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彼は婚約者である私よりも人形を愛しすぎている~でも、その人形は実は私だったようです~  作者: 藤谷 要


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第一話 初夜だけど憂鬱

 天蓋付きのベッドに若い女性——アリアナが一人で腰をかけている。

 サイドテーブルに置かれた灯りが彼女の藍色の髪を優しく照らしている。

 いつもは編まれた長い髪は、今は解かれて彼女の夜着と肌にふわりと羽織るように流れている。

 薄い布地は彼女の肢体をかろじて隠している。

 恥ずかしそうに自分の格好を見下ろし、これからこの寝室を訪れる自分の夫を激しく緊張しながら待っていた。


 今日は結婚式。初夜をまさに迎えようとしていた。


 しかし、アリアナの心中は、不安と嫌な予感でひしめいていた。


 あの人形好きの男——アリアナの夫ケイン・エステロが、素直に夫婦生活を送るとは思えなかったのだ。


 彼はいつも腕に女の子の人形を抱えている。ドレスを毎日着替えさせるくらい世話しており、彼はその人形を「愛しの君」と呼んで、一人で人形と会話している。


 それだけで他の令嬢からドン引きされており、いくら彼が侯爵家で家柄も見た目も良く、術士として優秀でも「私には手に負えない」と、婚約者だった男爵家のアリアナに嫉妬するどころか、同情や憐みの目を向けてくる始末。


「上級術者との結婚は下級貴族の令嬢には魅力的だったようね。愛されないと分かっているのに私なら耐えられないわ」


 そんな心ない言葉もぶつけられたこともあった。


 参加必須の王室主催の舞踏会に二人で出席した際も、問題がありまくりだった。

 アリアナに送るドレスは人形とお揃いなのは、いつものこと。


 嘲笑で出迎えられたことすらあった。


 せっかく参加しても、彼は人形を抱えているので、一緒に踊ることはなく、気分が悪いとすぐに帰りたがるので、アリアナは今まで誰とも踊ったことがなかった。


 婚約者として顔合わせが定期的にあったが、仕事が忙しいとキャンセルされることは、それはもうしょっちゅうのこと。

 予定どおり会えたほうが珍しいくらいだ。

 しかも、その席で彼はほとんど話さない。話しかけない。最初に「息災か?」と尋ねるくらいだ。あとはアリアナの話に相槌を打つか、質問に答えてくれるだけだ。

 話が盛り上がらず、沈黙が辛いときもあった。そんなときアリアナたちは本を互いに読むか、人形を褒めて時間を潰すのが定番で、彼もそのときはまんざらではなさそうに微笑む。


 そんな感じだったので、結婚式ですら本当に当日彼が来るのか疑わしかったくらいだ。

 来るには来たが、やはり人形同伴は当然だった。

 さらに、乗り気ではなかったのか、結婚の宣誓では感情のこもらない声で、淡々と答えていた。

 しかも、誓いのキスも、口ではなく頬にしてきた。


 いつもは気乗りしてなさそうでも、本番ではきちんとやってくれるだろうと、なけなしの期待で信じていただけに落胆は激しかった。


 初夜だって、きっとやる気がないだろう。そもそも来るのか怪しい。


 もしかしたら「お前を愛することはない」と冷たく言い捨てるのかもしれない。


 しかし、そんなことを言われた日には、彼がなによりも大事にしている人形をアリアナの魔術で火あぶりにして消去するつもりだったが。


 覚悟してなさいよ!


 アリアナは新妻らしくない気合で以て、羞恥心を忘れ去ろうとしていた。 


 そう悶々と考えているうちにケインが入室してくる。使用人が扉を閉めたあと、再び部屋は静かになる。


 彼の少し癖のあるアッシュグレーの長い髪はガウンの右肩に流れている。


 開いた襟口から彼の張りのある首元と男性らしい引き締まった胸筋が見える。彼の色香に当てられそうで、アリアナは慌てて視線を逸らす。


 すると、すぐに気づいて息を呑んだ。夜着姿の彼の腕にやはり人形が抱かれているからだ。


 初夜でさえ、その人形が必要なのか。

 激しい落胆がアリアナを襲う。


 何食わぬ顔をしてアリアナに近づこうとしたケインを牽制するようにアリアナはベッドから立ち上がる。


「ケイン様、私はあなたと寝所を共にする気はありません!」


 何か嫌なことを言われるくらいなら先に言ってしまえと、ヤケクソな気分で口にしていた。


「え?」


 ケインの綺麗な碧眼が大きく見開かれる。


「寝室にわざわざ来なくて結構です。私とではなく、人形と仲良くお過ごしください」

「アリアナ、話を」

「いいから出ていってください」


 ぐいぐいとケインの身体を押し、扉の前まで追い詰める。

 ドアノブを捻って開き、あと少しで廊下に出せそうなときだ。


「アリアナ、動くな」


 ケインの声が聞こえたと思ったら、急に身体が動かなくなる。

 言霊だ。


「アリアナ、ベッドまで戻るように」


 身体が自分の意思に反して、勝手に言われたとおりに動いてしまう。

 こんな風に勝手に動かされたのは初めてで、ショックが大きすぎた。

 ますます蔑ろにされている気がした。


「ケイン様、ひどいです」

「本当にすまない。でも、そんなに荒ぶっている君を放ってはおけないよ」


 ケインが人形を両腕で抱えたまま、アリアナの隣に腰を下ろす。


「ふん、どうせケイン様は人形さえいればいいんでしょう? ひどいです。初夜なのに人形まで一緒だなんて」


 つーんとそっぽを向いてアリアナは文句を言う。

 彼の人形について文句を口にしたのは初めてだった。


 彼の好みを否定するつもりはなかったが、さすがに初夜にまで持ち込まれるのは嫌だったのだ。

 妻である自分だけを見て欲しかった。


「ごめん。でも、仕方ないんだ。だって、この人形は、君を守るためなんだから」

「え?」


 予想外な言葉に驚いて、アリアナはケインを振り向いていた。


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