第316話 天に武の音響く京
~阿吽視点~
「おぉ……」
思わず声が漏れた。
白鵺丸 星廻を國光から受け取り、翌朝に燼里町を離れてから10日ほど。
険しい山道を抜け、視界が拓けた先に広がった景色は、これまで訪れたどの街とも違っていた。
眼前に広がるのは巨大な外壁。そこには街道から京に入ろうとしている人々が長蛇の列を作っている。
そして、その向こうに立ち並ぶ和風建築の数々。
瓦屋根が幾重にも重なった街の中央には、天を突くような白亜の天守閣がそびえていた。
「これが武京国の首都――天音京。この国最大の都か」
「ん、でっかいね」
「これは……、想像以上だな」
「キャウ~」
俺達の隣でユラは感嘆の声を漏らし、真鴉も心なしかソワソワしている。
武京に来てからいろいろな町を回ったが、これほどに迫力のある景色は初めてだ。そして、この光景に誰より驚いていたのは予想外にもキヌだった。
モコモコの尻尾をフワフワと揺らしながらキョロキョロと辺りを見回し、目に映る景色に思考を巡らせているのが分かる。
「なんだか……不思議な感じがする」
「初めての街だからなー。それに他の国と違って、武京は独特の文化が根付いてるからじゃねぇか?」
「ん。それもあるけど、なんか街を取り巻く空気自体が今までと違う感じがする。あの列に並んでる人たちから伝わってくるのも、期待・清楽・高揚……どれもプラスの感情ばかり。もちろん緊張してる人もいる。でも嫌な感じじゃない」
「修羅咲祭か。この国最大の祭りって禅が言ってたからな」
「キャン!」
「うっし。んじゃ街道に出て、俺達もあの列に並ぶかー」
「待ってくれ阿吽。俺も一緒に天音京に入って大丈夫なのか? 自分で言うのも何だが、天狗族は魔物として扱われている。……難儀な事に巻き込んでしまうかもしれない」
「まぁ、そん時はそん時だろ。真鴉はもう俺達の仲間だ。もしトラブルになったら全力で巻き込まれてやんよ」
「ん。でも多分、真鴉が心配しているような事にはならないと思うよ」
「だな。燼里町は別として、今までの村や街でも天狗族だって気付かれなかったじゃねぇか。鴉面を付けてるってのもあるかもだけど、まさか天狗族が里を離れて街に入ろうとしてるなんて誰も思わねぇよ」
「そ、そんなものなのだろうか……?」
「そんなもんなんだよ。それにさ、言うてもここに居る俺達ってルーツは全員魔物だしな。
俺やキヌは亜人族の括りだが、ユラの種族なんかベヒーモスだぞ? 見ろよ、この堂々とした佇まい。『僕は無害です』って顔してるだろ? 」
「キャウーン!」
「ん。堂々としてれば意外と誰も気にしない。それに、スフィン7ヶ国協議会の時に将軍様が言ってた。武京じゃ無暗な鑑定を嫌う風習があるって」
「そういうこった。だからあんま気にすんな」
「そうか……。皆がそう言うなら、そういう事にしておこう」
「っし、なら行くかー」
街道まで降りると、遠目では分かりにくかった情報が色々と見えてくる。
大剣を背負った剣士。
槍を担いだ武人。
腰に刀を携えた侍。
弓を背負う狩人。
街道を歩く者はそのほとんどが老若男女問わず武器を帯びており、種族も一見しただけでは分からない者すらいる。
普通ならそんな人々がこれだけ並んでいるとなれば、互いに警戒する。
だがキヌが言うように、そこには妙な雰囲気が漂っていた。
闘気はあるが、敵意はない。
――熱気にも似た高揚感が場を支配しているようにも感じられる。
「武京全土から武人が集まっておりますからね」
列の最後尾に並んだ時、聞き覚えのある声が耳に届く。
声の方に視線を向けると、街道脇の大岩に腰掛けていた男がこちらを見ながら立ち上がった。
長い黒髪。
腰には剣。
聞き馴染の良い声と、丁寧な口調。
傍らには大きな白虎が寝そべっており、口を開きながらもその左手はモフるのを止めようとしない。
「禅!」
「ずいぶん遅い到着でしたね。そろそろ待ちくたびれていたところですよ」
「すまん、色々あったんだわ」
「そうなのでしょうね。それでも最高の武器を手にしたのでしょう?」
そう言うと、禅の視線は俺の左腰に向けられる。
禅も感じ取っているのだろう、白鵺丸の発する異常性を。
「あぁ。國光は最高の仕事をしてくれたぞ。ってか、こんな場所で待っててくれたのか?」
「えぇ。天音京に入ってしまうと、なかなか会えない可能性がありましたからね。ですが、待つのは苦ではありませんよ? 私にはミーちゃんとピィちゃんが居ますから」
「ん? ピィ……ちゃん?」
「おっと、口を滑らせてしまいましたね。すみませんが、ライバルに情報は渡せません」
「まぁ、それもそうだな! 楽しみは取っとくことにするわ」
「……というか、こちらの方は? 燼里町の先から一緒に来られたのですか?」
そう言いながら禅の視線は真鴉へと向けられる。
禅の反応を見ると、単純に疑問を口に出しただけのようであり、天狗族だとは思っていないのだろう。この様子なら鳥人族って言ってもバレなさそうだな。
「コイツは真鴉、燼里町で俺達の仲間に加わったんだ。ちょっと人見知りだから口数は少ないけど、良い奴だぞ」
「まっ、真鴉と申します。以後お見知りおきを」
「えぇ。人見知りとは知らず、いきなり不躾な質問失礼いたしました。私は水月 禅。阿吽とは同志、今は修羅咲祭で共に優勝を狙うライバルと言った仲です。貴方も修羅咲祭りに参加を?」
「いえ、今回はユラと観戦させていただくつもりです。まだそのレベルに達していない事は、自分でよく分かっておりますので……」
軽くユラの頭を撫でながら答える真鴉は、穏やかな表情を浮かべている。
この10日間でユラは真鴉にも懐き、道中はよく遊び相手にもなってくれていた。
「フフッ、ユラさんを撫でるその慣れた手つき……、貴方も相当なモフリストとお見受けしました」
「モ、モフ? 俺は――」
「えぇ、えぇ。皆まで言わずとも分かりますとも! 真鴉殿もまた、我が同志ということでしょう!!」
「そう……なるのか? まぁ、確かにユラとは仲良くさせてもらっているな」
「キャフッ!」
「ぶふぉっ!! モフモフできゃわわなユラちゃんと真鴉殿の無垢な友情っ!? 尊いっ!!!!」
「……あ、阿吽?」
「コイツはこれが通常運転だ。気にすんな」
途中から禅に変なスイッチが入り出すも、穏やか(?)に会話は進み、待つこと数時間。
俺達は街へと続く巨大な門を抜け、天音京へと足を踏み入れた。
「では、早速向かいましょうか」
「うん? 向かうって、街に入っていきなりどこに行くんだ?」
「決まっているではありませんか。修羅咲祭の大会参加申請ですよ」
◇ ◇ ◇ ◇
天音京の街中はさらに凄かった。
通りという通りに人がいる。
武具屋や防具屋が建ち並び、茶屋以外にも多くの屋台が軒を連ねている。
そんな賑やかしい中で周囲から聞こえてくるのは、ほとんどが修羅咲祭の話題だった。
「今年の優勝候補は誰だ?」
「水月家の倅が出るんだろ? 確か、水月 禅だったか? 相当腕が立つって聞くぞ」
「いやいや、今年こそ鬼瓦 岩鉄だろ。去年よりもさらに力を付けたようだしな」
「おい、お前等聞いたか!? 今回は忍の家系も参加するらしいぞ!」
「それって【四季彩】の一人、黒冬様の弟子ってことか……!?」
「いやはや、今年は粒揃いだな! 見応えがありそうだぜ!!」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
そして何より驚いたのは。
「マジでほぼ全員が武器持ってんな」
歩いている十人のうち九人は武器を帯びている。
剣、刀、槍、薙刀、弓。一見無手に見える者も暗器を隠し持っていそうだし、そもそも徒手空拳の門下生も多く居るらしい。
そんな事を考えながら周囲を見回していると、禅が口を開いた。
「武器は自らの誇りなのですよ」
「誇り?」
「えぇ」
そう言って前を歩く老人を指差した。
腰には一振りの刀。
かなり年老いているが、背筋は真っ直ぐだ。
「武器は己そのものって考え方ですね」
「へぇ……」
「だからこそ、誰も軽々しく抜かない」
なるほど、確かに納得だ。
武器を持つ者が多いのに、街の空気は妙に落ち着いている。
誰も威張らないし、誰も脅さない。
己だけでなく、他者の武すらも認め、誇る国。
それが武京国の本質なのだろう。
そうこうしながら歩いていき、禅に続いて角を曲がると巨大な武家屋敷が姿を現した。
その屋根からは大きな垂れ幕が下げられている。
『修羅咲祭 武闘大会参加登録所』
その文字を見た瞬間。
俺の胸は一層の高鳴りを覚えた。
次話は7/3(金)投稿予定です♪




