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彼は婚約者である私よりも人形を愛しすぎている~でも、その人形は実は私だったようです~  作者: 藤谷 要


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第二話 私のため


「その人形は私を守るため?」


 アリアナは彼の人形を見下ろす。その藍色の髪と紫の瞳は、アリアナ本人と同じだ。

 見つめていると、人形の首が勝手に動き、こちらを向いてくる。

 この動きが不気味で、他の令嬢たちはケインに決して近づかなかった。


「何から私を守っていたんですか?」

「体調不良から、かな?」

「確かに昔はよく体調を崩しましたけど、今は生活に支障はありませんよ?」


 アリアナはケインの主張をばっさり切り捨てる。


 アリアナは大きくなるにつれて身体の不調がだいぶ良くなっていた。だから、アカデミーにも慣れてきた頃、将来の伴侶も考えるようになっていたのだ。


 アリアナの周りの令嬢たちは、就職だけでなく、結婚も非常に重要視している。

 血筋を繋ぐことで貴族の家を維持するからだ。


 そんなとき、いきなりアリアナに縁談が舞い込んできたのだ。


 相手は一年遅れてアカデミーに入学したばかりのケインであった。


 幼馴染とはいえ、なぜケインの相手にアリアナが選ばれたのか不明だった。

 アリアナは男爵家、ケインは侯爵家と、身分差が大きいからだ。

 しかも、この婚姻にケインにとって貴族的なメリットが何もなかった。


 しかし、寄親からの申し出を寄子の弱小貴族が断れるはずもない。

 こうしてあっさりとアリアナたちの婚約は決まったのだ。

 

「それよりも、君の格好は目の毒だ。なんとかならないのか」

「——もう、知りません!」


 誰のためにこんな恥ずかしい格好をしていると思っているのだ。

 でも、当の本人は迷惑そうで、アリアナは虚しくなってくる。

 涙まで出てくる。


「こんな格好をしているのは、夢まで見るほど恋焦がれた相手に見てもらいたいからに決まっているでしょう!?」


 アリアナはケインを睨みつける。


 幼い頃、ケインはアリアナの家で過ごしたことがあった。

 しかし、数年後に彼が実家に戻ったあと、あまりにも寂しくて毎日のように彼の夢を見るようになったのだ。


 それで彼が好きだと自覚したのだ。


「アリアナ?」

「選んでください、今ここで。私かその人形か」

「どっちも選べないよ。どちらも大事だから」


 その彼の答えを聞いて、アリアナの胸は張り裂けそうになる。

 人形以上の好意はない。

 そうはっきりと言われたからだ。


「それなら私にも考えがあります」


 アリアナは人形を睨みつけると、彼から奪おうと手を伸ばす。しかし、それを察知したケインに阻まれる。


「この人形はダメだ!」

「ケイン様こそ、この人形を手放してください!」


 何度かの攻防の末にアリアナは人形の服の一部を掴む。グッと力を込めて引っ張ろうとしたら、ケインに逆に手を掴まれて、そのまま彼にベッドの上に押し倒される。


 ケインに覆い被さられて、アリアナの動きが止まる。

 見下ろすケインの表情は険しい。秀麗な顔が、このときは恐ろしかった。

 アリアナは彼の視線に耐えきれなくて、目を逸らした。 


「どいてください」


 アリアナがそう言えば、彼は人形を大事そうに抱えて、アリアナから遠ざかる。

 

「すまなかった。そこまで強くするつもりはなかったのだが怪我はなかったか?」

「いいんです。どうせケイン様は人形さえいればいいみたいですから」

「そんなことは言ってない」

「言いました!」


 大声を出したアリアナは布団に包まり、ケインに背を向ける。


「ごめんなさい。明日実家に帰ります」


 言いながらアリアナは泣いていた。


「どうしてそうなるの? さっきも言ったけど、この人形はただの人形ではないんだよ。君そのものなんだから」

「……私、そのもの?」


 なにそれ怖い。

 振り返ったアリアナは彼が特別な術士だと思い出して、何かの術が人形にかかっているのだと理解した。

 しかも、それがアリアナ自身に関係していたらしい。


「アリアナ、君は魔力量が多かったよね?」

「ええ、それが原因で、子供の頃によく寝込んでいましたが。はっ、そういえばそのせいでアカデミーのとき王弟殿下に絡まれたのを思い出しました。あのあと、ケイン様が大ごとにしたせいで生きた心地がしなかったんですよ!」


 わざわざ体調不良の原因だった魔力過多を隠していたのに、なぜかその事実を知っていた王弟が興味本位で話題にして、大声で大勢のいる食堂で騒ぎ立てたのだ。

 それをケインが陛下に抗議した結果、王弟と陛下の侍従がわざわざアリアナに謝罪しにきたのだ。

 高位の王族に頭を下げられて、しかも賠償金の話まで出てきて、アリアナは血の気が引いたのを覚えている。


「ああ、あれね。体調不良は貴族の女性にとって致命的な傷となるのにね。その過去がバレて僕たちの婚約に横槍を入れられる隙になれば、大変なことになっていたかもしれないんだよ」


「ケイン様が守ってくれたってことですか?」


「まぁ、そうだけど話が逸れたね。つまり、その君の多すぎた魔力をこの人形が引き受けていたんだよ」

「そんなことができるんですか?」

「僕は霊術士だからね。霊体を扱えるから」


 人間の身体は肉体と霊体でできている。その霊体に干渉できるのが霊術士だ。

 稀有な才能で、死んで暴走した霊体――つまり邪霊を鎮められる貴重な術士で、国内でも数少ない。

 しかも、言霊まで扱えるのは、彼一人だけ。


「霊体を? つまり人形の中に私の霊体があるんですか? じゃあ、今は私は何者なんですか?」


「落ち着いて。昔、君の霊体の一部が偶然僕のところにやってきただけなんだよ。夢か何かで心当たりはない? 君が僕に会いに来た夢だよ」


 ありまくりである。

 ケインに抱きついて甘えまくった記憶しかない。

 ただ単に自分の願望だと思っていた。


「……それじゃあ、あの夢は夢じゃなかったの?」

「うん。毎晩僕のところに現れて、会いたいって泣いていて可愛かったよ」

「きゃーやめてください! それならもっと早く言ってくれたら良かったのに」


 そう指摘すると、ケインはとても申し訳なさそうな顔をする。


「ずっと黙っていて本当にすまない」


 彼は深く頭を下げる。その懺悔のような態度にアリアナは彼が抱えていた思いを強く感じる。


「君の霊体の一部が僕の元へ来たところ、君の魔力が消費されて、結果的に魔力過多の症状を楽にしていたんだ」


 アリアナは聞きながら思い出す。ケインの夢を見た直後から、身体がすごく楽になった記憶を。

 あのときは、自然と症状が治まったのだと思っていた。


「でも、事実を伝えれば、分かれた霊体は本体に戻るものだから、君の体調が良くなっているのを聞いて事実を伝えるのを先延ばしにしてたんだ。魔力過多症は成人したら治るから」

「事実を伝えれば戻る?」

「そう、愛しの君アリアナ。元の身体に戻るときが来たんだよ」


 アリアナは再びケインが抱える人形を見つめる。

 その人形もアリアナを見ていた。


 アリアナがアリアナを見ている。


 一瞬見えた光景に頭の中がパニックになる。

 重しが肩に乗ったように身体が重くなり、急に眩暈がする。

 頭が重くて支えきれず、ベッドの上に倒れ込んでいた。視界が消える。


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