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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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10/23

第10話 三百年待っていた運営管理者

書き直し消去予定


 白い光が消える。


 最初に感じたのは、痛いほどの寒さだった。


 息を吐くと、目の前が白く曇る。


 足元には厚い氷が張り、壁も天井も霜に覆われていた。


 先ほどまでいた第七塔と同じ円形の部屋。


 だが、白く滑らかだった壁には大きな亀裂が走り、その隙間から青白い光が漏れている。


 部屋の中央に立っているはずの管理端末も見当たらなかった。


《第四世界境界管理塔へ到着》


《塔内温度――氷点下四十三度》


《主要機能停止》


《防衛機能停止》


《生命維持機能――一部稼働》


 指輪の表示を確認している間にも、指先の感覚が薄れていく。


「寒すぎるだろ」


 隣にいたリゼルが、すぐに外套を取り出した。


「陛下、こちらを」


「リゼルは平気なのか」


「寒冷耐性がございます」


 白銀の鎧の上から、厚手の外套を俺の肩へ掛ける。


 ゲーム時代にも寒冷地域は存在した。


 防寒装備がなければ継続的に体力が減った。


 だが、今は体力ゲージなど表示されない。


 寒ければ凍える。


 放置すれば、本当に死ぬ。


 この世界を現実として受け入れたことを、到着してすぐに思い知らされた。


「第七端末。生存反応は?」


 簡易端末として同行していた白髪の少女が、部屋の奥へ顔を向ける。


「下層に一名。反応は微弱ですが、継続しております」


「三百年以上も?」


「正確には、生命反応と管理者信号が混在しています」


「生きてるのか、設備なのか分からないってことか」


「はい」


 少女が床へ手を向ける。


 氷の下に、薄い線が浮かび上がった。


 第四塔の内部構造らしい。


 巨大な円筒形の塔。


 現在地は上層部。


 生存反応は、遥か下にある管理中枢から発せられている。


「塔を起動するには、その管理者が必要なのか」


「管理者権限が残存している場合、協力を得られれば再起動時間を短縮できます」


「協力が得られなかったら?」


「建国領主権限による強制移管が可能です」


 その言葉に、リゼルの表情が僅かに険しくなる。


「強制した場合、その者へ影響は?」


「不明です」


「不明な方法は最後だな」


 塔の外から、重い音が響いた。


 遠くで氷山が崩れたような音。


 床が僅かに揺れる。


《第四塔外部に複数の侵蝕反応》


「もう気づかれたのか」


「直接転移の痕跡を追跡された可能性があります」


 第七塔の防衛可能時間は十七時間。


 第四塔を起動できなければ、動いている管理塔が一つもなくなる。


 急ぐ必要があった。


「下へ行こう」


 部屋の壁に、閉じた扉が一つある。


 リゼルが前へ立ち、扉へ手を伸ばした。


 反応はない。


 凍りついているだけではなく、動力そのものが失われているらしい。


「陛下、お下がりください」


 リゼルが扉の隙間へ指を掛ける。


 金属が軋む。


 両腕へ力を込めると、厚い扉がゆっくり左右へ開いていった。


 俺がゲームをしていた頃より、明らかに力が強くなっている。


 三百年間、近衛騎士団長として生きてきた結果なのだろう。


 扉の先には、暗い通路が続いていた。


 照明は消えている。


 壁の一部は崩れ、青白い氷が内部まで入り込んでいる。


 リゼルが小さな魔導灯を浮かべた。


「魔法は使えるのか」


「僅かにではございますが」


「塔の中に魔力はないんじゃなかったか」


「この塔には、外部の魔力が流入しております」


 第七塔が存在した空間には、魔力そのものがなかった。


 第四塔は違う。


 塔の一部が、既に世界の内側へ露出しているらしい。


 それだけ損傷が大きいということだった。


 通路を進む。


 壁には何度も見覚えのない文字が現れた。


《冷却機構異常》


《境界固定率二十一パーセント》


《管理者応答なし》


《緊急停止から三百二年》


 サービス終了から、この塔は一度も正常に動いていない。


「管理者は、ずっとここにいたのか」


「記録上は、そのようです」


 三百二年。


 リゼルが俺を待っていた時間と、ほとんど同じ。


 誰も来ない塔の中で。


 生きているのかすら分からない状態のまま。


 その人物は待ち続けていた。


 通路の先に、下層へ続く階段があった。


 途中で崩れている。


 リゼルが先に降り、安全を確認してから俺を支えた。


 足元の氷で何度も滑りそうになる。


 ゲーム時代なら、移動キーを押すだけで済んだ。


 今は一歩進むだけでも体力を使う。


「陛下。御身体に異常はございませんか」


「寒い以外は大丈夫だ」


「顔色が優れません」


「一睡もしてないからな」


 サービス終了した世界から元部下が帰ってきたのが、昨日の深夜。


 それから異世界へ渡り。


 王都の危機を知り。


 会社へ出勤し。


 またこちらへ戻ってきた。


 まだ一日も経っていない。


「休息を取っていただくべきでした」


「結界と塔が待ってくれるなら、そうしたかった」


 リゼルは何も言わなかった。


 代わりに、俺が滑らないよう腕を支える力を少し強める。


 更に下へ進む。


 階段を下りるたび、空気が冷たくなると思っていた。


 だが、途中から温度が上がり始めた。


 氷が薄くなり、壁の霜も消えていく。


「近いようです」


 第七端末の少女が立ち止まる。


 正面には、大きな隔壁があった。


 他の扉とは形が違う。


 灰色の金属。


 四角い小窓。


 扉の横には、文字が刻まれた板がある。


 アステリアの文字ではない。


 日本語だった。


《第四管理塔・運営保守区画》


「日本語……」


 リゼルには読めていないらしい。


「陛下の世界の文字でございますか」


「ああ」


 サービス終了後に作られた施設ではない。


 最初から、地球側の人間が使うことを前提にしている。


 扉の横へ手を触れる。


《地球側接続者を確認》


《個体名――如月蓮》


《入室権限――仮承認》


 重い音と共に、隔壁が開いた。


 内側から、温かい空気が流れてくる。


 部屋の中には氷がなかった。


 天井の照明も点いている。


 壁際に並ぶ機械。


 椅子。


 机。


 飲み物の自動販売機に似た箱。


 どれも王城や魔導施設とは明らかに違う。


 地球の研究施設を、そのまま塔の内部へ持ち込んだような場所だった。


「ここだけ、地球みたいだ」


「三百二年前から、環境が維持されています」


 第七端末が答える。


 部屋の奥に、透明な筒が立っていた。


 人が一人入れるほどの大きさ。


 内部は白い液体で満たされ、その中に男が浮かんでいる。


 黒い髪。


 閉じられた目。


 年齢は四十歳前後に見える。


 服装は、白いシャツと黒いズボン。


 アステリアの衣服ではない。


 筒の下には、名前が表示されていた。


《第四塔管理者》


《御影総司》


《身体機能――停止》


《管理人格――稼働中》


「身体は死んでいる」


「はい」


 第七端末は迷わず答えた。


「死亡時刻は、三百二年前です」


「じゃあ、生存反応は何だったんだ」


「管理人格です」


 肉体は死んでいる。


 だが、管理者としての思考や記憶だけが、塔の中で動き続けている。


 透明な筒へ近づく。


 男の顔に、生気はない。


 その時。


 部屋の壁にある画面が、一斉に点灯した。


 黒い画面の中央へ、白い文字が表示される。


《地球側利用者の入室を確認》


《ユーザー情報照合》


《プレイヤー名――レグナ》


《最終接続者――如月蓮》


 男の閉じていた目が開いた。


 筒の中の肉体ではない。


 正面の画面へ、同じ男の顔が映し出されていた。


『……遅かったな』


 掠れた声。


 日本語だった。


『待ちくたびれたよ、最後の領主』


「御影総司さんですか」


『その名前を名乗っていたこともある』


 画面の中の男は、疲れたように笑った。


『今は第四塔の管理人格だ。肉体の方は、とっくに死んでいる』


「あなたが、エルグランド・サーガの運営管理者?」


『最終運営責任者。サービス終了処理を担当した人間だ』


 リゼルが画面へ剣を向ける。


「陛下の世界を消した者ですか」


『彼女がリゼルか』


 御影は驚かなかった。


 画面越しに、リゼルの姿を確かめる。


『映像で見るより、ずっと怖い顔をするんだな』


「質問に答えなさい」


『消そうとはしていない。むしろ、残すために切断した』


 御影の表情から、笑みが消えた。


『地球との接続を続けていたら、この世界も地球も三百年前に侵蝕されていた』


「大裂界のことを知っているのか」


『知っている』


 御影は即答した。


『あれが現れたから、ゲームを終わらせた』


「大裂界が現れたのは、俺が消えて百八十二年後だと聞いた」


『表面化したのが、その時だっただけだ』


 壁の画面が切り替わる。


 《エルグランド・サーガ》のタイトル画面。


 俺が十五年間、何度も見た映像だった。


 次に映ったのは、見覚えのない研究施設。


 白衣を着た人々。


 巨大な機械。


 空中に浮かぶ、アステリアの地図。


『この世界が発見されたのは、サービス開始の十九年前だ』


「発見?」


『作ったわけじゃない』


 御影の言葉が、静かな部屋へ響く。


『君たちが遊んでいた世界は、最初から実在していた』


 分かっていたはずだった。


 リゼルたちは生きている。


 サービス終了後も世界は続いた。


 だが、運営側の人間から断言されると重さが違った。


『地球の研究機関が、偶然この世界へ接続した。最初にできたのは、観測だけだった。次に、僅かな干渉が可能になった』


「それをゲームとして公開した?」


『資金と人手が必要だった』


「人の世界を、勝手にゲームにしたのか」


『そうだ』


 御影は言い訳をしなかった。


『数百万人分の思考と選択を集めれば、この世界を安定させられると考えた。プレイヤーは遊んでいるつもりで、実際には各地域へ干渉していた』


「NPCは?」


『全員、この世界の住人だ』


 リゼルの剣を握る手に力が入る。


『地球側の都合で、会話や行動に制限を加えた。プレイヤーへ理解できる形に変換し、数値を表示した。死亡した住民が復活したように見える場合は、似た情報を持つ代替個体を割り当てることもあった』


「代替個体?」


 ゲーム時代。


 兵士や住民は、死亡しても一定時間後に戻ってきた。


 俺は同じNPCが復活したと思っていた。


 だが実際には。


 死んだ者は、死んだままだった。


 別の誰かが、同じ名前と役割を与えられていた。


「陛下」


 リゼルが俺を見る。


 その顔には、俺を責める色はなかった。


 それが余計につらかった。


『プレイヤーに罪はない』


 御影が続ける。


『真実を知っていたのは、運営内部でも十人に満たなかった。大半の社員は、本当にただのゲームだと思っていた』


「あなたは知っていた」


『途中からな』


「それでも続けた?」


『止めれば、世界の安定が失われると聞かされていた』


 御影の背後に、複数の記録映像が映る。


 地震。


 崩れる都市。


 空間の裂け目。


 ゲーム内イベントとして表示された大災害。


『プレイヤーの干渉が、この世界の境界を補強していた。少なくとも、俺たちはそう信じていた』


「違ったのか」


『半分は正しかった』


 画面へ、黒い点が現れる。


 点は少しずつ広がり、空間を食い破る亀裂になる。


『接続を強めるほど、別の何かにも見つかりやすくなった』


「外部侵蝕体」


『俺たちは《回収者》と呼んでいた』


 回収者。


 大裂界の向こうにいる巨大な目。


 黒い腕。


 領主権限を何百万回も奪おうとしていた存在。


『世界と世界の間を漂い、外部接続を持つ世界を探している。接続経路を奪い、その世界の管理機構へ侵入する』


「管理塔を乗っ取って、この世界へ入る」


『それだけじゃない』


 御影が俺を見る。


『地球への経路も欲しがっている』


 部屋の温度は保たれている。


 それでも背中が冷えた。


『エルグランド・サーガのサーバーは、ただのゲームサーバーじゃなかった。この世界へ接続するための橋だった』


「だからサービスを終了した」


『回収者に地球側の場所を知られる前に、橋を落とす必要があった』


「でも、この世界は置き去りになった」


『そうだ』


 御影の声が僅かに低くなる。


『俺たちは地球を守るため、この世界を切り捨てた』


 リゼルの剣先が上がる。


「それにより、陛下は我々の前から消えました」


『分かっている』


「我々は三百年間」


『分かっている!』


 御影の声が初めて大きくなった。


 画面が一瞬乱れる。


『だから俺は残った』


 部屋が静まり返る。


『七つの管理塔を停止させ、世界境界を外側から見つけにくくした。最後に地球へ戻る予定だったが、間に合わなかった』


「この塔で死んだのか」


『身体はな』


 御影は透明な筒の中にある自分の遺体へ視線を向けた。


『管理権限だけを残せば、いつか誰かが来た時に説明できると思った』


「三百年も?」


『こっちではな』


 地球側では七年。


 御影の管理人格にとって、どれほどの時間だったのか。


 眠ることはできたのか。


 何もない塔の中で、ただ待ち続けていたのか。


「俺が来ると分かっていた?」


『分かっていたわけじゃない』


 御影は俺の指輪を見る。


『最後に接続していた領主が、君だった』


 サービス終了の瞬間。


 ほとんどのプレイヤーは、既にログアウトしていた。


 最後まで残っていたのは、俺と数人だけ。


 その中で、領主権限を手放さず、臣下へ最後の命令を残した。


『切断処理の直前、君の権限だけが世界側へ定着した』


「俺が残ったから?」


『君が、彼らをただのデータとして破棄しなかったからだ』


 御影の言葉に、リゼルが僅かに目を見開く。


『最後に自由を与えたことで、領主権限の所有先が君からアステリアへ一部移った。だから世界との繋がりが完全には消えなかった』


「それで、指輪が残った」


『運営記念品として送った指輪も、本来はただの金属だった』


 御影が苦笑する。


『君の権限が逆流して、地球側の指輪へ宿ったんだろう。そんな事例は、俺も想定していなかった』


 ゲームが終わっても。


 アステリアと俺の繋がりは、完全には切れていなかった。


 彼らが三百年間俺を探し続けたことだけが、門を開いた理由ではない。


 俺も知らないうちに、繋がりを残していた。


「第四塔を起動したい」


 御影の表情が変わる。


『第七塔が攻撃されているのか』


「ああ。あと十七時間ほどで破壊される」


『早すぎる』


 画面に大量の情報が流れる。


 御影が第七端末から状況を受け取っているらしい。


『領主権限への接続を遮断したのか』


「王都の結界を延命するために」


『正しい判断だ。だが、回収者に第七塔の位置を渡した』


「だから第四塔を動かす」


『簡単にはいかない』


「何が必要だ」


 御影はすぐには答えなかった。


 壁に、第四塔の構造が表示される。


 大半が赤く染まっている。


《境界炉――停止》


《管理核――稼働》


《塔外固定機構――破損》


《管理者認証――継続中》


『第四塔は、俺の管理者権限を使って仮死状態を維持している』


「権限を移せば起動できる?」


『できる』


「なら移してくれ」


『その瞬間、俺は消える』


 画面に映る御影の顔は、穏やかだった。


『この管理人格は、塔の管理者権限に寄生して動いている。権限を切り離せば、保持されている記憶も思考も消去される』


「他の保存方法は?」


『ない』


 第七端末が画面へ近づく。


「管理人格情報を簡易端末へ移行できる可能性があります」


 御影が僅かに笑う。


『無理だよ、第七。俺は人間の意識を無理やり管理機構へ焼きつけた残骸だ。端末規格に収まらない』


「圧縮処理を行えば」


『記憶の九割以上が失われる』


「残存する一割を御影総司と呼ぶことは可能です」


『それは俺じゃない』


 少女は黙った。


 設備だと名乗っていた第七端末が、御影を残そうとしている。


 それが命令によるものなのか。


 何か別の感情なのかは分からない。


「三百年待ったんだろ」


『ああ』


「消えるために?」


『説明するためにだ』


 御影は俺を見る。


『この世界をゲームだと思ったまま、領主権限を使う人間が来たら止めるつもりだった』


「俺が現実として受け入れなかったら?」


『塔を起動させなかった』


 迷いのない答えだった。


『また同じことが起きるからな。数字だと思って命令し、被害が出れば切り捨てる。そんな人間に、世界境界を渡すわけにはいかなかった』


「今は?」


『君は保護を捨てた』


 御影はリゼルへ視線を向ける。


『臣下と同じように死ぬことを受け入れた。それでも来た』


「だから合格?」


『最低条件を満たしただけだ』


 厳しい言葉だった。


 だが、嫌な感じはしなかった。


『領主権限は、神の力じゃない。間違えれば人が死ぬ。君が停止した施設の先にも、生活している者がいる』


「分かってる」


『本当に分かるのは、これからだ』


 御影の姿が一瞬乱れた。


 塔の外から、再び衝撃が響く。


 天井から細かな埃が落ちる。


《第四塔外壁へ侵蝕体が接触》


《管理区画への到達予測――三時間十二分》


「ここも見つかった」


『直接転移を追われたな』


 考える時間は少ない。


 第七塔は十七時間。


 第四塔には三時間。


「御影さん」


『何だ』


「塔を起動してくれ」


 リゼルが俺を見る。


 第七端末も、何も言わず画面を見上げている。


「あなたが消える以外の方法を、今から探す時間はない」


『そうだな』


「でも、勝手に犠牲になれとも言いたくない」


 御影は三百年間、役目を果たした。


 世界を切り捨てた罪悪感を抱えながら。


 誰も来ない塔で。


 肉体が死んだあとも。


「あなた自身が決めてくれ」


 しばらく沈黙が続いた。


 御影は目を閉じる。


 画面の中で、昔の記録が流れ始めた。


 サービス開始の日。


 大勢のプレイヤーが初めてログインした瞬間。


 地球側の運営室。


 歓声を上げる社員たち。


 その映像の中に、若い御影もいた。


『最初は、本当に世界を良くできると思っていた』


 ゲームを通じて、住民へ知識を与える。


 町を作る。


 災害を防ぐ。


 争いを減らす。


『途中から、数字しか見なくなった』


 課金率。


 接続人数。


 イベント参加率。


 離脱率。


 画面に並ぶ数字。


『君たちプレイヤーより、俺たち運営の方が、この世界をゲームとして扱っていた』


 映像が消える。


『三百年は、考えるには長すぎたよ』


 御影が目を開く。


『第四塔の管理者権限を、建国領主レグナへ移管する』


 塔全体に、低い音が響いた。


《第四塔管理者より権限移管申請》


《移管先――建国領主レグナ》


《承認しますか》


 俺はすぐには触れなかった。


「最後に何かできることは?」


『ある』


「何だ」


『俺の名前を覚えておいてくれ』


 御影は少しだけ笑った。


『運営管理者じゃない。御影総司という、一人の馬鹿な人間がいたことを』


「忘れない」


『それで十分だ』


 俺は承認を選んだ。


《管理者権限の移管を開始》


 透明な筒の中にある御影の体が、白い光へ包まれる。


 壁の画面にも、細かなノイズが走った。


《境界炉を再起動》


《塔外固定機構を再構築》


《第四世界境界管理塔――再起動中》


 御影の顔が少しずつ薄くなっていく。


『如月蓮』


「はい」


『回収者を倒そうとするな』


「どういう意味だ」


『あれに、倒すという概念は通じない』


 声が遠くなる。


『閉じろ。切り離せ。見つからないようにしろ』


「他に知っていることは?」


『六つの塔を止めたのは、俺だけじゃない』


 画面が大きく乱れた。


『他の管理者がいた』


「その人たちは?」


『一人は地球へ戻った』


 御影の姿が、ほとんど見えなくなる。


『そいつが今も生きているなら、エルグランド・サーガが何だったのか、君よりずっと詳しく知っている』


「名前は?」


『運営会社の創業者――』


 音声が途切れた。


 画面の中で、御影が何かを言っている。


 だが、声が聞こえない。


「御影さん」


『――を、信用するな』


 最後の言葉だけが聞こえた。


 次の瞬間。


 すべての画面から、御影の姿が消えた。


《第四塔管理者権限の移管を完了》


《管理人格――消去》


《第四世界境界管理塔、再起動》


 塔が大きく震える。


 壁を覆っていた氷が砕け、床の下から白い光が昇る。


 停止していた機械が、一斉に動き始めた。


 世界地図に、二つ目の光が灯る。


《稼働中管理塔――二基》


《世界境界封鎖機能の最低稼働数まで、残り二基》


 第四塔は動いた。


 だが、画面に御影の姿は戻らない。


 透明な筒の中にあった遺体も、光の粒となって消えていた。


 何も残っていない。


「御影総司」


 俺は、その名前を口にした。


 三百二年間。


 たった一人で、この塔を守り続けた人間。


 リゼルが剣を胸元へ当て、静かに頭を下げた。


 第七端末も、御影が映っていた画面を見上げている。


「記録します」


 少女が言った。


「第四塔管理者、御影総司。世界境界維持のため、三百二年間職務を継続。建国領主レグナへの権限移管後、管理人格を消失」


「頼む」


「世界境界管理記録へ、永久保存します」


 塔の外から、低い音が響く。


 侵蝕体が消えたわけではない。


 だが、再起動した第四塔の防衛機能が動き始めている。


 黒い反応が一つずつ塔の周囲から消えていく。


《第四塔防衛機能――正常》


《第七塔との管理経路を確立》


《機能移管可能》


「第七塔が壊れる前に、必要な機能をこっちへ移す」


「承知しました」


 第七端末が両手を広げる。


 白い光が塔全体へ走る。


 俺は管理画面へ向き直った。


 あと二つの塔を起動しなければならない。


 西の海底。


 南東の砂漠。


 どちらにも、何が残っているか分からない。


 その前に。


 御影が最後に残した言葉。


 地球へ戻った運営管理者。


 運営会社の創業者。


 信用するな。


「第七端末」


「はい」


「地球側で《エルグランド・サーガ》を運営していた会社の情報は残っているか」


「一部、保存されています」


「創業者の名前を出してくれ」


 白い画面へ、会社情報が表示される。


《運営会社――株式会社グランドリンク》


《創業者・初代代表取締役――天城久遠》


 名前の下に、顔写真が浮かぶ。


 七十歳前後の男性。


 白髪。


 穏やかな笑顔。


 俺にも見覚えがあった。


 サービス終了の日。


 運営公式サイトに掲載された、最後の挨拶。


 長い間ありがとうございました。


 そう文章を結んでいた人物。


《地球側公開情報》


《天城久遠――七年前に死亡》


 死んでいる。


 そう思った直後。


 新しい表示が現れた。


《世界間接続記録を照合》


《同一管理者信号を検出》


《現在位置――地球》


《管理者状態――活動中》


 公には七年前に死亡したはずの運営会社創業者が。


 今も地球のどこかで、生きていた。


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