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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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第8話 誰も勝手に通すなと言ったら、玄関の向こうに税関ができた


《アステリア王国・地球側王宮分室》


「看板を作るな!」


 俺の声が、マンションの一室とアステリア王城へ響いた。


 門の向こうで看板を運んでいた文官たちが、一斉に動きを止める。


「撤去してください」


 セレフィナが静かに指示する。


「御意!」


 返事と同時に、巨大な看板が運び去られていく。


 今回は素直だった。


 問題は。


 看板がなくなっても、俺の部屋から王城へ直接入れる事実は何も変わらないことだった。


「まず、状況を確認させてください」


 水城さんが、開いた洗面所の扉を見ている。


 扉の向こうには、白い大理石で造られた巨大な浴場。


 マンションの外壁や床面積は変わっていない。


 ただし。


 扉の接続先だけが、異世界の王宮になっている。


「この浴室は、どこに存在しているのですか」


「アステリア王城の東側」


 ノアが答える。


「昨夜、増築した」


「昨夜だけで?」


「時間が違うから」


 地球では八時間。


 アステリアでは、それより遥かに長い時間が流れている。


 俺が眠っている間に。


 王城側では設計。


 材料調達。


 建設。


 接続試験。


 安全確認まで終わらせたらしい。


「この扉を通れば、誰でもアステリアへ移動できますか」


「今は無理」


 ノアが扉の横にある銀色の板へ触れる。


「陛下と、許可された人だけ」


「許可は誰が出すのですか」


「陛下」


 全員が俺を見る。


「俺?」


「陛下の部屋にある扉だから」


「いつ決まった」


「昨夜」


「俺は寝てた」


「だから、陛下の所有権を最優先に設定した」


 俺の許可なく勝手に使えないようにした。


 そこだけ聞けば、安全対策として正しい。


「許可の方法は?」


 水城さんが尋ねる。


「陛下が触れて、通行を認める」


「毎回?」


「登録すれば、一定期間は自動」


「勝手に登録するなよ」


「陛下以外にはできない」


 ノアは、命令に反していないことを強調するように答えた。


 管理会社の長谷川さんは。


 洗面所の扉と、手元の賃貸契約書を何度も見比べている。


「建物の構造自体は変更されていない」


「そう」


「壁も壊していない」


「そう」


「新しい配管や電線も通していない」


「そう」


「しかし、浴室が増えている」


「王城側に」


 長谷川さんは、完全に困っていた。


「賃貸契約上、どのように扱えば」


「契約違反ではない」


 ノアが即答する。


「地球側には何もしてない」


「一般的な賃貸契約は、異世界への空間接続を想定していません」


「書いてないなら、違反ではない」


「ノア」


「何?」


「そういう言い方をすると、今後の契約書に異世界接続禁止って書かれるぞ」


「困る」


「だから、先に相談するんだ」


 ノアは不満そうに銀色の板から手を離した。


 水城さんが、政府側の研究者と短く話す。


「如月さん」


「はい」


「現状のまま、複数の王宮施設へ接続することは認められません」


「俺もそう思います」


 浴室。


 食料庫。


 書庫。


 衣装庫。


 厨房。


 武器庫。


 部屋にある扉や収納のほとんどが、アステリア側の施設へ繋がっている。


「まずは全ての接続を停止してください」


「全部?」


 ノアが聞き返す。


「世界間転移門を除いてです」


「不便になる」


「昨夜までは、それで生活してた」


「陛下は不便を我慢していただけ」


「我慢してない」


「浴室が狭い」


「一人暮らし用だから」


「厨房もない」


「小さいけど、キッチンはある」


「食料庫も」


「冷蔵庫がある」


 ノアは。


 俺が不便を理解していない人間を見るような目を向けてきた。


「とにかく、一度切断してください」


 俺が言う。


「正式な手続きが終わるまで、追加の接続は使用しない」


「浴室も?」


「浴室も」


「食料庫も?」


「全部」


「書庫は?」


「全部と言っただろ」


 ノアが、銀色の板へ触れる。


 次々と接続が切り替わった。


 王宮浴場が消え。


 いつもの狭い洗面所が戻る。


 冷蔵庫の奥に広がっていた巨大な食料庫も。


 机の引き出しの先にあった王城書庫も。


 全て閉じられた。


「これで、元通りです」


 水城さんが部屋の中を確認する。


「世界間転移門は残っていますが」


 壁際の赤い光。


 俺とアステリアを繋ぐ最初の門。


 これだけは閉じられない。


 正確には。


 閉じる方法が、まだ分からない。


「この門を管理する仕組みが必要です」


 水城さんが言う。


「誰が通れるのか。何を持ち込めるのか。危険な生物や物質が来ないか」


「アステリア側では、全て管理可能です」


 セレフィナが門の向こうから答えた。


「現在は、陛下の御許可なく通行できないよう制限しております」


「昨日、投影体が外務省へ現れました」


「投影は物質的な移動ではございません」


「日本側から見れば、無許可で人間と同じ姿の存在が侵入したことになります」


「今後は、事前に御連絡いたします」


「その方法についても、決める必要があります」


 国家。


 国境。


 入国。


 税関。


 検疫。


 昨日まで。


 俺の部屋で考えることではなかった。


 今は。


 一歩壁を越えれば、三億人以上が暮らす別世界。


 普通の玄関より厳重な管理が必要なのは分かる。


「では」


 俺は、リゼルたちを見る。


「今日から、誰も勝手に地球側へ通さないこと」


「既に制限しております」


「投影体も含む」


 セレフィナが僅かに黙る。


「連絡のための投影も?」


「日本政府へ許可を取ってから」


「緊急時は」


「人命に関わる本当の緊急時だけ」


「御意」


「物も勝手に送らない」


「御食事もでしょうか」


「事前に聞いてくれればいい」


「書状は?」


「通信で送れるなら通信で」


「陛下への献上品は」


「送らなくていい」


「国民からの手紙は」


 少し迷う。


 三百年待っていた人たちが。


 俺へ何か伝えたいと思う気持ちまで、全て拒否したくはなかった。


「まとめて、アステリア側で保管しておいてくれ」


「陛下が御覧になる時まで?」


「ああ」


「承知いたしました」


 セレフィナは。


 すぐに王城側へ命令を伝えた。


《地球側通行規則》


《建国王陛下の許可なく、人員、投影体、物資の通過を禁止》


《緊急時を除き、地球側統治機関への事前申請を必須とする》


 表示された文章を見る。


「そこまで正式な規則にするのか」


「国内全体へ徹底するためには必要です」


「まあ、勝手に来ないなら」


 細かい形式は。


 アステリア側へ任せてもいい。


「この規則で運用してください」


 水城さんも頷いた。


「日本側の制度が整うまでは、門を通る者を最小限にします」


「では」


 セレフィナが穏やかに微笑む。


「両世界で共通の通行手続きを整備いたします」


「今から?」


「御命令を受けましたので」


「今日中に完成させる必要はない」


「地球側では時間を要するのですね」


「法律も、安全確認もあるから」


「アステリア側の制度だけ先に用意してもよろしいでしょうか」


 また。


 嫌な予感がした。


「用意するだけ?」


「はい」


「地球側へ何か作らない?」


「作りません」


「人も送らない?」


「送りません」


「勝手に運用を始めない?」


「日本側の合意前には行いません」


 そこまで確認して。


 俺は頷いた。


「準備だけなら」


「御意」


 セレフィナが頭を下げる。


 ノアの角が。


 小さく光った。


     ◇


 午前九時。


 世界間転移門の安全調査が始まった。


 政府側の研究者が。


 門の前へ測定装置を置く。


 魔力。


 熱。


 放射線。


 電磁波。


 空気の成分。


 地球側で確認できるものを、順番に測定していく。


 アステリア側でも。


 ノアの部下たちが同じような検査を行っている。


 ただし。


 誰も門は越えない。


「空気は自由に通ってるのか」


 俺が尋ねる。


「ほとんど通ってない」


 ノアが答える。


「門の表面で調整されてる」


「完全に閉じたら、向こうの空気も見えなくなる?」


「見えるけど通らない」


 映像と。


 人や物の移動。


 空気や温度。


 それぞれ別に制御できるらしい。


「地球側で未知の病原体が確認された場合は、即時閉鎖をお願いします」


 黒田医師が言う。


「アステリア側から見ても同じ」


 ノアが答える。


「地球の病気が、向こうへ広がる可能性もある」


 異世界から何かが来る危険だけではない。


 俺たちが持っている病気を。


 アステリア側へ持ち込む可能性もある。


「リゼルたちは、地球側へ来たけど大丈夫なのか」


「最初に門を通った時、検査した」


「誰が?」


「門」


「自動で?」


「危険なものは隔離される」


「俺には説明してないよな」


「安全だったから」


「安全でも説明はして」


「次からする」


 説明不足は。


 少しずつ改善されている。


 本当に。


 少しずつだが。


 午前十時。


 政府側から。


 最初の正式な門通行試験が提案された。


「人を通すんですか」


「まずは無人物資です」


 小さな金属製の箱。


 中には測定装置。


 位置情報。


 通信機。


 危険な物は入っていない。


「アステリア側で受け取り、こちらへ返送してもらいます」


「通行許可は俺が出す?」


「現在の設定では」


 ノアが答える。


 俺は箱へ触れる。


「この箱だけ、通していい」


《建国王権限による通行許可》


《対象――地球側試験装置一式》


《有効時間――三十分》


《人員通行――不可》


 表示が出る。


 箱が。


 門の表面へ近づけられる。


 赤い光へ触れた瞬間。


 水の中へ沈むように消えた。


 門の向こう。


 王城側の待機室へ現れる。


 文官と研究者たちが。


 箱へ近づく。


 触る前に。


 何かの光を当て。


 記録を取り。


 白い布の上へ置いた。


「ずいぶん慎重だな」


「地球側の物を受け取る最初の正式試験ですので」


 セレフィナの声が聞こえる。


「王立研究院、治癒院、外務院、財務局、軍務院より確認担当者が来ております」


「多すぎない?」


「通常の通関手続きです」


「通常?」


 三百年の間に。


 アステリアは。


 複数の国や地域と交易を行ってきた。


 未知の国から物を受け取る手続きも。


 既に存在している。


 違うのは。


 相手が別世界だということだけだった。


「箱に危険なし」


 ノアの部下が報告する。


「内部装置も正常」


 今度は。


 アステリア側の布で箱を包み。


 門のこちら側へ返す。


 地球側でも。


 再び検査。


「問題ありません」


 研究者が答える。


 最初の通行試験は成功した。


 次は。


 アステリア側から地球へ。


 何も書かれていない一枚の紙。


 次に。


 地球側の水。


 アステリア側の水。


 パン。


 金属片。


 植物の葉。


 少しずつ。


 安全性を確認しながら物が移動する。


 午前十一時半。


「人員通行試験へ移りたいと考えています」


 水城さんが言う。


「もう?」


「日本側から一名。アステリア側へ入り、待機室で安全確認後、すぐに戻ります」


「誰が行くんですか」


「私が」


 水城さん自身だった。


「大丈夫ですか」


「誰かが行う必要があります」


「俺も一緒に」


「如月さんは、既に両世界を行き来できることが確認されています」


「でも」


「日本政府職員として、正式に向こう側へ入る最初の一人が必要です」


 水城さんは。


 昨日から。


 ずっと俺たちの対応をしている。


 知らない場所へ、一人で送るのは心配だった。


「リゼル」


「はい」


「向こう側で、水城さんを守ってくれ」


「陛下が地球側に残られるのであれば」


 リゼルは。


 すぐに答えなかった。


 俺の警護と。


 水城さんの安全。


 どちらを優先するか迷っている。


「門の向こうにいるだけだろ」


「はい」


「何かあれば、すぐ戻れる」


「では、私が同行いたします」


 リゼルは。


 アステリア側へ一度戻る。


 門の向こうで待機する。


 水城さんの通行許可を出す。


《通行者――水城正臣》


《目的――世界間転移門安全確認》


《滞在可能区域――王城門前待機室》


《有効時間――三十分》


《武器、危険物の持込み――不可》


「ずいぶん細かく設定できるんだな」


「昨夜、ノアが改良いたしました」


 セレフィナが答える。


 俺が眠っている間。


 王宮を増築するだけでなく。


 門の許可機能まで改良していたらしい。


「行ってきます」


 水城さんが。


 門の前へ立つ。


 地球側の研究者が。


 身体へ複数の測定装置を付ける。


「気分が悪くなったら、すぐ戻ってください」


「分かりました」


 一歩。


 水城さんの身体が。


 赤い光の中へ入る。


 次の瞬間。


 門の向こう側へ現れた。


「無事ですか」


 俺が呼びかける。


「聞こえています」


 水城さんが。


 自分の身体と周囲を確認する。


「特に異常はありません」


 リゼルが。


 そのすぐ近くへ立っている。


 王城側の研究者や治癒師は。


 決められた位置から動かない。


 許可なく近づかないよう。


 事前に指示されていた。


 今回は。


 全て計画通りだった。


「空気も問題ありません」


「滞在は五分だけにしましょう」


「承知しました」


 水城さんが。


 王城の待機室を見回す。


 壁。


 床。


 天井。


 警備。


 非常口。


 一つずつ確認していく。


 その時。


 遠くから。


 小さな音が聞こえた。


 鐘。


 一つではない。


 何十もの鐘が。


 王都全体から鳴り始める。


「何の音ですか」


 水城さんが尋ねる。


「歓迎の鐘でございます」


 リゼルが答える。


「鳴らさないよう言ってなかった?」


 俺が門越しに尋ねる。


「地球側の方が初めて、正式な手続きを経て御来訪なされましたので」


 セレフィナが。


 少し誇らしそうに答える。


「国家的な慶事でございます」


「静かに試験する予定だったよな」


「待機室の周辺は静かです」


「王都全体で鐘が鳴ってる」


「国民が自主的に歓迎しております」


 また。


 止められない種類の行動だった。


 王城の外から。


 大勢の声が聞こえる。


「地球からの御使者が来られた!」


「陛下の故郷より、初めての客人だ!」


「歓迎を!」


「花を用意しろ!」


「水城さんは五分で帰るから!」


 俺の声は。


 王都の歓声には届かない。


 水城さんが。


 少しだけ苦笑する。


「歓迎されていることは理解しました」


「すみません」


「危険がないのであれば、今回については」


 水城さんは。


 予定通り五分後。


 地球側へ戻った。


 身体検査。


 血液。


 付着物。


 持ち物。


 全て確認される。


「異常なし」


 黒田医師が答える。


 最初の人員通行試験は成功した。


 政府側の研究者たちから。


 小さな拍手が起きる。


 俺も。


 少しだけ肩の力を抜いた。


 これなら。


 時間を掛けて。


 地球とアステリアの間に。


 安全な通行手続きを作れるかもしれない。


「今日の試験は、ここまでにしましょう」


 水城さんが言う。


「午後からは、門の管理制度について協議します」


「分かりました」


 王城側にも伝える。


「今日は、もう誰も通さないこと」


「御意」


「物資の試験も終わり」


「承知いたしました」


「王都の人たちにも、歓迎はありがたいけど、今日は解散するように」


「伝えます」


 今回は。


 問題なく終わった。


 そう思った。


     ◇


 午後一時。


 俺たちは。


 マンション近くに政府が用意した会議室へ移動した。


 自宅の中に。


 研究者。


 役人。


 管理会社。


 警察。


 アステリア側の文官。


 全員を入れることはできない。


 世界間転移門の映像だけを。


 会議室へ繋いでいる。


 議題は。


 門を通る際の手続き。


 日本側では。


 入国管理。


 税関。


 検疫。


 警備。


 法律。


 様々な機関が関わる。


「正式な制度が完成するまでは、政府関係者と緊急連絡要員以外の通行は認めません」


 水城さんが説明する。


「アステリア側も同意します」


 セレフィナが答える。


「地球へ来る者は、事前に氏名、目的、滞在時間、所持品を提出してください」


「承知いたしました」


「武器は原則として持込み禁止」


 リゼルが反応する。


「陛下の警護要員については」


「日本側と個別協議します」


「最低限の護衛装備は必要です」


「その最低限の基準から話し合います」


 リゼルは。


 納得していないが。


 話し合いそのものを拒否はしなかった。


「地球側からアステリアへ向かう場合も、同様の手続きを」


「我が国側で対応いたします」


「担当部署は?」


「外務院、財務局、治癒院、軍務院の共同管理とします」


「四つの機関が?」


「異世界間の通行は、我が国でも初めてですので」


 日本側と同じように。


 アステリア側も。


 複数の部署が関わる。


「現時点で、通行手続きの準備状況は」


 政府側の担当者が尋ねる。


「地球時間で、本日午前九時より整備を開始いたしました」


「まだ四時間ほどですが」


「既に、暫定手続きは完成しております」


 セレフィナが。


 何枚もの資料を表示する。


《アステリア王国・地球間暫定通行規則》


《旅券制度》


《通行目的別許可》


《物資申告制度》


《魔法および武器の持出し制限》


《感染症および呪詛検査》


《希少生物持出し禁止》


《違反時の処罰》


「早すぎない?」


「地球側で必要とされる項目を参考にいたしました」


 水城さんが。


 慎重に資料を読む。


「かなり詳細ですね」


「不備がございましたら、修正いたします」


「申請窓口は、どこに置く予定ですか」


「既に設置しております」


 嫌な予感がした。


「どこに?」


 ノアが。


 会議室の画面へ触れる。


 世界間転移門の向こう側。


 王城の待機室の映像が切り替わる。


 今朝まで。


 何もなかった広い部屋。


 そこに。


 いくつもの窓口が並んでいた。


《地球方面出国審査》


《地球方面入国申請》


《物品申告》


《魔法・武器一時保管》


《治癒・検疫確認》


《地球言語通訳》


 制服を着た文官。


 治癒師。


 騎士。


 研究者。


 それぞれの窓口へ配置されている。


「何だ、これ」


「暫定通行管理所」


 ノアが答える。


「いつ作った」


「午前中」


「人を通すなと言っただろ」


「全員、アステリア側にいる」


「地球側に作るなとは言ったけど」


「だから王城側」


 また。


 命令には反していない。


「まだ日本側と合意してない」


「運用は始めてない」


 ノアが答える。


「準備だけ」


 確かに。


 窓口に人はいるが。


 通行者は一人もいない。


「では、あの列は何ですか」


 水城さんが。


 画面の奥を指す。


 窓口の更に向こう。


 長い廊下。


 そこには。


 何千人もの人々が並んでいた。


「申請希望者」


「運用を始めてないんじゃ?」


「申請書を配ってるだけ」


 誰も地球側へは来ていない。


 通行許可も出していない。


 ただ。


 将来。


 正式な手続きが始まった時のために。


 申請の準備をしている。


「何人並んでる」


「今は、約四千」


「今は?」


「王都内だけ」


「国内全体では?」


 ノアが。


 別の画面を表示する。


《地球訪問事前登録》


《希望者――四千八百二十一万六千三百四十二名》


「多すぎる!」


「まだ全員の調査は終わってない」


「増えるのか」


「たぶん」


 一億八千万人の国民のうち。


 既に四千八百万人以上が。


 いつか地球へ行きたいと希望している。


「全員来られるわけないだろ」


「分かってる」


「なら、どうして登録を受け付けた」


「希望を把握するため」


 観光。


 外交。


 研究。


 交易。


 留学。


 就職。


 そして。


 俺に会うため。


 希望理由が表示されている。


《建国王陛下へ直接御礼を申し上げたい》


《陛下が暮らされた地球を見たい》


《地球の技術を学びたい》


《陛下がお召し上がりになられた食品を確認したい》


《陛下の勤務先を遠くから見学したい》


「最後の二つは禁止して」


「理由は?」


「迷惑になるから」


「遠くからでも?」


「会社を観光地にするな」


 セレフィナが。


 新しい制限を記録する。


「建国王陛下の私生活および勤務先を目的とする訪問は、原則不許可といたします」


「原則じゃなくて不許可」


「外交上の必要がある場合は」


「それは別に協議」


「承知いたしました」


 規則が。


 その場で一行追加された。


「旅券まで作ったのか」


 俺は。


 画面に表示された冊子を見る。


 深い青色。


 中央にアステリアの国章。


《アステリア王国世界間旅券》


「今朝から、発行準備を開始しております」


「何冊?」


「現時点で三十万冊」


「四時間で?」


「魔法による複製を使用しております」


 仕事が早すぎる。


 水城さんは。


 旅券の見本を真剣に確認している。


「偽造防止は」


「所持者の生命情報、魔力紋、指紋、顔、魂紋を登録します」


「魂紋?」


「本人のみが持つ個体情報です」


「地球人にもありますか」


「あります」


 日本政府側の担当者たちが。


 一斉に記録を始める。


 俺の知らないところで。


 異世界と地球を繋ぐ旅券制度について。


 本格的な協議が始まりかけていた。


「待ってください」


 俺は。


 一度話を止める。


「今日は、準備だけです」


「はい」


 セレフィナが答える。


「誰も地球へ通さない」


「御意」


「旅券を持っていても、俺と日本政府の許可が必要」


「はい」


「勝手に観光客を送らない」


「もちろんでございます」


 確認する。


 何度も。


「それなら」


 少しだけ。


 安心してもいい気がした。


「準備した制度を、日本側が確認するだけなら」


「ありがとうございます」


 セレフィナが頭を下げる。


 アステリア側で。


 窓口の職員たちも一斉に頭を下げた。


 その時。


 ノアが。


 小さく手を上げる。


「陛下」


「何」


「一つだけ、許可がほしい」


「通行は駄目」


「違う」


「何の許可?」


「門の前の床」


「床?」


「地球側とアステリア側の境目が分かりにくい」


 確かに。


 赤い光の表面。


 どちら側が。


 どの国の領域なのか。


 明確ではない。


「線を引くだけなら」


「日本側の床へは触らない」


「王城側に?」


「そう」


「ならいい」


 その程度なら。


 問題ないと思った。


「色を付けるだけ?」


「目印を付ける」


「大きな設備は作らない?」


「作らない」


「看板も?」


「小さいものだけ」


「内容を先に見せて」


「分かった」


 ノアが。


 王城側へ指示を送る。


 数分後。


 門の向こう。


 床に。


 一本の金色の線が引かれた。


 線のこちら側が地球。


 向こう側がアステリア。


 更に。


 線の上へ。


 小さな板が置かれる。


《世界境界線》


《この先、アステリア王国》


「これくらいなら」


 水城さんも頷く。


「境界を明示する意味はあります」


「珍しく問題なく終わった」


 俺は。


 心の底から安心した。


 だが。


 ノアが。


 もう一度、画面へ触れる。


「完成」


「何が?」


 映像の範囲が広がる。


 金色の境界線の奥。


 窓口。


 検査室。


 待機場所。


 荷物確認所。


 魔法封印室。


 武器保管庫。


 通訳所。


 地球側法制度案内室。


 更に。


 巨大な広間の正面には。


 新しい文字が掲げられていた。


《アステリア王国・地球方面第一国境管理所》


「大きな設備は作らないと言ったよな」


「元から作ってあった」


「いつ?」


「午前中」


「聞いてない」


「床へ線を引く許可だけ、まだだった」


 施設そのものは。


 既に完成していた。


 俺が許可したのは。


 最後の境界線だけ。


「ノア」


「何?」


「これ、税関だよな」


「地球の制度を参考にした」


「入国審査場もある」


「必要」


「検疫所も」


「危険な病気を防ぐ」


「武器保管庫も」


「地球へ持ち込まないため」


 全て。


 必要な設備だった。


 地球側が求めていた条件にも合っている。


 誰も勝手に通さない。


 物資を検査する。


 武器を持ち込まない。


 病気を防ぐ。


 許可を取る。


 俺が言ったことを。


 完璧に守るために作られた施設。


「運用は始めてないんだな」


「陛下の許可待ち」


「許可しない」


「いつから?」


「日本側と全部決まってから」


「分かった」


 ノアは素直に頷いた。


 その直後。


 アステリア側の国境管理所から。


 大きな鐘が鳴った。


「今度は何」


「地球方面第一国境管理所の完成式」


「完成式も止めて!」


「もう終わった」


 窓口の職員。


 治癒師。


 騎士。


 文官。


 全員が。


 完成した国境管理所の前で、一斉に頭を下げる。


「建国王陛下の御命令に従い、地球方面への無許可通行を完全に防止いたします!」


 勝手に地球へ来る者は。


 これでいなくなる。


 安全性も上がる。


 政府側も。


 制度そのものは高く評価している。


 問題があるとすれば。


 昨日まで。


 俺の部屋の壁に開いていただけの門が。


 一晩で。


 旅券。


 入国審査。


 税関。


 検疫。


 国境警備隊を備えた。


 正式な国家間国境になっていたことだった。


 水城さんが。


 俺へ尋ねる。


「如月さん」


「はい」


「日本側にも、同様の施設が必要になります」


「ですよね」


「候補地について、改めて協議させてください」


 俺の部屋には入らない。


 マンションも買わない。


 王宮施設も繋げない。


 元部下たちは。


 全ての命令を守った。


 その上で。


 玄関から数歩の世界間転移門の向こう側へ。


 国際空港より立派な。


 異世界最初の税関を完成させていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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