第14話 世界間防災訓練の最中に、本当に地震が来た
世界間合同防災訓練の当日。
マンションの近くにある公民館には、朝から多くの人が集まっていた。
マンションの住民。
周辺の町内会。
地元消防団。
管理会社。
警察。
消防。
自治体職員。
日本政府の担当者。
参加希望者を三回に分けたことで、一度に集まる人数は百人を少し超える程度に抑えられている。
それでも。
小さな町内会の防災訓練としては、かなり大規模だった。
「アステリア側の視聴者は?」
俺は、公民館の一角に設置された大型画面を見る。
画面には、アステリア王城の国境管理所が映っていた。
その奥。
何十人もの文官と自治体担当者が、机を並べて座っている。
「現在の登録者数は、四百三十一万八千二百十一名です」
アルノルトが答えた。
「増えてる」
「昨日の時点では、四百二十万人でした」
「何で十一万人も増えたんだ」
「地球側の防災訓練が、王国各地の避難所運営者にも有益だと判断されたためです」
「全員が、この画面を直接見てるわけじゃないよな」
「王都、地方都市、自治領の行政施設へ映像を配信しております」
一つの画面の前に。
数十人。
多い場所では、数百人。
アステリア各地の役所や学校へ、人々が集まっているらしい。
「行政関係者限定だったはずだ」
「避難所責任者、治癒師、騎士団、消防院、農村代表、学校職員も行政協力者に含まれます」
「範囲が広い」
「災害時に住民を守る者たちです」
理由は正しい。
人数の感覚だけがおかしい。
「映像を見るだけだからな」
「承知しております」
「勝手に地球側へ来ない」
「はい」
「訓練へ参加するため、アステリア側で巨大な施設を作らない」
アルノルトが少し黙る。
「既に各都市の広場へ、避難訓練用の区画が用意されております」
「作ったのか」
「地面へ線を引いただけです」
「それなら……」
「王都中央広場のみ、訓練参加者が二十万人を超えたため、仮設観覧席を設置しました」
「巨大な施設を作ってるじゃないか」
「訓練施設ではなく、観覧席です」
「言葉を変えるな」
アルノルトは。
セレフィナから仕事を断る方法を学んだ代わりに。
必要な部分だけを細かく分けて説明する技術まで身につけ始めていた。
◇
「如月さん」
消防署員が、俺へ黄色い腕章を渡す。
「本日は、世界間転移門関係者として参加してください」
「俺も訓練を受ける側ですよね」
「もちろんです」
腕章には。
《世界間通行関係者》
と書かれている。
リゼルにも同じ腕章が渡された。
今日は鎧ではない。
地球側の動きやすい服。
腰の剣も、使用不能な小さな銀飾りへ変えられている。
「陛下へ危険が及んだ場合は」
「訓練中に敵は来ない」
「災害は、訓練の予定に合わせてはくれません」
「正しいけど、勝手に魔法を使わないでくれ」
「人命に関わる本当の緊急時のみ」
「それでいい」
ミーナは。
管理会社の正式な協力員として参加している。
紺色の作業服。
胸元には。
《中央住宅管理・生活環境協力員》
と書かれた身分証。
三日間の試験勤務を終えたあと。
日本側で正式な短期就労制度が整うまでの間、管理会社と政府の共同事業へ継続参加することになった。
「高齢者の避難補助を担当いたします」
「無理に抱えたりするなよ」
「御本人へ確認し、必要な場合のみ補助します」
「完璧」
ミーナの猫耳が嬉しそうに動いた。
ノアは。
公民館の端に置かれた機材を眺めている。
「触らない?」
「許可は取った」
「本当に?」
「日本側の通信担当者に」
確認すると。
正式に許可されていた。
今日の映像配信。
地球側とアステリア側の通信安定。
世界間転移門の非常時制御。
ノアは。
政府の技術担当者と一緒に管理することになっている。
「勝手に機能を増やさないこと」
「増やす時は聞く」
「地球側だけじゃなく、アステリア側も」
「分かってる」
少しずつ。
全員が規則の中で動けるようになっていた。
◇
午前九時。
第一回の訓練が始まった。
最初は。
地震発生時の行動。
「強い揺れを感じた場合、まず自分の身を守ってください」
消防署員が説明する。
「姿勢を低く。頭を守り。揺れが収まるまで動かない」
机の下へ入る。
鞄や座布団で頭を守る。
慌てて外へ飛び出さない。
訓練用の警報が鳴る。
参加者たちは。
教えられた通り、机の下へ身を隠した。
リゼルだけが。
俺の上へ覆い被さろうとする。
「自分の頭も守って」
「私は陛下を」
「訓練中は自分の身を守る」
「しかし」
「リゼルが怪我したら、俺が困る」
その言葉で。
リゼルの動きが止まった。
「陛下が」
「今は如月さん」
「如月さんが、お困りになる?」
「ああ」
リゼルは。
少しだけ嬉しそうな表情を浮かべたあと。
俺の隣の机へ入り、自分の頭も守った。
画面の向こう。
アステリア側では。
何百万人もの視聴者が。
同じように机や椅子の下へ入っているらしい。
「王国側から質問が来ています」
アルノルトが通信を見る。
「何」
「机が存在しない屋外では、どのように頭部を守るべきか」
「鞄や腕で」
「盾の使用は?」
「持ってるならいいんじゃないか」
「大盾部隊を、各避難所へ配置する案が」
「普通の住民へ盾を配る方を先に考えて」
「承知いたしました」
訓練の途中で。
王国側の防災制度が更新されていく。
◇
次は。
避難経路の確認。
公民館から。
近くの小学校まで歩く。
「災害時は、必ずしも世界間転移門を使用できるとは限りません」
水城さんが説明する。
「門を避難先として使う場合も、日本政府とアステリア側の双方で、安全が確認された後になります」
「すぐ逃げちゃ駄目なの?」
参加していた子供が尋ねる。
「向こう側にも、地震や火事が起きているかもしれないからね」
「アステリアにも地震あるの?」
ノアが答える。
「ある」
「ドラゴンも来る?」
「来ることがある」
「地球より危ないじゃん」
「地球にも地震と台風がある」
子供と。
三百歳を超える魔導技師が。
真剣に危険度を比べている。
「どちらが安全かは、その時の状況で決めます」
水城さんが話を戻す。
「門があるからといって、必ず異世界へ逃げるわけではありません」
アステリア側の担当者たちも。
その説明を記録している。
《避難先を一つに固定しない》
《複数の経路を用意する》
《門そのものが危険となる場合を想定》
「アステリアには、世界間転移門以外の避難場所もあるんだろ」
「王国内に、広域避難施設が三万八千か所ございます」
セレフィナが通信越しに答える。
「多いな」
「人口に対し、十分とは言えません」
「三万八千でも?」
「地域差がございます」
日本から学ぶだけではない。
アステリア側の制度にも。
参考にできるものは多い。
合同訓練の意味は。
少しずつ形になっていた。
◇
小学校の校庭へ到着。
次は。
安否確認。
世帯ごとに。
《全員無事》
《助けが必要》
《不在》
色の違うカードを掲げる。
「一軒ずつ確認するより早いですね」
ミーナが感心したように言う。
「アステリアにはない?」
「魔法による生命確認を使用しております」
「使えない時は?」
「魔力障害が発生した場合、騎士や自治体職員が各戸を訪問します」
「時間が掛かるな」
「はい」
ミーナは。
カードを手に取る。
「文字が読めない方は?」
「色や記号を使います」
「子供でも?」
「分かるように」
「特別な魔法も道具も必要ない」
「紙だけです」
ミーナの耳が。
真剣に動く。
「王国全土で導入できます」
「紙の形や意味を、勝手に変える前に確認して」
「アステリア側へ合うよう調整案を作ります」
「それなら」
地球側の小さな工夫が。
三億人を守る制度へ使われるかもしれない。
その逆も。
いずれ起きる。
「陛下」
セレフィナから通信が届く。
「勤務時間外だから、呼び方はいいけど」
《国民議会より、安否確認標識制度の試験導入案が提出されました》
「もう?」
《映像を見ていた議員が、緊急動議を》
「まだ訓練の途中だぞ」
《まず十都市で試験する案です》
「王国全土じゃないなら、まともだ」
《対象人口は、約八百万人》
「試験の規模じゃない」
アステリア側では。
十都市でも八百万人。
規模感の違いは。
なかなか直りそうになかった。
◇
午前十一時。
消火訓練。
訓練用の消火器を使い。
火を模した的へ放水する。
リゼルも参加する。
「魔法を使わずに?」
「地球側の道具を使う訓練だから」
「水魔法であれば、広範囲を瞬時に」
「消火器を持って」
リゼルは。
渋々、赤い消火器を受け取った。
「安全栓を抜く」
「はい」
「ホースを火元へ」
「はい」
「手前から掃くように」
勢いよく白い粉が噴き出す。
的の炎が消える。
「簡単でございますね」
「一般の人が使えるように作られてる」
「魔法適性を必要としない」
「そう」
リゼルが。
消火器を見つめる。
「全ての民が、最低限の消火能力を持てる」
「王国にはないの?」
「消防院と魔法使用者が対応します」
「到着するまで時間が掛かる地域は?」
リゼルが黙った。
「地球の道具も使えるかもな」
「研究の価値がございます」
アステリア側の画面。
既に。
王国消防院の技師たちが。
消火器の形を絵へ描き始めている。
「爆発する魔法薬を入れないでくれ」
ノアが答える。
「消火用だから爆発させない」
「ノアが言うと不安だ」
「失礼」
◇
第一回の訓練は。
大きな問題なく終了した。
昼休憩を挟み。
午後から第二回。
町内会の別の参加者たちが集まる。
「思ったより順調ですね」
水城さんが言う。
「アステリア側も勝手に来てない」
「規則を守っております」
アルノルトが答える。
「四百万人が見てること以外は、普通の防災訓練だな」
「普通の範囲については、意見が分かれるかと」
「地球では普通じゃない」
午後一時。
第二回訓練開始。
参加者の中には。
小さな子供。
杖を使う高齢者。
車椅子の人。
外国人住民。
日本語を読むのが難しい人もいる。
「誰でも分かる説明が必要ですね」
ミーナが。
避難経路図を見る。
「文字が多い」
「改善案は?」
「色と絵を増やします」
「地球側でも同じ考え方があります」
自治体職員が答える。
「では、共同で作れます」
ミーナは。
勝手に作り替えない。
担当者と相談する。
学習が早い。
本当に順調だった。
だから。
最初に鳴った音を。
誰も。
本物だと思わなかった。
◇
午後一時三十七分。
公民館の中。
地震発生時の訓練を始めようとした時。
複数のスマートフォンから。
一斉に警告音が鳴った。
「これは訓練ですか?」
参加者の一人が尋ねる。
消防署員の顔色が変わる。
「違います!」
直後。
床が揺れた。
最初は。
大型車両が近くを通った程度。
次の瞬間。
横から強く押されるような揺れへ変わる。
窓が鳴る。
棚の中の物が落ちる。
天井の照明が大きく揺れた。
「姿勢を低く!」
消防署員が叫ぶ。
「頭を守って!」
訓練ではない。
本当の地震。
参加者たちは。
一瞬動きを止めた。
だが。
その直前まで。
同じ行動を練習していた。
机の下へ入る。
椅子から離れる。
子供の頭を守る。
車椅子のブレーキを掛ける。
「陛下!」
リゼルが。
俺の前へ出ようとする。
「自分も頭を!」
「しかし」
「さっきやった通り!」
リゼルが。
俺を机の下へ押し込み。
自分も隣へ入る。
今回は。
俺だけを覆うのではなく。
自分の頭も片腕で守った。
「ミーナ!」
高齢者の近く。
「全員、机の下へ入っております!」
ミーナは。
倒れかけた棚へ近づこうとした。
途中で。
足を止める。
自分一人で支えに行けば。
落下物へ巻き込まれる可能性がある。
訓練で教えられた通り。
まず、自分の身を守る。
棚から離れ。
近くの子供と一緒に机の下へ入った。
「ノア!」
「通信維持中!」
世界間通信の大型画面が。
激しく揺れている。
アステリア側。
四百万人以上が見守る映像も乱れた。
《地球側で異常発生》
《訓練ではありません》
アルノルトが。
冷静に王国側へ通知を送る。
「アステリア側の待機要員は、国境管理所から動かないでください!」
《承知しました》
「地球側から正式な支援要請があるまで、誰も門を通らない!」
《御意!》
揺れは。
長く感じた。
実際には。
一分にも満たなかったのかもしれない。
少しずつ弱くなる。
最後に。
建物全体が小さく軋み。
止まった。
「すぐに立ち上がらないでください!」
消防署員が周囲を確認する。
「余震の可能性があります!」
全員。
机の下で待つ。
泣いている子供。
声を掛ける母親。
倒れた椅子。
床へ落ちた書類。
「怪我人は?」
「こちらは大丈夫!」
「車椅子の方、問題ありません!」
「窓から離れて!」
一人ずつ。
状態を確認する。
訓練で用意していた。
安否確認カード。
《全員無事》
《助けが必要》
すぐに使われる。
「赤いカード!」
部屋の端。
一人の女性が手を上げていた。
腕に。
小さな切り傷。
落ちた物が当たったらしい。
「出血は少ない」
黒田医師が近づく。
「意識も問題ありません」
リゼルが。
すぐに治癒魔法を使おうとする。
「待って」
俺が止める。
「地球側の救護が対応してる」
「しかし」
「命に関わる怪我じゃない」
黒田医師も頷く。
「消毒と止血で対応できます」
リゼルは。
魔法を使わず。
その場へ留まった。
規則を守った。
◇
「建物の安全確認を行います」
消防署員。
自治体職員。
公民館の管理者。
決められた者だけが動く。
参加者は。
勝手に外へ走らない。
出口へ殺到もしない。
数分後。
「火災なし」
「ガスの臭いなし」
「建物に大きな損傷なし」
「避難を開始します」
参加者たちは。
順番に外へ出る。
ミーナは。
高齢者へ声を掛ける。
「腕へ触れてもよろしいでしょうか」
「お願い」
許可を得てから。
身体を支える。
子供たちも。
大人の指示へ従っている。
「走らないで」
「押さない」
「戻らない」
訓練で聞いた言葉。
今度は。
本当に必要な言葉になった。
公民館前の広場。
全員の人数を確認する。
「一名足りません」
自治体職員が名簿を見る。
「誰?」
「地域ボランティアの岡田さん」
「公民館には入っていません」
「では、どこに?」
「マンションへ、訓練資料を取りに戻ったはずです」
マンション。
一階には。
世界間転移門の仮設通行検査室もある。
「警察へ連絡します」
アルノルトが動く。
勝手に走り出さない。
日本側の指揮系統へ報告する。
「建物の状況は?」
管理会社の長谷川さんが。
防災設備の端末を確認する。
「停電しています」
「エレベーター停止」
「火災報知器は?」
「異常なし」
「通行検査室の門は?」
ノアが。
手元の装置を見る。
「閉鎖状態」
「勝手に開いてない?」
「開いてない」
「岡田さんの部屋は?」
「六階です」
杖を使う。
七十代の男性。
訓練資料を持ってくるだけの予定だった。
地震が起きた時。
一人で部屋にいた可能性がある。
「電話は?」
「繋がりません」
建物内。
携帯電話の通信が不安定になっている。
「俺が行く」
「駄目です」
水城さん。
消防署員。
リゼル。
三人の声が重なった。
「住民なんだけど」
「建物の安全確認が終わっていません」
「では、誰が?」
「消防と警察が向かいます」
正しい。
俺が行っても。
助けられる保証はない。
むしろ。
危険を増やす。
「陛下」
リゼルが小さく言う。
「今は如月さん」
「失礼いたしました」
リゼルは。
マンションを見る。
「日本側から要請があれば、私も」
「武器なし。魔法も許可されたものだけ」
「御意」
すぐには動かない。
待つ。
以前のリゼルなら。
俺が住んでいる建物で。
知り合いが取り残されたと聞けば。
一人で突入していたかもしれない。
◇
消防署員二名。
警察官一名。
管理会社の長谷川さん。
四人が。
マンション内部へ入ることになった。
その直前。
一階にある緊急連絡端末が作動した。
《仮設世界間通行検査室》
《設備異常》
「何が起きた」
ノアが。
遠隔で状態を確認する。
「地震で、地球側出口の座標が少しずれた」
「危険?」
「今は閉じてるから大丈夫」
「開いたら?」
「出口が、壁の中に重なるかもしれない」
「絶対に開けるな」
「閉鎖を固定する」
ノアが操作する。
その時。
王城側から。
緊急通信が入る。
《地球側の揺れを、門を通じて検知》
《王国軍、治癒院、消防院、国境管理隊が出動準備完了》
「来なくていい!」
俺が叫ぶ。
アルノルトが。
正式な外交通信へ切り替える。
「地球側政府より、現時点で支援要請は出ておりません」
《しかし、陛下が》
「陛下の御命令は、日本側の指揮へ従うことです」
アルノルトの声は。
いつもより強かった。
「全隊、国境管理所の外で待機。許可なく門へ近づいてはなりません」
《御意》
何千人。
何万人が。
向こうで待っているのか分からない。
それでも。
誰も門を越えない。
規則が。
機能していた。
◇
消防隊が。
マンション内部へ入ってから五分。
「岡田さんの部屋へ到着」
無線が入る。
「玄関扉が開かない」
「室内から物が倒れている可能性」
「呼びかけに反応あり」
生きている。
少しだけ安心する。
「怪我をしているようです」
「どの程度?」
「本人の話では、足を挟まれて動けない」
室内。
大きな棚か家具が倒れた。
玄関まで来られない。
「管理会社の鍵で開けます」
長谷川さんが。
正式な手続きに従い鍵を使用する。
だが。
「扉が数センチしか開きません」
「内部の家具が干渉」
「別の入口は?」
「ベランダ」
「六階です」
消防の救助車両が。
到着するまで、少し時間が掛かる。
「魔法を使えば」
リゼルが言う。
「扉を壊さず、内部の物だけ移動できます」
「安全性は?」
消防署員が尋ねる。
「空間把握魔法で内部を確認した後、家具を浮かせます」
「岡田さんの身体へ影響は?」
「ございません」
「日本側での使用許可は?」
黒田医師。
警察。
消防。
水城さん。
その場で短い協議が行われる。
「本人の同意を確認できますか」
無線越し。
岡田さんへ尋ねる。
『異世界の魔法で、家具を動かせる可能性があります』
『危険性は低いと説明を受けています』
『使用してもよろしいですか』
少し間があった。
『助けてもらえるなら、お願いします』
本人の同意。
消防の要請。
日本政府の許可。
条件が揃う。
「リゼルさん」
消防署員が言う。
「協力をお願いします」
「承知いたしました」
リゼルが。
世界間通行検査室へ向かう。
「俺も」
「如月さんは、避難場所へ残ってください」
アルノルトが止める。
「でも」
「日本側の指揮命令へ従うと、御自身で定められました」
自分が言ったことを。
返された。
「分かった」
「必ず、状況を御報告いたします」
リゼルは。
警察官と一緒にマンションへ入る。
◇
六階。
岡田さんの部屋。
玄関扉の僅かな隙間から。
リゼルが内部を確認する。
「魔法使用を開始します」
無線から声が聞こえる。
「空間把握」
淡い光が。
玄関扉の隙間から、室内へ広がる。
「倒れている家具、二つ」
「一つは靴箱」
「もう一つは、居室内の本棚」
「岡田様は、本棚の横板に右足を挟まれております」
「出血は?」
「少量」
「意識は?」
「明瞭です」
「家具を持ち上げられますか」
「可能です」
「岡田さんへ声を掛けてから」
「承知いたしました」
全て。
確認しながら進める。
『岡田様』
『これから家具を持ち上げます』
『身体を急に動かさず、そのままでいてください』
『分かった』
「浮遊」
無線の向こう。
重い物が動く音。
「本棚を固定」
「足が外れました」
「靴箱を移動」
玄関扉が。
ゆっくり開く。
「救助経路確保」
消防隊が室内へ入る。
「岡田さん、確認」
「右足に腫れ」
「意識正常」
「担架を」
数分後。
岡田さんが。
マンションから運び出された。
「大丈夫ですか」
老婦人たちが心配そうに集まる。
「足は痛いけど」
岡田さんは。
担架の上で苦笑する。
「異世界の騎士さんに助けてもらったよ」
「治療は、地球側の医療機関で行います」
リゼルが答える。
勝手に治さない。
「必要であれば、治癒魔法についても医師と協議します」
「ありがとう」
岡田さんが。
リゼルへ頭を下げる。
リゼルは。
一瞬。
どう反応すればいいか迷ったあと。
「御無事で何よりです」
静かに答えた。
◇
地震の規模は。
周辺で物が倒れる程度。
大きな被害は確認されなかった。
鉄道の一部停止。
エレベーターの点検。
水道管の小さな破損。
数人の軽傷者。
幸い。
命に関わる被害はなかった。
防災訓練は。
当然、中止。
参加者たちは。
実際の避難者として。
小学校の校庭で待機した。
「訓練より、ちゃんとできてたね」
子供が言う。
「さっき練習したばかりだったからな」
父親が答える。
誰かが。
高齢者へ椅子を運ぶ。
水を配る。
子供たちを一か所へ集める。
安否確認カードを使う。
足りない人を探す。
特別な魔法はない。
命令する王もいない。
住民たちが。
自分たちで考えて動いている。
画面の向こう。
アステリア側では。
四百万人以上が。
その様子を見ていた。
「陛下」
セレフィナから通信が入る。
「何」
《王国側の視聴者より、多数の質問が届いております》
「今?」
《避難者同士が、自発的に役割を決めていることについて》
「普通じゃない?」
《アステリアでは、自治体責任者または騎士団の指示を待つ地域も多くございます》
「王がいなくても動く国を作ったんだろ」
《国家全体では》
セレフィナが。
校庭で動く住民たちを見る。
《ですが、地域の一人一人まで、自分が誰を助けるかを考える制度は、まだ十分ではございません》
魔法がある。
騎士がいる。
治癒師がいる。
強い組織が。
人々を守ってくれる。
だからこそ。
守られる側が、自分で動く訓練は少ないのかもしれない。
「地球も、全部できてるわけじゃないよ」
《分かっております》
「今日だって、訓練したばかりだったから動けた」
《だからこそ》
セレフィナが答える。
《訓練が必要なのですね》
王城側。
映像の奥。
自治体担当者たちが。
次々と自分の地域へ指示を送っている。
《住民主体の避難訓練を検討》
《高齢者、子供、魔法使用不能者の避難補助計画を作成》
《魔力障害時の安否確認標識を試験》
《指揮官不在時の避難判断基準を整備》
地球側の本物の地震。
その対応が。
三億人の国の防災制度を変え始めていた。
◇
午後四時。
安全確認が終わり。
住民たちは少しずつ自宅へ戻った。
岡田さんは病院へ搬送。
骨折はなく。
強い打撲だけで済んだ。
リゼルの魔法も。
正式な要請。
本人の同意。
日本側の監督。
全ての条件を守って使用された。
「今回は、問題なかったですね」
水城さんが言う。
「助けてもらいました」
「規則があったからこそ、地球側も安心して要請できました」
魔法を禁止するだけではない。
使う条件を決める。
誰が責任を持つのか。
本人へ説明する。
記録を残す。
「以前だったら」
俺はリゼルを見る。
「扉ごと壊してた?」
「状況によります」
「壊してたな」
「時間を短縮できましたので」
「今日は待ってくれてありがとう」
リゼルが。
少し驚いた顔になる。
「感謝されるようなことでは」
「使える力があるのに、待つのは難しかっただろ」
「はい」
正直だった。
「しかし」
リゼルが。
救急車の去った方向を見る。
「待ったことで、地球側の方々から正式に力を求めていただけました」
「うん」
「勝手にお助けするよりも」
一度。
言葉を選ぶ。
「信頼を損なわずに済んだのだと、理解いたしました」
本当に。
少しずつ。
彼女たちは変わっている。
◇
マンション一階の仮設通行検査室。
地震でずれた出口座標も。
ノアが日本側の研究者と協力し、修正した。
「勝手に直してない?」
「日本側の許可を取った」
「壁や床は?」
「触ってない」
「王城側に大きな施設を?」
「作ってない」
「本当に?」
「制御板を一枚追加しただけ」
確認すると。
本当に小さな板が一枚増えただけだった。
「成長したな」
「子供扱いしないで」
全員。
同じことを言う。
「新しい機能も付けた」
「聞いてない」
「許可は取った」
水城さんを見る。
「非常時に、地球側から門を強制閉鎖できる機能です」
「必要なものだった」
「地震で出口がずれても、開かないようにした」
「ありがとう」
ノアの角が。
少し嬉しそうに光った。
「それと」
「まだある?」
「陛下の部屋にある本門も、地震で少し安定した」
「安定?」
「揺れたことで、座標が強く固定された」
「良いこと?」
「勝手に別の場所へ開きにくくなった」
政府側の研究者たちも。
少し安心したようだった。
「では、会社へ戻っても門が開く可能性は下がった?」
「かなり」
「良かった」
「でも」
ノアが。
新しい画面を表示する。
「地震の時、一瞬だけ別の反応があった」
「別の反応?」
「陛下の門じゃない」
細い光。
地球側の地図。
俺のいる場所から。
遠く離れた位置に。
一瞬だけ。
赤い点が現れている。
「新しい門?」
「分からない」
「アステリアと繋がってる?」
「同じ世界じゃない」
ノアの表情が。
真剣になる。
「でも」
画面を拡大する。
赤い点の周囲に。
見覚えのある記号が表示されていた。
《エルグランド・サーガ接続形式》
「ゲームと同じ?」
「陛下の接続と似てる」
「俺以外にも?」
サービス終了したゲーム。
《エルグランド・サーガ》。
プレイヤーは。
俺一人ではなかった。
多くの人間が。
国を作り。
仲間を持ち。
別々の場所で遊んでいた。
「反応の場所は?」
ノアが。
地球側の地図へ座標を表示する。
日本国内。
俺の住む場所から。
何百キロも離れた都市。
「今も反応してる?」
「地震が止まった後、消えた」
「誰かいる?」
「分からない」
「調べられる?」
「地球側の許可が必要」
勝手に調べない。
先に確認した。
「水城さん」
「政府側で確認します」
「いきなり接触しないでください」
「まずは、反応地点周辺に異常がないか。公開情報の範囲で調査します」
地震。
世界間転移門。
ゲームと同じ接続形式。
偶然かもしれない。
機械の誤作動かもしれない。
だが。
もし。
俺以外にも。
サービス終了した世界と繋がっている元プレイヤーがいるのなら。
その人物の向こう側にも。
三百年。
主の帰還を待ち続けた国や仲間たちがいるのかもしれない。
防災訓練の最中。
本物の地震によって。
俺たちは。
地球に存在するかもしれない。
二つ目の異世界接続点を。
初めて発見していた。




