第4話 俺だけを特別扱いするなと言ったら、社員全員が王国の保護対象になった
《建国王陛下の地球側勤務環境を、御意思に反せず改善する方法》
アステリア王国では。
俺の知らないところで、新しい会議が始まっていた。
「その会議を止めてくれ」
「国民が自発的に陛下を案じ、意見を出すことまでは禁じられません」
セレフィナは、申し訳なさそうに答えた。
確かに。
三百年前。
俺は彼女たちへ、自分で考えて生きるよう伝えた。
建国王だからといって。
国民が話し合うことまで禁止する権利はない。
「意見を出すだけならいい」
俺は慎重に言葉を選ぶ。
「ただし、会社や社員へ勝手に接触しないこと。契約も、支援も、応募も、事前に会社側と日本政府へ確認すること」
「御意」
セレフィナが王都へ指示を送る。
「会社を買わない。新会社へ置き換えない。社員として押しかけない」
「全て伝えます」
「それと、俺だけを特別扱いする必要もない」
その言葉を口にした瞬間。
リゼルとセレフィナ。
そしてノアが。
同時に俺を見た。
「何?」
「いえ」
セレフィナが僅かに微笑む。
「陛下らしい御言葉だと思いまして」
嫌な予感がした。
「変な意味に受け取るなよ」
「陛下だけを特別扱いせぬように、との御意向でございますね」
「そうだけど」
「正確にお伝えいたします」
その時点では。
言葉の選び方を間違えたことに、俺はまだ気づいていなかった。
◇
政府施設での最初の協議が終了したあと。
俺たちは、そのまま勤務先へ向かうことになった。
会社側へ押しかけた一万二千件以上の採用応募。
買収提案。
融資。
取引先への信用保証。
同じ業務を行う新会社の設立。
全て中止したことを。
直接、会社へ説明する必要があった。
「電話で十分じゃないですか」
車へ乗る前に、水城さんへ尋ねた。
「会社側から、如月さん御本人と直接話したいとの要望がありました」
「俺は別に、会社へ怒ってません」
「会社側も、如月さんへ怒ってはいないようです」
「では、何を話すんですか」
「今後の勤務についてです」
一週間の特別有給休暇。
その後。
本当に元の部署へ戻れるのか。
会社側としても。
異世界国家の建国王を、今まで通り一社員として扱ってよいのか判断できない。
当然だと思う。
俺だって判断できない。
「私たちも同行いたします」
リゼルが言う。
「会社の人たちを警戒させないようにしてくれ」
「敵意はございません」
「その顔で護衛対象を見られると怖いんだよ」
「通常の表情でございます」
リゼルは真剣だった。
三百年間。
国の軍事と俺の護衛を担当してきた者の通常の表情は。
一般企業の会議室には少し強すぎる。
「笑える?」
俺が尋ねると。
リゼルは僅かに口角を上げた。
「怖いから戻して」
「申し訳ございません」
今の笑顔は。
敵へ最後の警告を与える時の表情に見えた。
セレフィナは、地球側の服装に変わっている。
白いブラウス。
黒いスカート。
長い耳だけは隠していない。
「耳は、そのままでいいのか」
「我々が異世界の住民であることは、既に会社側も承知しております」
「外では目立つぞ」
「幻術による偽装も可能です」
「なら」
「しかし、初対面の相手へ外見を偽る行為は、外交上好ましくありません」
言われてみれば、そうかもしれない。
ノアは。
地球側の白衣を着ていた。
頭の小さな角も、そのままだ。
「ノアは、会社の機械を触らないこと」
「見るだけ」
「昨日も聞いた」
「今日は約束する」
「許可を取ったら触っていい」
「分かった」
ノアが素直に頷く。
不安しかない。
◇
会社へ到着したのは、午後一時を少し過ぎた頃だった。
建物の前には。
報道関係者らしき人々が、何十人も集まっていた。
まだ。
異世界の存在は正式に公表されていない。
それでも。
政府車両。
警察。
外務省関係者。
謎の外国人集団。
朝から起きた異常を嗅ぎつけたらしい。
「裏口から入ります」
会社の社員が迎えに来ていた。
何度か顔を合わせたことのある総務部の男性だ。
「ご迷惑をお掛けして、すみません」
「如月君が謝る必要はないよ」
そう言ってくれたが。
表情は疲れ切っている。
「採用システムは?」
「復旧した」
「本当にすみません」
「一万二千人分の応募データは、全て記念に保存してある」
「消してください」
「人事部長が、今後一生見ることのない経歴だから残したいと」
異世界の騎士。
百年以上の実務経験を持つ大臣。
十二分野の博士号。
魔獣討伐数二万。
採用担当者としては。
二度と出会えない応募者ばかりだろう。
「全員、応募は取り下げています」
「助かるよ」
「会社を買収する話も、新会社を作る話も中止させました」
「それも助かる」
総務部の男性は。
心の底から安心したように息を吐いた。
「社長が会議室で待ってる」
「分かりました」
廊下を進む。
いつも働いている場所。
毎日見ていた机。
複合機。
休憩室。
今朝までと何も変わっていない。
だが。
社員全員が、俺たちを見ている。
「如月」
同僚が、自分の机から立ち上がった。
電話をくれた男だ。
「大丈夫か」
「一応」
「本当に王様なのか」
「ゲームの中では」
「そのゲームが現実だったんだろ」
「そうらしい」
俺自身も。
まだ全てを受け入れられていない。
同僚は。
俺の背後にいる三人を見る。
「この人たちが、元部下?」
「ああ」
「元という表現は正確ではございません」
リゼルが即座に訂正した。
「我々は現在も、陛下へ忠誠をお誓いしております」
「リゼル」
「事実でございます」
同僚が、少し後ろへ下がる。
「俺に怒ってる?」
「陛下の御友人であれば、敬意をもって接します」
「敬意を持って接する人の目じゃない」
「陛下へ不利益を与える者でなければ、何も問題ございません」
「圧を掛けるな」
俺が止めると。
リゼルは同僚から視線を外した。
「悪い」
「お前、よくこの人たちを部下にしてたな」
「昔は、もう少し普通だったんだ」
「三百年経ったんだろ」
俺たちにとっては七年。
リゼルたちにとっては三百二年。
変わっていて当然なのかもしれない。
「如月君」
直属の上司が近づいてくる。
「お疲れさまです」
反射的に頭を下げる。
その瞬間。
隣にいたリゼルが、一歩前へ出た。
「陛下へ頭を下げさせるとは」
「仕事の挨拶だ」
すぐに止める。
「この人が、俺の上司」
リゼルが上司を見た。
上司も。
どういう表情をすればいいのか分からず固まっている。
「いつも如月がお世話になっております」
リゼルが深く頭を下げた。
今度は上司が慌てる。
「いえ。こちらこそ」
「陛下の勤務態度について、伺ってもよろしいでしょうか」
「真面目ですよ」
「十分な休息は与えられておりますか」
「残業を強制したことはありません」
「業務上の危険は」
「基本的に、ありません」
「人間関係は」
「問題ないと思います」
リゼルの面談が始まりかけている。
「その話は会議室で」
俺が止める。
廊下で続ければ。
会社全体を尋問することになりかねない。
会議室へ向かう。
その途中。
ノアが俺の机の前で止まった。
「これが、陛下の仕事場?」
「ああ」
一般的な事務机。
パソコン。
引き出し。
椅子。
俺だけ特別なものは何もない。
ノアが椅子の背もたれを掴む。
「古い」
「まだ使える」
「内部部品が劣化してる。腰に負担が掛かる」
「触る前に許可を取る約束だろ」
「見ただけ」
「今、触ってる」
ノアが手を離す。
「交換した方がいい」
「会社の備品だから、勝手に交換できない」
「許可を取る」
「今は取らなくていい」
「必要」
ノアは。
俺の椅子だけではなく、周囲の椅子を見る。
「全部同じくらい古い」
「そうだな」
「陛下だけ交換すると、特別扱いになる」
「だから何もしなくていい」
ノアは何かを考え始める。
嫌な予感がした。
「全部交換する案も駄目だからな」
「まだ言ってない」
「顔に出てる」
「顔には出してない」
角の先が、僅かに光っていた。
あれは。
何かを計算している時の反応だ。
「計算も止めてくれ」
「もう終わった」
「何を計算した」
「全社員分の高性能椅子を購入する費用」
「忘れてくれ」
「記録した」
「削除して」
ノアは返事をしなかった。
◇
会議室には。
大崎社長。
人事部長。
俺の直属の上司。
外務省の水城さん。
政府関係者が二人。
アステリア側からは。
リゼル。
セレフィナ。
ノア。
そして。
遠隔投影体として、外務院次官のアルノルトが参加していた。
黒い礼服。
琥珀色の瞳。
会社へ最初の外交文書を持ち込んだ人物だ。
「改めまして」
アルノルトが立ち上がる。
「今朝の突然の訪問と、過剰な要望につきまして、御迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます」
深く頭を下げる。
大崎社長も立ち上がろうとする。
「そのままで結構でございます」
アルノルトが止めた。
「我々は、地球側の雇用制度を十分理解せぬまま、陛下の自由が侵害されている可能性を疑いました」
「誤解が解けたのであれば、問題ありません」
大崎社長は落ち着いて答える。
朝から。
異世界国家に。
社員を返せ。
待遇を説明しろ。
会社を売れ。
と迫られた。
それでも。
怒鳴ることも。
俺へ責任を押しつけることもない。
「如月君が、会社へ勤務し続けたいと希望する限り、会社としては雇用を継続します」
「ありがとうございます」
「ただし」
社長が俺を見る。
「以前と全く同じ扱いができるかは、正直分からない」
「ですよね」
「政府との協議も必要になる」
国家元首である可能性が高い社員。
自宅には異世界への門。
元部下は。
会社を買収できるほどの資産と。
日本政府が無視できない技術を持っている。
今まで通り。
普通の社員として働けと言う方が難しい。
「少なくとも、一週間は休んでくれ」
「分かりました」
「給与は通常通り支給する」
「有給で大丈夫です」
「会社都合の特別休暇として扱う」
「それは、俺だけですか」
「当然だろう」
社長は、不思議そうに答えた。
「俺だけ特別扱いされるのは、少し」
「如月君」
人事部長が口を開く。
「今の状況は、特別だから対応も特別になる」
「それは分かります」
「君が原因で会社が混乱したとしても、君に責任はない」
会社側は。
俺を守ろうとしてくれている。
「報道関係者への対応も、会社で行う」
「すみません」
「謝らなくていい」
社長が言う。
「だが、君が復帰を希望するなら、その時は改めて働き方を相談しよう」
「はい」
話は。
思っていたより穏やかに進んだ。
会社は悪くない。
俺を不当に拘束してもいない。
退職を強要するつもりもない。
アステリア側も。
その説明を受け入れた。
「会社買収の提案は、正式に撤回いたします」
アルノルトが書面を置く。
「長期融資、信用保証、新会社設立、従業員の一括移籍提案についても、全て撤回いたしました」
「助かります」
社長の声には。
本当に安堵が滲んでいる。
「一万二千名の雇用応募も、全て取り下げております」
人事部長が頷く。
「採用システムの負荷については、こちらで復旧できました」
「修理費用が発生しているのであれば」
アルノルトが言いかける。
「アステリア側が負担する話も、一度日本政府を通してください」
俺が止める。
「御意」
政府関係者も頷いた。
「今後、地球側の法人と契約または金銭の授受を行う場合は、事前協議をお願いします」
「承知しております」
これで。
会社に関する問題は解決する。
少なくとも。
今すぐ何かが変わることはない。
「最後に」
セレフィナが静かに手を上げた。
「一つだけ、会社側へ確認がございます」
「何でしょうか」
社長が答える。
「陛下のみを特別扱いすることは、陛下御自身が望まれておりません」
「セレフィナ」
嫌な予感が当たった。
「はい」
「その話はしなくていい」
「しかし、陛下の御意向を会社側へ正確にお伝えする必要がございます」
「俺が言った意味は」
「理解しております」
本当に理解しているのか。
セレフィナは。
大崎社長へ向き直る。
「陛下は、御自身のみが十分な休息、食事、医療、住環境、移動手段を与えられることを望まれておりません」
「そこまで言ってない」
「陛下だけを特別扱いしないように、と」
「言ったけど」
「ゆえに」
セレフィナの背後へ。
何十枚もの資料が投影される。
《アステリア王国・地球企業包括支援構想》
「何だ、それ」
「陛下のみを支援するのではなく」
セレフィナは。
穏やかな笑顔で続けた。
「御勤務先の全従業員へ、同等の生活支援を提供する案でございます」
会議室が静まり返った。
「同等?」
大崎社長が聞き返す。
「はい」
セレフィナが資料を開く。
「第一案。全従業員および同居家族を対象とした、治癒魔法による定期健康確認」
「待って」
「第二案。王城料理局による、全社員分の昼食提供」
「待ってくれ」
「第三案。通勤負担軽減を目的とした、短距離転移網の試験設置」
「絶対に待って」
「第四案。災害発生時、全従業員および御家族をアステリア側へ一時避難させる緊急協定」
「聞いてない」
「第五案。社内設備、椅子、机、空調、通信環境の更新費用を、我が国との友好事業として負担」
ノアが小さく頷いている。
椅子の計算は。
これに使うつもりだったらしい。
「陛下のみを特別扱いする案ではございません」
セレフィナは自信を持って答えた。
「社員全員を同様に支援いたします」
「そういう意味で言ったんじゃない」
「御不満でしょうか」
「規模を小さくしてくれ」
「全従業員を平等に対象とするため、これ以上は」
「人数じゃない。支援の内容だ」
大崎社長と人事部長は。
資料を見ながら、完全に言葉を失っていた。
「会社として、すぐには受けられません」
大崎社長が、慎重に答える。
「当然です」
俺も同意する。
「日本の法律、安全性、税務、従業員本人の意思。確認すべきことが多すぎます」
「正式な導入ではなく、協議の開始だけでも」
セレフィナは引き下がらない。
「治癒魔法を福利厚生として?」
人事部長が資料を見る。
「地球側の医療制度を妨げる意図はございません」
「食事提供についても、衛生管理の確認が」
「王城料理局は、建国以来大規模な食事提供を行っております」
「地球側の基準とは違います」
「対応可能です」
「転移通勤は、会社だけで判断できません」
「日本政府と協議いたします」
「災害時に異世界へ避難する件は」
「最大二万人まで、即時受入可能です」
「うちの会社に、二万人もいません」
「御家族、近隣住民、関係者を含めた余裕を確保しております」
会社の福利厚生の話が。
周辺地域の避難計画へ広がっている。
「全部、一度持ち帰ってください」
俺はセレフィナへ言う。
「日本政府と会社側が、必要だと思ったものだけ改めて相談する」
「承知いたしました」
意外にも。
セレフィナは素直に資料を閉じた。
「では、全て保留といたします」
「そうしてくれ」
今度こそ。
終わった。
そう思った時。
会議室の扉が開いた。
総務部の男性が。
青い顔で入ってくる。
「社長」
「どうした」
「外に、またアステリア王国の方々が」
俺は立ち上がる。
「応募は止めたはずです」
「応募者ではありません」
「買収の話?」
「それでもありません」
総務部の男性は。
手に持った紙を見る。
「アステリア王国国民議会の決定を、会社へ通知しに来たそうです」
「国民議会?」
セレフィナも。
初めて聞いたように振り返る。
遠隔投影体のアルノルトが。
空中に届いた通信を確認した。
「陛下」
「何が決まった」
アルノルトは。
言いにくそうに一度黙る。
「先ほどの陛下の御言葉を受け」
「どの言葉?」
「御自身のみを特別扱いする必要はない、との御言葉です」
やはり。
原因はそれだった。
「国民議会において、緊急動議が提出されました」
「嫌な予感しかしない」
「賛成一千七百九十三。反対二。棄権四十一により」
「何が可決された」
アルノルトが。
会議室の中央へ、正式文書を表示する。
《アステリア王国国民議会緊急決議》
《建国王陛下の地球側勤務先に所属する全従業員および同居家族を、王国友好準保護対象へ指定する》
俺は。
文章を三度読み直した。
「準保護対象って何だ」
セレフィナが答える。
「アステリア王国民ではございませんが、災害、戦争、犯罪、重傷病などの危機が生じた場合、可能な範囲で保護および救援を行う対象です」
「会社全員が?」
「御家族も含まれます」
「解除してくれ」
「国民議会による決議でございます」
「俺が命令すれば」
「三百年前でしたら可能でございました」
セレフィナは。
申し訳なさそうに首を横へ振る。
「しかし、現在のアステリアでは、建国王であっても国民議会の決議を一方的に無効にはできません」
俺が最後に残した命令。
自分たちで生きろ。
その言葉を守り。
アステリアは三百年かけて。
王がいなくても動く国へ成長していた。
だから。
帰ってきた俺が。
気に入らないから取り消せと言っても。
国民が正式な手続きで決めたことを、簡単には覆せない。
「どこまで保護するつもりなんだ」
アルノルトが。
決議に付属する説明を読み上げる。
「日常生活への介入は行わない」
「それなら、まだ」
「本人および日本国の意思を尊重する」
「大事だ」
「緊急時以外の支援は、事前の同意を必要とする」
「やっと分かってくれたか」
俺は、少し安心した。
「ただし」
アルノルトが続ける。
「建国王陛下の御勤務先に対する、他国、武装組織、魔獣、災害、呪詛、感染型魔術、空間災害等による重大な危険が確認された場合」
「場合?」
「アステリア王国は、対象者の同意を待たず、緊急救援部隊を派遣できるものとする」
会社側の人間が。
全員、俺を見る。
「日本に魔獣や呪詛はありません」
俺は、すぐに説明した。
リゼルが小さく口を開く。
「現在、確認されていないだけでございます」
「不安になる言い方をするな」
「備えは必要です」
更に。
アルノルトが決議の最後を読み上げる。
「準保護対象者の人数および所在を把握するため、会社側へ名簿の共有を正式に要請する」
「個人情報を渡せるわけないだろ!」
俺の声が、会議室へ響く。
人事部長が。
深く頷いた。
「会社としても、本人の同意なく提供できません」
「当然です」
セレフィナが答える。
「ゆえに、要請であり強制ではございません」
「要請も一度引っ込めてくれ」
「国民議会へ再審議を求めます」
「頼む」
「ただし」
また、ただしだった。
「決議そのものは、既に王国全土へ公布されております」
「早すぎる」
アルノルトの背後に。
アステリアの王都が映る。
中央広場。
巨大な掲示板。
そこには。
俺の勤務先の会社名と共に。
新しい決議が大きく表示されていた。
《建国王陛下の御勤務先および従業員を、アステリア王国は友好的に見守ります》
「友好的に見守るって、怖いんだよ」
更に。
画面の下には。
国民から寄せられた意見が流れている。
《陛下の御同僚であれば、我らの友人である》
《困った時は、遠慮なくアステリアを頼ってほしい》
《怪我人がいれば、王立治癒院が対応する》
《災害時には、我が家でも三人まで受け入れ可能》
《社員食堂が必要であれば、農村部から食料を送る》
《陛下の椅子だけではなく、皆の椅子を良い物へ》
悪意は。
どこにもなかった。
三百年間。
俺を待ち続けた国民たちは。
俺が七年間働いた会社を。
俺を受け入れてくれた場所として。
本気で大切にしようとしている。
「如月君」
大崎社長が、俺を見る。
「はい」
「会社としても、気持ちはありがたい」
「分かります」
「だが」
「はい」
「今日のところは、全員に静かに見守ってもらえるよう伝えてくれ」
「全力で伝えます」
俺はセレフィナとアルノルトを見る。
「友好的に見守るだけ。手を出さない。人も物も送らない。会社へ連絡もしない」
「緊急時を除いて、でございますね」
「本当の緊急時だけ」
「判断基準を作成いたします」
「その基準を作る前に、俺へ見せてくれ」
「御意」
これで。
少しは落ち着くはずだ。
だが。
会議室の外。
会社の社員たちは。
既に国民議会の決議を知っていた。
誰かが。
アステリア側の公式発表を、地球の翻訳機能へ接続していたらしい。
俺の同僚から。
メッセージが届く。
《如月》
《うちの会社、異世界の保護対象になったって本当か》
続けて。
別の社員からも。
《治癒魔法の健康診断って、いつから?》
《異世界への災害避難、家族も対象なの?》
《王城料理人の昼食、ちょっとだけ試せない?》
《椅子の交換案だけは賛成》
止めなければならない。
そう思う。
だが。
社員たちの反応は。
俺が予想していたより。
少しだけ前向きだった。
そして。
最後に。
人事部長の端末へ届いた問い合わせが、全員を黙らせた。
《アステリア王国・王立治癒院より》
《準保護対象者の中に、緊急治療を必要とする方が一名確認されました》
《本人の同意を得た上で、治療支援を申し出ます》
会議室の空気が変わった。
「誰ですか」
人事部長が、社員名簿を確認する。
その直後。
会社の廊下から。
誰かが叫ぶ声が聞こえた。
「救急車を呼んで!」
全員が立ち上がる。
準保護対象に指定されてから。
まだ。
十分も経っていなかった。




