第四話 夢から覚める
長い夢を見ていた。
愛しい彼の夢を。
昔、体調が悪かった頃、離れて暮らす彼から届いた手紙は、現実逃避なアリアナの文章とは違って、いつも要件しか書かれていなかった。
『君がいなくて寂しいよ』
『アリアナ、君に会いたい』
彼の気持ちに触れたとき、アリアナは悲しくて泣くことしかできなかった。
苦しくて、満足に動けなくて、会いに行けない。
このまま二度と会えないかもしれない。
身が引き裂かれるような思いだったのだ。
そんなとき、彼の夢を見たのだ。
夢の中の彼はいつも優しくて、願いをなんでも聞いて叶えてくれた。
部屋に置いていかれるのは寂しいと泣けば、いつも一緒に連れて行ってくれた。
素敵なドレスが着たいとわがままを言えば、用意して着せてくれた。
「愛しの君」
そう囁く彼の声は胸の奥がくすぐったくなるほど甘く切なくて、ずっとこの幸せが続けばいいと願っていた。
「愛しの君アリアナ。元の身体に戻るときが来たんだよ」
その声で、アリアナは自分の身体を思い出す。すると、途端に強い吸引力を感じて、今までいた身体から抜け出したのだ。
目を開ければ、すぐそばにケインがいた。
白んだ部屋は夜明けの気配がしていた。
弱い光の中で、彼はこちらを窺うように見つめていた。
その気遣うような優しい彼の瞳。
彼もアリアナのそばで横たわっていたようだ。
彼を認めた瞬間、目から涙がこぼれ落ちる。溢れた感情が堪えきれない。
何度も彼の名前を呼び、腕を伸ばして彼を抱きしめる。
アリアナは全ての記憶を取り戻していた。
人形のときの彼との思い出も。
「ケイン、ごめんなさい。私、ずっとあなたを誤解していたわ。私のためにあなたはずっと人形を抱えていたのね」
もう一人のアリアナのためにケインは嘲笑されようと、ずっと耐えてくれたのだ。
アリアナに応えるように彼も情熱的に抱きしめ返してくれる。
「アリアナ、謝る必要はないよ。こうして君がそばにいてくれるだけで、僕は幸せなんだから」
そう話しながら、アリアナのこめかみに優しく口付けを落としてくれる。
何回も愛おしそうに彼の唇がアリアナに触れてくる。
くすぐったい彼の触れ合いに笑みを浮かべると、じっとこちらを見つめるケインの顔が間近に迫る。
「アリアナ、その、口にキスをしてもいいかな……?」
おそるおそる尋ねてくるケインが可笑しくて、アリアナは肩を震わせて笑う。
そして、返事の代わりにアリアナのほうからキスをした。
「旦那様だから、いいに決まっているでしょう?」
そう説明すると、ケインも青空のように透き通った瞳を輝かせながら笑って、アリアナに何度もキスを重ねた。
※
結婚後、ケインは人形を持つ必要はなくなったが、人形を持っていないと落ち着かないと彼が不安をこぼす姿がアリアナは可笑しかった。
それならと代わりに彼に差し出したのは、ポケットに入るサイズのマスコット人形だ。
小さな女の子の人形をケインは気に入り、胸のポケットに入れていつも持ち歩くようになった。
ただの人形好きの変態から、ちょっと変わったお茶目な紳士になっていた。
霊術士は貴重な上級術士で、爵位はなくとも貴族と同等な地位を持つ。
結婚前はケインに近寄りもしなかった何人もの若い令嬢が、手のひらを返したように悔しそうにアリアナを見るようになった。
しかし、婚約者ではなく正式な彼の妻になったアリアナに表立って文句を言う者はいなかった。
アリアナは魔力が完全に戻ったので、魔術士の中でも最強レベルの攻撃力を持つようになった。
その威力に周囲にいた同僚たちは驚き、一体どうしたことだと騒ぎになったが、ケインが全て対応してくれて心強い夫にアリアナはさらに惚れ込むのだった。
アリアナは魔力の調整にまだ慣れないが、今度の能力検査までにさらに上の術士を目指せるように、新たな魔力に慣れようと訓練に日々励んでいる。
それから日にちが経ち、王宮での舞踏会にアリアナはケインと参加していた。
結婚してから初めての招待だ。
当然ながらケインは人形を持っていない。普通にアリアナをエスコートしてくれている。
「ケイン、大丈夫?」
「うん、前より全然マシだよ」
アリアナはケインから事前に説明を受けていた。
舞踏会からすぐに帰っていた理由を。
舞踏会みたいに人が大勢集まる場所は感覚が敏感なケインの負担になるのだ。
しかも、死者も生者に混じって参加しているので、余計に疲れてしまうらしい。
でも、アリアナの強い魔力が、死者を寄せ付けないので、前よりは楽になったと聞いていた。
でも、表情が強張った彼を見ていると、無理はさせられなかった。
「一曲踊りたいとは言っていたけど、やっぱり無理はしないで。用が済んだら、すぐに帰りましょう?」
アリアナの言葉にケインは首を横に振る。
「いや、僕も君と踊りたかったから、付き合ってもらえると嬉しい」
浮かない顔をしているのに、頑張ってくれる彼の気持ちがアリアナも嬉しかった。
実は今日の舞踏会では、ケインは主役の一人として呼ばれていたので、欠席はありえなかったのだ。
なにせ、国王よりケインに感謝の言葉があったからだ。
「エステロ卿は魔力過多の治療についても論文を提出し、早期の魔力検査と魔力操作の重要性を説いてくれた。これで命を失う民が少しでも減ってくれることを祈っている。卿の貢献に深く感謝する」
ケインはアリアナ以外の同じような症状の子供を救おうと行動したのだ。
あのとき現れた幽霊の言葉をケインは忘れられないでいたのだ。
『たまに出るのさ。この家は』
過去にアリアナの先祖が亡くなっていたとしたなら、アリアナが将来産むかもしれない子も同じ病を発症するかもしれない。
ケインはそれを心配したのだ。
将来の子孫のために。
ケインとアリアナの夫婦は、仲睦まじい様子でダンスを踊り、離れることなく、ずっと二人でいた。
「ケイン、大好き」
「僕もだよ」
幸せそうな二人の間に誰も入り込む隙などなかった。
やがて、ケインは稀少な霊術士として、アリアナは最強の魔術士として、この国で有名な存在となった。
ケインの言霊をものともしない高魔力のアリアナの存在は、彼を抑える楔として重要視されたが、愛妻に惚れ込んで頭が上がらないケインには全く関係がなく、妻さえ幸せそうなら彼はいつも穏やかだった。
しかし、妻に近づく悪い虫がいたときは、その限りではなかったという。
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