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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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第5話 社員を一人救ったら、会社全員が治癒魔法を希望した


「救急車を呼んで!」


 会社の廊下から聞こえた叫びに、会議室にいた全員が立ち上がった。


 椅子が倒れる音。


 慌ただしく走る足音。


 俺たちも廊下へ飛び出す。


「場所は?」


 大崎社長が近くの社員へ尋ねる。


「複合機の前です! 佐藤課長が急に倒れて!」


 佐藤課長。


 俺とは違う部署だが、何度も仕事で関わったことがある。


 五十代。


 声が大きく。


 細かいところまで気にする人だが、部下の失敗を外へ押しつけることはしない。


 今朝も、俺が会社へ来られないと知り。


 担当業務の引き継ぎを手伝ってくれていたと聞いた。


 廊下の先。


 複合機の近くへ、人だかりができている。


「道を空けて!」


 総務部の社員が叫ぶ。


 床には、佐藤課長が仰向けに倒れていた。


 呼びかけに反応しない。


 若い社員が胸へ手を置き、必死に心臓マッサージを続けている。


 別の社員が、壁に設置されたAEDを持ってきた。


「救急車、呼びました!」


「到着まで八分!」


 会社側の対応は早かった。


 誰も立ち尽くしていない。


 救命講習を受けていた社員が、役割を分担して動いている。


 だが。


 佐藤課長の顔色は悪い。


「陛下」


 セレフィナの声が変わった。


 会議室で外交の説明をしていた時とは違う。


 治癒術を扱う者の目で、倒れている佐藤課長を見ている。


「助けられるか」


「状態を確認しなければ断定できません」


「確認してくれ」


 セレフィナが前へ出ようとした時。


 政府関係者の中にいた男性が、腕を広げて止めた。


「待ってください」


 四十代ほど。


 会議中、異世界側の医療制度について質問していた医師だった。


「内閣官房の医療調整担当、黒田です」


 セレフィナが足を止める。


「何ができますか」


「生命力の流れ、臓器の損傷、血流の停止を確認できます」


「地球人に治癒魔法を使用した経験は?」


「ございません」


 黒田医師の表情が険しくなる。


「副作用は」


「魔力を持たぬ方への治癒実績はございます。しかし、地球人と我々が完全に同じ身体構造である保証はございません」


「心停止状態へ使用した場合は」


「死者を蘇らせることはできません」


 セレフィナは、はっきり答えた。


「ですが、生命活動が完全に失われる前であれば、心臓の損傷を抑え、血流を補助し、身体組織の悪化を遅らせることは可能です」


「完全に治せる?」


「原因によります」


 万能ではない。


 何でも元通りにできる魔法ではない。


 それでも。


 救急車が到着するまで、身体を維持できる可能性がある。


「佐藤さんは意識がありません」


 黒田医師が言う。


「治療への同意を確認できない」


「今はそんなことを言ってる場合ですか」


 俺は思わず口を挟んだ。


「分かっています」


 黒田医師は俺を見た。


「だからこそ、誰が判断し、何を行ったのかを全て記録します」


 魔法だから。


 異世界だから。


 何をしてもいいわけではない。


 佐藤課長の命を救う。


 同時に。


 未知の治療で、更に状態を悪化させる可能性も考えなければならない。


 黒田医師は。


 心臓マッサージを続ける社員と。


 AEDの表示を確認した。


「救命処置を継続してください」


 AEDから、電気ショックが必要だという案内が流れる。


「全員、離れて!」


 社員たちが体から手を離す。


 電気ショック。


 佐藤課長の身体が僅かに跳ねる。


 すぐに心臓マッサージが再開された。


 反応はない。


「セレフィナさん」


「はい」


「日本側の救命処置を妨げず、状態悪化を抑えることは可能ですか」


「可能でございます」


「心臓そのものを大きく変化させる治療は、まだ行わないでください」


「承知いたしました」


「私が責任を持ちます。救命を優先してください」


 セレフィナが、倒れている佐藤課長の横へ膝をついた。


 社員たちが少し場所を空ける。


「心臓マッサージは、そのまま続けてください」


 右手を胸元へ。


 左手を額へ。


 淡い緑色の光が広がる。


 映画やゲームのような派手な光ではない。


 春の日差しに似た。


 柔らかい光だった。


「ノア」


「いる」


「地球側の測定装置を確認してください」


 ノアがAEDと、黒田医師の持つ簡易装置を見る。


 一瞬。


 手を伸ばそうとする。


 だが。


 途中で止めた。


「触っていい?」


 黒田医師が驚いたようにノアを見る。


 昨日までなら。


 勝手に内部構造を調べていたかもしれない。


「表示を確認するだけなら」


「内部信号も読む」


「機器へ影響を与えない範囲で」


「分かった」


 ノアが、許可を得てから装置へ手を触れた。


 小さな角の先が青く光る。


「電気信号が乱れてる」


「分かりますか」


「心臓の一部が正常に動いてない。血が流れない時間が長い」


 ノアの前へ、地球側の数値と。


 アステリア側の生命情報が、同時に表示される。


「セレフィナ。右下」


「確認しております」


 緑色の光が少し強くなる。


 心臓マッサージを続けている社員の手元へも、淡い光が重なる。


「何をしているんですか」


 黒田医師が尋ねる。


「外部から加えられている圧力に合わせ、血液の流れを補助しています」


「心臓を動かしている?」


「無理に動かしてはおりません。組織が必要とする酸素を、可能な限り維持しています」


 魔法だけで治すのではない。


 地球側の救命処置を。


 治癒魔法で支えている。


 数十秒。


 一分。


 時間が、異常に長く感じる。


 再びAEDの解析が始まる。


「離れてください!」


 二度目の電気ショック。


 佐藤課長の身体が跳ねた。


 装置の音が変わる。


「脈があります!」


 黒田医師が首元へ手を当てる。


「弱いですが、戻っています」


 心臓マッサージが止まる。


 社員たちから。


 押し殺していた息が、一斉に漏れた。


「呼吸は」


「まだ不安定です」


 セレフィナの光は消えない。


「心臓の一部に、強い損傷を確認しております」


「治せますか」


「可能性はございます。しかし、地球側の治療方法を確認せず、完全な修復を行うべきではありません」


 セレフィナが。


 自分から治療を止めた。


 助けられるかもしれない。


 それでも。


 初めて診る地球人の身体を。


 知識も確認せず、全て魔法で変えることはしない。


「救急隊が来ました!」


 遠くから。


 サイレンの音が近づいてくる。


 数分後。


 救急隊員が会社内へ入ってきた。


 状況を説明する。


 心停止。


 AEDを二度使用。


 脈拍再開。


 未知の治癒魔法による血流補助。


 最後の部分で。


 救急隊員の表情が止まった。


 だが。


 黒田医師が政府側の身分証を示し、全て記録していることを伝える。


「現在、心臓の損傷拡大を抑えております」


 セレフィナが言う。


「移送中も継続できます」


「救急車へ乗るということですか」


「必要であれば」


 救急隊員たちが互いを見る。


 通常なら。


 異世界の宰相を名乗る女性を、治療者として救急車へ乗せることなどあり得ない。


「私も同行します」


 黒田医師が言う。


「搬送先には、既に政府から連絡します」


 救急隊側も、最終的に受け入れた。


 佐藤課長が担架へ乗せられる。


 セレフィナが、その横へ付く。


「セレフィナ」


「はい」


「頼む」


 俺にできることはなかった。


 治療の知識も。


 魔法もない。


「必ず、可能な限りのことをいたします」


 必ず助けるとは言わなかった。


 だが。


 その言葉の方が。


 今は信じられた。


 担架が運ばれていく。


 大崎社長と。


 佐藤課長の直属の部長も、病院へ同行することになった。


 会社に残った社員たちは。


 遠ざかる救急車の音を、黙って聞いていた。


     ◇


「先ほどの警告は、どうやって出したんですか」


 佐藤課長が搬送されたあと。


 政府側の会議は。


 会社の小さな応接室で再開された。


 俺はノアへ尋ねる。


 王立治癒院から。


《準保護対象者の中に、緊急治療を必要とする方が一名確認されました》


 そう連絡が来た。


 会社は、社員名簿をアステリアへ渡していない。


 佐藤課長の名前も。


 健康状態も。


 知る方法はなかったはずだ。


「国民議会の保護指定」


 ノアが空中へ図を出す。


「対象の場所だけ登録された」


「場所?」


「会社の住所」


「社員一人一人を調べたわけじゃない?」


「違う」


 会社の建物全体。


 そこにいる生命反応。


 その中から。


 急激に弱くなる反応だけを、魔法が感知した。


「名前も、年齢も、病気も分からない」


「危険な人がいることだけ?」


「そう」


 個人情報を直接調べたわけではない。


 それでも。


 会社の建物全体を。


 本人たちの知らないところで監視していたことになる。


「許可を取ってないよな」


「緊急救援用の保護術式」


「名前を変えても、監視は監視だ」


 ノアが少し不満そうに俺を見る。


「でも、見つけなければ遅れた」


「それは分かる」


 実際。


 警告があったから、セレフィナはすぐに治療できた。


 数分の差が。


 佐藤課長の状態へ影響したかもしれない。


「だから正しかった、で終わらせたら駄目なんだ」


 結果が良かった。


 人を助けられた。


 それでも。


 勝手に他人を監視する仕組みを放置すれば。


 いつか別の問題が起きる。


 政府側の担当者も頷いた。


「生命情報の検知については、直ちに停止してください」


 ノアが俺を見る。


「止めろ」


「分かった」


 空中の図へ触れる。


《地球側準保護領域・緊急生命監視》


《停止》


「再開する場合は、日本政府、会社、従業員本人の同意を得てから」


「倒れてから同意は取れない」


「だから事前に決めるんだ」


 同意した者だけ。


 希望する場所だけ。


 緊急時に、どこまで対応するのか。


 先に話し合っておく必要がある。


「陛下」


 リゼルが口を開く。


「生命に関わる危険を確認しても、御本人の同意がなければ対応しないのでしょうか」


「目の前で倒れた人を放っておけとは言ってない」


「では」


「偶然見つけた時と、常に監視して見つけるのは違う」


 リゼルは考える。


 三百年間。


 多くの人間を守ってきた彼女にとって。


 危険を見つけられるのに、あえて見ないという判断は理解しにくいのだろう。


「地球では、守られる側にも選ぶ権利がある」


「命を失う可能性があっても?」


「ある」


 言い切るのは難しかった。


 俺自身。


 目の前で誰かが死にそうなら。


 同意がなくても助けてほしいと思う。


 だが。


 誰かに常に身体の状態を見られ続けることを、嫌がる者もいる。


「助ける方法があるなら、どう使うかを一緒に決めればいい」


 リゼルは。


 すぐには納得しなかった。


 それでも。


「承知いたしました」


 最後には頷いた。


     ◇


 佐藤課長の家族には。


 会社と病院から連絡が入った。


 異世界の魔法が治療へ使われたことも。


 全て説明するらしい。


 俺たちは。


 病院からの報告を待ちながら、会社に残った。


 社員たちは仕事へ戻っている。


 だが。


 誰も完全には集中できていない。


 廊下を通るたび。


 俺やリゼルへ視線が向けられる。


「如月」


 同僚が、小さな声で呼ぶ。


「何だ」


「佐藤課長、助かるよな」


「まだ分からない」


「さっきの人、治せるんだろ」


「何でも治せるわけじゃない」


 期待だけが膨らむことは。


 避けたかった。


「でも、脈は戻った」


「ああ」


「魔法のおかげ?」


「会社の人たちが心臓マッサージして、AEDを使ったからだ」


 セレフィナの魔法だけではない。


 最初に動いた社員たち。


 救急隊。


 病院。


 全員が繋いだ結果だ。


「そっか」


 同僚は少し安心したように頷く。


 それから。


 俺の近くへ、もう一歩寄った。


「治癒魔法って」


「何」


「腰痛とかも治る?」


「今聞くことか?」


「いや、前から結構つらくて」


 命に関わる話の直後。


 内容の軽さに。


 少しだけ気が抜けた。


「安全確認が先」


「確認できたら?」


「本人と会社と政府で相談」


「予約だけできる?」


「病院じゃないんだぞ」


 会話を聞いていた別の社員が、こちらへ近づいてくる。


「如月君」


「はい」


「私、肩が上がらなくて」


「まだ何も決まってません」


「検査だけでも」


「魔法を使う検査の安全性から確認中です」


 更に。


「花粉症は?」


「治るか知りません」


「視力は戻せる?」


「セレフィナに聞かないと」


「昔の怪我は?」


「順番に聞かないでください」


 一人。


 二人。


 少しずつ集まってくる。


 治癒魔法。


 今まで治らないと思っていた症状。


 長く付き合うしかなかった痛み。


 もしかしたら。


 という期待を持つのは当然だった。


「全員、一度仕事へ戻ってください」


 人事部長が声を掛ける。


「治癒魔法については、安全性と制度を確認した上で、会社から改めて案内します」


 社員たちは。


 不満そうにしながらも、自分の席へ戻っていく。


「案内するんですか」


「希望者が多いなら、検討は必要だ」


 人事部長は俺を見る。


「如月君だけを治療対象にするわけにもいかないだろう」


 また。


 俺だけを特別扱いしない。


 その話へ戻ってきた。


「まだ俺も治療を受けるとは」


「アステリア側は、君の健康診断を希望している」


「希望じゃなくて、もう予定に入れてると思います」


 リゼルが静かに頷いた。


「本日中に行う予定でございます」


「初めて聞いた」


「御多忙であったため、御報告の機会を」


「今あっただろ」


「では、御報告いたします」


「受けるかは後で決める」


 リゼルは。


 目に見えて不満そうだった。


 それでも。


 勝手に始めるとは言わなかった。


 少しずつ。


 本当に少しずつだが。


 地球側のやり方を理解しようとしている。


     ◇


 午後三時十八分。


 病院から連絡が入った。


 会議室に集まる。


 大型画面へ。


 大崎社長と。


 病院へ同行した黒田医師が映る。


『佐藤さんの状態について御報告します』


「お願いします」


『現在、心臓の動きは安定しています』


 全員から。


 小さく息を吐く音が聞こえた。


『完全に危険を脱したとは言えません。今後も治療と経過観察が必要です』


「意識は?」


『まだ鎮静下にあります』


「助かる可能性は」


『非常に高いと考えています』


 良かった。


 本当に。


 その言葉しか出なかった。


『初期対応が早かったこと。AEDが適切に使用されたこと。それに』


 黒田医師が少し横を見る。


『セレフィナさんの治癒によって、心停止中の組織損傷が抑えられた可能性が高い』


「可能性?」


『医学的に証明するには、今後の検証が必要です』


 奇跡。


 魔法。


 それだけで終わらせず。


 何が起きたのか。


 本当に効果があったのか。


 地球側の医学として確かめる必要がある。


『ただ』


 黒田医師が続ける。


『治癒を受けた直後から、血液中の酸素状態と心筋の反応が改善した記録は残っています』


「セレフィナは?」


『現在も病院にいます』


 完全な治療は行わず。


 地球側の医師へ。


 自分が何をしたのか説明しているらしい。


『佐藤さんの御家族からも、皆さんへ御礼を伝えてほしいと』


「俺は何もしてません」


『会社の方々と、アステリア側の協力がなければ、結果は違っていた可能性があります』


 連絡が終わる。


 会社に残っていた社員たちへも。


 佐藤課長の状態が安定したことが伝えられた。


 拍手が起きた。


 心臓マッサージを続けた社員。


 AEDを持ってきた社員。


 救急車を呼んだ社員。


 全員が。


 周囲から感謝されている。


 そして。


 リゼルの前にも。


 社員たちが集まり始めた。


「セレフィナさんに、ありがとうございますと伝えてください」


「承知いたしました」


「アステリアの人たちが見つけてくれたんですよね」


「我が国の保護術式が、生命の危険を確認いたしました」


「止められたって聞きました」


「はい」


「希望したら、また使えるようになるんですか」


 人事部長が止めるより先に。


 別の社員が口を開く。


「俺は同意します」


「私も」


「命に関わる時だけなら、監視されてもいい」


「家族も対象にできますか」


 社員たちが。


 次々と希望を口にする。


 強制されたわけではない。


 国民議会から保護対象へ指定されたからでもない。


 実際に。


 同じ会社で働く人が助かった。


 だから。


 自分も。


 家族も。


 その仕組みを使いたいと思っている。


「一度、全社員へ説明してから希望を確認しましょう」


 人事部長が言う。


「内容を理解した上で、個別に選択できるようにします」


「それなら」


 俺も反対できなかった。


 勝手に監視するのは駄目だ。


 だが。


 本人が内容を理解して選ぶなら。


 俺が一方的に止める理由もない。


「アステリア側も、条件を説明してください」


 リゼルへ伝える。


「御意」


「何が分かるのか。何は分からないのか。どんな時に警告するのか」


「全て明示いたします」


「それと、同意しない人へ不利益を与えないこと」


「当然でございます」


 今回は。


 ちゃんと話し合えそうだった。


     ◇


 午後四時。


 人事部が。


 治癒魔法と緊急保護術式に関する、社内アンケートを送信した。


 まだ。


 正式な導入を決めるものではない。


 興味があるか。


 説明会を希望するか。


 安全性が確認された場合、利用を検討するか。


 それだけだった。


 十分後。


 集計結果が出る。


「早くないですか」


「全員、待ってたんだよ」


 人事部長が画面を見せる。


《回答率――九十四パーセント》


《治癒魔法に関する説明会を希望――九十八パーセント》


《安全性確認後、健康診断を希望――九十六パーセント》


《緊急生命保護への登録を希望――八十九パーセント》


 ほとんどの社員が。


 アステリア側の医療へ興味を持っていた。


「治癒院に、対応できる人数を確認します」


 リゼルが通信を送る。


 すぐに返答が届く。


《王立治癒院》


《地球側友好対象への健康確認要請を受領》


《対応可能治癒師――三百四十二名》


「多すぎる」


《一日当たり検査可能人数――約五千名》


「うちの会社だけなら、すぐ終わるじゃないか」


《必要に応じ、追加人員の派遣も可能》


「追加しなくていい」


 更に。


 詳細な計画書が届く。


《第一段階》


《地球側医療機関との共同研究》


《第二段階》


《勤務先全従業員への任意健康確認》


《第三段階》


《同居家族への対象拡大》


《第四段階》


《周辺地域住民への試験提供》


「第四段階まで勝手に作るな」


「計画案です」


 リゼルが答える。


「実行前に御報告しております」


 確かに。


 今回は事前に見せている。


「第四段階は消して」


「地球側が希望した場合も?」


「希望されたら、改めて考える」


「承知いたしました」


 話を聞いていた水城さんが。


 計画書へ視線を落とす。


「日本政府としては、まず一人からです」


「一人?」


「健康な成人へ、検査だけを行う。地球側の医療機器で前後の状態を確認し、危険がないか検証します」


 治療ではない。


 診断。


 最初の試験。


「誰が受けるんですか」


「本人の意思があり、既往歴が確認でき、経過を記録できる方が望ましい」


 政府側の人間。


 会社の社員。


 会議室にいる全員が。


 少しずつ。


 俺を見る。


「何で俺を見るんですか」


「アステリア側が、如月さんの健康確認を強く希望しています」


「希望というより、絶対に受けさせる顔をしてますけど」


 リゼルは否定しなかった。


「そして」


 水城さんが続ける。


「如月さん御本人も、治癒魔法の影響を受けたことがない」


「最初の試験に向いてる?」


「アステリア側と地球側。双方の関係者として、条件には合います」


「俺だけを特別扱いしない話は?」


 人事部長が答えた。


「最初の一人になることと、特別扱いは別だ」


 逃げ道が消えていく。


「検査だけですよね」


「検査だけです」


「勝手に治療しない?」


 リゼルを見る。


「陛下の御身体に問題が確認された場合は」


「勝手に治さない」


「緊急性があれば」


「その時は医師と相談」


「承知いたしました」


 少し迷ったが。


 これ以上断る理由もなかった。


「分かりました。受けます」


 その一言で。


 リゼルの表情が。


 今日初めて、明確に明るくなった。


「直ちに準備いたします」


「直ちにって、今日?」


「陛下の御健康確認は、一刻を争います」


「普通に生活できてる」


「御食事、睡眠時間、疲労状態から、健康であるとの判断はできません」


 机の上に。


 地球側の医療検査予定。


 アステリア側の診断項目。


 同意書。


 記録書。


 次々と資料が積まれていく。


「検査って、どれくらい掛かるんだ」


「地球側の検査を含め、三時間ほどです」


「長い」


「王国式だけなら、三分でございます」


「三分で何が分かる」


「全身の臓器、血液、骨格、筋肉、神経、魔力経路、魂の損傷、呪詛、加護、寿命予測」


「最後の二つは調べなくていい」


「必要な項目です」


「寿命は知りたくない」


「承知いたしました。陛下へは表示いたしません」


「調べること自体を止めて」


「治療方針の決定に必要です」


 また。


 新しい話し合いが必要になりそうだった。


 その時。


 病院にいるセレフィナから、連絡が入る。


《陛下》


《佐藤様の御家族より、正式な依頼を受けました》


「佐藤課長の追加治療?」


《いいえ》


《佐藤様の御息女についてです》


 俺は表示を読む。


《長期間、地球側の治療を受けている疾患があるとのこと》


《治癒魔法による対応が可能か、相談を希望されています》


 一人を救ったことで。


 次の一人が。


 助けを求めている。


 会社の社員全員。


 その家族。


 やがては。


 もっと多くの人々が。


 地球には存在しなかった治療を求め始める。


 元部下たちは。


 俺の生活を勝手に改善しようとした。


 会社を買い。


 社員を送り。


 全員を保護対象へ指定した。


 止めるべきことばかりだと思っていた。


 だが。


 その過剰な善意が。


 本当に、一人の命を救った。


 だからこそ。


 ここから先は。


 ただ止めろと言うだけでは。


 誰も納得しなくなっていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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