第三話 ケイン視点
ケインは幼い頃から霊が見える子供だった。
生者と死者の区別がつかず話しかけられたら反応していたので、ケインは周りから腫れ物のような扱いをされていた。
霊障は頻繁に起こり、家族にすら恐れられ、遠ざけられる。ケインは常に孤独で、家族に愛されない自分自身が大嫌いだった。
ケインの対応に困った親は、年の近い子供がいる弱小寄子にケインを無理やり預けたのだ。
それがアリアナがいたロフェス家だ。
ケインを見たアリアナは大喜びで彼を大歓迎していた。
「なんて可愛い子なの」
「前から弟か妹が欲しかったの」
ケインの見た目は女の子みたいに可愛らしく、大人しかったので、女の子のアリアナの遊び相手にちょうど良かったのだ。
ケインはよくアリアナに一緒に遊ぼうと誘われた。庭へ連れ出されたり、おままごと遊びに付き合わされたり、アリアナにいつも一方的に語りかけられる。
彼女の家庭教師と一緒に勉強もした。
しかも、アリアナの側にいると、いつもはうるさい声が何も聞こえなかった。
アリアナから他の人にはない力を感じていた。
だから、彼女がいればケインは、ただのケインでいられた。
ケインは彼女のおかげで笑うことを覚えた。
ケインに触れる手。抱きしめてくれる温もり。優しい笑顔。
なによりケインに向けられた愛情。
初めての経験だった。
このアリアナとの生活がずっと続くと思っていた。
でも、たまに寝込む彼女が、ある日ひどく苦しんで、長くベッドから起きられなくなったとき、ケインはこのまま彼女がいなくなってしまう恐怖に襲われた。
霊たちは言う。
『あの子は死ぬよ。魔障だよ』
『たまに出るのさ。この家は』
「失せろ!」
ケインが怒りのあまりに叫ぶと、霊たちは悲鳴をあげて姿を消した。
それからケインは魔力が原因で体調が良くないのではないかとアリアナの親に相談したのだ。
すると、王都から有名な術士が招かれて検査を実施したところ、霊たちの話したとおり、アリアナの魔力は異常に高かった。
ついでにケインの霊を見る資質があるなら霊術士になるべきだと言われ、強制的に実家に戻されることになった。それは十二歳のときだった。
アリアナとの別れは辛かった。でも、このままでは彼女は死ぬかもしれない。また会おうと再会を約束してケインは彼女を治す方法を探すことにした。
霊術士は魔術士の上位職だ。何か治療法があるかもしれない。
ところが、魔力過多は成人すれば治ると言われているだけだった。
稀にだが、その前に死ぬ場合もあるらしい。
おそらく、その稀なケースが、アリアナに当てはまっている気がして、ケインは恐ろしかった。
アリアナの親に彼女の体調を手紙で尋ねて確認していた。
だんだんと体調が悪くなり、起きていられる日が減っていると読むだけで胸が張り裂けそうだった。
アリアナからも手紙が届くが、彼女の平気そうな変わりのない日常の日々を読むだけで、涙が滲んで辛かった。
彼女に何と声をかけて良いのか分からず、返信は書けても数行で、回数も疎かになっていた。
そんなある日の夜、突然アリアナが部屋に一人でいたケインのもとに現れたのだ。
初めは信じられなかった。
ケインに抱きつき、会いたかったと泣く彼女の姿が自分の夢かと思ったくらいだった。
でも、やっと彼女がいると理解できたとき、ケインは悲しみのあまりに彼女を抱きしめたまま号泣した。
アリアナが死んでケインの元に霊体で現れたのかと思ったからだ。
しかし、彼女はすぐに消えて、再び翌日の夜に現れる。何事もなかったかのように。
何度か回数を重ねるうちに、彼女はケインとの逢瀬を楽しみに会いに来ている感じだった。
ケインがアリアナの実家に彼女の様子を尋ねると、ここ最近はとても元気だと書かれていて驚いた。
ケインはそれで初めてアリアナの霊体が訪れていると気づいたのだ。
しかも、アリアナの霊体は夜だけでなく、昼にも現れるようになっていた。
それでも彼女の本体は元気に変わらず過ごしているらしい。
ケインはそれらの情報を踏まえて、アリアナの霊体の一部がケインの元を訪れていると推測したのだ。
しかも調子が良いとのこと。
普通なら生き霊を飛ばすような状態は、身体に負担がかかり、本人はやつれていくものだ。
しかし、魔力過多のアリアナにとっては、余計な魔力を消費しているので、症状が抑えられているのだ。
それなら魔術を習得して魔力の調整を覚え、身体が大きくなり魔力に耐えられるようになるまで、霊体を戻さない方が良いと判断したのだ。
その旨をアリアナの親にも伝えて、了承を取っていた。
アリアナとの逢瀬は、ケインも楽しみになっていた。
ところが、霊体のアリアナはすごく素直でむき出しの感情そのままだった。
「ケイン、会いたかった」
「抱きしめて」
霊体の性質上、本質が丸わかりなのは仕方がないのだが、アリアナのケインに対する好意がストレートすぎて、元々彼女に対して特別な感情があったからこそ、ケインはいけない一線を超えてしまった。
つい出来心で、アリアナにキスをしてしまったのだ。
ケインの霊術士としての才能は高く、強く発した言葉が相手の霊体にまで作用する。師匠に魔力の弱い相手にはなるべく話さない方が良いとまで言われていた。
しかも、感情を強く込めるほど、相手に影響を与えると。
だから、アリアナに好きと言えなかった。彼女の意思に反して支配してしまう恐れがあったからだ。
好意を伝えたい。でも、言葉では難しい。だから行動でしか伝えられなかったのだ。
すると、驚いたアリアナはケインから離れると、とても怒っていた。
「口はだめ! そこは特別なの!」
アリアナに嫌われるのが恐ろしくて、ケインは二度と口にキスをしないと誓ったのだ。
それから霊体のままでは、他の霊に悪さをされる恐れがあったので、依代の人形に彼女の霊体を入れて守りを強化し、彼女が寂しがるから、いつも持ち歩くようになったのだ。
ケインが十五歳のとき、アカデミーに入学して、一年先輩だったアリアナとやっと再会ができた。
また以前のように仲良くしたい。そう思っていたのに久しぶりに会ったアリアナはすごく他人行儀だった。
「エストロ家のご令息様」
そんな風に堅苦しく呼び、しかも距離も置かれ、話しかけるのも一苦労だった。
なぜ。足元がガラガラと音を立てて崩れ落ちるような失意がケインを襲う。
嫌われたと不安になったが、人形の中のアリアナからの好意は変わらない。
疑問の末に、嘘を言わない霊体のアリアナに尋ねることにした。
「どうして僕を避けるの?」
「だって、ケインは身分が高いから。仕方がないのよ」
「じゃあ、どうして僕以外の男と話すの?」
「だって、結婚相手を探さないと」
「結婚相手」
アリアナと当たり前のように常に一緒にいるから忘れていたのだ。
結婚を申し込むのを。
気づいた途端、血の気が引く。
慌ててケインは行動した。実家に連絡してアリアナに求婚したのだ。
親はそんな利のない縁組は認められないと初めは否定的だった。
そんな親に対して愛情を感じてなかったケインはただ憤り、
「結婚式よりも葬式が好きなんですね」
そう冷たく返信を送り、使役させた霊体を使って毎晩親の寝室で怪奇現象を起こし続けた結果、親を頷かせることに成功した。
一方で、ロフェス家の両親はアリアナの体調の件で頻繁にやり取りをしていたから、この縁組にとても感謝された。
当のアリアナは困惑していたが、照れくさそうに歓迎してくれたので、ケインも嬉しかった。
アカデミーはアリアナとできるだけ一緒にいたが、婚約していても彼女を狙う男は非常に多かった。
高い魔力は人を強く惹きつける。魅了と同じような作用があるのだ。
ケインのように恐れられる要素がなく、しかも身分も高くない彼女に近づくのは簡単だったのだ。
王弟さえ距離を詰めようとしていたくらいだ。
そのため、わざわざ国王に王弟が稀少な霊術士の婚約者の瑕疵を広めようとしたと文句を言ったのだ。
さらに二度と彼女に近づかないように釘を刺しておいた。
彼女は誰にも渡さない。渡したくない。
このときばかりは、普段は寡黙を強いる面倒な言霊が大変役に立った。
アカデミー卒業後は、彼女は魔術士として活躍し、魔力を定期的に消費できるようになった。
子供のときとは違い、魔力を減らす方法を習得し、さらに成長した身体は強い魔力にも耐えられるようになる。
ケインも霊術士として多忙な日々を送るはめになり、なかなか彼女との時間が取れなくなったが、彼女の人形はいつもケインとともにあった。
親に無理やり了承させた彼女との結婚だったので、実家からの援助は受ける気もなく、かと言って新婚生活で彼女に惨めな思いをさせたくない。
ケインは彼女との結婚のためにがむしゃらに働いたが、お金を稼ぐために忙しいのだと情けない理由は言えず、何度も彼女との約束を反故にして申し訳なかった。
そして、ついに迎えた結婚式。
感極まって感情が昂りそうになるのを必死にケインは抑えていた。
アリアナの綺麗で美しい花嫁姿に涙まで出そうになっていた。
つつがなく式を終え、ついに二人きりの夜がやってくる。
緊張のときが来たのだ。
初夜に人形を持っていき、ついに彼女に真実を話し、霊体を元に戻すつもりだった。
ところが、アリアナの格好は理性を失いそうになるほど扇情的で、目的を忘れて彼女を押し倒しそうになる。
しかし、まだ魔力はケインよりも低いため、このまま感情のままに愛を囁けば、ケインの言霊の影響を受けてしまう。
鎮まれ、僕の劣情。
そう念じるしかなかった。
でも、思わず目の毒だとこぼしてしまい、アリアナを怒らせてしまう。
それにしても可愛すぎだろう。
僕のために着たなんて。
アリアナに早く触れたい。押し倒したい。
そんなケインの気持ちを知らず、アリアナは彼女の霊体が入った人形を奪おうとする。
不穏な彼女の雰囲気に人形の危機を察する。
もつれ合った末に彼女を押し倒してしまい、覆い被さったときの彼女の柔らかさと甘い痺れるような匂いで再び理性が切れそうになる。
欲望の衝動を抑えるのが苦しくて、とっさに顔を顰めてしまう。
まさかこのとき、アリアナ本人が自分の霊体が入った人形に嫉妬していたなんて、ケインは夢にも思わなかった。
困惑と歓喜の両方の感情が入り混じり、彼女に責められても全く不快ではなかった。
ようやく誤解が解けて、人形の正体を明かせたとき、ケインの目には霊体が彼女に戻る姿が見えた。
途端に彼女から感じる魔力の強さも。
圧倒されるほどの存在感。
ようやく戻った魔力はケインと同等かそれ以上。
思わず口元に笑みが浮かぶ。
ベッドに倒れて気を失った彼女の髪をケインは大切に一房持ち上げ、そっと愛おしげに口付けを落とした。




