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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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第13話 俺を監視するなと言ったら、町内全体の防災担当になった


《住居希望》


《陛下の御居所を監視可能な――》


「不採用!」


 俺の声が、政府施設の会議室へ響いた。


 画面の向こう。


 アステリア王国外務院次官、アルノルト・ヴァイスは。


 少しも動揺した様子を見せなかった。


 黒い礼服。


 短く整えられた黒髪。


 琥珀色の瞳。


 見た目は三十代ほどだが。


 セレフィナの説明によれば、既に百歳を超えているらしい。


《陛下》


「勤務希望者として話すなら、如月さん」


《失礼いたしました、如月様》


「様もいらない」


 アルノルトの表情が僅かに硬くなる。


《如月さん》


「はい」


《私は、陛下の御私生活を侵害する意図で監視を希望しているのではございません》


「監視する時点で侵害だよ」


《御居所周辺に発生する危険を、早期に確認するためです》


「何も起きてない」


《既に、報道関係者、研究組織、企業、宗教団体を名乗る者、個人的接触を望む者が周辺へ集まり始めております》


「宗教団体?」


 初めて聞いた。


 水城さんが、手元の端末を確認する。


「昨日から、建国王である如月さんへ面会を求める団体が、複数問い合わせを行っています」


「どういう理由で?」


「異世界の実在が、既存の宗教観に与える影響について話を聞きたいと」


「俺に聞かれても困ります」


「面会は全て断っています」


 俺の知らないところで。


 既に色々な人間が、俺へ近づこうとしているらしい。


「それでも監視は駄目」


《では、警戒》


「名前を変えただけ」


《周辺安全確認》


「もっと柔らかくしても駄目」


《危機情報収集》


「俺の家を中心にするな」


 アルノルトは。


 少し黙った。


《では》


 何かを考えている顔だった。


 嫌な予感がする。


《陛下の御居所を中心とせず、周辺地域全体の危機情報を確認いたします》


「広げるな」


《特定個人のみを対象としなければ、私生活の監視には該当しないと》


「そういう抜け道を探すな!」


 セレフィナが。


 画面の向こうで静かに口を開いた。


《アルノルト》


《はい、宰相閣下》


《地球側の個人情報保護と、居住者の意思尊重について、再学習が必要です》


《既に学習しております》


《理解している者は、住居希望欄へ監視可能と記入いたしません》


 完全な正論だった。


 アルノルトが。


 初めて僅かに目を伏せる。


《申し訳ございません》


「面接は受けさせるんですか」


 俺は水城さんへ尋ねた。


「本人の能力と、志望理由を改めて確認します」


「監視したいって書いてますけど」


「問題のある表現が一つあったからと、面談の機会自体を奪うべきではありません」


 地球側の考え方だった。


 俺の一言だけで。


 一人の仕事を完全に決めるのは違う。


 アルノルトは。


 俺の元部下ではない。


 アステリアで生まれ。


 自分の意思で働き。


 正式な手続きを経て、地球側の仕事へ応募した一人の人間だ。


「分かりました」


 俺は息を吐く。


「面接だけなら」


《ありがとうございます》


「ただし、俺の近くに住むことと、監視はなし」


《承知いたしました》


「本当に?」


《誤解を招く表現を、志望書から削除いたします》


「表現だけじゃなくて、行動も変えて」


《努力いたします》


「約束じゃないのか」


《危機発生時には、例外が必要です》


 リゼルやセレフィナと同じだった。


 国家全体で。


 俺の生命に関わる緊急時だけは、何をしてもよいと考えている。


「本当の緊急時は、日本政府や警察と協力する」


《御意》


「自分たちだけで解決しない」


《可能な限り》


「必ず」


《……承知いたしました》


 長い間があった。


 完全には納得していない。


 だが。


 少なくとも。


 言葉だけで即座に受け入れるよりは、正直だった。


     ◇


 翌日。


 アルノルトの正式な面談が行われた。


 今回は投影体ではない。


 仮設世界間通行検査室を通り。


 旅券。


 検疫。


 所持品。


 魔法能力。


 全てを確認した上で、日本へ入国している。


 持ち物は。


 筆記具。


 地球側で使用する情報端末。


 分厚い資料。


 本人確認用の王国印。


 そして。


 小さな黒い箱。


「こちらは?」


 検査担当者が尋ねる。


「緊急通信具です」


「武器としての機能は」


「ございません」


「追跡機能は」


「ございます」


 俺は、少し離れた場所から振り返った。


「何を追跡する」


「通信具を所持する本人です」


「本人だけ?」


「はい」


「他人へ付けたりしない?」


「如月さんへ御渡しする予定はございません」


「予定は、って言い方が気になる」


「御希望があれば、同型の装置を」


「希望しない」


「承知いたしました」


 黒い箱は。


 本人の位置と生命状態だけを。


 アステリア側の外務院へ知らせる。


 地球で勤務中の外交官を守るための装置。


 日本側でも。


 同様の機能を持つ機器はある。


「所持を認めます」


 検査担当者が答える。


「ただし、日本側で収集した位置情報を、他の目的へ使用しないでください」


「承知しております」


 アルノルトは。


 一つずつ規則に従った。


 勝手に魔法も使わない。


 俺へ跪かない。


 陛下とも呼ばない。


「如月さん」


 検査室を出たあと。


 少し苦しそうに呼ばれた。


「何」


「御機嫌はいかがでしょうか」


「普通」


「昨夜は十分な睡眠を?」


「取った」


「御食事は」


「食べた」


「御身体に異常は」


「面接で聞く話じゃない」


「失礼いたしました」


 生活状態を聞いただけで。


 監視ではないと考えていたらしい。


「リゼルたちから聞いてない?」


「陛下――如月さんの健康情報は、御本人の許可なく共有しない規則となっております」


「守ってるんだな」


「国王であっても、個人の医療情報は保護されるべきとの制度改正が行われました」


「いつ?」


「地球時間で昨日です」


 アステリア側では。


 既に数か月前。


 俺の健康診断結果が王国全土へ広がったことを問題視し。


 新しい法律が作られたらしい。


「国王健康情報保護法?」


「正式名称は、個人生命情報管理法です」


「俺だけじゃない?」


「全王国民が対象です」


 一人の健康情報が勝手に広がった。


 だから。


 王だけを特別に守るのではなく。


 国民全員の医療情報を守る制度を作った。


「それなら、良い法律だな」


「陛下の御経験を国政へ反映したものです」


「公布する時、俺の名前は?」


「記載しておりません」


「良かった」


「立法理由には、建国王帰還後に発生した個人情報共有上の問題と」


「結局分かるだろ」


 アステリアの国民なら。


 全員、何が原因か知っている。


     ◇


 面談場所は。


 セレフィナが働いている政府施設だった。


 面接官は。


 外務省の水城さん。


 警察関係者。


 内閣官房の危機管理担当者。


 法務関係者。


 そして。


 俺。


「何で俺も?」


「志望書の半分以上が、如月さんに関係する内容でしたので」


「削除したんじゃ?」


「削除前の内容も、適性判断には必要です」


 アルノルトが。


 俺の向かいへ座る。


「まず」


 水城さんが口を開く。


「地球側連絡官を希望する理由を教えてください」


「両世界間の安定した外交関係を構築するためです」


「如月さんを守るためでは?」


「それも重要な目的です」


 隠さなかった。


「ですが」


 アルノルトは続ける。


「建国王陛下個人の保護だけを目的とするのであれば、外務官ではなく近衛騎士団へ所属すべきです」


「では、なぜ外務官に?」


「陛下が御不在の三百年間」


 アルノルトは。


 俺ではなく。


 面接官たちへ視線を向ける。


「アステリア王国は、周辺諸国から繰り返し問われました」


「何を?」


「実在しない王を待ち続ける国に、未来はあるのかと」


 俺は。


 何も言えなかった。


「建国王は、国を捨てたのではないか」


「……」


「既に亡くなっているのではないか」


「……」


「永遠に戻らぬ者を王として戴くことは、国家として異常ではないか」


 当然の疑問だった。


 周辺国家だけではない。


 アステリア国内にも。


 同じことを考えた者はいただろう。


「私は」


 アルノルトが続ける。


「陛下がおられなくなった後に生まれました」


 ゲーム時代。


 俺はアルノルトを知らない。


「陛下の御姿を見たことも。御声を聞いたこともございませんでした」


「それなのに、どうして俺へそこまで」


「歴史で学びました」


 俺が築いた国。


 残した制度。


 仲間たちの記録。


 最後の命令。


「ですが」


 アルノルトは。


 琥珀色の瞳で俺を見る。


「歴史上の建国王と、今ここにおられる如月さんが、完全に同じ方であるとは考えておりません」


 予想していなかった言葉だった。


「違うと思ってる?」


「三百年が経過しております」


「俺には七年だけど」


「それでも」


 アルノルトは答える。


「御自身が遊戯だと認識されていた世界と、現実の地球では、判断も御立場も異なるはずです」


 リゼルたちは。


 三百年前の俺を知っている。


 俺を。


 今も同じ王として見ている。


 アルノルトは。


 伝説としてしか知らない。


 だからこそ。


 今の俺を。


 別の人間として見ることができるのかもしれない。


「私の役目は」


 アルノルトが続ける。


「歴史上の建国王へ無条件に従うことではございません」


「では?」


「今の如月さんが望まれる生活と、アステリア王国の利益を調整することです」


 外交官らしい答えだった。


「そのために監視を?」


「安全確認でございます」


「戻ってる」


「失礼いたしました」


 完全に直るには。


 時間が掛かりそうだった。


     ◇


「危機管理能力について伺います」


 内閣官房の担当者が質問する。


「外交問題が発生した場合、どのように対応しますか」


「情報を収集。関係者の安全を確保。相手の目的を確認。公開情報と非公開情報を分け、交渉窓口を一本化します」


「武力行使は?」


「外務院の権限ではございません」


「軍へ要請する場合は」


「国家または国民の生命へ重大な危険があり、外交的解決が困難な場合に限ります」


「如月さん一人が危険な場合は?」


「国家元首相当の人物への危害ですので、重大な危険に該当します」


「どの程度の対応を?」


「相手の拘束。周辺封鎖。証拠確保。日本政府への引渡し」


「攻撃は?」


「相手が武力を使用しない限り、行いません」


「本当に?」


 俺が聞く。


「如月さんより、地球側では日本政府と警察へ協力するよう御命令を受けております」


「命令だから?」


「現時点では」


「自分で正しいと思ってるわけじゃない?」


 アルノルトは。


 少し考える。


「地球の治安は、日本側統治機関が管理すべきです」


「うん」


「アステリアが独断で介入すれば、主権侵害となります」


「分かってる」


「ですが」


 また、ですがだった。


「日本側の対応が間に合わず、如月さんの生命へ危険が迫った場合は、行動いたします」


「それは」


 水城さんが答える。


「日本側でも、緊急避難や正当防衛に該当する場合があります」


「では、問題ございません」


「ただし、必要最低限です」


「敵対者を都市ごと排除するような行為は」


「絶対に駄目」


「例として確認しただけです」


「考えたことはあるんだな」


「危機対応案には、最大規模の想定も必要です」


 アルノルトの資料には。


《段階一――注意喚起》


《段階二――警察への通報》


《段階三――避難誘導》


《段階四――対象者拘束》


《段階五――周辺地域封鎖》


《段階六――地球側都市機能の一時停止》


《段階七――日本国全域に対するアステリア軍保護展開》


「六と七を消して」


「国家規模の危機が発生した場合に備えた案です」


「日本政府が頼んだ時だけ」


「では、その条件を追記いたします」


 消すつもりはなかった。


「最終段階は必要です」


 危機管理担当者が。


 意外にも資料を止めなかった。


「大規模災害や、異世界側からの危険が地球へ流入した場合、アステリアの力を借りる可能性はあります」


「日本全域へ軍を出すんですよ?」


「日本政府の正式な要請と管理下であれば、検討対象です」


 地震。


 津波。


 大規模火災。


 未知の感染症。


 巨大な魔獣。


 今まで存在しなかった危険。


 アステリアの力が。


 人を守るために必要になる可能性もある。


「条件をもっと細かくしてください」


「合同調整会議で協議します」


「セレフィナの仕事が増える」


「分科会へ任せます」


 セレフィナは。


 仕事を断ることを学んだ。


 その結果。


 新しい案件が増えても、全て彼女へ集まることはなくなっている。


     ◇


 面談は。


 大きな問題なく進んだ。


 アルノルトの能力は高い。


 外交実務。


 情報整理。


 危機対応。


 交渉。


 法律。


 セレフィナほどではないにしても。


 百年分以上の経験がある。


「最後の確認です」


 水城さんが尋ねる。


「日本で働く場合、如月さんの意思と職務命令が対立した時、どちらを優先しますか」


「日本政府の職員として採用されるのであれば、契約と法令を優先します」


 セレフィナとは違う答えだった。


「如月さんの安全が関わっていても?」


「危険性を説明し、正規の手続きを取ります」


「それでも、如月さんが命令した場合は」


「拒否いたします」


 俺は。


 少し驚いた。


「俺の命令を断る?」


「はい」


「できるのか」


「私は、建国王陛下より直接任命された臣下ではございません」


 アルノルトは。


 はっきり答えた。


「私は、アステリア王国の法と国民に仕える公務員です」


 三百年間。


 俺がいない間に作られた世代。


「陛下の御命令が、王国法と国民の利益へ反する場合」


 琥珀色の瞳が。


 まっすぐ俺を見る。


「私は、従いません」


 リゼルたちが聞けば。


 怒るかもしれない。


 だが。


 俺は。


 少し安心した。


「それでいい」


 アルノルトの表情が。


 初めて僅かに崩れた。


「よろしいのですか」


「俺が間違ってる時は、止めてくれ」


「それが、国王に仕える者の役目だと?」


「国に仕えるなら、なおさら」


 アルノルトは。


 ゆっくり頭を下げた。


「承知いたしました」


 監視希望は問題だった。


 俺への過剰な警戒心も。


 直さなければならない。


 それでも。


 無条件に俺へ従わない者がいる。


 今のアステリアには。


 そういう人間も必要なのだと思う。


     ◇


 面談の結果。


 アルノルトは。


 三日間の試験勤務を認められた。


《立場――アステリア王国派遣連絡官候補》


《勤務内容――危機情報整理、通行者対応、外交文書調整》


《勤務場所――仮設世界間通行検査室》


《勤務時間――午前九時から午後五時》


《如月蓮個人の監視――禁止》


《居住地周辺の情報収集――日本政府または本人の同意を必要とする》


「最後の二行」


 俺は何度も確認する。


「理解してる?」


「はい」


「俺の家を遠くから見ない」


「はい」


「報道関係者を勝手に調べない」


「はい」


「近所の住民の名前や生活を調べない」


「はい」


「俺の外出予定を把握しようとしない」


「はい」


「俺の会社へ連絡しない」


「はい」


「緊急時の基準は」


「日本政府および如月さんと、事前に定めます」


 完璧だった。


「では、明日から」


「よろしくお願いいたします」


 面談が終わる。


 アルノルトが。


 帰国前の検査を受けるため立ち上がった時。


 水城さんの端末へ、一本の連絡が入った。


「マンションの管理会社からです」


「何かありました?」


「建物の前に、人が集まっているそうです」


「報道?」


「報道関係者と、異世界に関心を持つ一般の方々です」


「何人?」


「現在、三十名ほど」


 多くはない。


 だが。


 普通の住宅地へ集まれば、十分に迷惑になる人数だ。


「警察が対応へ向かっています」


「俺は帰らない方が?」


「少し時間をずらしましょう」


 俺の住所は。


 公表していない。


 しかし。


 会社前の映像。


 政府車両。


 周辺情報。


 少しずつ特定されたのだろう。


「如月さん」


 アルノルトが口を開く。


「対応案を提案しても?」


「試験勤務は明日からだろ」


「現在は、アステリア王国外務院次官として申し上げます」


「何」


「日本政府と管理会社を通じ、住民へ説明を行うべきです」


「住民説明会は、午後に予定されています」


「周辺へ集まる者への対応方針も必要です」


「追い払う?」


「いいえ」


 アルノルトは。


 意外にも首を横へ振った。


「知りたいと思うこと自体を、禁止することはできません」


「では?」


「立入り可能な場所と、不可能な場所を明確にする」


「警察の仕事では」


「はい。日本警察へ協力します」


「勝手に動かない?」


「先ほどの勤務条件へ、既に署名しております」


 言葉だけではなく。


 正式な規則を守ろうとしている。


「それと」


 アルノルトが続ける。


「報道および一般の方へ、定期的な公式情報を提供すべきです」


「情報がないから、自宅まで来る?」


「全員ではございませんが、理由の一つです」


「何を発表する」


「門の安全確認状況。人員通行試験。今後の発表予定。個人宅へ訪問しても、対応しないこと」


 隠すだけでは。


 憶測が広がる。


 必要な範囲で。


 正確な情報を出す。


「水城さん」


「妥当な提案です」


「では、政府側で」


「ただし」


 水城さんが。


 少し困った顔をする。


「如月さんのマンションが、既に一部で特定されている可能性があります」


「引っ越した方が?」


 リゼルが聞けば。


 すぐに王城を建てようとする。


「短期間であれば、安全な場所を用意できます」


「でも、門が」


 俺の魂と接続している。


 長く滞在すれば。


 別の場所へ出口が形成される可能性もある。


「門の制御装置が完成するまでは、移動も慎重に行う必要があります」


「では」


 アルノルトが。


 一枚の資料を作り始める。


「住民全体の安全を確保する方法を提案します」


「俺だけを守る案じゃない?」


「はい」


 画面へ。


《世界間転移門周辺地域・暫定安全協力計画》


「また大きくなりそう」


「最小限です」


 内容を確認する。


《警察による通常警戒》


《管理会社による入館管理》


《住民への緊急連絡網》


《報道対応窓口の一本化》


《異世界由来の危険発生時のみ、アステリア側へ支援要請》


《住民の個人情報は、本人の同意なくアステリア側へ提供しない》


《日常生活への監視を行わない》


「最後の二つ、大事」


「理解しております」


「アステリア側は、何をする?」


「常時は何もいたしません」


「本当に?」


「緊急連絡が来た場合のみ、対応準備を開始します」


「それなら」


 日本側の警察や管理会社が中心。


 アステリアは。


 必要な時だけ支援する。


 今までで一番。


 地球側の制度を尊重した案だった。


「管理会社と住民へ、提案してみましょう」


 水城さんが答える。


 俺も頷いた。


     ◇


 午後三時。


 マンション住民への説明会が行われた。


 場所は。


 近くの公民館。


 建物の入居者。


 管理会社。


 所有者。


 日本政府。


 警察。


 アステリア側からは。


 セレフィナ。


 アルノルト。


 俺。


 ミーナは勤務中だったため、建物の状況確認を終えてから参加した。


「まず」


 水城さんが住民たちへ説明する。


「皆様の建物内に、異世界との通行施設が設置されている件について」


「設置したのは一階の空室だけです」


 長谷川さんが補足する。


「建物そのものへ、物理的な穴は開いていません」


「安全なの?」


 住民の一人が尋ねる。


「現時点の検査では、人体や建物へ危険な影響は確認されていません」


「怪物が来たりは?」


「許可された人間以外は通れない仕組みです」


「停電したら?」


「門の機能は、地球側の電力へ依存していません」


「それは逆に怖い」


 正直な意見だった。


 質問が続く。


「家賃は上がるの?」


「現時点で、変更予定はありません」


「報道の人が来てるけど」


「警察と政府が対応します」


「如月さんは、王様なの?」


 全員の視線が。


 俺へ集まる。


「ゲームの中で国を作ったのは俺です」


「本当に異世界だった?」


「そうらしいです」


「一億人以上の国の王?」


「そこは、まだ話し合い中です」


 何度言っても。


 話し合い中としか答えられない。


「危ない人に狙われたりしない?」


 老婦人が心配そうに尋ねる。


「今のところ、具体的な危険は確認されていません」


 水城さんが答える。


「ただし、周辺へ人が集まる可能性はあります」


「私たちも引っ越した方がいいの?」


 俺は。


 思わず口を開く。


「引っ越す必要はありません」


 俺のせいで。


 住民たちが。


 長く暮らした場所を出ていく。


 それは避けたい。


「何か問題があれば、俺が別の場所へ」


「陛下」


 リゼルはいない。


 それでも。


 セレフィナの声が低くなる。


「今日は如月さん」


「失礼いたしました」


 住民たちの前で。


 仕事中の呼び方へ戻す。


「如月さん御一人が、責任を負うべき問題ではございません」


「でも、門は俺に繋がってる」


「だからといって、全てを御一人で決めるべきではございません」


 住民の一人が。


 手を上げる。


「俺は、別に如月君に出ていってほしいとは思ってないよ」


 同じ階に住む男性だった。


「騒ぎは困るけど」


「そうねえ」


 老婦人も頷く。


「七年も隣に住んでるし」


「異世界の王様だろうが、如月さんは如月さんでしょう」


 他の住民たちも。


 少しずつ頷く。


「ミーナさんが掃除してくれるようになって、むしろ良くなったところもある」


「まだ試験勤務です」


 長谷川さんが訂正する。


「正式に続けてくれるんでしょ?」


 ミーナの耳が立つ。


「許可をいただけるのであれば」


「俺に聞かず、管理会社と本人で」


 全員が笑った。


 少しだけ。


 空気が柔らかくなる。


     ◇


 アルノルトが。


 住民向けの安全協力計画を説明した。


 監視はしない。


 個人情報も集めない。


 アステリア兵を配置しない。


 魔法による常時警戒も行わない。


「何か起きた時は、どうするの?」


「まず、日本の警察、消防、救急へ御連絡ください」


「異世界の怪物が来た時も?」


「その場合は、アステリア側へも連絡が届く仕組みを用意します」


「どこに?」


「一階の通行検査室です」


「夜は閉まってるでしょう」


「日本政府と管理会社の許可が得られた場合」


 アルノルトが。


 小さな装置を見せる。


「緊急連絡専用の端末を設置します」


「ボタンを押すだけ?」


「はい」


「誰が押すの?」


「管理会社、警察、または住民代表者です」


「如月さんだけじゃないの?」


「建物全体の安全に関わる装置です」


 俺一人を守るためではない。


 住民全体。


「押したら、何人来る?」


 子供の母親が尋ねた。


 アルノルトが。


 少し考える。


「事態の規模によります」


「最大で?」


「王国軍二十三万」


「来なくていい!」


 俺が即座に止める。


「最大規模の質問でしたので」


「この建物に二十三万人入らない」


「周辺地域へ展開します」


「もっと駄目」


 住民たちは。


 驚いたあと。


 少し笑っていた。


 アルノルトは真剣なのだが。


 もう。


 アステリア側の規模感に慣れ始めている。


「最低で?」


「連絡官一名です」


「それでいい」


「状況を確認し、必要であれば段階的に増員します」


「増員する時は日本政府へ確認」


「はい」


 説明会の最後。


 安全協力計画について。


 住民の意思を確認する。


《賛成――二十七世帯》


《反対――一世帯》


《保留――三世帯》


 全員ではない。


 それでいい。


「反対した人の部屋は、対象から外してください」


 俺が言う。


「建物全体の災害対応から完全に外すことはできません」


 水城さんが説明する。


「ただし、アステリア側へ個人情報を共有しない。個別の緊急装置を設置しない。本人の生活へ関与しないことは可能です」


「それで」


 反対した住民も頷いた。


 全員が同じ意見でなくても。


 制度は作れる。


 説明会は。


 大きな混乱なく終了した。


     ◇


 翌日。


 アルノルトの試験勤務初日。


 午前九時。


 彼は。


 マンション一階の仮設世界間通行検査室へ着席した。


 胸元には。


《アステリア王国派遣連絡官候補》


《アルノルト・ヴァイス》


 と書かれた身分証。


「業務内容を確認します」


 水城さんが説明する。


「門を通る公文書の確認。日本側担当者への連絡。緊急連絡端末の管理」


「承知いたしました」


「如月さんの行動確認は、業務に含まれません」


「承知しております」


「外へ出る場合は、許可を」


「はい」


「勤務時間外に、周辺を巡回しない」


「はい」


「住民の顔と名前を勝手に覚えない」


「視界へ入った情報まで忘れることは」


「記録しないという意味です」


「承知いたしました」


 仕事が始まる。


 最初の二時間。


 何の問題もなかった。


 地球側とアステリア側の文書確認。


 旅券申請。


 通行希望者への不足書類通知。


 日本語の表現修正。


 全て正確。


 丁寧。


「アルノルトさん」


 管理会社の長谷川さんが。


 検査室へ入る。


「緊急連絡端末の設置場所について相談が」


「拝見いたします」


 二人で。


 一階共用部へ出る。


 俺も同行する。


 端末は。


 壁へ固定しない。


 小さな台の上に置く。


 停電しても使える。


 誤操作防止用の透明な蓋。


《異世界由来緊急事態専用》


《火災・救急・犯罪は、先に一一九番または一一〇番へ》


 分かりやすい。


「これなら」


 長谷川さんも頷いた。


 その時。


 建物の外から。


 小さな機械音が聞こえた。


 窓の近く。


 黒い飛行物体。


「ドローン?」


 小型の撮影用無人機。


 建物へ近づき。


 窓の向こうを撮影している。


「如月さん」


 アルノルトの表情が変わった。


「下がってください」


「攻撃するなよ」


「いたしません」


 すぐに情報端末を開く。


「日本の警察へ通報します」


「誰が飛ばしてるか分かる?」


「確認できますが、魔法使用の許可がございません」


「なら使わない」


「はい」


 アルノルトは。


 窓から離れ。


 ドローンの外見。


 時間。


 飛行方向。


 それだけを記録する。


 勝手に追跡しない。


 撃ち落とさない。


 通信を奪わない。


 警察へ連絡。


 管理会社へ状況を報告。


 住民へ、窓を閉めるよう伝える。


 数分後。


 ドローンは飛び去った。


「追わなくていいのか」


 俺が尋ねる。


「警察が確認します」


「アステリアなら?」


「捕獲しております」


「地球では?」


「地球の規則へ従います」


 我慢している。


 明らかに。


「よく止まったな」


「勤務条件でございますので」


「それだけ?」


 アルノルトは。


 少し黙る。


「如月さんが」


「うん」


「私の判断が誤っている時は、止めろと仰せになりました」


「言った」


「であれば」


 琥珀色の瞳が。


 僅かに柔らかくなる。


「私も、自分が誤る可能性を認めなければなりません」


「警察へ任せるのが正しいと思った?」


「はい」


 完全に納得しているわけではない。


 それでも。


 地球のやり方を信じようとしている。


     ◇


 ドローンは。


 近くにいた動画配信者が飛ばしたものだった。


 警察から注意を受け。


 撮影した映像も公開しないと約束したらしい。


「武装組織ではなかった」


 アルノルトが答える。


「最初から、その可能性は低かっただろ」


「可能性が低いことと、確認不要であることは別です」


「それは分かる」


「ただし」


「何」


「日本側が適切に対応したことも確認できました」


 少しずつ。


 日本政府への信頼も作られている。


「監視しなくても大丈夫そう?」


「監視はいたしません」


「警戒は?」


「業務上必要な範囲のみ」


「成長したな」


「子供扱いはお控えください」


 セレフィナと同じ反応だった。


     ◇


 試験勤務二日目。


 マンション住民から。


 アルノルトへ相談が来た。


「災害時の避難場所が分かりにくい」


「地震が起きた時、門はどうなるのか」


「エレベーターが止まった場合、高齢者をどう避難させるか」


「アステリア側へ逃げてもいいのか」


 最初は。


 異世界の危険だけを想定した安全計画だった。


 だが。


 住民たちが心配しているのは。


 地震。


 火災。


 台風。


 日常的に起こり得る地球側の災害。


「これは、日本側の防災計画へ含まれます」


 アルノルトが答える。


「私は勝手に変更できません」


「では、誰へ?」


「管理会社、消防、自治体です」


 全て。


 正規の窓口へ繋ぐ。


 自分で全部解決しない。


「ただし」


 アルノルトは。


 住民たちの質問を一つずつ記録した。


「御希望があれば、アステリア側の避難施設運営経験を、参考資料として提出できます」


「お願いできる?」


「管理会社と自治体の許可を得た後に」


 先に聞く。


 勝手にやらない。


 完璧だった。


 管理会社。


 消防。


 自治体。


 日本政府。


 話し合いの結果。


 小規模な合同防災訓練を行う案が出た。


「アステリア側も参加するんですか」


「実際に避難はしません」


 水城さんが説明する。


「門を緊急避難先として使用できるか。通信が途切れないか。怪我人を安全に移送できるか。手順だけを確認します」


「参加人数は?」


「まずはマンション住民と関係者だけです」


「王国軍は?」


「呼びません」


「治癒師は?」


「一名だけ、門の向こうで待機します」


「それなら」


 大規模にはならない。


 少なくとも。


 そのはずだった。


     ◇


 試験勤務三日目。


 アルノルトの評価は。


 予想以上に高かった。


「外交文書処理、問題なし」


「日本側法令への理解、良好」


「個人情報の取扱い、問題なし」


「独断行動、なし」


「如月さんへの無許可接触、なし」


「監視行為、なし」


 最後の二つだけ。


 俺専用の評価項目になっている。


「正式な連絡官として受け入れてもよいのでは」


 水城さんが言う。


「勤務場所は?」


「現在の仮設通行検査室です」


「住居は?」


「地球側へ居住せず、毎日アステリアから通勤します」


「時間差は?」


「本人の勤務と休息を、両国で記録します」


「俺の近くへ住まない?」


「住みません」


 アルノルト本人が答える。


「本当に?」


「はい」


「残念?」


「非常に」


「正直すぎる」


「しかし、規則へ従います」


 それなら。


 反対する理由はなかった。


「俺は賛成です」


「ありがとうございます」


 アルノルトが。


 正式に頭を下げる。


「如月さん」


 今回は。


 陛下と呼ばなかった。


     ◇


 アルノルトの正式な受入れが決まった日の夕方。


 管理会社から。


 新しい資料を渡された。


《マンション合同防災訓練実施案》


「参加者は、住民だけですよね」


「当初は、その予定でした」


 長谷川さんが答える。


「当初は?」


「近隣の町内会から、自分たちも参加したいとの希望が」


「どうして知ったんですか」


「住民の方が話されたようです」


 資料を見る。


《参加希望》


《マンション入居者――三十一世帯》


《近隣住民――百八十二名》


《町内会――四団体》


《地元消防団――一団体》


「増えてる」


「異世界側へ避難できるのか、関心が高いようです」


「実際には避難しないですよね」


「はい」


「見るだけ?」


「門の外から、説明を受ける形です」


 それでも。


 異世界への入口を見たい人間は多い。


「政府としても、地域防災の意識向上に繋がるのであれば」


 水城さんが言う。


「規模を管理した上で、実施する価値はあります」


「アルノルト」


「はい」


「どう思う」


「希望者全員を一度に受け入れることは困難です」


「まともだ」


「三回に分けましょう」


「増やす方向か」


「一回当たりの人数を減らします」


「訓練時間は?」


「一回二時間」


「合計六時間?」


「一日で終了できます」


 地球側の勤務時間にも収まる。


「アステリア側は?」


「治癒師一名。国境管理官二名。避難所担当者二名」


「合計五人だけ?」


「必要最低限です」


 本当に。


 規模感が改善されている。


「では、それで」


 俺は頷いた。


 その瞬間。


 アルノルトの端末へ。


 アステリア側から通知が届く。


《地球側合同防災訓練実施決定》


《王国内各自治体より、見学希望》


「待って」


《希望自治体――三千八百二十一》


「どうして向こうまで参加したがるんだ」


「地球側の災害対応を学びたいとのことです」


「全員は無理」


「理解しております」


 アルノルトが答える。


「映像配信に切り替えます」


「王国全土へ?」


「行政関係者限定です」


「何人?」


「現在の登録希望者、約四百二十万人」


「限定の人数じゃない!」


 俺を監視したいと書いた外交官。


 そのままでは不採用にすると伝えた。


 彼は。


 地球側の法律を学び。


 警察へ協力し。


 個人情報を守り。


 住民の意思を尊重するようになった。


 その結果。


 俺一人ではなく。


 マンション全体。


 近隣住民。


 町内会。


 そして。


 アステリア全土の行政関係者まで参加する。


 史上初の世界間合同防災訓練が。


 正式な手続きを経て。


 開催されようとしていた。


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