第17話 元プレイヤーを、勝手に帰還させるな
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《プレイヤー名――カイゼル》
《旧所属国家――レンドル公国》
《領主権限残存――確認》
《世界側から、あなたへの通信要求があります》
若い男性記者は、震える手でスマートフォンを握っていた。
「俺が作った国が……まだある?」
その声は、会見場にある全てのマイクへ拾われていた。
日本国内だけではない。
世界中へ生中継されている。
会場にいた記者たちが、一斉に彼を取り囲もうとする。
「レンドル公国とは、ゲーム内に存在した国家ですか」
「現在も存続しているということでしょうか」
「通信要求を受ける予定はありますか」
「カイゼルという名前で、どのような統治を行っていたのですか」
「待ってください。俺も何が何だか」
男性記者は椅子から立ち上がれないまま、後ろへ身を引いた。
質問へ答えられる状態ではない。
当然だった。
七年前に終わったと思っていたゲーム。
そこで作った国が実在し。
三百年後の住民から、突然連絡が届いた。
平静でいられる方がおかしい。
「質問を止めてください」
俺は壇上から呼びかけた。
会見場の職員と警備担当者が、記者たちを元の位置へ戻していく。
それでも、カメラは男性記者へ向いたままだ。
スマートフォンには、通信を受け入れるための選択肢が浮かんでいる。
《通信を許可しますか》
《許可》
《拒否》
男性記者の親指が、《許可》へ近づく。
「まだ押さないでください」
俺が止める。
「え?」
「相手が誰なのか、安全なのかも分かっていません」
「でも、俺の国から」
「分かります」
俺だって。
リゼルが部屋へ現れた時。
すぐに何が起きているのか理解できなかった。
もっと早く知りたい。
声を聞きたい。
そう思う気持ちは分かる。
「ただ、これは普通の電話じゃありません」
通信を受け入れた結果。
映像が繋がるだけなのか。
領主権限まで再接続されるのか。
相手側から何かが送られてくるのか。
何も分かっていない。
「第七端末。通信要求の内容を確認できるか」
「解析します」
白髪の少女が壇上から手を伸ばす。
男性記者のスマートフォンへ、白い光が重なった。
《世界側通信要求を隔離》
《送信元――レンドル連合公国》
《送信者――国家評議会》
《通信方式――映像および音声》
《物質転送――なし》
《領主権限接続――なし》
《危険性――低》
「会話だけなら問題ない?」
「現在確認できる範囲では」
「絶対ではないんだな」
「未知の通信方式が含まれる可能性は否定できません」
日本政府側の担当者たちが、慌ただしく相談を始めている。
会見場で、異世界との個人通信を許可していいのか。
そもそも。
日本政府に止める権限があるのか。
相手は世界中に散らばる元プレイヤーだ。
通知を受け取った七十二人全員が、日本にいるわけではない。
「他の接続者は?」
第七端末が状況を表示する。
《領主権限残存者――七十二名》
《通信要求受信者――十九名》
《通信許可――二名》
「もう二人、押したのか」
「はい」
「止められる?」
「通信は既に開始されています」
世界のどこかで。
元プレイヤーと、三百年後の国家が接触した。
相手が友好的とは限らない。
通知の中には。
《あなたへの処罰要求が存在します》
というものまであった。
「天城さん!」
会見場の大型画面が切り替わる。
《エルグランド・サーガ》のタイトル画面。
中央へ、天城久遠の姿が現れた。
『聞こえている』
「通信を一度全部止めてください」
『拒否する』
「どうして」
『彼らは自分の意思で通信を受け入れた』
「何が起きるか説明されていない」
『映像と音声が繋がるだけだ』
「本当に?」
『現在はね』
「現在は、って何です」
天城は答えない。
嫌な予感がした。
「領主権限が再接続される可能性があるんですか」
『世界側が求めれば』
「止めてください」
『本人が同意するなら、止める理由はない』
「同意するための情報が足りないと言ってるんです」
ゲームを遊んでいた頃。
利用規約を最初から最後まで読んだ者が、どれくらいいただろう。
ほとんどの者は。
何が起きるか深く考えず、同意ボタンを押していた。
だが、今度はゲームではない。
再接続すれば。
国家の統治権。
数百年分の責任。
場合によっては、犯罪や戦争の責任まで背負う可能性がある。
「選択肢の前に、説明を表示してください」
『何を説明する』
「通信を許可しても、すぐに帰還するわけではないこと」
『ああ』
「領主権限の再接続は、別の同意が必要なこと」
『それも可能だ』
「本人だけじゃなく、世界側の統治主体からも承認が必要にしてください」
天城の表情が僅かに変わる。
『全ての国家に、正常な統治主体が残っているとは限らない』
「だったら、なおさら勝手に接続させられない」
国が滅び。
かつての領主を神として待ち続ける集団だけが残っているかもしれない。
反対に。
領主を暴君として記録し、帰還を拒絶する国家もある。
「地球側の元プレイヤーが帰りたいだけでは駄目です」
『君自身は、アステリア側の全住民から個別の同意を得ていない』
「だから今、正式にどうするか話し合うつもりです」
『危機の間だけ責任を持つと言ったな』
「今も、そのつもりです」
『なら、他の領主へ同じ基準を強制する権利はない』
「権利の話じゃない」
俺は大型画面の天城を見る。
「同じ失敗を繰り返さないためです」
三百年前。
地球側の運営は。
異世界の住民へ何も説明せず、プレイヤーを送り込んだ。
俺たちは、向こうが現実だとも知らず。
国を作り。
命令を出し。
戦争までした。
「今度は、両方が相手を知った上で決めるべきです」
地球側も。
異世界側も。
勝手に相手の人生へ入り込んではならない。
天城はしばらく黙っていた。
『分かった』
「止めてくれるんですか」
『領主権限の再接続と、世界間移動には双方の承認を必須とする』
「通信は?」
『通信だけなら、本人の判断に任せる』
全てを止めるつもりはないらしい。
だが、いきなり異世界へ渡る危険は抑えられる。
「通信前に警告を表示してください」
『内容は君が決めろ』
第七端末の前へ、入力画面が浮かぶ。
俺は考える。
《この通信は、実在する異世界の人物または組織から送信されています》
《通信相手は、あなたがゲーム内で行った行為を現実の歴史として記憶している可能性があります》
《通信の許可だけでは、領主権限の復帰および世界間移動は行われません》
《会話の内容が、法的・外交的・社会的問題へ発展する可能性があります》
《十分に理解した上で選択してください》
「これを全員へ」
『反映する』
天城の姿が消える。
元プレイヤーたちの端末へ、新しい警告が表示された。
接続を急いでいた者たちも。
一度、選択を止めるはずだ。
「如月さん」
榊原が、会見場の端から俺を呼んだ。
「この場で通信を許可するのであれば、日本政府側でも記録と安全確認を行いたいと考えています」
「本人が同意するなら、お願いします」
男性記者を見る。
「どうしますか」
彼の手は、まだ震えている。
「話したいです」
迷いながらも。
その答えだけは、はっきりしていた。
「俺が作った国に、何が起きたのか知りたい」
「分かりました」
「ただ」
男性記者が、俺を見る。
「一人では、怖いです」
「俺もここにいます」
俺が答えると。
リゼルがすぐに一歩前へ出た。
「陛下御自身が対応される必要はございません」
「最初の一件だ。何が起きるか見ておく」
「危険が確認された場合は、直ちに通信を遮断します」
「頼む」
壇上の脇へ、男性記者の席が用意された。
テレビカメラは、政府側の判断で一時的に別の方向へ向けられる。
世界中へ生中継したまま話す内容ではない。
だが。
既に会見場にいる記者たちは見ている。
完全な非公開にはできなかった。
「お名前を聞いても?」
「相馬拓也です」
「ゲームではカイゼル?」
「高校生の時につけた名前です」
恥ずかしそうに答える。
カイゼル。
皇帝を思わせる名前。
高校生なら、深く考えず付けてもおかしくない。
「レンドル公国は、どんな国だったんですか」
「小さい国でした」
相馬は、記憶を探るように話し始める。
「最初は友達三人で始めました。山に囲まれた土地で、鉄鉱石が多かった」
武器や防具を作り。
近隣のプレイヤー国家へ売る。
採掘と鍛冶を中心にした国。
「でも、二年くらいで友達は全員やめました」
「相馬さんは?」
「俺も、就職活動が始まってからは、ほとんどログインしなくなって」
「サービス終了の日は?」
「入ってません」
俺のように。
最後まで残った者ばかりではない。
多くのプレイヤーは。
生活が変わり。
別のゲームへ移り。
いつの間にかログインしなくなった。
「住民へ、最後の命令は?」
「覚えてません」
相馬の声が小さくなる。
「たぶん、出してないです」
国を捨てるつもりはなかった。
後で戻るつもりだった。
だが、その後。
ゲームはサービス終了した。
相馬にとっては。
遊ばなくなったゲームのデータ。
それだけだった。
「通信を始めます」
第七端末が白い膜を展開する。
「危険を確認した場合、即座に遮断します」
相馬が頷く。
スマートフォンの《許可》へ触れた。
《世界側通信を開始》
画面から青い光が広がる。
人の姿が形作られていく。
一人ではない。
長い机。
石造りの会議室。
その両側に、十数人の男女が座っている。
人間。
獣人。
背の低いドワーフに似た種族。
全員が、重い表情でこちらを見ていた。
正面には。
赤い髪の女性が座っている。
二十代後半に見える。
軍服のような黒い服。
胸元には、鉄槌と山を組み合わせた紋章。
『接続を確認しました』
女性の声が聞こえる。
『地球側個体名、相馬拓也』
相馬の肩が跳ねる。
『旧登録名、建国公カイゼル』
「はい」
『本人確認のため、三つ質問します』
「分かりました」
『レンドル建国時、最初に定めた国家標語は』
相馬の顔が引きつる。
「国家標語?」
『記録には残されています』
「すみません。覚えてなくて」
会議室の者たちが、小さくざわつく。
赤髪の女性は表情を変えない。
『では、第一鉱山の名称は』
「えっと」
相馬が額へ手を当てる。
「カイゼル大鉱山……だったと思います」
『正解です』
自分の名前を付けていたらしい。
『最後に。建国から三年目。鍛冶師組合の要望を受け、建国公自ら制定した特別法の名称は』
「特別法?」
相馬は完全に困っていた。
「俺、法律なんて作りました?」
赤髪の女性の隣に座る老人が、分厚い本を開く。
『建国公命令第二十七号』
老人が読み上げる。
『全ての武器には、製作者の魂が宿る。ゆえに、鍛冶師へ無理な値下げを要求した者は、鉱山入口の巨大な鐘を百回鳴らすこと』
会見場が静かになる。
相馬の顔が赤くなった。
「それ、たぶん友達と悪ふざけで」
『三百年後の現在も、同法は有効です』
「まだ残ってるんですか?」
『不当な買い叩きを防ぐ法律として、労働法の基礎となりました』
相馬が言葉を失う。
高校生が。
友達との遊びで作った法律。
それが三百年間。
国の労働者を守る制度として残っていた。
赤髪の女性が相馬を見つめる。
『本人と判断します』
「あなたは?」
『レンドル連合公国国家評議会議長、エルネ・ガルダと申します』
「俺の国は、まだあるんですか」
『あります』
相馬の目が大きく開く。
『ただし、あなたが統治していたレンドル公国とは異なります』
立体映像に地図が表示される。
小さな山岳国家。
相馬が記憶していた領土。
そこから何倍にも広がった土地。
複数の都市と鉱山。
鉄道に似た線。
巨大な工業地帯。
『建国公失踪後、レンドルは百七年間にわたり、あなたの帰還を待ちました』
「百七年……」
『その後、王制および建国公による直接統治を永久停止。国家評議会を中心とした連合公国へ移行しました』
「俺は、もう国の代表じゃない?」
『はい』
エルネは、はっきり答えた。
『あなたへ統治権を返還する意思はありません』
相馬の表情に。
安堵と寂しさが同時に浮かぶ。
いきなり数百万人の国を背負えと言われるよりはいい。
だが。
自分が作った国に、もう自分の居場所がない。
そう告げられたようにも聞こえる。
「じゃあ、どうして俺へ連絡を」
『確認したいことがございました』
「何ですか」
エルネが一枚の古い紙を机へ置く。
『建国公カイゼルは、帰還すると約束したのか』
相馬が動きを止める。
『国内には二つの記録が残されています』
一つ。
建国公は必ず帰ると言い残した。
もう一つ。
建国公は、何も告げず姿を消した。
『百年以上にわたり、この二つの記録を巡って争いが続きました』
「俺は」
相馬が唇を噛む。
「たぶん、何も言ってません」
『たぶん、ではなく』
「言ってません」
相馬は顔を上げた。
「戻ると約束してないです」
会議室の者たちが静かに聞いている。
「ゲームだと思ってました。いつでも入れると思ってた」
『我々が生きているとは知らなかった』
「はい」
『レンドルを捨てた認識は』
「ありませんでした」
相馬の声が震え始める。
「でも、結果としては同じです」
『同じではありません』
エルネが、初めて少しだけ表情を変えた。
『故意に見捨てたのか。存在を知らなかったのか。それは、我々にとって異なります』
「すみませんでした」
相馬が頭を下げる。
「謝って済むことじゃないと思います。でも」
『謝罪を要求するために、通信したのではありません』
「では」
『百七年間続いた論争を、終わらせるためです』
エルネが立ち上がる。
『レンドル連合公国は、あなたへ統治権を返還しません』
「はい」
『建国公としての命令権も認めません』
「分かりました」
『ですが』
エルネの後ろ。
会議室にいる全員が立ち上がった。
『我が国が始まるきっかけを作った者として、正式な招待を行います』
エルネは右手を胸へ当てる。
『一人の客人として、レンドルを御覧になりますか』
相馬の目から、涙が流れた。
「行ってもいいんですか」
『統治者としてではありません』
「はい」
『神としてでもありません』
「はい」
『過去の責任から逃げず、現在の我々を尊重する一人の地球人としてなら』
相馬は何度も頷いた。
「行きたいです」
画面へ、新しい表示が現れる。
《世界間訪問申請》
《申請者――相馬拓也》
《受入主体――レンドル連合公国国家評議会》
《地球側統治機構の許可が必要です》
《アステリア管理領域の通過許可が必要です》
すぐに異世界へ移動するわけではない。
日本政府。
レンドル。
そして現在、地球との門を管理しているアステリア。
三者の許可が必要になる。
「これでいい」
俺は小さく呟いた。
一方的に帰るのではない。
向こうの国にも。
現在の制度があり。
住民がいて。
意思がある。
昔の領主だからといって。
突然、全てを返せと要求していいわけではない。
『建国王レグナ陛下』
エルネが、今度は俺を見る。
「俺を知ってるんですか」
『アステリア王国から、世界境界封鎖成功の報告が届いております』
アステリアの広報は早い。
『地球との訪問経路について、後日正式な協議をお願い申し上げます』
「分かりました」
『それと』
エルネの表情が僅かに険しくなる。
『レンドル周辺に、別の旧領主の帰還を求める軍勢が集結しております』
「軍勢?」
『既に地球側の旧領主と接触したとの情報もございます』
七十二人のうち。
通信を許可した二人。
相馬以外の、もう一人。
「誰です」
第七端末が接続状況を確認する。
《旧プレイヤー名――ヴァルハラ》
《旧所属国家――神聖ヴァルグ帝国》
《領主権限再接続要求――受信》
《世界側承認主体――ヴァルグ帝国聖王教会》
《地球側個体――接続同意済み》
「領主権限の再接続は、双方の同意が必要にしたはずだ」
「双方が同意しています」
第七端末が答える。
「世界側の教会と、地球側の本人が」
「今の政府は?」
『ヴァルグ帝国に、世俗政府は存在しません』
エルネが説明する。
『領主ヴァルハラを唯一神とする教会が、国全体を統治しております』
嫌な予感がした。
《領主権限再接続処理を開始》
「天城さん、止めてください!」
大型画面へ天城が現れる。
『条件は満たしている』
「教会だけの承認でいいんですか」
『現在の正規統治主体だ』
「住民の意思は?」
『確認する仕組みはない』
「だったら、作るまで止めてください」
『既に本人が同意した』
画面に、地球側の映像が表示される。
豪華な部屋。
椅子へ座る、一人の男。
三十代後半ほど。
高価そうな服。
整えられた髪。
周囲には、複数のカメラが置かれている。
個人配信を行っているらしい。
「この瞬間を待っていた」
男が笑う。
「俺の国が、三百年経っても残っていた」
視聴者数が、急激に増えている。
男は自分が異世界の皇帝だったと語り。
領主権限を取り戻す場面を、世界中へ配信していた。
「我が臣民よ」
画面の向こうへ。
地球側の視聴者ではなく。
三百年間、自分を神として崇めた国民へ呼びかける。
「今、皇帝ヴァルハラが帰還する」
《領主権限再接続――承認》
男の体へ、黒と金の光が流れ込む。
部屋の床に。
世界間転移陣が浮かび上がった。
「止めろ!」
《領主ヴァルハラの世界間移動を開始》
白い光が男を包む。
リゼルが俺の前へ出る。
「陛下。転移先はアステリアではございません」
「直接、自分の国へ?」
「旧領主経路が残存しております」
男の姿が地球側から消える。
同時に。
異世界側の映像が開いた。
巨大な神殿。
何万人もの信者。
黒い衣装を着た司祭たち。
中央の祭壇へ、先ほどの男が現れる。
群衆が一斉に膝をつく。
『神帝陛下』
『御帰還を』
『三百年の悲願が、今ここに』
歓声が地響きとなる。
男は両腕を広げた。
自分が本当に神になったかのように。
その足元へ。
新しい表示が現れる。
《神聖ヴァルグ帝国》
《旧領主権限の復帰を確認》
《周辺旧領土に対する所有権を再主張》
《対象地域――四十七》
レンドル連合公国の地図。
その国境の一部が、赤く染まった。
『ヴァルグ帝国は、三百年前の版図を取り戻すと宣言しました』
エルネの声が低くなる。
『その中には、現在の我が国領土も含まれています』
一人目の元領主は。
自分が作った国へ、客人として招かれた。
もう一人は。
三百年前の権力を、そのまま取り戻そうとしている。
「領主権限を止められないか」
第七端末が首を横へ振る。
「正規の世界側承認を得て再接続されています」
「でも、他国の領土まで奪う権限はないだろ」
「三百年前の所有情報が残存しています」
現在の国境より。
旧ゲーム時代の領地情報を優先している。
「書き換えられる?」
「世界境界管理権限では、各国の領主権限へ直接介入できません」
俺はエルネを見る。
「今すぐ攻撃される可能性は?」
『既に国境の教会軍が動いております』
会見を始めてから。
まだ一時間も経っていない。
それなのに。
七年前に終わったゲームの元プレイヤーが帰還し。
三百年間維持されてきた現在の国境を無視して。
自分の領土を取り戻そうとしている。
「リゼル」
「はい」
「アステリア軍は、どれくらいでレンドル国境へ行ける」
「最速部隊であれば、世界間門を使用し三十分以内に」
「待ってください」
榊原が止める。
「日本政府としては、異世界側の軍事行動へ関与する判断をしていません」
「日本の軍を出してほしいわけじゃありません」
「しかし、発端となった人物は日本から移動しています」
「だから、俺たちが止めます」
神聖ヴァルグ帝国は、アステリアの領土ではない。
レンドルも違う。
それでも。
地球側の元プレイヤーを異世界へ繋ぐ経路は。
俺たちが残した門と、天城の人工端末から生まれた。
無関係とは言えない。
「ヴァルハラ本人へ通信を」
第七端末が接続を試みる。
《通信要求を送信》
《拒否》
「もう一度」
《拒否》
男の配信映像だけが続いている。
「我が帰還を阻む者は、三百年前と同じく敵である」
祭壇の前に。
巨大な戦略地図が展開される。
俺にも見覚えがある。
ゲーム時代の国家戦争用画面。
男は領主権限を操作し。
国境へ集まる軍へ命令を出した。
《神聖ヴァルグ帝国第一聖征軍》
《進軍目標――レンドル連合公国》
地球側の視聴者たちは。
それをゲーム配信の続きのように見ている。
コメント欄には。
戦争開始。
異世界攻略。
領土奪還。
そんな言葉が流れている。
だが。
画面の向こうにいる兵士も。
攻め込まれるレンドルの住民も。
全員、生きている。
「これは、ゲームじゃない」
俺は壇上のマイクを取った。
会見は、まだ世界中へ中継されている。
「ヴァルハラという名前で接続した人。聞こえているなら、進軍を止めてください」
返事はない。
「向こうにいるのは、NPCじゃありません」
男の配信画面にも。
俺の声は届いているはずだ。
「領土も、三百年前のデータじゃない」
地図の上では。
昔の所有権が残っている。
だからといって。
現在そこに暮らす人々を無視していい理由にはならない。
「今すぐ軍を止めて、レンドル側と話し合ってください」
数秒後。
ヴァルハラが、初めて俺の通信へ反応した。
配信画面の中で。
男がこちらを見て笑う。
『レグナ』
ゲーム時代の名前で呼ばれた。
『久しぶりだな』
「俺を知ってるのか」
『国家戦争で何度も邪魔をされた』
記憶を探る。
神聖ヴァルグ帝国。
ヴァルハラ。
見覚えはあった。
周辺の小国へ次々と攻め込み。
敗北した国の住民を資源として扱うことで、何度も運営から警告を受けていたプレイヤー。
アステリアとも。
二度、戦争をした。
『あの頃は、運営の規約に守られていたな』
「戦争を止めろ」
『今度は運営もいない』
「今度は、戦争で本当に人が死ぬ」
『知っている』
男は笑ったまま答えた。
『だから面白い』
会見場から。
音が消えた。
ゲームだからではない。
現実だと理解した上で。
男は、三百年前の領土を奪うため戦争を始めようとしている。
『お前のアステリアも、随分大きくなったらしいな』
「関係ない」
『関係ある』
ヴァルハラが戦略地図へ手を触れる。
『三百年前の決着を、今度こそつけよう』
《神聖ヴァルグ帝国》
《アステリア王国へ宣戦要求を送信》
「拒否する」
『拒否権はない』
画面へ、新しい警告が表示される。
《旧国家戦争機能の起動を確認》
《神聖ヴァルグ帝国より、領土戦争申請》
《対象――アステリア王国》
《開始時刻――二十四時間後》
第七端末が、初めて明確に表情を変えた。
「旧ゲーム管理機能が、国家戦争申請を受理しました」
「停止できないのか」
「戦争機能は、地球側人工境界端末が管理しています」
天城久遠。
あの男が維持している、最後のサーバー。
「天城さん!」
大型画面へ呼びかける。
だが。
返事がない。
代わりに。
俺のスマートフォンへ、短い文章が届いた。
《これが、プレイヤーを再接続する危険だ》
《君が止められるか、見せてもらう》
「試してる場合か!」
返事はなかった。
大裂界は閉じた。
世界が滅びる危機は、一度止めた。
それなのに。
地球と異世界が繋がったことで。
今度は。
三百年前に終わったはずのプレイヤー同士の戦争が。
現実の国家と。
生きている何億人もの住民を巻き込み。
再び始まろうとしていた。




