第2話 俺が寝ている間に、マンション一棟が王国の在外公館になりかけていた
『君をアステリアへ返してほしいと、会社へ正式な要求が来ている』
電話の向こうから聞こえた社長の言葉に、俺はしばらく返事ができなかった。
アステリアへ返す。
俺は会社から借りている備品ではない。
「すみません。少しだけ待ってもらえますか」
『こちらも、そうしてほしい』
大崎社長の声には、怒りより疲労が滲んでいた。
『朝の四時過ぎから、先方とのやり取りが続いている』
「四時?」
俺が眠ったのは、三時を過ぎてからだ。
あいつら。
俺が眠った直後に動き始めている。
『最初は悪戯だと思った』
「普通はそうだと思います」
『だが、相手は社内の受付へ突然現れた』
「現れた?」
『警備記録には、入館した形跡がない』
嫌な予感が強くなる。
『黒い礼服を着た男女五名だ。全員、日本語は話せる。名刺も持っていた』
「名刺まで作ったんですか」
『アステリア王国外務院と書いてある』
仕事が早すぎる。
『こちらが警察を呼ぶべきか迷っている間に、外務省から連絡が来た。彼らが日本政府にも同じ文書を提出したことを確認したそうだ』
「本当に申し訳ありません」
『如月君が謝ることなのか、私にも判断がつかない』
社長の言葉と同時に、玄関のインターホンが再び鳴った。
画面には、マンションの管理会社の担当者。
建物の所有者。
その後ろには、黒い礼服を着た男女が立っている。
胸元には、見覚えのある国章があった。
アステリアの旗に使われている、翼と剣を組み合わせた紋章。
『如月君』
「はい」
『今日は出勤できるのか』
時計を見る。
午前六時三十一分。
普段なら、そろそろ準備を始める時間だ。
「行くつもりです」
『本気かね』
「休む連絡を入れる理由を説明する方が大変なので」
『既に会社は大変なことになっている』
「ですよね」
『ひとまず、出勤については待ってくれ』
「分かりました」
『こちらも状況を整理する。ただし』
社長が声を落とす。
『先方は、午前八時から正式な協議を求めている』
「何を協議するんですか」
『君の雇用状態だ』
「普通の正社員です」
『先方は、国家元首を拘束して労働させている可能性を懸念している』
「してません」
『本人から聞けて少し安心したよ』
社長は本気で安堵しているようだった。
『あとで、改めて連絡する』
「お願いします」
通話が終わる。
すぐに、インターホンが三度目の音を鳴らした。
無視するわけにもいかない。
「今、開けます」
玄関へ向かう。
扉を開ける前に、チェーンを掛けたまま少しだけ隙間を作った。
「朝早くに申し訳ありません」
管理会社の担当者が頭を下げる。
何度か設備点検で会ったことがある男性だ。
普段よりも明らかに顔色が悪い。
「中央住宅管理の長谷川です。こちらは建物所有者の小野寺様です」
隣に立つ年配の男性が、何度も俺へ頭を下げる。
「如月さん。長い間、入居いただいてありがとうございます」
「まだ退去する予定はありませんけど」
「もちろんです。もちろん」
何がもちろんか分からない。
「今朝、こちらの方々から建物の購入について申し出がありまして」
黒い礼服を着た男が、静かに一歩前へ出た。
三十代ほどに見える。
整った黒髪。
琥珀色の瞳。
人間とほとんど変わらないが、妙に姿勢が良い。
「お初に御目にかかります、陛下」
「待って」
男が膝をつく前に止める。
「ここで跪かないでください」
「失礼いたしました」
素直に立ったまま頭を下げる。
「アステリア王国王室府財務局所属、カルロ・ヴァンデルにございます」
「何をしてるんですか」
「陛下の御居所を確保しております」
「頼んでません」
「御休息中にお手を煩わせるほどの案件ではないと判断いたしました」
一番困る判断だった。
「建物を買う必要はありません」
「ございます」
「俺が今まで普通に住めてるので、ありません」
「こちらの建物は、陛下の御身をお預かりするには安全性が不足しております」
管理会社の長谷川さんが、僅かに目を逸らす。
「不足してるんですか」
「現行の耐震基準は満たしております」
「ほら」
「ただし」
カルロが建物の壁へ視線を向ける。
「王級攻撃魔法、飛竜種の突撃、広域転移に伴う空間振動、狙撃、毒物、呪詛への対策が確認できません」
「日本のマンションに確認する項目じゃない」
「ゆえに、改修が必要です」
「改修もしなくていいです」
話が噛み合わない。
「そもそも、いくらで買うつもりだったんですか」
建物所有者の小野寺さんが、俺の顔を窺う。
カルロが淡々と答えた。
「現時点での提示額は、百八十億円でございます」
「百八十億?」
聞き間違えたと思った。
この建物は、古い七階建ての賃貸マンションだ。
駅から近いわけでもない。
一階に店舗が入っているわけでもない。
周囲の土地を含めても、そんな金額になるはずがない。
「金額がおかしいでしょう」
「陛下の御居所でございます」
「俺が住んでるだけで価値を上げるな」
「世界間転移門が形成されておりますので、外交、交易、軍事、研究上の価値も含めて算定しております」
ただの自宅ではなくなっていた。
俺の部屋に開いた門が。
地球とアステリアを繋ぐ唯一の出入口。
その価値を考えれば、百八十億円でも安い。
そんな判断なのかもしれない。
だが。
俺が一晩寝ただけで、自宅の家賃と国際問題を同時に考えることになるとは思わなかった。
「どこから百八十億円を出すんですか」
「王国予算からです」
「国民の税金じゃないですか」
「王室保有資産を優先して使用いたします」
「それでも駄目です」
カルロが初めて少し困った顔になる。
「金額が不足しておりましたか」
「高すぎると言ってます」
「では、周辺の土地取得を含めて再算定いたします」
「上げるな」
建物所有者の小野寺さんが、思わず口を挟む。
「如月さん。私は、悪い話ではないと思うんです」
「小野寺さんはそうでしょうね」
百八十億円で売れるなら、すぐに契約したくなるのも理解できる。
「既に、契約書の準備も」
「署名しないでください」
「しかし、先方は現金での支払いも可能だと」
「現金?」
「正確には、地球側通貨の保有が不足しておりますので、金塊、希少金属、魔導結晶のいずれかで決済可能です」
「魔導結晶でマンションを買わないでくれ」
日本の税務処理がどうなるのか、想像もできない。
「一度、中へ入って話しましょう」
廊下で百八十億円と叫び続ければ、他の住民が起きてくる。
チェーンを外す。
「ただし、全員は入れません」
俺の部屋は狭い。
管理会社の長谷川さん。
所有者の小野寺さん。
カルロ。
その三人だけに入ってもらう。
黒い礼服の残りは、外で待つことになった。
部屋へ入った瞬間。
全員が、壁際に開いた世界間転移門を見る。
赤い光の向こうに、アステリアの王城がある。
長谷川さんの口が開いたまま止まる。
小野寺さんは、購入額が更に上がるのではないかという顔をしていた。
「写真は撮らないでください」
「もちろんです」
言いながら、長谷川さんの手はスマートフォンへ伸びかけていた。
テーブルの周りに座る場所はない。
俺はベッド。
長谷川さんと小野寺さんは床。
カルロだけが、立ったまま俺の横へ控えようとする。
「座ってください」
「陛下より低い位置へ座ることは」
「俺がベッドに座ってるので、もう低いです」
「では、失礼いたします」
カルロが床へ正座する。
姿勢が良すぎて、普通の賃貸物件の室内に見えない。
「まず確認します」
俺は三人を見る。
「建物の売買契約は、まだ成立していませんね」
「はい」
「これからも、俺の許可なく進めないでください」
「陛下の許可が必要なのでございますか」
「当たり前だろ」
「陛下御自身の資産を使用しない案件でございます」
「俺の住んでる家だ」
「ゆえに、御負担を掛けぬよう我々が」
「そこが駄目なんです」
カルロは真剣に聞いている。
悪意がないことは分かる。
俺を困らせるつもりもない。
むしろ。
面倒な手続きを全て終わらせ、結果だけを渡そうとしている。
三百年間、彼らはそうやって国を動かしてきたのだろう。
「地球では、本人の生活に関係することを勝手に決めたら問題になる」
「陛下が望まれる住環境を、事前に整えることもでしょうか」
「俺が望んでるか、先に聞いてください」
「承知いたしました」
カルロは深く頭を下げる。
「では、御希望を伺います」
「このままでいいです」
「承知できません」
「今、承知しただろ」
「御意向を伺うことは承知いたしました。しかし、安全性に問題のある建物へ住み続けられる御判断を、そのまま受け入れることは困難です」
思ったより手強い。
「とにかく、売買は保留」
「保留でございますね」
「中止に近い保留です」
「将来的な購入の余地は残されていると」
「言葉の隙間を探さないでくれ」
その時。
壁際の門から、人影が現れた。
銀髪。
白銀の鎧。
リゼルだった。
俺の顔を見ると。
すぐに片膝をつこうとする。
「跪かなくていい」
「御意」
リゼルは素直に立った。
その背後から、セレフィナとノアも入ってくる。
「三人とも」
俺は声を低くする。
「説明してもらおうか」
ノアが首を傾げる。
「何を?」
「会社と大家と日本政府に何をした」
「必要な連絡」
「必要かどうかを、俺に確認してない」
セレフィナが静かに前へ出る。
「陛下は御休息中でございました」
「起こしてくれればよかった」
「三百年ぶりの御休息を、我々の都合で妨げることはできません」
その言い方をされると強く責めにくい。
「会社には何を伝えた」
「陛下が自由意思で勤務されているか。待遇に問題がないか。退職の自由が保障されているか。正式に照会いたしました」
「返還要求は?」
「陛下が不当に拘束されている場合に限り、即時解放を求める旨を記載しております」
「社長は、返してほしいと言われたと受け取ってたぞ」
「陛下はアステリアの国家元首でございますので、御帰還について協議を求めたことも事実です」
「俺が国家元首だって、決まったのか」
三人が同時に俺を見る。
リゼルが代表して答える。
「陛下以外に、アステリアの王は存在いたしません」
「三百年も?」
「はい」
「誰が国を動かしてた」
「国民議会、摂政会議、各省庁、自治領代表による合議制でございます」
俺が消えたあとも。
国は、自分たちで動き続けた。
俺が最後に残した言葉通りに。
「それなら、今もその人たちが治めればいい」
「陛下が御帰還なされた以上、建国王の統治権限を復帰すべきとの意見が多数です」
「多数って」
「緊急調査では、賛成九十八・九パーセント」
「調査までしたのか」
「陛下の御就寝中に」
三時間で。
一億八千万人の国民へ調査を行った。
どういう通信技術なのか。
「俺は受けると言ってない」
「ですので、現時点では正式な即位手続きを行っておりません」
セレフィナは落ち着いている。
「日本政府への文書にも、建国王およびアステリア主権者として記載したのみでございます」
「それ、ほとんど国家元首だろ」
「事実でございます」
俺が否定しても。
アステリア側では、俺が建国王だった事実は変わらない。
「日本政府には、誰が行った」
「外務院の使節団です」
「この門を通って?」
「いいえ」
セレフィナが答える。
「陛下の許可なく、現実世界へ多数の人員を渡らせることは避けました」
そこは考えていたらしい。
「では、どうやって」
「遠隔投影体です」
ノアが得意そうに言う。
「体はアステリア。向こうに出したのは魔力で作った外側だけ」
「幽霊みたいなものか」
「もっと高性能」
「外務省の建物へ、いきなり出したのか」
「門から日本側へ投影信号を送って、位置を調整した」
「それを、いきなり出したって言うんだ」
日本政府から見れば。
警備を通らず。
正体不明の人間が外務省内へ出現した。
外交文書を持って。
異世界国家を名乗った。
大騒ぎになって当然だった。
「陛下の存在を証明する必要がございました」
セレフィナの言葉に。
俺は机を見る。
社員証。
賃貸契約書。
請求書。
彼女たちは昨夜。
これらを見て、俺が地球でどう暮らしていたかを判断した。
「俺の書類を勝手に見た?」
「緊急性がございましたので」
「スマートフォンも?」
「施錠されていたため、内容は確認しておりません」
少し安心する。
「ただし、外部通信記録から会社、管理会社、行政機関の存在を確認いたしました」
「結局、調べたんじゃないか」
「個人情報は保護しております」
「調べた側が言うな」
セレフィナは俺に怒られていることを理解している。
それでも。
行動そのものが間違っていたとは思っていない顔だった。
「陛下」
リゼルが一歩前へ出る。
「我々は、陛下の御生活を奪うつもりはございません」
「分かってる」
「会社へも、建物所有者へも、危害を加える意図は一切ございません」
「それも分かる」
「ただ」
リゼルの視線が、狭い部屋を巡る。
冷蔵庫。
カップ麺。
古いエアコン。
薄い布団。
「陛下が、十分な食事も取らず。御一人で暮らし。生活費を得るため、他者の命令に従っておられる状況を」
金色の瞳が、僅かに揺れる。
「見なかったことにはできません」
三百年間。
リゼルたちは俺を探し続けた。
ようやく見つけた。
その主君が。
彼女たちの基準では、満足な生活を送っていない。
放っておけるはずがないのだろう。
「俺は、別に不幸じゃない」
「陛下が耐えられることと、適切な待遇であることは別です」
セレフィナが静かに付け加える。
「御本人が問題ないと仰せになるからこそ、周囲が確認する必要がございます」
会社の人事面談のようなことを言われた。
「分かった」
俺は息を吐く。
「確認することまで禁止はしない」
三人の表情が少し明るくなる。
「ただし」
先に釘を刺す。
「契約を結ぶ前。金を払う前。会社や政府へ正式な要求を出す前に、俺へ話してくれ」
三人が互いを見る。
セレフィナが代表して答えた。
「緊急性がない場合は、可能な限り御報告いたします」
「可能な限りじゃなくて、必ず」
「陛下の安全、生命、自由に関わる場合は、事後報告となる可能性がございます」
「今のところ、全部それに含めるつもりだろ」
「陛下に関わる案件の多くは、該当いたします」
基準が広すぎる。
「じゃあ、命に関わる本当の緊急時だけ」
「陛下の住居の耐久性は、生命に関わります」
「普通に住めてる」
「飛竜種の襲撃があれば倒壊します」
「日本には飛竜はいない」
ノアが小さく口を挟む。
「今は」
「増やす予定があるみたいに言うな」
話し合いは、簡単にはまとまりそうになかった。
その時。
俺のスマートフォンが鳴る。
見覚えのない番号。
だが。
画面には、発信元が表示されていた。
《外務省》
室内にいる全員の視線が集まる。
「出ます」
通話ボタンを押す。
「如月です」
『朝早くに失礼いたします』
落ち着いた男性の声だった。
『外務省の水城と申します』
「はい」
『現在、如月様の関係者を名乗る方々から、アステリア王国の外交文書をお預かりしております』
「ご迷惑をお掛けして、すみません」
『確認したいことがございます』
「何でしょうか」
『アステリア王国は、実在する国家なのでしょうか』
俺は、壁際に開いた門を見る。
門の向こうには。
巨大な王城。
整列する騎士。
こちらを心配そうに見ている、大勢の人々。
「実在します」
『如月様は、その国の国家元首であると』
「そこは、まだ話し合い中です」
セレフィナが小さく口を開こうとする。
視線で止めた。
『では、現時点でアステリア側を代表して、日本政府と協議できる人物はどなたでしょうか』
「セレフィナ」
俺は通話口を手で塞ぎ、彼女を見る。
「誰なら話せる」
「陛下でございます」
「俺以外で」
「外務院次官のアルノルトが、正式な交渉権限を有しております」
「その人に任せる」
「最終的な決定は、陛下の御承認が必要です」
「決定する前に話を聞く」
「御意」
通話へ戻る。
「アステリア側の担当者は、外務院次官のアルノルトという人物です」
『承知しました』
「ただし、俺に話を通さず最終的な約束をしないよう伝えます」
『では、如月様にも協議へ参加していただきたい』
「今日ですか」
『可能であれば、直ちに』
「仕事が」
『勤務先へは、既にこちらから連絡しております』
「何で?」
『国家安全保障に関わる可能性がございますので』
会社。
大家。
政府。
俺が連絡する前に。
全ての話が繋がっていた。
『車両をお送りしてもよろしいでしょうか』
「少し待ってください」
『どれくらいでしょう』
時計を見る。
午前六時五十八分。
起きてから、まだ三十分しか経っていない。
「顔を洗う時間だけください」
『承知しました』
通話が終わる。
俺はベッドへ座ったまま、天井を見上げた。
今日は普通に会社へ行くはずだった。
仕事をして。
帰りにコンビニへ寄って。
夕食を食べ。
眠る。
そんな一日になるはずだった。
「陛下」
リゼルが心配そうに俺を見る。
「御加減が?」
「大丈夫」
頭が痛いだけだ。
「一つだけ、確認する」
三人と。
床へ正座しているカルロを見る。
「俺が寝ている間に、他に何かした?」
沈黙。
今までで一番長い沈黙だった。
「まだあるんだな」
セレフィナが、慎重に口を開く。
「陛下の御食事を改善するため、王城の料理人を百二十名ほど待機させております」
「この部屋に入れないでくれ」
「使用人の派遣については、管理会社と協議中です」
「止めて」
「陛下の勤務先周辺に、護衛要員を配置する準備を」
「止めて」
「地球側通貨を得るため、金および希少資源の売却先を調査しております」
「勝手に売らないで」
「陛下の御家族、御友人、過去の関係者についても」
「調べるな」
「御命令であれば、中止いたします」
すぐに止められそうなものは、そこまでだった。
「他は?」
ノアが手を上げる。
「建物の電力設備が弱いから、強化する準備をした」
「どれくらい」
「この周辺一帯を王城級の魔力供給網に接続する」
「絶対に止めて」
「便利になる」
「日本の電力会社が困る」
「電力会社にも連絡した」
「もう?」
「午前中に担当者が来る」
知らない予定が、次々と増えていく。
俺のスマートフォンへ。
新しいメールが届いた。
《電力設備に関する現地調査のお知らせ》
続けて。
《通信回線増強工事について》
《警備会社からのお見積もり》
《建物周辺土地の売却相談》
全て、今朝送られてきたものだった。
「俺の知らないところで、どこまで進めるつもりだった」
セレフィナは、悪びれることなく答えた。
「陛下が目覚められるまでに、生活上の問題を全て解決する予定でございました」
「問題が増えてる」
「過渡的な混乱でございます」
「俺の生活が、過渡期だけで終わりそうだよ」
リゼルが俺の前へ膝をつく。
今度は止める余裕がなかった。
「御安心ください、陛下」
「何を安心すればいい」
「地球側で発生した全ての問題は、我々が責任を持って解決いたします」
その言葉を聞いた瞬間。
俺のスマートフォンへ、外務省から新しいメッセージが届いた。
《アステリア王国使節団より、在外公館設置の正式申請が提出されました》
《候補地は、如月様がお住まいの建物および周辺地域とされています》
まだマンション一棟も買っていない。
それなのに。
俺の自宅周辺は。
既にアステリア王国の大使館候補地になっていた。
「セレフィナ」
「はい」
「在外公館って何だ」
「陛下の御居所を中心とした、我が国の地球側拠点でございます」
「申請する前に聞いてくれと言ったばかりだよな」
「申請は、陛下が目覚められる前に完了しておりました」
命令違反ではない。
時間的には。
「今後は、必ず御報告いたします」
セレフィナは穏やかに微笑む。
俺は。
その言葉を信じたいと思った。
だが。
彼女の背後。
世界間転移門の向こうでは。
王国の文官たちが、巨大な看板を運んでいる。
日本語で。
はっきりと書かれていた。
《アステリア王国・地球臨時大使館》
「その看板を設置するな!」
俺の声が。
早朝のマンションと。
三百年後の王城へ同時に響き渡った。




