第68話:武闘会・異種戦 その3
魔物戦の前に、神龍たちによる模範戦が入ることになった。
神龍戦は全部で2回。
エルンガルスト対シャル、バーレンゲン対アルグレイツ。
最初、バーレンゲンとアルグレイツのところにはシルヴァークライとゴールドクライの姉弟対決が入る予定だったのだが、弟のシルヴァークライが「勘弁してください!」と逃げ回ったので、そういう組み合わせになった。
模範戦は人型。ドラゴン姿は流石に赦されない。
この村を更地にしたいわけでも、ドラゴンの頂上決戦を見たいわけでもないので。
彼らも暴力はほとんど使わず、鉢巻き取りに力を入れる、と約束してくれた。
ただ、興が乗る、ということもある。
やり過ぎた時のために、神龍たちには自制を強くお願いした。
場合によっては残り全員で止めてもらうことも考えている。
それでもどうにもならなかったら、神龍たちに混じっている「珍客」にどうにかしてもらう。
真龍や大龍たちにも手伝ってもらうつもりだ。
「無理ですよ! そんなの!」
悲鳴を上げているが、そんなもの、やってみないと分からない。
人型ならギリギリで止められるかもしれないじゃないか。
人型のエルンガルストとシャルが壇上に上がった。
シャルが蒼い顔をしているが、クライルヴァードの命令だ。逆らえまい。
「手加減はする」
彼らのその言葉を信じて、善戦を期待するしかない。
審判はアルグレイツが務めた。
「始め!」
そう言った瞬間に、エルンガルストの姿が消えた。
そしてドドドドド、と何かを打つ音とともに、シャルの身体が、ふわり、と空中に浮かんだ。
飛んでるのかと思ったら、そうではなくて、エルンガルストが突き上げて、落ちる前にまた突き上げて、それから落ちる前にまた突き上げて、ということを繰り返してるようだ。
そしてエルンガルストの姿が見えない。
より正確に言えば、大半の観客には見えていない。
俺はギリギリでその動きが見えた、が、その動きを追いかけるだけでいっぱいいっぱいだ。
どっかのアニメのシーンでそんな戦いを見たような気がする。
流石にその名前は言えないが。
そして数分、その状態を続けた後に、力強くぶち上げて、エルンガルストの姿がようやくはっきり見えて、落ちてきたシャルの身体を両手で受けとめた。
お姫様だっこのような状態だが、腕の中のシャルは完全にグロッギーなようで、目を回している。
目を回してるだけで、特に怪我も深刻なダメージも受けていない。
ただただ翻弄されて、何が何だか分からぬうちに突き上げられ――を繰り返されて目を回した、というのが実態のようだ。
ちなみにエルンガルストの手の中にはいつの間に取ったのか、シャルの鉢巻きが握られている。
「鉢巻きを取るだけで終わらせる」という言葉に嘘はなかったようだ。
ただ、「翻弄はしない」とは言ってなかっただけで。
「村長~~~~~~~っっ」
シャルが会場から降りて俺に近付くなり、いきなり抱きついた。
「おじさまが酷いことするの~~~~~」
くすんくすん、と泣いているようだが、泣き真似のようだ。
「酷いこととは聞こえが悪いなあ。充分手加減しただろう? 怪我もしてないし、ダメージも与えてない。それで分かるだろう?」
「それはそうなんですけど……何もできなかったあ」
「小娘に舐められるわけにはいかんからな。見物人のいる前で」
「あたしの誇りはどうなるんですか!」
「日々修行だろ?」
「神龍としての誇りがーーーーーーーーーーッ!!!」
「まだ『なりそこない』だろ? 8人目を目指して頑張れ頑張れ♪」
「うう……」
シャルは呻きながら俺の胸にぐいぐいと頭を擦り付ける。
これ幸いと甘えてるようだ。
まあ、今はいいか。
存分に甘えてくるといい。
流石に日をまたいだら「神龍候補」としての誇りぐらいは取り戻してもらいたいが。
この村トップクラスの年長なので。
模範戦は2回連続だ。
一応最後は魔物戦と決めているので。
魔物戦の後に模範戦を入れてしまうとドラゴンの頂上決戦が「本番」となってしまう。
村人たちの戦いを前哨戦にしたいわけではないのだ。
ならばドラゴン同士の戦いは、今回はバーレンゲンとアルグレイツの対戦だけでは良かったのでは? と訊いてみたら、「シャルガノンのおいたにちょっとお叱りを入れなきゃならないからな」というエルンガルストの言葉だった。
この村にシャルが来た時の様子をクライルヴァードから聞いたらしい。
「衆目の前で〆る」という意味でもこの状況でなければならなかったらしい。
あと、神龍の威厳を改めて見せる意味でも、この武闘会は恰好の舞台だったようだ。
神龍同士の戦いを、何の縛りなしで見せるという意味においても、このバターンでなければいけないということだった。
ならばエルンガルストとシャルだけの戦いにすれば、と言ったら、今度は神龍の沽券にかかわる。
神龍としては一旦おいたをした彼女に「めっ」をしなければならない。
シャル対他の神龍だけとなると、神龍側の威光がますます上がるだけで、シャルの威厳を下げるわけではない。
神龍と神龍未満との「差」を見せつけなければならない。
なので神龍同士で2回なのだそうだ。
そして構成上、連続でなければならぬ。
その後にやらなければならない魔物組には同情するが、「本物」の戦いを見たい勢は結構いる。やるなら盛り上げるだけだ。
審判はアルグレイツからさっき戦ったエルンガルストが代わりに入り、アルグレイツとバーレンゲンが壇上に立った。
彼らはどういう戦いを見せてくれるのだろうか。
被害が周りに及ぶようにはしないと祈りたいが。
「始め!」
合図とともに、2人の身体が消えた。
しかし、ダダダダダ、と走り回る音だけは聴こえる。
陰惨な戦いにならないために鉢巻きの分捕り戦に徹するようで、打ち合いには入らないらしい。
角で瞬間的に姿が見えるが、それ以外はほとんど見えない。
観客もぽかーん、とそれを眺めるだけで、何が起こっているか分からないようだ。
このスピードでは50×50メートルの舞台は狭いのでは、と思ったが、器用にくるりくるりと角でうまくターンしている。
その瞬間にのみ観客に見えるだけで、会場はざわ……ざわ……とざわめくだけだ。
しん、と静かになることも、歓声に沸いているわけでもない。
何が起こってるのか分からず、とにかく当惑が勝っているようだ。
流石に神龍の間で較差をつけるわけにもいかないからなあ。
打ち合いにならないのならこうなってしまうのもむべなるかな。
神龍戦には10分の時間制限を設けていたが、その間、2人ともとにかく会場を駆け回るだけで、結局どちらも鉢巻きを取られることなく終わった。
勝敗がつかなかったのは僥倖だが、流石に会場は10分間何を見せられてるのか分からず、ざわめくだけだった。
シャルとエルンガルストの戦いで盛り上がった分、充分観客を冷やしたと言うか、ただただ困惑させただけと言うべきか。
ただ、バーレンゲンもアルグレイツも満足そうな表情だ。
「よく運動した」とも言いたげだ。
本気で奪い合いはしてたのだろうが、決着がつかなくて両者とも安心しているようにも見える。
次からの模範戦は神龍だけでなく真龍や大龍にもお願いした方がいいのかもしれない。
少なくとも頂上決戦で決着がつくこともつかないことも困惑させるだけ、という事実が知れてよかった。
そういうことを確認するための今大会でもあるので。
しかし、別の視点で見れば、とんでもないものを見せられたような気もする。
10分間最高速で走り抜けられるスタミナ。
その間ほとんど姿を見せない瞬発力。
狭めの会場で場外に出ない身体能力。
その上で相手に鉢巻きを奪わせない反射神経。
そこまでして息はひとつも上がっていない。
流石この世の頂点だけはある。
俺は大きく拍手をした。
すると、それが伝わったのか、周りも少しずつ拍手をし始めて、会場が大きく拍手と歓声に包まれた。
大半は何で盛り上がるのか分からないままだったろうが。
今回の大会はある意味次回という「本番」の前哨戦のようなものだ。
課題のあぶり出し。
その辺を周知する意味でもスタッフに確認してもらう意味でも必要なことだ。
大会後には反省会を行うので、そこで改善点について話し合ってもらう。
そこまでしてようやく大会は「公正」なものになる。
あと、迂闊に頂上決戦をさせてはならない、という理由の洗い出しもできたので、やらせて正解だった。
シャルも今回で充分制裁を受けたので、次回以降戦わせるつもりはない。
その時は村長として俺が反対する。
彼女が戦いたいなら別だが、その時は格下の真龍や大龍を相手にさせる。
「おじさま」「お姉さま」たちと戦うことが蛮勇なのは今回で身にしみただろうし。
ちなみにクライルヴァードやエルンガルストたちは「おじさま」だが、アルグレイツやミステルージュ、ゴールドクライは「お姉さま」と呼ぶらしい。
「決しておばさまと呼ぶな」
誰ともなくそう言い含められてるようだ。
本来は従姉妹なわけだしな。
外見的にも「おばさん」というイメージはないし。
さて、魔物戦だ。
シャドウウルフ、大蜘蛛のビゲストチーム、ボウショクヤケイの鼎戦だ。
スライムもその中に入りたいのであれば参加OKとしたが、あいにくというか幸いというか、参加したいとは言いださなかった。
流石に体格差が大きすぎるからな。
スライムは合体しないのだろうか。
前世で見た、「おや?」のセリフから始まるとあるスライムの姿を思い浮かべた。
できそうな気はする。
武闘会とは関係ないところで、できるか訊いてみよう。
魔物戦の白眉は、決勝戦となった同種戦優勝者のブルーとビゲスト優勝者との対決だった。
糸を繰り出すビゲスト。
その糸を、炎を吐いて焼き切るブルー。
糸を使うなら炎を吐けるシャドウウルフ相手には分が悪いのでは? と思ったが、その炎を突き抜けて糸が繰り出された。
その糸を慌てて避けるブルー。
炎で焼き切れない糸など初めて見たに違いない。
俺も意外に思ったし。
ただ、やはり糸のほどんどを焼き切られるのは戦術が限られてしまうようで、その間を抜けてビゲストをひっくり返し、そのままブルーが場外に押し出した。
ひっくり返すだけなら、大蜘蛛は器用なのであっさり元に戻る。
それを見越しての場外押し出しだったようだ。
見事な戦いだった。
他の戦いについては、ボウショクヤケイは体格的に有利なように見えたが、シャドウウルフには脚を咬まれ、大蜘蛛には糸で絡め取られてそれぞれすっ転び、そのまま体勢を整えさせてもらえることなく場外に押し出された。
どの魔物も消耗戦は不利かつ疲労が重いと判断したのか、ことごとく場外に押し出す作戦を取っていた。
やはり彼らは頭が良い。
ボウショクヤケイも空を飛ぶなどの抵抗を見せたが、天使族たちのようにあまり高く飛べないのでその辺で不利だったようだ。
ブルーが誇らしげに吠えると、一斉に会場中のシャドウウルフたちがそれにならった。
シャドウウルフの吠え声を聞き慣れない天使族たちや非村民のハイドワーフがおののいている。
この村にいると麻痺してしまうが、普通はそんな反応か。
同種戦も異種戦も勝ち抜いたのはブルーとイリュガ。
彼らには王冠や「圓」を含めた特別な栄誉を与えねばならないだろう。
同時に負けた者をいたわることも忘れない。
絶対的なヒエラルキーをこの村で作りたいわけではないのだ。
総ての戦いが終わった。
戦いに参加した者全員が並んで大きく頭を下げた。
オオオオオ、と唸るような歓声が響く。
そして神龍にも称賛は惜しまない。
盛り上がったのは彼らのお蔭もあるのだから。
さて、表彰式だ。
勝者を讃えて今回の武闘会は幕を閉じる。
ようやく俺の出番だ。
頑張らねば。




