第61話:村貨幣
「この村独自の通貨を作るの?」
「ああ、外との商売用に特別な何かを作る」
通貨の流通問題。
このままでは早晩貯まりに貯まって貨幣が全部こっちに来てしまうことを懸念した俺は、この村独自の通貨を作ることにした。
2種類。村内専用と、村と「外」の取引用。
一応「外」の貨幣も使えることにするが、それはいま俺が独占状態なので、いったん棚上げ。
ちなみに給料として「外」の貨幣を配ろうとしたら、村人から一斉に反対された。
「食べ物が美味しいからいいですよう」
「それ、全部村長のですよ?」
「こんなところで貰っても使い途ないし……」
「自前で何でもできちゃうからねえ」
「村長の身柄を買えるのなら検討はしますが、よく考えたら買わなくても押さえられますね」
「屋根と料理とゲームとワクワクした戦闘、それだけあって他に何がいるんですか?」
「ある程度村長が持ってないと、全員に配るとなったら全然足りませんし、いざという時に『外』との取引に支障出ますよ? 村長が全部持ってた方が分かりやすいんじゃないでしょうか?」
「それよりかはもっと美味しい果物欲しいですねえ」
「贅沢!」
「舌が肥えちゃったんだからしょうがないじゃない。いや、今の果物で飽きたわけではないんですが、次から次へと新しい食べ物が増えていきますので、今度は何が出てくるんだろう、と楽しみになっちゃって」
アンケートを取ったら、給与として貨幣を配るのに賛成したのは俺1人だけだった。
それほど村人としてはカネよりモノに重きを置いてるらしい。
「ここまで揃うと、下手な『外』の街よりこの村の方がよっぽど便利だからねえ」
「外」からの訪問者であるエリシアが説明してくれた。
村人の誰もこの村から出ることは考えないらしい。
シャドウウルフや大蜘蛛たち、グレートワイバーンも、常駐組がどんどん増えている。
その敷地を確保するのにさらなる拡張が必要とされるくらいだ。
この敷地を棄てる事態にはなるんだろうか。
ならない方が良いが、その可能性はゼロではない。
そういう時には、皆、俺についていくらしい。
常々そういうことを口にしている。
保存食をそのために作ってもいるようだ。
1000人以上の大軍の移動……あまり考えたくないな。
「旅」というよりは行軍、征圧、侵略だ。
そう言えば前世でも行軍と侵略と移動が同じ意味だった民族がいたな。
その民族は歴史上最大の版図を広げてた筈だ。
あまりに広いので子孫でバラバラになって、後継者争いが頻発し、滅んだ揚句に他の帝国に吸収されていったが。
話は戻って通貨だ。
種類は「魔石」。つまり、「魔貨」だ。
それを削って独自の紋様を入れて、この村独自の通貨であることを主張し、同時に何かの折に資源や材料として使えるようにする。
貨幣毀損罪なんてもんはこの世界にはないから、そんなもんでいい。
さっそく魔石を削って、とりあえずデザインを数種類考えてみた。
デザイン協力としてエリシアや有翼族の力を借りた。
「魔石をそのまま使うなら、毀損したり鋳潰したりすれば、呪いを発動できるようにすればいいんじゃないでしょうか」
「あ、それいい考え。あたし、その線でデザイン考えてみる!」
「この村独自の文字も使いたいですねえ」
「カタカナァ? でしたっけ? 今やこの村のいろんなところで使われてますよね」
「あの文字は『外』の住民には簡単には理解できませんからね。漢字ィ? も彫ってみると映えるかもしれません」
「流石に漢字ィ? については村長自身が考えてくださいよ。そこまで私ら理解できてませんので」
「何千文字も覚えてるの、村長だけですからね」
ちなみに単位はいろいろそれらしいものを考えた結果、前世の「円」をそのまま使うようにした。
村内流通の貨幣は「1円」、「外」との精算用は1000円から。
ずいぶん安い単位になってしまったが、この「円」は新しく導入する独自の価値なのでいいのだ。
そして1000円の精算レートは樽いっぱいの大金貨。
大銀貨については「外」でのレートを基準に考える。
「なるほど、この樽いっぱいの大金貨の1000分の1がこの『円』という奴なんですか」
「ずいぶん高いですね」
「そんなもの貰ってもあんまり役に立ちませんが……」
「まあ、私たちが使うわけじゃないから、いいんじゃない?」
一応全員に配るつもりであることを告げても、彼女らはあんまり嬉しそうではなかった。
「そんなものより、食べ物! ゲーム! そして! 村長の寵愛! これが総てですよ!」
複数人の意見を総合すれば、そういうことなのだそうだ。
俺の愛がカネよりでかいのか。
重いなあ。
まあ、本気で村に貨幣を流通させたいわけじゃない。
「基準」を作っておきたいだけだ。
本分は「外」との精算であり、村内流通はオマケだ。
いわゆる「外」におけるプラチナ貨、ダイヤモンド貨のようなもの。
カネがなくてもやっていけるならそれに越したことはない。
治療も食べ物も家賃も、橋の村の中であれば基本タダだしな。
「そう言えば、ダイヤモンド貨ってでかい宝石なんか?」
気になることを有翼族のシュリンに聞いてみた。
「流石にそんなものを見たことあるわけじゃないですけど、父の話だと、ダイヤモンドは宝石と金属の両方があるようです」
「金属ダイヤモンド?」
「そうです。カッチカチに硬い金属状のダイヤモンドがあるんですよ。宝石のそれと似ても似つきません。完全に別種らしいです。私も詳しいことを知ってるわけじゃないんですが」
「宝石と金属の2種類があるワケは?」
「聞いた話だと、どっちもお互いのダイヤでしか傷つけられないというか、彫れないというか、まあ補完関係ですね。お互いに最硬度の金属と宝石だから、どっちもダイヤモンド、と言われてるらしいです。ややこしいのでどちらかの名前を変えようという動きもないわけじゃないですけど、そんな重い決断をできるのが世界のどこにもいないわけで、長年の棚上げ事項です」
「クライルヴァード辺りが口を差し挟めないかなあ」
「クライルヴァード様も口を差し挟めないくらい、あちこちでその名前で通用し、貨幣が流通していますので、たぶん神々、主神クラスのお告げでも世界中の住民に一斉に降りてこないと、無理なんじゃないでしょうか」
「なるほど」
俺も神々と話したことがあるわけじゃない。
「そういうものがいる」のを知っている程度だ。
伝手があればいいんだが、そもそもあったとしても、そんな重い決断を俺がさせられるのはイヤだ。
不便を感じていないのなら、そのままにしておく方が妥当だ。
いろいろ検討した結果、「1000円硬貨」については橋の村発であることを示す橋の意匠と、「圓」の文字を彫ることになった。裏側には、エリシアや有翼族の言うように、改変したり毀損したりすると魔気に転じるような紋様を彫った。
「1円硬貨」はただシンプルに「円」の文字だけ。表裏、どちらを向けても「円」の文字だけがある。
魔石を貨幣に加工できるのが俺だけなので、さっそく大量生産に入った。
とりあえず「1000円硬貨(圓)」は100枚、「1円硬貨(円)」は1万枚。
作りに作った。一生懸命、心を込めて。
あっという間にザクザクとできた。
『巨人』の力に感謝だ。
デザインの狂いは少しぐらいはあるが、あくまでも便宜的なナニカだ。偽造防止とか、そんなものをしたいわけじゃないし、「外」で流通するならそこの住民が独自に作っても良いと思っている。
ただ、村に「外」のカネを貯めてしまって、流通貨幣が足りなくなるのを避けたいだけだ。
兌換貨幣があれば、彼らの支払う貨幣は向こうに戻っていくだけ。
こちらが魔貨を持ち出せば、「外」に行く時に交換できる。
そういうものを作りたいだけだ。
いずれは紙幣も作りたい。
流石にそういうものを作るとなると強力な中央集権が必要になるし、偽造防止も徹底化しなければいけないので今は作るつもりはないが、この世界に「文明」をもたらすなら、いずれそういうものも考えておかねばならない。
紙幣の材料となるコウゾやミツマタも育てた方がいいんだろうか。
和紙の材料にもなるし、育ててみるか。
ちなみに、直接取引に来るようになったラミアーのリーダー、彼女の名はシャンテンと言うが、魔貨の存在を告げたら仰天していた。
「そんなことできるんですか?」
「金属だろ? できるし、できた。何か不都合でもあるんか?」
「いや、魔石って物凄く加工が難しいんですよ。単なる石として掘り出すなら別ですが、方向間違えて彫ると呆気なく割れますし、それ以外のところは硬いしで、滅茶苦茶扱いが難しい石として知られてます。宝石ありますよね。アレと一緒です。宝石を貨幣の形に彫り上げるとなったら、奇跡使いでもなければ無理です」
なるほど、金属というよりかは宝石のようなものなのか。
……よくそんなものを加工できたな、しかも万単位で、と思ったが、「奇跡使いなら可能だ」と言われたので、その辺は『奇跡』のせいにしておく。
図らずも、素材選びの時点で偽造防止になってしまっていたようだ。
しかも、その「魔貨」とやらは、扱いを間違えれば魔気となって吹っ飛んでいく。
樽一杯の金貨が、扱いを間違えたために気化していくようなもんだ。
流石に自分でも、よくそんなものを加工しようと思ったな、と怖くなった。
「圓」は大金貨を基準に少し大きめな小判状に、「円」は前世の100円硬貨をイメージして丸くした。
厚さは少し薄めにしておいた。
シャンテンには「試し」として「圓」を数枚渡した。
恐れおののいていたが、信用状代わりだ、ウルフリンに渡して欲しい、と言ったら、不承不承納得していた。
のちにこの存在が、プラチナ貨、ダイヤモンド貨を遥かに超える「世界最高位硬貨」「世界最稀少硬貨」としての地位を確立することになるのだが、予言者でない身なので、そこまで見通すことはできなかった。
いずれにしても、未来の話だ。
語るにしては、まだまだ時間が必要だ。
とりあえず「円」に関しては配ることにした。
功績のでかいエリシアが500円、クラッヘ、ノルデース、シャルが300円ずつ。
定住しているエルダーアラクネやハイエルフ、有翼族たちが個人単位で100円ずつ。
他は種族ごとに300円。キュバス、ハイドワーフ、大蜘蛛、アントケンタウロス、グレートワイバーン、ノーマルアラクネにそれぞれ配った。
残りが俺の取り分だ。取り分といっても通貨の管理担当で、足りなければ作るだけだし、再配分も俺の役割だ。
スライムとキラービーからは「いらない」とはっきり言われた。
彼らは自然の住民だしな。
意外なことに、ボウショクヤケイは10円でもいいから欲しい、と言ってきた。
金貨もそうだが、キレイなものに目がないらしい。まあ、鳥だしな。
彼らには100円を与えた。
喜びのあまり、彼らは俺の前で踊りを披露してくれた。
ヤケイも踊れるんだな。
ちなみに金銭の貸し借りは禁止。
ゲームで賭けるのも禁止。
借金で首が回らなくなるのは見たくないし、あくまで財産として持ってもらいたいので。
貸し借り・賭けの罰則は村からの追放。
「それは厳罰ですね、気を付けたいと思います」
シュリンが引きつった顔で頷いた。
配って初めて気付いたが、村内では使い途がないことに気付いた。
食糧も家具も住居も全部俺や村人自身で賄えるだけだしな。
酒もコーヒーも食糧に含まれてるので無料だし、俺の身柄をカネで買えるとなったら全額一気に使いかねない。
かねない、どころか、いきなり全額を使って俺の身柄確保を要求してきた村民が続出した。
とりあえず彼女たちには粛々と全額返し、身柄については適宜要請に従うことにした。
……あんまり意味がないなあ。
例外はハイドワーフぐらいか。
彼女らは使うどころか、「天から不思議な硬貨が与えられた」と狂喜して、各村の共有財産として宝物並み、あるいはそれ以上のモノとして扱うらしい。
以上のことをクライルヴァードに言ったら笑われた。
「そんなもの配っても村長が全部与えてくれるんだろうし、持ってるだけで腐らすんじゃないか?」
そりゃそうか。
硬貨なので本当に腐ることがないのが救いだ。
ちなみに彼には「10圓(円ではない)」を渡した。
いろいろ便宜を図ってくれるお礼だ。
「円」でなく「圓」であるのは、彼はもともと莫大な財産を持っている。その端にでも加えてもらえばありがたいと思ったからだ。
……与えた時に顔が引きつっていたのは何か理由があったんだろうか。




