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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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21/51

第21話 国王命令に確認ボタンを付けたら、三百年前の国民から返事が届いた



《国家休息基本法・制定》


「俺の提案じゃない!」


 政府の技術検証室へ。


 俺の声が響いた。


 七年前のゲーム画面へ。


《今日はここまでにして、きちんと休んでください》


 と入力しただけ。


 それが。


 アステリア王国の国民議会へ。


《建国王陛下による国家休息制度の提案》


 として送られた。


 しかも。


 アステリア側では。


 地球より遥かに速く時間が流れている。


 俺たちが。


 何が起きたのか確認している間に。


 議会審議。


 法案作成。


 採決。


 公布。


 全てが終わっていた。


「法律を撤回してくれ」


《撤回理由がございません》


 画面の向こう。


 セレフィナは。


 完成した法律を読みながら答えた。


《連続勤務時間の上限》


《最低休息時間》


《緊急時の交代要員確保》


《長時間勤務を命じた管理者への罰則》


《研究員、治癒師、騎士団、行政職員を含む全労働者が対象》


《内容に重大な問題は確認されておりません》


「内容の話じゃない」


《では、手続き上の問題でしょうか》


「俺は法案を出すつもりじゃなかった」


 ただ。


 研究を終え。


 今日は休めと伝えただけ。


《陛下の御意思が、正確に反映されなかったことは問題です》


「だろ」


《しかし》


「まだある?」


《国民議会が、内容を独自に審議し、議員の賛成によって成立させております》


「俺の命令だけで作ったわけじゃない?」


《はい》


「なら、法律は?」


《有効です》


 俺の言葉は。


 法案を作るきっかけになっただけ。


 最終的に決めたのは。


 アステリアの国民議会。


「撤回する理由がないのか」


《議会は、以前より同様の制度を検討しておりました》


「俺が最後に押した?」


《結果としては》


 ノアを見る。


「どうして、普通の文章を国家提案として送った」


「昔の王権管理画面だから」


「昔も、全部命令になってた?」


「ゲームでは」


 ノアが。


 画面を指差す。


「陛下が入力できる文章は、ほとんど命令か提案だった」


「チャット欄じゃなかった?」


「王権通信欄」


「名前が重い」


 ゲーム時代。


 俺は。


 イベントの選択肢を押し。


 施設を建て。


 部隊を動かしていた。


 自由に文章を入力する機会は、ほとんどなかった。


 入力できる場所があるとすれば。


 国民への告知。


 同盟国への外交文書。


 運営への問い合わせ。


 どれも。


 何らかの行動へ繋がる文章だった。


「私的な発言という分類がない」


 高城さんが言った。


 古いパソコンの画面を確認しながら。


「システムから見れば、王権所有者が入力した文章は全て国家情報です」


「今日の昼はカレーにしよう、と書いたら?」


「王宮料理局へ指示が出る可能性があります」


「絶対書けない」


「既に」


 アルノルトが。


 アステリア側の記録を確認する。


「建国王陛下が地球側でカレーと呼ばれる料理を好まれているとの情報が、王宮料理局へ共有されております」


「今の会話を?」


「世界間通信は接続中ですので」


「誰が送った」


「私です」


「どうして」


「陛下の御食事へ関わる重要情報かと」


「アルノルト」


「はい」


「今のはただの例」


「では、訂正いたします」


 王宮料理局へ。


《カレーの件は例示であり、正式な献立指示ではない》


 という訂正文が送られる。


「訂正まで国家文書にするなよ」


「既に共有された情報を修正する必要がございます」


「そうだけど」


 このままでは。


 俺は。


 王権端末の前で。


 何も話せなくなる。


     ◇


「王権管理画面を、直しましょう」


 高城さんが言った。


「直せるんですか」


「ゲームとしての画面と、現在の国家制度が合っていません」


 七年前のシステム。


 三百年後の国。


 同じ仕組みを。


 そのまま使う方が無理だった。


「具体的には?」


「入力する情報を、最初から分けます」


 高城さんが。


 画面へ三つの項目を作る。


《個人発言》


《提案》


《緊急命令》


「個人発言は?」


「如月さんの私的な会話や連絡です」


「法律にならない?」


「なりません」


「王宮料理局にも?」


「宛先へ指定しない限り、届きません」


「最初から、それで」


「ただし」


 高城さんが続ける。


「個人発言であっても、受け取った人が政治的に利用する可能性はあります」


「どういう意味ですか」


「如月さんが個人的に、この制度は良いと思うと言った場合」


「はい」


「建国王が評価した制度として、議会で紹介される可能性はあります」


 言葉そのものを。


 完全に政治から切り離すことはできない。


「では、何も言えない?」


「そうではありません」


 セレフィナが答える。


《陛下の発言は、陛下個人の感想であり、王国政府への指示とは限らない》


《その前提を、王国側の規則として定めます》


「国民も納得する?」


《時間を掛けて理解を得ます》


 建国王。


 三百年間待たれた存在。


 俺の一言へ。


 人々が意味を見出すことまでは止められない。


 それでも。


 命令なのか。


 意見なのか。


 雑談なのか。


 区別はできる。


「提案は?」


「国民議会や政府へ、正式な検討を求める場合に使います」


「書いただけで採決されない?」


「確認手続きを入れます」


 画面。


《この文章を、正式な政策提案として提出しますか》


《はい》


《いいえ》


「一回確認」


「もう一回必要です」


「二回?」


「国家全体へ影響する操作です」


《想定される影響》


《対象者》


《費用》


《関連法令》


《緊急性》


《提出後の手続き》


 全てが表示される。


「内容を理解した上で、もう一度承認します」


「長くない?」


「国の法律を動かす操作です」


「長くていいです」


 俺は即座に答えた。


 間違えて法律を作るより。


 何度も確認した方がいい。


「緊急命令は?」


 リゼルが尋ねる。


「陛下の御身や、王国に重大な危険が迫った場合、手続きを省略できる機能でしょうか」


「完全には省略しません」


 高城さんが答えた。


「緊急性と使用理由を記録します」


「一秒を争う場合は」


「音声で緊急宣言。あとから必ず検証します」


「命令へ従わなかった者は?」


「緊急命令そのものが不適切だった場合、拒否できる制度も必要です」


 リゼルの表情が。


 少し硬くなる。


「陛下の御命令を?」


「地球側では」


 水城さんが説明する。


「違法または明らかに危険な命令へ、無条件に従うべきではないとされています」


「王国法でも同様でございます」


 セレフィナが答えた。


《国王命令であっても、王国基本法および国民の生命権へ反する場合、執行停止を求めることができます》


「既にある?」


《三百年間で整備されました》


「なら、この画面にも反映してください」


「承知いたしました」


 俺が。


 王権画面から命令しても。


 セレフィナ。


 国民議会。


 法務院。


 現場の責任者。


 複数の者が止められる。


 王が戻っても。


 三百年間作られた制度は消えない。


「それと」


 俺は。


 入力項目を見る。


「初期設定は個人発言にしてください」


「提案ではなく?」


「絶対に個人発言」


「緊急命令は?」


「隠しておいて」


「必要な時に見つからない可能性が」


「赤い蓋でも付けて」


「物理的な?」


「間違えて押さない形なら何でも」


 高城さんが。


 少し笑った。


「分かりました」


     ◇


 画面の改修は。


 地球側の技術者。


 アステリア側の魔導研究者。


 国王法務院。


 国民議会の担当者。


 多くの者によって進められた。


 以前なら。


 ノア一人で。


 その日のうちに全て作り直していたかもしれない。


 今回は。


 使う者。


 命令を受ける者。


 法律を確認する者。


 全員の意見を聞く。


「時間が掛かる」


 ノアが言った。


「嫌?」


「少し」


「でも?」


「私だけだと、休む機能を入れなかった」


「入れてください」


「もう入れた」


《王権端末連続使用時間――二時間》


《二時間経過後、十五分間操作不能》


「操作不能?」


「休憩」


「緊急時は?」


「緊急命令だけ使える」


 俺にも。


 強制休憩が設定された。


「二時間も使わないと思うけど」


「陛下は、ゲーム時代に十時間以上連続して接続していた記録がある」


「休日にイベントが」


「駄目」


「今はしない」


「記録として必要」


 俺の過去の遊び方まで。


 労働安全上の危険事例にされていた。


     ◇


 地球時間で六時間後。


 新しい王権管理画面が完成した。


《アステリア王国・王権連絡管理システム》


 以前の。


 いかにもゲームらしい画面から。


 少し落ち着いた形へ変わっている。


《現在の使用者――如月蓮》


《地球側職業――会社員》


《アステリア側資格――建国王》


「会社員が先なんだ」


「地球側で起動しているから」


 ノアが答える。


「良いと思う」


 俺も頷く。


《現在の操作モード――個人》


 画面の一番上。


 大きく表示されている。


「これなら間違えない」


「色も変えます」


 高城さんが操作する。


《個人――白》


《提案――青》


《緊急命令――赤》


「赤い時に」


 水城さんが言う。


「画面だけでなく、室内の表示灯も点灯するようにしましょう」


「周囲の人にも分かる?」


「はい」


「勝手な緊急命令を隠れて出せない?」


「操作記録も残ります」


 俺自身を。


 誰かが監視するためではない。


 国家権限を使った事実を。


 あとから確認できるようにする。


「試験します」


 高城さんが。


 入力欄を示す。


「何か、個人的な文章を」


「何を書けば」


「国家運営と関係のない内容で」


 少し考える。


《今日の昼食は、まだ決めていません》


 入力。


《送信先を選択してください》


「送らなくていい」


《個人メモとして保存しますか》


「はい」


《個人メモへ保存しました》


 それだけ。


 議会へ届かない。


 王宮料理局も動かない。


 法律もできない。


「成功」


 俺は。


 本気で安心した。


「念のため、アステリア側を確認します」


 アルノルトが通信する。


《王国政府、国民議会、王宮料理局、いずれにも通知なし》


「完璧」


「ただし」


「何」


《陛下の昼食が未定であることを、我々は今の会話で把握いたしました》


「セレフィナ」


《個人発言として扱います》


「料理局へ送らない?」


《送りません》


「リゼルも」


「承知しております」


「ミーナにも」


 地球側の別施設で勤務しているミーナから。


《勤務中ですので、陛下の昼食には関与いたしません》


 と返事が届いた。


 本当に。


 学んでいる。


     ◇


「次は、提案モードの試験です」


 高城さんが言う。


「本物の政策を出すんですか」


「試験用の架空提案です」


 画面を青へ切り替える。


《操作モード――提案》


《この操作は、王国政府および国民議会へ正式に記録されます》


「試験だと表示して」


《試験提案》


《王都内の全ての建物を、明日までに青色へ塗装する》


「何でそれ?」


「実行されてはいけない内容が分かりやすいので」


 入力。


《提案理由を入力してください》


《操作試験のため》


《想定対象――王都全建築物》


《推定費用――国家予算五年分》


《実施期間――現実的に不可能》


《関連法令――景観保護法、私有財産保護法ほか》


《警告》


《本提案は実現困難です》


「止めてくれる」


「続行もできます」


「できるんですか」


「提出する自由はあります」


「でも?」


「議会が却下します」


 俺の意見を。


 システムが強制的に消すわけではない。


 無茶な提案でも。


 提出自体はできる。


 その代わり。


 費用。


 影響。


 問題。


 全てを確認する。


《本当に提出しますか》


「いいえ」


《提案を破棄しました》


「成功」


 王都が。


 青一色になる事故も起きなかった。


     ◇


「緊急命令の試験は?」


 リゼルが尋ねる。


「実際には使用しません」


 高城さんが答えた。


「訓練モードがあります」


《緊急命令訓練》


 画面が赤くなる。


 室内の表示灯も。


 赤色に変わった。


《これは訓練です》


《実際の命令は送信されません》


「状況を入力してください」


《王城で火災発生》


《避難命令》


 入力。


《対象区域を指定してください》


「王城全体」


《避難先》


「中央広場」


《中央広場が危険な場合の第二避難先》


「北側訓練場」


《負傷者対応》


「治癒院と消防院」


《指揮責任者》


「現地の消防責任者」


《建国王本人ではありませんか》


「現場の専門家」


《確認》


《建国王は、現地責任者へ指揮を委任します》


 俺が。


 全てを細かく命令する必要はない。


「送信訓練」


《訓練命令を送信しました》


 アステリア側。


 王城内の訓練端末へ。


《火災避難訓練》


 として届く。


「王国軍は?」


「動いておりません」


「消防院は?」


《訓練記録のみ受信》


「成功」


 ようやく。


 俺の一言で。


 王国全体が勝手に動く危険は減った。


     ◇


「最後に」


 ノアが言った。


「旧王権端末の記録を、新しい画面へ移す」


「国家情報?」


「それも」


 画面へ。


 大量の項目が表示される。


《未読王権通信――八千四百十二件》


 三百年間。


 アステリアから地球へ送られ。


 高城さんの結晶へ保存されていた記録。


「全部読むのは無理だな」


「一日十件でも、二年以上」


「勤務時間を決めます」


 高城さんが言う。


「記録確認も作業です」


「俺の個人的な手紙では?」


「歴史資料や、個人情報も含まれています」


「確かに」


 映っている人。


 送った人。


 今も生きている者。


 既に亡くなった者。


 公開してほしくない内容もあるかもしれない。


「最初に分類します」


 ノアが画面を動かす。


《国家記録》


《研究記録》


《公開書簡》


《個人宛て》


《閲覧制限》


《送信者不明》


「俺だけで読めるものは?」


《個人宛て――五千二百六十一件》


「多い」


 三百年間。


 一年に十数件。


 そう考えれば。


 不思議ではない。


「最初の一件を開きますか」


 画面へ。


 確認が表示される。


《記録番号一》


《送信時期――建国暦二十八年》


《送信者――セト村住民一同》


「セト村」


 覚えがあった。


 建国直後。


 王都から少し離れた。


 小さな農村。


「水路を作った場所だ」


「はい」


 セレフィナが答える。


《黒月獣群迎撃戦の翌年、干ばつ被害を受けた村でございます》


「ゲームでは」


 村の生産力が下がり。


 食料が不足した。


 選択肢。


《王都から食料を送る》


《井戸と水路を建設する》


 俺は。


 二つ目を選んだ。


「届くまで時間が掛かるから」


《陛下は、周辺の地形を調査し、山から水を引くよう御指示なされました》


「調査したのはセレフィナだろ」


《陛下の御判断がなければ、始まりませんでした》


 記録。


 三百年前。


 俺が消えてから。


 一年も経っていない時期。


「開いていい?」


 俺が尋ねる。


「公開書簡として送られております」


 セレフィナが答えた。


《王権所有者本人の閲覧許可を確認》


「開いて」


     ◇


 画面に。


 小さな村が映った。


 石造りの家。


 畑。


 細い水路。


 村の中央に。


 数十人の住民が集まっている。


 人間。


 獣人。


 高齢者。


 子供。


 先頭に。


 白い髭を生やした村長らしい男性。


『レグナ王陛下』


 画面の中の全員が。


 緊張している。


『この記録が』


『陛下へ届くかは、分かりません』


 背後。


 水路には。


 清らかな水が流れている。


『陛下が御造りくださった水路は』


『今年も、村の畑を潤しております』


「俺が作ったわけじゃ」


「陛下」


 リゼルに止められる。


「今は、聞いてください」


 記録の中。


 村長が続ける。


『昨年』


『山崩れによって、水路の一部が壊れました』


「壊れた?」


『以前の私たちであれば』


『王都からの御指示を待っていたでしょう』


 一度。


 村長は。


 背後にいる人々を見る。


『ですが』


『陛下は、最後に』


『命令を待たず、自分たちのために生きよと仰せになりました』


 村の若者たち。


 自分たちで山へ入った。


 石を運び。


 水路を直した。


 近隣の村へ協力を求め。


 王都の技師から助言を受けた。


『完成まで、二か月を要しました』


『王都からの援助も受けました』


『ですが』


 村長が。


 少し誇らしそうに笑う。


『最初に動くことは』


『私たち自身で決めました』


 画面の中。


 子供が。


 一枚の板を持ち上げる。


《水が戻りました》


 少し歪んだ文字。


『陛下』


『私たちは』


『今も、陛下の御帰還を待っております』


 その言葉に。


 リゼルの肩が僅かに動く。


『ですが』


 村長が続ける。


『待っている間も』


『畑を耕し』


『子を育て』


『村を守ります』


『ですので』


 一度。


 深く頭を下げた。


『どうか』


『私たちを御心配なさらず』


『陛下も、御自身の場所で』


『穏やかにお過ごしください』


 記録が。


 終わる直前。


 子供たちが。


 画面の前へ集まる。


『王様!』


『水、いっぱいあるよ!』


『魚もいる!』


『帰ってきたら見せる!』


 最後に。


 一人の少女が。


 水路から捕まえた小さな魚を。


 画面へ近づけすぎ。


 映像が魚の腹で埋まった。


『近い!』


『見えないだろ!』


『あっ』


 周囲の笑い声。


 そこで。


 記録は終わった。


     ◇


 技術検証室に。


 しばらく。


 誰の声もなかった。


 三百年前。


 俺がいなくなった直後。


 小さな村の人々が。


 自分たちで水路を直した。


 俺の命令を待たずに。


「セト村は」


 俺は尋ねる。


「今もある?」


《ございます》


 セレフィナが答える。


《現在は、セト水郷市として発展しております》


「市?」


《人口、約二十三万人》


「村じゃない」


《水路と農業技術を中心に、多くの集落が統合されました》


 画面へ。


 現在のセト水郷市が表示される。


 広い水路。


 水車。


 段々畑。


 水の上を走る小さな船。


 三百年前の水路も。


 今も一部が残されている。


「記録の人たちの子孫は?」


《多数居住しております》


「この手紙が届いたことは」


《まだ知らせておりません》


「伝えられる?」


《はい》


「俺も返事を送れる?」


 新しい王権管理画面。


《操作モード――個人》


 白い表示。


「法律にはならない?」


「なりません」


 高城さんが答える。


「送信先を、セト水郷市へ限定します」


「公開範囲は?」


「現地の人たちが決められる?」


《市の記録保存院へ送り、公開の可否は現地へ委ねます》


 セレフィナの提案。


「それで」


 俺は。


 入力欄へ。


 短い文章を書く。


《セト村の皆さんへ》


《返事が三百年も遅れて、ごめんなさい》


《水路を直してくれて、ありがとう》


《皆さんが自分で考えて動いてくれたことを、嬉しく思います》


《魚も、ちゃんと見えました》


 一度。


 手を止める。


《いつか》


《今のセト水郷市も見に行かせてください》


 確認。


《操作モード――個人》


《送信先――セト水郷市記録保存院》


《国家命令・政策提案として扱われません》


「送って」


《個人書簡を送信しました》


 今度は。


 法律にならない。


 王国軍も動かない。


 税率も変わらない。


 ただの。


 三百年遅れの返事。


「セト水郷市側で、受信を確認」


 アルノルトが答える。


「現地の判断で、記録を開いております」


 アステリア側では。


 時間が速く進む。


 数分後。


 返事が届いた。


《セト水郷市記録保存院》


《建国王陛下からの個人書簡を受領》


《市議会ではなく、住民代表会へ共有》


《公開の可否について、三百年前の送信者の子孫および市民へ確認中》


「返事にも手続きがある」


「個人の記録ですので」


 セレフィナが答える。


 俺の手紙だからと。


 勝手に王国全土へ公開しない。


 本当に。


 国は変わっていた。


 更に数分。


《送信者子孫および住民代表会――公開へ同意》


《市内広場にて書簡を公開》


《市民より返信希望》


「すぐ返事が来る?」


《代表者を決めず、市民が自由に記入する形を希望しております》


 画面へ。


 大量の短い文章が流れ始めた。


《水路は今も使っています》


《魚は昔より大きいです》


《王様が来るなら掃除します》


《いつも掃除しているから特別にしなくていい》


《村長の子孫です。記録が届いて嬉しいです》


《うちの畑の果物を食べてください》


《王都より先に来てください》


《王都側の者ですが、それは困ります》


《セト市民以外は書き込まないでください》


「王都の人も混ざってる」


「個人書簡の公開情報が、既に王国内へ伝わり始めております」


「旅行予定にはしないでくれ」


《御訪問は正式決定ではないと、注意書きを》


「お願いします」


 それでも。


 画面の向こう。


 セト水郷市では。


 人々が水路の周りへ集まり。


 笑っている。


 三百年前に送った記録へ。


 ようやく返事が届いた。


     ◇


 王権管理画面の改修は。


 成功した。


 個人の言葉。


 政策の提案。


 緊急時の命令。


 全てが分けられた。


「これで、第二の門の試験を再開できます」


 高城さんが言った。


「王権端末を動かしても、国が勝手に変わらない?」


「通常は」


「通常は?」


「意図的に提案モードへ切り替えれば、提案はできます」


「切り替えません」


「必要な時は使ってください」


 全く使わないのも。


 役割を放棄することになる。


 俺は。


 王へ戻ると決めたわけではない。


 だが。


 アステリアの人々が。


 俺へ意見を求めることもある。


 その時は。


 命令ではなく。


 一人の意見として答えればいい。


「第二の門は?」


 ノアが。


 安全試験の結果を表示する。


《物品通行試験――五百回》


《異常――なし》


《通信試験――正常》


《緊急停止試験――正常》


《生体組織試験――異常なし》


「五百回?」


「アステリア側で何日も試した」


「次の段階は」


《小型生物通行試験》


「動物?」


「最初は植物」


「植物は生物だけど、動かない」


「その次に、小型動物」


「人は?」


「最後」


 急がない。


 少しずつ。


 何度も確認する。


「人が通れる大きさにするまで?」


「最短で、地球時間三日」


「最短」


 ノアが。


 次の試験計画を表示する。


《第一段階――植物種子》


《第二段階――発芽後植物》


《第三段階――微小生物》


《第四段階――小型動物》


《第五段階――地球人通行》


「最初に通る人は?」


 俺が尋ねる。


 高城さん。


 水城さん。


 ノア。


 全員が俺を見る。


「俺?」


「王権所有者は、接続が最も安定します」


 ノアが答えた。


「前にアステリアへ行ったから、身体の記録もある」


「危険は?」


「他の地球人より低い」


「ゼロではない?」


「ゼロではない」


「地球側の医師と」


「黒田先生が確認する」


「日本政府の許可も」


「必要」


「本人の意思は」


 高城さんが言った。


「最も重要です」


 無理に。


 王だからと。


 最初に通されるわけではない。


「考えておきます」


「決定は、全試験終了後で構いません」


 水城さんも答える。


 その時。


 新しい王権管理画面に。


 通知が一つ届いた。


《セト水郷市より、個人書簡》


「また?」


 開く。


 短い映像。


 現在のセト水郷市。


 古い水路。


 そこへ。


 大勢の子供たちが並んでいる。


『レグナ王様!』


 先頭の少年が。


 両手で魚を持っていた。


『三百年前の魚より、大きくなりました!』


「魚の種類が違うだろ」


 俺が笑う。


 子供たちも。


 画面の向こうで笑っている。


『待ってます!』


 今度の言葉は。


 帰ってこいという命令でも。


 王を縛る願いでもなかった。


 来たくなった時に。


 遊びに来てほしい。


 そんな。


 普通の招待だった。


 政府施設へ作られた第二の門。


 人間が通れるようになれば。


 俺は。


 マンションの国境ではなく。


 正式に管理された入口から。


 アステリアへ行ける。


 王城だけではない。


 三百年間。


 自分たちで生き続けた人々の町へも。


 次に門を越える時。


 俺は。


 歴史上の建国王としてではなく。


 返事を三百年待たせた。


 一人の訪問者として。


 彼らの水路と。


 大きくなった魚を見に行こうと決めていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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