第17話 共同管理者を調べたら、ゲーム会社の元社員だった
旧1話~17話までを今週中に全消去します。
《登録済み共同管理者――一名》
《共同管理者名》
《ユーザー情報――破損》
《最終認証――地球時間・サービス終了三日後》
電源の入っていない古いパソコンに浮かんだ文字を、全員が黙って見つめていた。
「共同管理者って、何ができるんだ」
俺が尋ねる。
ノアは、受信結晶の前へ立ったまま答えない。
空中へ何枚もの画面を開き。
古い王権端末の仕様。
三百年前の研究記録。
現在の世界間転移門。
それらを見比べている。
「ノア?」
「待って」
短い返事。
普段より声が低い。
「重要?」
「かなり」
リゼルの手が。
腰にある銀飾りへ伸びた。
地球側では剣として使えない。
それでも。
共同管理者という存在を、敵かもしれないと考えたのだろう。
「何ができる」
数分後。
ノアがようやく答えた。
「王権端末を開く」
「俺と同じ?」
「同じではない」
「違いは?」
「陛下は、全ての権限を持つ」
国の管理。
施設。
部隊。
王城。
ゲーム時代に俺が操作していた機能。
「共同管理者は、接続の維持と緊急停止だけ」
「国を動かしたりは?」
「できない」
リゼルが僅かに息を吐く。
「兵の指揮は」
「できない」
「王城への命令は」
「できない」
「陛下の権限を奪うことは」
「できない」
「では、なぜ必要なのです」
「陛下が接続できない時に、端末を止めたり、壊れないよう維持したりするため」
共同管理者。
言葉だけ聞けば。
俺と並ぶ権限者に思える。
実際には。
王ではなく。
世界間接続の保守担当者に近いらしい。
「でも、俺は登録した覚えがない」
「陛下の許可なしでは、普通は登録できない」
「普通は?」
「緊急時だけ」
「また緊急時か」
この数日。
何度聞いたか分からない言葉だった。
「主端末が応答しない。世界間接続が崩壊中。王権所有者が長期間不在」
「全部当てはまってた?」
「サービス終了後は」
俺の地球側端末は切断。
アステリア側では。
王である俺が突然消えた。
世界間接続も崩壊。
「条件が揃うと?」
「接続を復旧しようとした地球側の人を、一時管理者として登録できる」
「地球側から?」
「たぶん」
「たぶん?」
「三百年前の試作機能。完成前だった」
ノア本人も。
正式な機能として覚えていなかった。
「解除できる?」
「できる」
「今すぐ?」
「駄目」
「どうして」
「共同管理者の端末が、今も残ってる可能性がある」
「解除すると危険?」
「強制解除した瞬間、その端末側へ残っている接続が暴走するかもしれない」
マンションの門。
古いネットカフェのパソコン。
そして。
正体不明の共同管理者端末。
三つの接続情報が。
どのように絡んでいるか、まだ分からない。
「では」
水城さんが口を開く。
「まず、共同管理者が誰なのかを確認する必要がありますね」
「どうやって?」
「ゲーム運営会社の記録を調べます」
「会社は、まだあるんですか」
「確認します」
《エルグランド・サーガ》を運営していた会社。
七年前。
サービス終了のお知らせを出し。
ゲームサーバーを停止した企業。
俺は。
会社名すら、ほとんど覚えていなかった。
遊んでいる時は。
運営に不満を書き込んだこともある。
更新が遅い。
イベント報酬が少ない。
不具合が直らない。
だが。
そこで働いていた人間について。
考えたことはなかった。
「勝手に社内情報を調べるのは駄目ですよ」
俺が言う。
「もちろんです」
水城さんが答える。
「公開情報を確認し、必要であれば正式な協力要請を行います」
ノアが。
古いパソコンを見る。
「私なら端末から名前を」
「読まない」
「ユーザー情報だけ」
「壊れてるんだろ」
「復元できるかも」
「個人情報だから、先に政府へ任せる」
「時間が掛かる」
「待って」
ノアは。
不満そうに頬を膨らませた。
それでも。
「分かった」
受け入れた。
◇
一時間後。
最初の調査結果が届いた。
「運営会社の名称は、《アークライト・オンライン株式会社》」
水城さんが資料を表示する。
見覚えのある青いロゴ。
《エルグランド・サーガ》の起動画面に。
毎回表示されていた。
「現在は?」
「ゲームサービス終了から二年後、別の企業へ吸収合併されています」
「会社そのものは残ってない?」
「法人としては消滅しています」
「社員の記録は」
「合併先企業が一部保管しています」
サービス終了。
利用者減少。
開発費の増加。
会社の経営状態も。
当時から良くなかったらしい。
「共同管理者の最終認証は、サービス終了三日後」
「はい」
「その日に、会社側で何か作業を?」
「公開されている記録では、サーバーの最終停止確認が行われています」
サービス終了時刻に。
全ての機器を即座に捨てるわけではない。
データ保存。
課金情報。
問い合わせ対応。
不正アクセスがないか。
停止後も。
しばらくは技術者が確認を続ける。
「担当者の名前は?」
「現時点では公開されていません」
「正式な問い合わせは?」
「既に行っています」
「早いですね」
「異世界接続の安全性に関わりますので」
政府側の対応も。
以前より速くなっている。
手続きを飛ばすのではなく。
必要な窓口が決まり。
担当者が慣れ始めた結果だった。
「回答まで、どれくらい?」
「合併先企業が記録を確認しています」
数日。
場合によっては。
それ以上掛かるかもしれない。
「陛下」
リゼルが言う。
「王国側でも調査を」
「何を?」
「三百年前。接続が発生した時刻に、誰と会話したか」
「会話できたの?」
ノアが首を横へ振る。
「映像も音声もなかった」
「では」
「地球側から、復旧命令だけ来た」
「どんな?」
ノアが。
古い研究記録を開く。
《外部管理者による接続確認》
《王権所有者不在》
《世界接続安定化処理を実行》
《データ保存を開始》
「データ保存?」
俺が尋ねる。
「その人は」
ノアが記録を拡大する。
「アステリアを、消えないよう固定した」
検証室が静かになる。
「どういう意味だ」
「サービスが終わった時」
ノアが答える。
「地球側との接続だけじゃなく、世界管理機能も止まりかけた」
「世界そのものが?」
「アステリアが消えるわけではなかった」
「なら何が止まる」
「陛下が作った仕組み」
都市管理。
生産補助。
王城の倉庫。
地図。
通信。
転移設備。
ゲームとして俺が使っていた機能。
「その機能が全部壊れかけた」
「共同管理者は?」
「緊急保存をした」
「直したの?」
「壊れないよう止めた」
サービス終了。
俺の最後の命令。
そして。
その三日後。
地球側の誰かが。
消えかけていた王権管理機能へ接続し。
緊急保存を実行した。
「その人がいなかったら?」
ノアは。
すぐには答えなかった。
「王城の倉庫が壊れてた」
「食料は?」
「かなり失われたかもしれない」
「転移設備は」
「暴走してた可能性がある」
「国は?」
「もっと混乱した」
アステリアの人々を。
直接救ったわけではない。
俺が作った国の仕組みを。
崩壊から守った。
「恩人じゃないか」
リゼルが。
静かに言う。
「陛下の御権限へ不正に触れた者と考えておりました」
「緊急保存をしてくれたんだろ」
「はい」
「なら、少なくとも話を聞くべきだ」
リゼルも頷く。
「その者が善意で行動したのであれば」
「いきなり捕まえたりしないでくれ」
「日本側の方を、我々が拘束することはございません」
「今は信じられる」
数日前なら。
不安だった。
◇
午後二時。
合併先企業から、最初の回答が届いた。
《アークライト・オンライン株式会社》
《サービス終了後作業記録》
《対象日――サービス終了三日後》
《作業名――最終バックアップ検証》
《担当者――三名》
名前は。
まだ表示されていない。
個人情報のため。
本人たちへ連絡し。
政府への情報提供へ同意するか確認している。
「三人のうち、誰か?」
「可能性があります」
「全員、今も?」
「二名は所在確認済み。一名は確認中です」
「危険があることは伝えてる?」
「不安を与えない範囲で、当時の作業について話を聞きたいと」
異世界の共同管理者になっています。
突然そう言われても。
信じる人間は少ないだろう。
「当日の詳しい記録は?」
「一部だけ」
画面へ。
技術者の作業報告が表示される。
《午前九時二十分》
《保存データ整合性確認》
《異常なし》
《午前十一時四十二分》
《停止済みサーバー群に、外部通信に似た反応》
《送信元不明》
《誤検知として再検査》
《午後零時八分》
《旧クライアント端末一台が自動起動》
「旧クライアント端末?」
「運営側で動作確認に使っていたパソコンです」
「それが三台目?」
ノアが測定結晶を見る。
「可能性が高い」
更に記録。
《午後零時十一分》
《画面上に未実装の保守メニューを確認》
《表示内容――王権接続機能》
《通常の管理権限では操作不能》
「未実装?」
「運営会社も知らなかった機能だったんです」
「地球側のゲームには存在しない」
ノアが答える。
「世界側から出た」
アステリア側で作られた緊急機能が。
地球側の端末画面へ現れた。
《午後零時十四分》
《担当者一名が緊急保全を実行》
《理由――接続先データの消失防止》
《午後零時十六分》
《不明な映像信号を受信》
《保存に失敗》
「三百年前の映像?」
「たぶん」
ノアたちが送った。
最初の記録。
運営会社側も。
一瞬だけ受信しようとしていた。
「保存に失敗したから、世界の間に残った?」
「そう」
《午後零時十九分》
《保全処理終了》
《保守メニュー消失》
《端末を隔離》
《以後、同様の反応なし》
「共同管理者になった人は」
水城さんが言う。
「何が起きているか理解しないまま、データを守る操作を選んだようですね」
「どうして?」
「ゲーム会社の技術者です」
「サービスは終わったのに?」
「終わったからといって」
水城さんは。
作業記録を見る。
「何年も作ってきたものが目の前で消えようとしていれば、保存したいと考える人はいるでしょう」
ただの仕事。
終わったサービス。
それでも。
そこに積み重ねた時間がある。
俺がアステリアへ感じていたものと。
少し似ているのかもしれない。
◇
午後三時十二分。
一人目の元社員から。
情報提供への同意が得られた。
《氏名――小松原直樹》
《当時の役職――サーバー管理補助》
映像通話で。
本人へ話を聞く。
四十代の男性。
現在は。
別の会社で、社内システムの管理をしているらしい。
『七年前のことですから、細かくは覚えていません』
「王権接続という表示を見ましたか」
『見ました』
「操作したのは?」
『私ではありません』
「誰が?」
『高城さんです』
初めて。
名前が出た。
「高城さん?」
『当時のサーバーエンジニアです』
「フルネームは」
『高城真琴』
水城さんたちが記録する。
『あの日』
小松原さんは。
記憶を探りながら話す。
『停止したはずのテスト端末が、勝手に起動したんです』
「電源は?」
『繋がっていました。保守確認用でしたから』
「画面には?」
『見たことのない文字と』
一度。
言葉に詰まる。
『人の声が聞こえました』
「声?」
ノアたちの映像は。
保存できなかったはずだ。
『音声としては残っていません』
「何と言っていたか、覚えてますか」
『はっきりとは』
「一言でも」
小松原さんが。
目を閉じる。
『陛下』
リゼルの身体が僅かに揺れた。
『誰かが、そう呼んでいたと思います』
地球側の技術者たちは。
意味を理解できなかった。
『高城さんが』
「はい」
『これ、ただの壊れたデータじゃないかもしれないって』
「どうして」
『表示の向こうに、人がいるように感じると言っていました』
「それで保存を?」
『はい』
未実装の保守メニュー。
《接続先保全》
《共同管理者登録が必要》
『自分の社員用アカウントを入れて』
「登録した?」
『そうです』
「止めなかったんですか」
『止めましたよ』
小松原さんが苦笑する。
『会社の許可もありませんし、何が起きるか分からなかった』
「それでも?」
『高城さんは』
一度。
視線を下げる。
『消えてから後悔するより、残して怒られる方を選ぶって』
共同管理者として登録。
緊急保存。
その直後。
保守メニューは消えた。
『会社には報告しました』
「処分は?」
『始末書です』
「それだけ?」
『サービス終了後のデータでしたから。会社も大きな問題にはしませんでした』
「高城さんは、今どこに?」
小松原さんの表情が。
少し曇る。
『それが』
「連絡が取れない?」
『退職してから、会っていません』
「いつ退職を?」
『あの作業から、半年後です』
「理由は」
『体調を崩したと聞きました』
共同管理者として。
異世界との接続へ触れた。
それが。
身体へ何か影響した可能性もある。
「ノア」
「可能性はある」
「危険?」
「接続が一瞬なら、普通はない」
「普通ではなかった場合は」
「調べないと分からない」
また。
同じ答えだった。
◇
二人目の元社員。
当時の責任者とも連絡が取れた。
話は。
小松原さんと一致していた。
『高城真琴が、緊急保存を実行しました』
「その後、異常は?」
『本人は、夢を見るようになったと言っていました』
「夢?」
『銀髪の騎士。長い耳の女性。角の生えた少女』
リゼル。
セレフィナ。
ノア。
『毎晩、同じ人たちが出てくると』
「内容は」
『誰かを探している』
俺を。
『ただ』
「ただ?」
『高城は、詳しく話そうとしませんでした』
「どうして」
『自分が見た夢を話すと』
元責任者が。
僅かに迷う。
『向こうにも、自分の声が届いてしまう気がすると』
共同管理者の接続。
地球側からは。
ゲームデータだと思われていた。
アステリア側からは。
王へ届かなかった信号。
その間に。
高城真琴という技術者がいた。
「現在の連絡先は?」
『会社に残る情報は、退職時のものだけです』
「政府へ提供できますか」
『本人の安全確認が目的であれば』
正式な手続き。
古い住所。
電話番号。
緊急連絡先。
政府側が調査を始める。
俺たちは。
待つことしかできない。
◇
午後五時。
調査結果が届いた。
「高城真琴さんの現在の住所を確認しました」
「無事ですか」
「住民記録上は、存命です」
「良かった」
「ただし、以前の住所から転居しています」
「連絡は?」
「現在の電話番号へ、政府から連絡を行っています」
返事は。
まだない。
「直接行くのは?」
「まず、電話と書面です」
「危険があるかもしれない」
「緊急性が確認できれば、警察や救急が対応します」
七年前。
体調を崩した。
夢。
異世界接続。
不安はある。
だが。
突然。
大勢の役人や異世界の騎士が家へ押しかける方が危険だ。
「分かりました」
待つ。
それが。
一番難しい。
「陛下」
リゼルが。
俺の隣へ立つ。
「何」
「その方は、我が国の恩人です」
「ああ」
「もし、御病気であれば」
「治癒魔法を使う?」
「御本人が希望されるのであれば」
「日本側の医師と相談して」
「はい」
勝手に治すとは言わなかった。
「王国へ迎えることも」
「本人が希望したら」
「十分な地位と報酬を」
「それも本人と相談」
「国民議会より、名誉爵位の授与が提案される可能性が」
「まだ何もしないで」
「提案を止めることは」
「できないんだろ」
「はい」
リゼルが。
僅かに申し訳なさそうな顔をする。
「でも、本人の許可なく発表はしない」
「当然でございます」
そこは。
もう理解していた。
◇
午後六時二十四分。
水城さんの端末へ。
新しい連絡が入った。
「高城さんから?」
「いいえ」
「では?」
政府の問い合わせ窓口。
そこへ届いた。
一通のメール。
「送信者は」
水城さんが。
画面を見る。
「高城真琴さん本人です」
「返事が来た?」
「我々が連絡した番号からではありません」
「どういうこと」
「高城さんの方から、先に政府へ連絡してきています」
メールの送信時刻。
今日の。
午後一時十六分。
政府が。
高城さんの現在地を確認する前。
「内容は」
水城さんが。
慎重に読み上げる。
『突然の御連絡をお許しください』
『七年前まで、アークライト・オンライン株式会社で勤務していた、高城真琴と申します』
『本日』
『保管していた古い業務用ノートパソコンが、突然起動しました』
「ノートパソコン」
ノアが反応する。
「三台目」
高城真琴が。
退職時に持ち帰ったのか。
会社から譲渡されたのか。
まだ分からない。
『インターネットには接続しておりません』
『バッテリーも、数年前から使用できない状態でした』
それでも。
起動した。
『画面に』
『七年前と同じ、王権接続という文字が表示されています』
『そして』
添付された写真が開かれる。
古いノートパソコン。
暗い部屋。
画面には。
赤い文字。
《共同管理者認証》
《接続先保全機能――正常》
《王権所有者――帰還確認》
《レグナ陛下の生存を確認しました》
高城さんは。
七年前。
存在しないはずの世界から届いた声を聞いた。
それを消さないため。
共同管理者になった。
そして今。
俺が帰還したことを。
誰より先に。
古い端末から知らされていた。
メールの最後。
短い文章が書かれている。
『如月蓮さん』
『あなたが、レグナという方なのでしょうか』
『七年前から』
『あなたへ返さなければならないものを、預かっています』
添付された。
もう一枚の写真。
ノートパソコンの横。
小さな透明の結晶。
アステリアの魔石と同じ形。
その内側に。
若いリゼルたちの姿が映っていた。
三百年前。
届かなかったはずの記録は。
一つではなかった。
高城真琴は。
俺の元部下たちが地球へ送り続けた何かを。
七年間。
誰にも見せず。
守り続けていた。
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