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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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第7話 部屋を改装するなと言ったら、異世界側に王宮を増築された


《建国王陛下》


《本日八時間の御休息を宣言》


《王都全域へ公布》


「睡眠時間を公布するな!」


 俺の声は、王都中へ鳴り響く鐘と歓声に完全にかき消された。


 通信映像の向こうでは、抱き合って喜ぶ者までいる。


「陛下が八時間もお休みになられる」


「これほど喜ばしい日はない」


「祝宴の準備を!」


「祝宴はやめろ!」


 今度は聞こえたらしい。


 料理人たちが一斉に動きを止める。


 だが、その中の一人が恐る恐る手を上げた。


「では、陛下の御夕食のみを御用意いたします」


「一人分だけなら」


 念を押す。


「一人分です」


「大勢で食べる量を、一人分と呼ぶなよ」


「承知しております」


 本当に理解しているのか不安だった。


 リゼルが王城側へ改めて指示を送る。


「陛下の御命令です。今夜、地球側へ渡す物資は、御夕食一食分のみ。寝具や家具、治療設備を追加してはなりません」


「御意!」


 王城側から力強い返事が返ってきた。


 今回は、かなり具体的に伝えた。


 これなら、勝手に大量の家具や設備が運び込まれることはないはずだ。


「それと、今夜は誰も門を通らないこと」


 俺は続ける。


「料理人も?」


「料理は、リゼルたちに持ってきてもらう」


「給仕は?」


「いらない」


「毒見役は?」


「日本のスーパーで買った食材より厳重だな」


「陛下の御口へ入る物でございます」


 当然だという顔をされた。


「とにかく、地球側へ来るのは今ここにいる三人だけ」


「承知いたしました」


 リゼル。


 ノア。


 そして病院から戻り次第、セレフィナ。


 それ以外は通さない。


 何度も確認した。


 ようやく、政府の医療研究施設を出発する。


 俺を乗せた車は、今度こそマンションへ向かった。


     ◇


「門はどうなった?」


 車の窓から、流れていく街を見ながらノアへ尋ねる。


「研究施設に作りかけた出口は消した」


「完全に?」


「完全ではない」


「どっちだよ」


「陛下の座標が離れたから、開く力はなくなった。でも、痕跡は残った」


 ノアが空中に簡単な図を表示する。


 俺の身体を示す小さな光。


 マンションと、政府の医療研究施設。


 二つの場所へ細い線が伸びている。


「マンションの出口が一番強い」


「最初に開いたから?」


「陛下が長く生活していた場所だから」


「七年住んでる」


「魂が安全な場所として覚えてる」


 自宅。


 俺にとっては、狭くて古い賃貸マンションの一室だ。


 それでも。


 この七年間。


 仕事から帰り。


 食事をし。


 眠り。


 一人で過ごしてきた。


 身体ではなく。


 魂と呼ばれる部分が、あの部屋を帰る場所として認識しているらしい。


「今夜、八時間眠れば」


 ノアが続ける。


「マンションの出口は、もっと安定する」


「良いことなのか?」


「移動しにくくなる」


「俺が別の場所へ?」


「門が」


 世界間転移門の出口が固定される。


 政府側からすれば。


 俺が移動するたびに、別の場所へ異世界への穴が開くより安全だ。


 だが。


 俺は今後も会社へ行く。


 旅行もするかもしれない。


 長期間、別の場所に滞在することもある。


「一度安定したら、他の場所には開かない?」


「普通は」


「普通じゃない場合は?」


「陛下だから、分からない」


 ノアは正直だった。


「調整装置を作るまで三日でしたね」


 同じ車へ乗っていた水城さんが確認する。


「最短で」


「必要な材料は?」


「半分はアステリア。残りは地球側」


「地球側?」


「電気を安定させる装置。通信設備。陛下の身体に付けても邪魔にならない制御端末」


「俺に装置を付けるのか」


「腕輪くらい」


 先ほど受け取った栄養記録用の腕輪を示される。


「勝手に門が開かなくなるなら、付けてもいい」


「陛下」


 リゼルが俺を見る。


「身体への影響が完全に確認されるまでは、お待ちください」


「検査してからなら」


「最低でも百二十年程度の安全確認が必要です」


「俺が生きてる間に完成しないだろ」


「アステリア側では、長期運用試験を実施できます」


「地球の三日だと、向こうでは?」


「およそ百二十九日」


「それでも百二十年には足りない」


「ゆえに、慎重な判断が必要です」


「まず試作品を作ってから話そう」


 リゼルへ任せれば。


 安全確認が終わる頃には、俺の寿命が尽きている。


 その寿命自体を延ばそうとする話まで始まりそうなので、これ以上は考えないことにした。


     ◇


 マンションへ到着したのは、午後十時十二分だった。


 入口には警察官と、政府関係者が数人。


 住民の通行を妨げないよう、建物の外から少し離れた位置に立っている。


「大げさだな」


「世界間転移門の安全確認が終わるまでです」


 水城さんが答える。


「明日の朝には、検査担当者が来ます」


「俺が眠っている間に部屋へ入らないでください」


「もちろんです」


「アステリア側の人たちも」


 リゼルたちを見る。


「御命令は理解しております」


「何かする時は、起こして確認してくれ」


「陛下の八時間睡眠を妨げることはできません」


「では、何もしないで」


「御意」


 少しだけ間があった。


 気になったが。


 今日は、もう考える力が残っていない。


 部屋へ戻る。


 世界間転移門は、壁際で静かに光っていた。


 赤い光の向こうには、アステリア王城の一室が見える。


 昨夜は広間だった。


 今は、少し小さな部屋へ接続先が変更されている。


「向こうの部屋が変わってる」


「門前待機室を設けました」


 リゼルが説明する。


「陛下の御許可を得た者以外、近づけないようにしております」


 部屋の入口には、騎士が二人立っている。


 門を通るためではない。


 勝手に近づく者がいないよう、王城側を守っている。


「それなら助かる」


 ようやく。


 元部下たちが、俺の意図を理解してくれた気がした。


 その時。


 門の向こうから、巨大な銀色の箱が運ばれてきた。


「何だ、それ」


「御夕食でございます」


「箱が大きすぎる」


「一人分です」


 リゼルは真剣だった。


 銀色の箱は。


 業務用の冷蔵庫ほどの大きさがある。


 門の前で箱が開く。


 中から。


 小さな皿が次々と出てきた。


 肉。


 魚。


 野菜。


 スープ。


 パン。


 果物。


 見たことのない食材。


 量そのものは、一皿ずつなら少ない。


 だが。


 皿の数が多すぎた。


「全部で何品?」


「前菜十二品、魚料理七品、肉料理九品、野菜料理十三品、スープ四品、主食八品、果物および甘味が十五品です」


「六十八品あるじゃないか」


「全てを召し上がる必要はございません」


「では、どうして持ってきた」


「陛下が、どの料理を御希望になるか分かりませんでしたので」


 選択肢として。


 六十八品を用意した。


 料理人百二十人を地球側へ来させなかっただけ、命令には従っている。


「食べられる分だけ選びます」


「残りは保存いたします」


「捨てないならいい」


 皿を置く場所がない。


 ノアが、机の上に積まれていた物を一度持ち上げる。


 空間を拡張したわけではない。


 宙に浮かせて、床へ移動させただけだ。


「勝手に部屋を変えてない?」


「物を動かした」


「それも先に聞いて」


「食事を置く場所がない」


「それはそうだけど」


 結局。


 小さな机とベッドの上に。


 何十枚もの皿が並んだ。


 俺は。


 食べたことのある料理を中心に選ぶ。


 柔らかいパン。


 野菜の煮込み。


 鶏肉に似たもの。


 スープ。


「美味しい」


 正直に言うと。


 リゼルの表情が柔らかくなった。


「王城料理局へ、直ちに伝えます」


「大げさに伝えなくていい」


「陛下より御褒めの御言葉を賜ったことは、料理人にとって一生の誉れです」


「一生を背負わせないでくれ」


 通信は。


 既に送られていた。


 王城側から。


 大きな歓声が聞こえる。


「厨房で祝宴を始めるなよ」


「本日の勤務を終えた者が、個人的に祝うことまでは」


「止められないんだろ」


「はい」


 分かってきた。


 俺が禁止できるのは。


 国家としての行動。


 命令に直接関係する行為。


 彼らが自発的に喜び。


 話し合い。


 何かを用意することまでは、完全には止められない。


     ◇


 食事を終えたのは。


 午後十一時を過ぎた頃だった。


 セレフィナも病院から戻ってきた。


「佐藤課長は?」


「状態は安定しております」


「娘さんの方は」


「地球側の医師より、治療記録を確認しております」


「治せそう?」


「現時点では、何とも申し上げられません」


 期待させる答えはしない。


 それだけでも。


 少し安心した。


「陛下」


 セレフィナが俺の顔を見る。


「御健康診断の結果を確認いたしました」


「説教は明日」


「御身体を休めることが最優先でございます」


「なら寝る」


「睡眠前に、温かい飲み物を」


「もう腹いっぱい」


「消化を助けるものです」


「一口だけ」


 出されたのは。


 薄い香りのする飲み物だった。


 薬のような苦さはない。


 飲み終えると。


 少し身体が温かくなる。


「睡眠薬じゃないよな」


「睡眠を強制する薬ではございません」


「では何?」


「身体の緊張を緩和し、自然な入眠を補助する飲み物です」


「地球側の医師には?」


「成分を提出し、許可を得ております」


 初めて。


 完璧な事前確認が行われていた。


「ありがとう」


 俺が言うと。


 セレフィナが僅かに目を見開く。


「当然の務めでございます」


「それでも」


 俺を心配している。


 やり方が大げさで。


 勝手に話を進めることが多いだけで。


 悪意はない。


「明日からも、こうやって先に聞いてくれ」


「努力いたします」


「約束じゃないのか」


「陛下の生命に関わる緊急時は、事後報告となります」


「本当の緊急時だけなら」


「承知いたしました」


 今度こそ。


 最低限の線引きができたと思いたかった。


「三人は、どこで寝る?」


 部屋を見る。


 俺一人でも狭い。


 四人で眠れる場所はない。


「私は、陛下の御側で夜間警護を」


 リゼルが壁際へ立つ。


「立ったまま?」


「問題ございません」


「八時間も?」


「三十日間であれば、連続警護が可能です」


「怖いから寝て」


「陛下の御前で横になることは」


「門の向こうで寝てくれ」


 アステリア側には。


 広い待機室がある。


「何かあれば、すぐ来られるだろ」


「一歩で」


「なら大丈夫」


 リゼルは不満そうだったが。


 最後には門の向こうへ移動した。


 セレフィナも。


 ノアも続く。


「本当に、誰も来ないでくれ」


「御意」


「何もしないで」


「陛下の御睡眠を妨げる行為は、行いません」


 言い方が少し気になった。


「妨げない行為も、しないで」


 三人が黙る。


「今、何を考えた?」


「何も」


 ノアが一番早く答えた。


 一番怪しい。


「朝まで、王城側で待機」


「分かった」


「俺の部屋にも、マンションにも、何も追加しない」


「分かった」


「物を移動させない」


「分かった」


「門の形も変えない」


「分かった」


 ここまで言えば。


 さすがに大丈夫だろう。


 門が閉じる。


 完全に消えたわけではない。


 薄い赤い線だけが、壁際に残る。


 俺は。


 新しく受け取った枕を置き。


 ベッドへ横になった。


 腕輪の記録を開始する。


《睡眠記録を開始》


《情報送信先――如月蓮個人端末のみ》


 確認する。


 アステリア側には送信されない。


 スマートフォンを机へ置く。


 通知を切る。


 目覚ましだけを、午前七時半に設定する。


 普段なら。


 眠る前に動画やニュースを見る。


 今日は。


 本当に何も見ず、目を閉じた。


 身体は疲れていた。


 飲み物の効果もあったのだろう。


 数分も経たず。


 意識が沈んでいった。


     ◇


 門の向こう。


 王城側の待機室。


 リゼルは。


 細い赤い線となった世界間転移門の前から離れなかった。


「陛下は眠った」


 ノアが手元の装置を確認する。


「心拍、安定。呼吸、正常」


「アステリア側へ情報を送らぬとの約束では」


「送ってない」


「では、なぜ分かるのです」


「門の揺れ」


 俺の身体の状態が。


 門の安定性へ反映されている。


 直接。


 腕輪の情報を見ているわけではない。


「陛下の御命令は、何もしないことです」


 セレフィナが二人へ念を押す。


「承知しております」


 リゼルが答える。


「門の安定状況を見守るのみです」


「生活改善計画も、明日まで保留します」


 セレフィナは。


 手元にある何十枚もの計画書を閉じる。


 地球側へ新しい家具を置かない。


 マンションを改装しない。


 部屋の物を動かさない。


 門の形を変えない。


 全て守る。


「ただし」


 ノアが、小さく口を開いた。


「地球側を変えなければいい?」


 リゼルとセレフィナが。


 同時にノアを見る。


「何を考えているのですか」


「陛下の部屋は狭い」


「それは事実ですが」


「物を置く場所もない。食事も寝る場所で食べてる」


 地球側の部屋を改装すれば。


 命令違反になる。


 マンションを買っても。


 隣室を借りても。


 家具を送ってもならない。


「でも」


 ノアが。


 王城側の待機室へ視線を向ける。


「アステリア側なら、陛下の部屋じゃない」


 セレフィナの目が僅かに細くなる。


「詳しく説明してください」


「門の出口は変えない」


「はい」


「地球側にも何も置かない」


「はい」


「王城側に、陛下が使える部屋を繋ぐだけ」


 リゼルは。


 すぐには答えなかった。


「陛下の御睡眠を妨げる可能性は」


「ない。地球側には音も振動も出さない」


「安全性は」


「王城の中」


「陛下の御命令に反する可能性は」


 ノアは。


 少し考えた。


「地球側には、何もしない」


 命令には。


 反していない。


 三人は。


 しばらく。


 眠る俺の門を見つめていた。


     ◇


 午前七時三十一分。


 俺は。


 目覚ましの音で目を覚ました。


 身体を起こす。


 久しぶりに。


 途中で目覚めず、しっかり眠れた気がする。


 腕輪を見る。


《睡眠時間――八時間十一分》


《深睡眠――十分》


《中途覚醒――一回》


《総合評価――良好》


「ちゃんと寝たな」


 約束は守った。


 王都へ大げさに報告される前に。


 自分でリゼルたちへ伝えようと思う。


 壁際を見る。


 世界間転移門は。


 昨夜と同じ位置にある。


 赤い線。


 形も大きさも変わっていない。


「ちゃんと何もしなかったのか」


 少しだけ感心した。


 ベッドから降り。


 洗面所へ向かう。


 小さな扉を開けた。


「……何だ、これ」


 扉の先に。


 いつもの狭い洗面所はなかった。


 白い大理石。


 巨大な鏡。


 金色の照明。


 壁際に並ぶ、何十種類もの洗面用品。


 奥には。


 湯気が立ち上る巨大な浴槽が見える。


 王城の浴室だった。


「待て」


 扉を閉める。


 もう一度開く。


 変わらない。


 俺の部屋の洗面所へ続くはずの扉が。


 アステリアの王宮へ繋がっている。


「ノア!」


 名前を呼ぶ。


 洗面所の奥。


 巨大な浴室の向こうから。


 小さな足音が近づいてくる。


「起きた?」


 ノアが姿を現した。


「これは何だ」


「浴室」


「俺の洗面所は?」


「残ってる」


「どこに」


 ノアが。


 扉の横にある、小さな銀色の板へ触れる。


 景色が切り替わる。


 いつもの狭い洗面所が現れた。


「選べる」


「そういう問題じゃない」


「地球側は改装してない」


「扉の先が変わってるだろ」


「空間は変えてない。接続先を増やしただけ」


「それを改装と言うんだよ」


「地球側の建物には、一切触ってない」


 命令には従った。


 少なくとも。


 ノアの解釈では。


「他にもやった?」


 ノアは。


 少しだけ目を逸らした。


「どこまで?」


 俺は。


 部屋へ戻る。


 冷蔵庫を開けた。


 中には。


 昨日買った飲み物が入っている。


 何も変わっていない。


「ここは普通か」


 冷蔵庫の奥に。


 小さな銀色の印がある。


 触れる。


 冷蔵庫の背面が消え。


 巨大な食料庫が現れた。


 肉。


 魚。


 野菜。


 果物。


 何百人分あるか分からない食材が、整然と並んでいる。


「戻せ!」


 銀色の印へ触れる。


 普通の冷蔵庫へ戻る。


 机の引き出し。


 開ける。


 最初は普通だった。


 だが。


 横にある銀色の印へ触れると。


 王城の書庫へ繋がった。


 クローゼット。


 王室衣装庫。


 玄関横の収納。


 武器庫。


 キッチンの小さな棚。


 王城厨房。


 トイレの扉。


 普通のトイレ。


 そこだけは何も変わっていなかった。


「最低限の良識は残ってたか」


「トイレも増やせる」


「増やさなくていい!」


 俺の声が。


 小さな部屋に響く。


 いや。


 もう。


 小さな部屋とは言えなかった。


 地球側の面積は変わっていない。


 家具も。


 壁も。


 床も。


 何一つ改装されていない。


 それでも。


 一枚扉を開けば。


 王城の浴室。


 食料庫。


 書庫。


 衣装庫。


 厨房。


 何十もの施設へ繋がる。


「全部、俺が寝てる間に作った?」


「王城側に増築した」


「誰が許可した」


「地球側には、何もしないよう言われた」


「だから、アステリア側に作った?」


「そう」


 完璧な抜け道だった。


 その時。


 玄関のインターホンが鳴った。


 政府の調査員だろう。


「今、開けます」


 玄関へ向かう。


 扉を開ける。


 水城さん。


 黒田医師。


 転移門の研究者。


 管理会社の長谷川さん。


 四人が立っていた。


「おはようございます」


「おはようございます」


 水城さんの視線が。


 俺の背後へ向く。


 浴室へ続く扉が開いたままだった。


 その先には。


 地球のマンションに存在するはずのない、巨大な王宮浴場が広がっている。


「如月さん」


「はい」


「お部屋が、昨日より広く見えるのですが」


「地球側は、一センチも広がってないそうです」


「では、あれは」


「アステリア側に王宮を増築して、部屋の扉へ繋げたらしいです」


 水城さんは。


 しばらく何も言わなかった。


 管理会社の長谷川さんも。


 賃貸契約書と。


 浴室の向こうに広がる王宮を交互に見ている。


「これは」


 長谷川さんが。


 慎重に口を開く。


「増築に当たるのでしょうか」


「俺に聞かないでください」


「建物の床面積は変わっていません」


「そうですね」


「しかし、使用可能な空間は増えています」


「増えてますね」


「王宮部分の所有者は」


「アステリア王国です」


「つまり」


 水城さんが。


 頭痛を堪えるように額へ手を当てた。


「日本国内の賃貸マンションの一室から、異世界国家の王宮施設へ常時出入りできる状態になった?」


「そうなります」


 国境。


 税関。


 検疫。


 治安。


 所有権。


 建築基準。


 賃貸契約。


 いくつもの問題が。


 全員の頭へ浮かんだのだろう。


「ノア」


 俺は。


 浴室の入口に立つ少女を見る。


「全部外してくれ」


「便利」


「分かるけど駄目」


「陛下は、部屋を広くしたくないの?」


「広くはしたい」


「なら」


「手続きをしてから!」


 その言葉を聞いた瞬間。


 ノアの角が。


 小さく光った。


「手続きすればいい?」


「今すぐ始めるなよ」


「セレフィナに聞く」


「聞く前に待て!」


 ノアは。


 既に通信を始めていた。


 数秒後。


 世界間転移門の向こうで。


 セレフィナと。


 何十人もの王国文官が。


 大量の書類を抱えて動き始める。


「陛下より、正式な手続きを経れば王宮施設との接続を認めるとの御言葉を賜りました」


「違う!」


 俺は叫んだ。


「手続きをすれば、必ず許可するとは言ってない!」


 セレフィナが。


 門の向こうから穏やかに微笑む。


「承知しております」


 その背後では。


 既に新しい看板が運ばれていた。


《アステリア王国・地球側王宮分室》


「看板を作るな!」


 俺が八時間眠っている間。


 マンションは買収されなかった。


 改装もされなかった。


 隣室の住民も追い出されていない。


 元部下たちは。


 俺の命令を全て守った。


 守った上で。


 俺の一部屋を。


 異世界の王宮へ直接繋がる、事実上の国境へ変えていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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