御住居へは近づきません》
「監視可能な場所に住もうとしてるだろ」
《危機発生時の迅速な対応に必要です》
「危機が起きてない時は?」
《遠くから、静かに御守りいたします》
「それを監視って言うんだよ!」
セレフィナへ。
仕事を断ることを教えた。
彼女は学び。
自分一人で抱え込まず。
合同会議を作り。
新しい担当者へ仕事を任せようとした。
その判断は。
完全に正しい。
問題は。
次に派遣されようとしている元部下の部下も。
三百年間。
俺への過剰な忠誠を。
国家教育として完璧に受け継いでいたことだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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