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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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18/52

第18話 七年間データを守った元運営社員へ、王国が国家最高勲章を持ってきた


『如月蓮さん』


『あなたが、レグナという方なのでしょうか』


『七年前から』


『あなたへ返さなければならないものを、預かっています』


 高城真琴さんから届いたメール。


 添付されていた写真には。


 古いノートパソコン。


 そして。


 アステリアの魔石と同じ形をした、小さな透明の結晶が映っていた。


「すぐに連絡を」


 リゼルが言う。


「落ち着いて」


「しかし、その方は三百年間――」


「地球では七年だ」


「七年間であっても、十分に長い時間です」


 それは。


 間違っていない。


 高城さんは。


 会社を辞めたあとも。


 正体の分からない結晶と、起動しないノートパソコンを捨てずに保管していた。


「水城さん」


「既に、メールへ返信しています」


「電話は?」


「高城さん本人より、まず映像通話を希望されています」


「直接会うのは?」


「事情を確認してからです」


 高城さんの住所は。


 俺の住む場所から、数時間離れている。


 政府の人間が突然訪問すれば。


 近所にも。


 家族にも。


 余計な不安を与える。


「今日中に話せますか」


「本人の都合を確認しています」


 その直後。


 水城さんの端末へ返事が届いた。


『午後八時以降であれば可能です』


『ただし』


『自宅の場所と、現在の勤務先については、公開しないでください』


「当然です」


 俺は答える。


「アステリア側にも?」


「高城さん本人の許可が得られるまで、詳しい情報は渡しません」


 リゼルが。


 僅かに反応する。


「恩人の御住所を知らされないのですか」


「本人が望んでない」


「我々が危害を加えることなど」


「危害を加えない相手にも、知られたくない情報はある」


「……承知いたしました」


 納得するまで。


 少し時間が掛かった。


 それでも。


 無理に聞こうとはしなかった。


     ◇


 午後八時。


 政府施設の小さな会議室。


 参加者は。


 俺。


 水城さん。


 政府側の技術担当者。


 ノア。


 リゼル。


 セレフィナ。


 アルノルト。


 人数は。


 事前に高城さんへ伝えてある。


「多くありませんか」


 俺が尋ねた時。


 高城さん本人から。


『関係者であれば構いません』


 と返事があった。


 画面が繋がる。


『聞こえますか』


 落ち着いた女性の声。


 画面に映ったのは。


 四十歳前後に見える女性だった。


 短い黒髪。


 眼鏡。


 地味な灰色の服。


 背景は。


 白い壁と、小さな本棚。


「聞こえています」


 水城さんが答える。


「高城真琴さんで間違いありませんか」


『はい』


「本日は、御協力ありがとうございます」


『こちらこそ』


 高城さんは。


 画面の中にいる俺を見る。


『如月蓮さん』


「はい」


『確認してもよろしいですか』


「何でしょう」


『あなたが』


 一度。


 言葉を止める。


『レグナという名前で、《エルグランド・サーガ》を遊んでいた方ですか』


「そうです」


『アステリアの国王』


「ゲームの中では」


『ゲームの中では』


 高城さんは。


 俺の後ろにいる三人を見る。


 銀髪の騎士。


 長い耳を持つ宰相。


 角の生えた魔導技師。


『なかったのですね』


「……はい」


『あの人たちは、本当に生きていた』


「そうみたいです」


 高城さんが。


 眼鏡を外す。


 目元を押さえた。


『良かった』


 小さな声。


『本当に』


 それ以上。


 言葉が続かなかった。


「高城さん」


 リゼルが。


 画面の前へ進む。


『はい』


「私は、アステリア王国近衛騎士団長、リゼル・アルフェリアと申します」


『知っています』


 リゼルの動きが止まる。


『ゲームの画面で、何度も見ました』


「では」


『七年前にも』


 高城さんが。


 机の上に置かれた透明の結晶を見る。


『夢の中で、あなたを見ました』


 銀色の髪。


 傷ついた鎧。


 俺を探し続ける声。


「高城様」


 リゼルが。


 深く頭を下げた。


「我が国を、お救いいただきましたこと」


『待ってください』


「アステリア王国を代表し、心より」


『本当に待ってください』


 高城さんが。


 困った顔で両手を上げる。


『私は、画面に出た保存ボタンを押しただけです』


「その御判断により、王城の管理機能と大量の物資が保全されました」


『そんな話、今日初めて知りました』


「それでも」


 リゼルの声が。


 僅かに震える。


「貴女様がいなければ、多くの民が苦しんでおりました」


『貴女様はやめてください』


「では、高城殿」


『普通に高城さんで』


「高城さん」


 リゼルにとっては。


 地球側の呼び方へ直すだけでも。


 かなりの努力が必要だった。


「ありがとうございます」


 今度は。


 短く。


 それだけを伝えた。


 高城さんは。


 しばらくリゼルを見つめたあと。


『どういたしまして』


 少し照れたように答えた。


     ◇


「七年前の出来事について、教えていただけますか」


 水城さんが尋ねる。


『会社の記録に残っていることは、既に聞いていますよね』


「はい」


『なら、その後の話ですね』


 高城さんは。


 古いノートパソコンを画面の前へ置いた。


『この端末は、会社の物でした』


「持ち帰ってよかったのですか」


『正式に譲渡されています』


 サービス終了から半年後。


 会社の事業整理が始まった。


 古い検証端末も。


 廃棄されることになった。


『ただ、この一台だけ』


 共同管理者登録が行われたノートパソコン。


『廃棄処理に出そうとすると、必ず電源が入ったんです』


「勝手に?」


『はい』


 電源ケーブルを抜いても。


 バッテリーを外しても。


 廃棄予定の棚から動かそうとすると。


 画面へ。


《接続先保全中》


《電源断禁止》


 と表示された。


『会社側も、理由を調べました』


「結果は?」


『壊れた表示だろうと』


「違った」


『今なら、そう思います』


 高城さんは。


 上司へ相談した。


 処分するより。


 保管した方がよい。


 だが。


 経営状態の悪い会社に。


 使えない端末を残す余裕はない。


『最終的に』


 高城さんが。


 一枚の古い書類を画面へ映す。


《機密情報消去済み検証用端末譲渡確認書》


『私が個人で引き取りました』


「会社のデータは?」


『全て消去されています』


「ゲームの接続だけ残った?」


『そういうことになります』


 記憶装置は初期化。


 会社の情報はない。


 それでも。


 世界間接続だけは。


 普通のデータとは別の場所に残っていた。


「結晶は?」


『端末を家へ持ち帰った夜です』


 電源の入らないパソコンが。


 突然起動した。


 画面には。


 以前と同じ王権接続。


『そのあと』


 キーボードの前。


 何もなかった空間に。


 小さな光が現れた。


『最初は、火花だと思いました』


 だが。


 光は消えず。


 少しずつ固まり。


 透明な結晶になった。


「触ったんですか」


『手袋をして』


「慎重ですね」


『元エンジニアですから』


 知らない物体を。


 素手で触るほど無謀ではない。


『放射線。熱。電気。磁気』


「調べた?」


『会社にあった物で、確認できる範囲だけ』


「結果は」


『何も検出されませんでした』


 それなのに。


 時々。


 内部へ人影が見える。


 声が聞こえる。


 夢にも現れる。


『病院にも行きました』


「身体の異常は?」


『ありません』


 睡眠不足。


 仕事の疲労。


 強いストレス。


 医師からは。


 そう診断された。


「会社を辞めたのは、そのせいですか」


『半分は』


 高城さんが苦笑する。


『会社自体が、なくなることになっていましたから』


「もう半分は?」


『自分が何を見ているのか分からない状態で、サーバー管理を続けるのが怖くなりました』


 夢の中で。


 銀髪の騎士が泣いている。


 エルフの女性が、国民へ頭を下げている。


 角の少女が、壊れた装置を直している。


 猫耳の侍女が。


 誰もいない部屋へ食事を運んでいる。


『私は』


 高城さんが。


 透明の結晶を見る。


『ゲームの開発担当ではありませんでした』


「サーバー側?」


『運営後期の保守担当です』


「リゼルたちの設定を作ったわけではない?」


『はい』


「それでも分かった?」


『長く運営に関わっていましたから』


 ゲーム内イベント。


 NPC。


 プレイヤー。


 サーバー上で起きた問題。


 画面の中の存在だと分かっていても。


 毎日のように見続けてきた。


『夢の中の彼女たちは』


 一度。


 言葉を選ぶ。


『運営資料に書かれていないことを話していました』


「例えば?」


『王がいなくなった後のことです』


 ゲームサービス終了後。


 地球側には。


 存在しないはずの物語。


『だから』


「本物かもしれないと思った?」


『思いたくありませんでした』


「どうして」


『本物なら』


 高城さんが。


 真っ直ぐ俺を見る。


『私たちは、サービス終了という名前で』


『一つの世界との連絡を、何の説明もなく切ったことになるからです』


 会議室が静かになった。


 ゲームだから。


 利用者が減ったから。


 利益が出ないから。


 会社が続けられないから。


 サービスを終了した。


 地球側の判断として。


 間違ってはいない。


 誰も。


 接続先が本当に存在する世界だとは知らなかった。


「高城さんたちの責任じゃない」


 俺は言った。


『そう言ってもらえると、助かります』


「俺も知らなかった」


『はい』


「知ってた人は、たぶん誰もいない」


 ノアが。


 少しだけ首を傾ける。


「地球側のゲーム会社が、世界を作ったわけじゃない」


『では』


「元からあった世界へ、ゲームを通じて接続してた」


 ノアが説明する。


「地球側が接続を切っても、世界は残る」


『消えなかった?』


「消えない」


『良かった』


 高城さんは。


 また同じ言葉を口にした。


 それが。


 七年間。


 最も知りたかったことなのだろう。


     ◇


「結晶の中には、何が入っていますか」


 水城さんが尋ねた。


『私にも、正確には分かりません』


「映像は?」


『時々、見えます』


「保存できましたか」


『外部機器では撮影できませんでした』


 カメラを向けても。


 結晶だけが透明に映る。


 音声も記録できない。


「今なら解析できる」


 ノアが言う。


『あなたが、ノアさんですね』


「そう」


『七年前より、少し背が伸びましたか』


 ノアの動きが止まる。


「三センチ」


『やっぱり』


「覚えてる?」


『夢の中で』


 ノアは。


 少し嬉しそうに角を光らせた。


「結晶は、初期型の王権情報保存体」


「保存体?」


「地球側へ届かなかった情報を、一時的に入れておくもの」


『では、これは』


「私たちが陛下へ送ろうとした記録」


 一通ではない。


 三百年前。


 最初の信号を送ったあと。


 ノアたちは。


 何度も接続を試した。


「成功するたびに、少しずつ送った」


「何回?」


「初期だけで二百七十一回」


「そんなに」


「その後も送った」


「全部入ってる?」


「確認しないと分からない」


 高城さんの手元にある結晶。


 そこには。


 俺がいなかった三百年間の。


 最初の記録が残っている可能性がある。


「安全に運べますか」


 水城さんが尋ねる。


『そのことで』


 高城さんが。


 少し緊張した表情になる。


『お願いがあります』


「何でしょう」


『取りに来る人は』


 一度。


 画面にいるリゼルたちを見る。


『少人数にしてください』


「当然です」


『家の前へ、騎士団が並んだり』


「させません」


『王国から使者が何百人も来たり』


「止めます」


『国賓待遇も』


 俺と水城さんが。


 同時にアステリア側を見る。


 セレフィナが。


 穏やかな微笑みを浮かべていた。


「何か準備してる?」


「まだ正式決定ではございません」


「何を?」


「高城さんへの謝意を示す方法について、国民議会で緊急審議が」


『もう始まってるんですか』


「止めて」


「審議を止める権限は、陛下にも」


「分かってる」


 この国の議会は。


 本当に動きが早い。


「内容は?」


 セレフィナが。


 仕方なさそうに資料を表示する。


《アステリア王国保全功労者・高城真琴氏への謝礼案》


《国家最高勲章授与》


《名誉公爵位》


《王都内邸宅》


《終身年金》


《王国研究院特別顧問》


《希望する場合、国内都市一つの名誉領主権》


《本人および三親等以内の家族に対する終身保護》


「全部重い!」


『辞退します』


 高城さんが即答した。


「まだ決定しておりません」


『決定前に辞退します』


「高城さんのお気持ちは、議会へお伝えします」


『普通に、ありがとうと言ってもらえれば十分です』


 セレフィナが。


 少し困った顔をする。


「国家そのものを救われた方へ、言葉だけというわけには」


『私は、国家を救ったつもりはありません』


「結果として」


『なら』


 高城さんが。


 画面の中のリゼルたちを見る。


『皆さんが無事だったことを、直接教えてもらえたので』


 僅かに笑う。


『それで、もう報酬は受け取っています』


 リゼルが。


 目を伏せた。


「高城さん」


『はい』


「それでも」


 リゼルは。


 ゆっくり頭を下げる。


「ありがとう」


『はい』


 今度は。


 高城さんも止めなかった。


     ◇


 透明の結晶と古いノートパソコンは。


 翌日。


 政府の技術施設へ運ぶことになった。


 高城さん本人も同行する。


「移動方法は?」


『電車で行けます』


 高城さんが答える。


「政府側で車を用意します」


『必要ありません』


「結晶と端末の安全管理上、専用車両が適切です」


『黒い車が何台も来たりしませんか』


「一台だけです」


『警護は』


「私服の職員が二名」


『それなら』


 高城さんも納得した。


「アステリア側からは、誰も行かせません」


 俺が先に言う。


 リゼルが反応する。


「陛下」


「家には行かない」


「せめて、御移動中の警護を」


「日本政府へ任せる」


「しかし」


「約束しただろ」


 地球側のことは。


 日本側の制度を尊重する。


「……御意」


「施設へ到着してから会える」


「はい」


 リゼルは。


 少し残念そうだが受け入れた。


     ◇


 翌日。


 午後一時。


 高城真琴さんが。


 政府の技術施設へ到着した。


 手には。


 黒い鞄。


 古いノートパソコン。


 透明の結晶は。


 衝撃を防ぐ小さな箱へ入れられている。


「初めまして」


 俺は頭を下げる。


「如月蓮です」


「高城真琴です」


 映像ではなく。


 直接会う。


 高城さんは。


 俺の顔を見たあと。


「普通の人ですね」


「よく言われます」


「一億八千万人の国王には見えません」


「俺もそう思います」


 高城さんが。


 少しだけ笑った。


「こちらが、ノートパソコンです」


 すぐに。


 政府側の担当者へ渡す。


 所有者。


 機器番号。


 状態。


 持込み品。


 一つずつ確認される。


「記憶装置の中身を確認する場合は」


「先に、高城さんの同意を得ます」


「個人の写真などは入っていませんが」


「それでもです」


「分かりました」


 透明の結晶も。


 箱から出される。


 検査台へ置かれた瞬間。


 内部の光が。


 ゆっくり動いた。


「反応してる」


 ノアが。


 結晶へ近づく。


「触っても?」


 高城さんへ尋ねる。


「はい」


「中を見る?」


「お願いします」


「記録が個人的なものだったら」


「如月さんと、映っている人たちだけで確認してください」


「分かった」


 ノアが。


 透明の結晶へ指先を置く。


 淡い赤色の光。


 文字が浮かぶ。


《王権情報保存体》


《保管者認証――共同管理者・高城真琴》


《王権所有者――レグナ》


《両名の接触を確認》


「両方が必要だった?」


「そうみたい」


 高城さんが。


 俺を見る。


「七年間」


「はい」


「俺の代わりに持っていてくれたんですね」


「代わりかは分かりません」


「それでも」


 俺は。


 頭を下げた。


「ありがとうございました」


「顔を上げてください」


「でも」


「私が保存ボタンを押したのは」


 高城さんが。


 少しだけ困ったように笑う。


「消えそうなデータを、そのまま消すのが嫌だったからです」


「はい」


「会社の規則には、少し反しました」


「始末書を書いた?」


「二枚」


「すみません」


「如月さんが謝ることではありません」


 高城さんが。


 透明の結晶を見る。


「それに」


 一度。


 リゼルたちへ視線を向ける。


「残してよかったです」


 結晶の光が。


 更に強くなる。


《保管期間――地球時間七年二百十九日》


《管理状態――正常》


《記録欠損――なし》


「全部残ってる」


 ノアが言う。


「二百七十一回分?」


「それより多い」


「どれくらい」


 数字が表示される。


《保存記録数――八千四百十二件》


「八千?」


 三百年間。


 アステリア側から。


 地球へ送られ続けた。


 届かない。


 返事もない。


 それでも。


 何度も。


「内容は?」


「映像。音声。文章。王国記録」


「全部俺宛て?」


「違う」


 ノアが。


 分類を表示する。


《王権所有者宛て――七千九百八十四件》


《地球側管理者宛て――四百二十七件》


《共同管理者個人宛て――一件》


「高城さん宛て?」


 高城さん本人が。


 驚いた顔をする。


「私は、向こうへ名乗っていません」


「共同管理者登録で、名前だけ伝わった」


「誰が送ったの?」


 ノアが。


 記録の送信者を確認する。


《送信者――アステリア王国国民議会》


《送信時期――建国暦三百一年》


「去年?」


 アステリア側では。


 俺が帰還する直前。


 三百年近く。


 高城真琴という名だけを知り。


 国を守った正体不明の地球人へ。


 国民議会が記録を送っていた。


「開いても?」


 ノアが。


 高城さんへ尋ねる。


「私宛てなら」


「はい」


「お願いします」


 映像が開く。


 巨大な議会場。


 何千人もの議員。


 種族も。


 年齢も。


 服装も違う。


 全員が。


 一人の議長の言葉に合わせ、立ち上がった。


『地球側共同管理者、高城真琴殿』


 高城さんが。


 息を止める。


『貴殿が、何者であるか』


『我々は、知りません』


『どこに住み』


『どのような日々を送り』


『今も存命であるかも、分かりません』


『それでも』


 議場の全員が。


 深く頭を下げた。


『建国王御不在の折』


『崩壊しかけた我が国の王権設備を保全されたこと』


『三億を超える民を代表し』


『心より感謝申し上げます』


 映像の中。


 議長が顔を上げる。


『いつか』


『この言葉が届く日が来たならば』


『どうか知ってください』


『貴殿が保存したものは』


『ただの記録ではありません』


『そこには』


『我々の暮らしがあり』


『家族があり』


『未来がございました』


 高城さんの目から。


 涙が溢れた。


『ありがとうございました』


 何千人もの議員が。


 もう一度。


 頭を下げる。


 映像が終わる。


 会議室には。


 誰も言葉を出せなかった。


 高城さんが。


 眼鏡を外す。


「普通に」


 涙を拭きながら。


「ありがとうだけで、十分だと言ったのに」


「国民議会の決議は」


 セレフィナが。


 少しだけ微笑む。


「私にも止められませんので」


「ずるいですね」


「申し訳ございません」


 謝りながら。


 セレフィナの目にも。


 涙が浮かんでいた。


     ◇


 全ての記録を。


 その日に確認することはできない。


 公開範囲。


 個人情報。


 歴史資料。


 俺だけに宛てられたもの。


 一つずつ整理することになった。


「共同管理者権限は」


 高城さんが尋ねる。


「返せますか」


「返せる」


 ノアが答える。


「王権所有者と共同管理者が揃ってる」


「では、お願いします」


「いいんですか」


 俺が尋ねる。


「七年間預かりました」


 高城さんは。


 透明の結晶を俺へ差し出す。


「本来の持ち主へ、返す時です」


 俺が。


 反対側から結晶へ触れる。


《共同管理者権限の返還を確認》


《高城真琴の管理権限を解除しますか》


「解除したら、身体への影響は?」


「ない」


 ノアが答える。


「夢も?」


「接続が原因なら、見なくなる」


 高城さんが。


 少しだけ考える。


「お願いします」


《解除を実行》


 透明の結晶から。


 淡い光が流れる。


 高城さんの手から。


 俺の手へ。


《共同管理者権限――解除完了》


《王権情報保存体――所有者へ返還》


「終わった?」


「終わった」


 高城さんが。


 自分の手を見る。


「何も変わりませんね」


「身体に影響はなかった?」


「ありません」


 安心した。


 これで。


 七年間続いた高城さんの役目は終わった。


 そう思った。


 だが。


 透明の結晶に。


 新しい文字が表示される。


《共同管理者権限の返還を確認》


《保全功績を記録》


《地球側保全者・高城真琴》


《王権端末への永久通行資格を付与》


「永久通行資格?」


 高城さんが。


 俺と同時に聞き返す。


「解除したんじゃないのか」


「管理権限は解除した」


 ノアが画面を読む。


「これは、別」


「誰が付けた」


《付与者――アステリア王国国民議会》


「いつ決めたんだ!」


 セレフィナが。


 静かに資料を確認する。


「建国暦三百一年の特別法案です」


「本人の許可は?」


「通行するかどうかは、高城さん御本人が選択できます」


「資格だけ?」


「はい」


 高城さんは。


 永久通行資格という文字を見つめている。


「私は」


「嫌なら使わなくて大丈夫です」


 俺が先に伝える。


「王国へ行く必要もありません」


「分かっています」


 高城さんが。


 少しだけ笑う。


「ただ」


「はい」


「七年間、夢でしか見られなかった場所を」


 透明の結晶。


 その内側。


 三百年前の王城が映っている。


「一度だけ」


 高城さんが。


 リゼルたちを見る。


「自分の目で見てみたいと思うのは」


「もちろん」


 リゼルが。


 俺より早く答えた。


「いつでも、歓迎いたします」


「国家行事にはしないでください」


「善処いたします」


「善処ではなく」


「静かに」


 リゼルは。


 しばらく迷ったあと。


「可能な限り、静かに御迎えいたします」


 不安しかない答えだった。


 高城真琴さんは。


 国を救った英雄になるつもりも。


 爵位を受け取るつもりもなかった。


 ただ。


 消えそうなデータを残したかった。


 その判断によって。


 三億人の未来が守られた。


 そして。


 共同管理者の役目を終えた彼女は。


 地球人として初めて。


 俺以外の誰にも許されていない。


 アステリア王国への永久通行資格を。


 本人の知らないところで与えられていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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