第60話:経済の回し方
ウルフリンは一泊してから俺の家を去った。
帰りもドラゴンの上なのだろうが大丈夫だろうか。
まあクライルヴァードがうっかり落とすとも思えない。
魔法なり何なりのサムシングで保護しているのだろう。
そうでなければ、たぶん速度は時速数百キロ。前世のジェット機に匹敵する速度だ。落ちるだ何だの前に気圧変化や気温で死んでしまう。
そういうことを知らないからウルフリンは蒼い顔をしていたのだろうが、そこは慣れか。いずれ運ばれるたびに安全だと自覚していくのだろう。
そうそう、作物は檻の中に包んで吊り下げて運んでいった。
その包みは魔法的なナニカであり、解除しない限り決してほどかれることのないスグレモノだそうだ。
森の外でもやはり魔法は発達してそうだ。
エリシアの卓越した魔法術でとうに承知してたけど。
そこではた、と俺はあることに気付いた。
「今回はクライルヴァードがサービスで連れてきてくれたが、次の輸送はそういう形になるんだろうか」
まさか神龍がわざわざ引き受けてくれると思わない。
彼は彼で忙しい身だ。
シャル辺りを巧く使うことになるのだろうか。
この森は広い。
そして危険だ。
地上を這ってこれるとも思えない。
何らかの手段の確証があって「来れる」と踏んでいるのだろうか。
まあ俺が気を揉んでもしょうがない。
「次も必ず買いに来る」と断言するからには、彼らには運ぶすべを持っているのだろう。
できなければこちらからシャルだのクラッヘだのを派遣するだけだ。
倉庫がこのままではパンクしかねないので、村人を巧く使って取引するしかすべがない。
回数や栽培物を調整しておく必要があるのかもしれない。
人口がすでに1000人・匹をゆうに超えているので、いきなりの減産は難しいかもしれないが、その辺は有翼族とも相談して適宜生産調整することになるだろう。
忙しいことだ。
ただ、その忙しさは誰もが「そう」だ。
この村で一番元気な俺が弱音を吐いてへこたれるわけにもいかない。
努力しなければ。
1か月ほどして、トカゲが二足歩行した形の集団がやってきた。数十人ほどの大集団だ。リザードマンという種族らしい。
メスばかりでなく、オスが率いて、男性陣がいっぱいいる。
何者かと思ったら、商人集団に頼まれた集団なのだという。
ということは亜人か。
それにしてはかなり多い。
歓迎して、山ほど作物や料理を食って、ひとしきり感動してもらって、荷物を運んでいった。その量はクライルヴァードたちが持っていった量よりも少なかったが、全長数十メートルの神龍と、俺よりも背が低くて二足歩行ならば運べる量に差があるのはしょうがない。
それでも倉庫の半分を持っていった。
数はやはり強いのだなあ、と感心した。
非常に力持ちで、自分の何倍もある食糧を運んでいった。
クライルヴァードやウルフリンの依頼があったらしい。
代金はその折りに樽にいっぱい持ってきた。
金貨銀貨がぎっしり詰まっている。
貰いすぎのような気もしたが、「正当な売上の一部です。それ以上の値段で売れて商人どもはしっかり利を得ておりましたので、むしろこれで少ないくらいです。評判がさらに拡がればもっと高値で売れて渡せる金額ももっと増えることでしょう」とリザードマンのリーダーは内情を明かしてくれた。
ちなみにリザードマン集団の他に、量が増えれば他の種族にも声をかけるらしい。
金貨銀貨は「大金貨」「大銀貨」というたぐいらしい。
大きさは小判くらい。「分厚い小判」と言えば分かりやすいだろうか。
一般に流通している金貨や銀貨よりも群を抜いて価値が高いのだそうだ。
それが樽にいっぱい。
そんなものを受け取ってしまって良いものだのだろうか。
まあ貰ってしまったものはしょうがない。
大金貨は普通の金貨の10倍以上、大銀貨は金貨の2倍以上の価値があるらしい。
その下に「銀貨」「大銅貨」「銅貨」「青銅貨」「陶貨」などがあるようだ。
結構細かく分かれているのだなあ。
陶貨は100円200円の価値、青銅貨は1000円から2000円の価値らしいので、流通は活発だが、銅貨からいきなり価値が高くなる。まあ銅貨は貴重な銅を使うので、あんまり浪費することはできないかもしれない。
ちなみに大金貨の上に「プラチナ貨」「ダイヤモンド貨」というのがあるらしい。
流石に今回の支払いには混じっていない。
プラチナ貨やダイヤモンド貨は信用取引というか、巨額の取引の精算に使われるらしく、一般には通用しないらしい。
そんなもんか。
まあ、今の俺には大金貨でも大銀貨でも過ぎたる金額だ。
ふと、あることに気付いた。
「大金貨、大銀貨を貰っても使い途ないんじゃないか?」
現在はほぼ100%、自足自給生活だ。
このままでは、作物は消費できても、カネの方が貯まり続ける。
カネが貯まり続けるということは、それは「外」の世界から際限なくカネを吸い上げ続けるということであり、経済を回さない。
何らかの取引が必要だ。
そこで、俺は薬草を手に入れることにした。
微々たる出費だが、使い途があることに意義がある。
毒草も含んでそこそこ買い続ける。
エリシアは「外」の薬草、毒草に強いので、研究が一気に進むことだろう。
そうしたものを手に入れた時、エリシアの喜びようが半端なかった。
「これで薬の研究が進むわ」
ただ、毒草の扱い方には気を付けてもらいたい。
やがて、運ばれてくる薬草や毒草を見て、ある程度自前でも栽培したいとの相談を受けた。
運ばれてくるものの大半は乾燥したり加工したりしているので、生の薬草が欲しいとのことだった。
そこは俺が栽培を担当することで何とかした。
俺の思考さえあれば、いくらでも生えてくるもんな。
問題はそんなものを育てて問題ないのだろかということなのだが、エリシアが必要で、彼女が一括管理するなら問題ないのかもしれない。
……流石にトリカブトやベラドンナを栽培するのはどうなんだろう。
トリカブトは心筋症、ベラドンナは点眼薬などに役立つらしいが。
漢方薬の材料となるものもある程度育ててみた。
彼女なら研究して活用してくれるかもしれない。
もちろん、薬草や毒草以外にも何か買いたい。
経済は回してナンボだ。
そうそう、2回目からはリザードマンの他に、ラミアーが運送に参画するらしい。
「外」では最強格の亜人らしいが、クライルヴァードもウルフリンも頭を下げた結果、輸送を引き受けてくれたらしい。
流石に「神龍」、そして最強格の商人だ。
ラミアーも断れなかったらしい。
リザードマンとラミアーのツイン輸送で、森の中を突っ切るコースを取るらしい。
リザードマンもそうだが、ラミアーは彼女らの森での移動速度がかなりのものになるようで、しかも自分の体格の何倍もの荷物を運べることから、白羽の矢が立ったようだ。
それでも、「外」から村まで横断に1か月ぐらいかかるようなので、保存の利くものを中心に運んでもらう。
あまり時間をかけられないものはシャルやクラッヘの輸送。
すぐに腐るものは、その上を往く速度のクライルヴァード自身が運んでいく。
米や麦、酒など保存の利くようなものがリザードマンやラミアーの輸送になる。
ちなみに荷物のある程度は自分たちで消費していい、と言い含めている。
そのくらいは役得だ。
ラミアーと言えば女種族だ。
彼女らも俺のところに来るのだろうか、と思ったが、滞在はしても常駐や定住はしないので、その辺は心配しなくてもいいらしい。
ただ、油断は禁物だ。
今までの種族たちも、かつてはそう言いながら俺のところに詰めてくるようになってきたのだから。
リザードマンは男性比率が高いので常駐して女性関係の愚痴を聞いてもらおうと思ったが、彼らは卵生なのだそうだ。精包を女性に渡して受精し、卵を生んでもらう。
ゆえに男女の機微にはそこそこ理解があっても、人間たちの夜の生活が想像できないとのことだった。
俺の愚痴はしばらく誰にも聞いてもらえなそうだ。
「まだカネが余るなあ」
ある程度高価な薬草などを買ってるつもりなのだが、それでも手に入れた大金貨、大銀貨の額に較べれば微々たるものだ。
今はまだいいが、このままでは「外」じゅうの大金貨、大銀貨がここに貯まり続けてしまうことになる。
取引をしばらく止めるのは商人たちが望んでないだろう。
出せば売れに売れるものを止める理由はないからな。
宝飾品とかはどうか。
ダメだ。
そっちは自前で手に入る。
実際、ハイドワーフたちが宝石鉱山などを見つけて少しずつだが献上されている。原石レベルなので価値はたかがしれているが、彼女らは精製技術も持っている。売れる宝石として加工することも難しくはないだろう。
絵画や美術品。
そんなものを買ってどうするのか。
村じゅうに飾るのか。
それに、大金貨、大銀貨で買えるレベルとなると、すぐに供給の方が涸渇する。
まさか全土の美術品を集めるわけにもいかない。
「魔導具はどうかしらね。結構高いというか、普通だったらいくら金貨を積んでもそうそう買えないわよ」
エリシアが提案した。
その案を採用した。
ただ、この村での魔法使いはほぼエリシアとノルデースくらいだ。
魔法使いが限定されるのなら、使わない魔導具ばかり増えても使い途がない。
今はそれで少しでも経済を回して、いずれは収入と「外」でお金が循環する何かを考えないといけない。
悩みごとが、増えた。




