第315話 龍を巡る⑥
~ドレイク視点~
「可愛がってあげましょうか。――【八卦宵】」
シンクねぇさんが怒簾虎威を地面へ突き立てた瞬間だった。
ゴゥッ!! という音と共に、濃密な魔力が地底湖全体へと広がる。
それは攻撃ではない。
相手の環境支配型技巧に抗う、シンクねぇさんの技巧。その第一段階といえるもの。
だが、俺達を包み込んでいた歪な感覚が、数秒だけ固定された。
「……は?」
リヴィアが初めて怪訝そうな声を漏らす。
水面へ広がった魔力が波紋となって空間を伝播し、今まで好き放題に変化していた流れを無理やり固定化していく。
上下左右が曖昧だった景色や、歪められていた感覚すらも。
「へぇー?」
リヴィアが笑う。
だがその笑顔は先程までとは違う。
面白そうな玩具を見つけた子供の顔だ。
「シンクちゃん、やるじゃんっ!!」
「称賛するにはまだ早いですよ」
「ふぅん……。でもさ?」
バシャリ。
水面が揺れる。
「その程度で何とかなると、本気で思ってた?」
瞬間。
無数のリヴィアが現れた。
十。
二十。
三十。
いや、もっとだ。
地底湖全体を埋め尽くすほどの分身。
全てが本物にしか見えない。
「どーれだ? 当ててみなよー」
全てが同じ顔で笑う。
自然とゾワリと鳥肌が立つが――
「ドレイク」
「うっす! いつでも大丈夫っすよ!」
シンクねぇさんの問いかけに短く返事をする。
半年前ならパニックになっていただろう。
でも今は違う。焦りはない。
それに、ランドバルクが何度も何度も言っていた。
『目や耳では騙せても、魔力の流れは嘘をつきマセン』
呼吸を整える。
身体の中を巡る魔力。
地底湖を流れる魔力。
リヴィアの魔力。
全てを感じ取れ。
(居たっ!)
一体だけ。
流れる魔力の強さが違う。
「シンクねぇさん!」
「ええ。わたくしも見つけました」
俺が気付いた時、シンクねぇさんも同じ答えへ辿り着いていたようだ。
「行きますよ、ドレイク。【八卦宵――乃兀蛇】」
――ドンッ!!
地底湖全体が揺れるほどの、巨大な衝撃波がシンクねぇさんから放射状に走り、次いで地面から針状の岩が次々と隆起し始める。
最初の衝撃波で分身の大半が一斉に吹き飛び、残った分身も岩に貫かれて崩れ落ちていく。
「えっ!?」
本体が露わとなったリヴィアの目が見開かれた。
――今だ。
「行くっす!!」
シンクねぇさんの発動した衝撃が俺の背中を押すのに合わせ、全力で一歩を踏み込む。
すると、すぐに俺の動きに気付いたリヴィアは空間の支配権を戻すため、魔力制御を瞬時に整えた。
「そんなんじゃ、まだまだ甘いよぉ」
リヴィアが笑い、右手が動く。
俺の攻撃を受け流し、逸らすつもりだ。
横薙ぎに振った赤鬼の金棒にリヴィアの魔力が触れる。
このままでは、また流される。
だが、俺は敢えてそこで力を抜いた。
「それを待ってたっす!」
「……えっ?」
俺の攻撃は受け流されたが、同時にリヴィアも固まっている。
攻撃を受け流されるなら。
その流れに乗って、利用すればいい。
受け流された勢いのまま身体を回転させ、更に加速。
純粋なパワーに、遠心力を上乗せする。
「――っらぁ!!」
一気に超加速した赤鬼の金棒が、水を弾き飛ばしながら弧を描く。
「ちょっ――!!」
――ドゴォォォォン!!
衝撃と轟音が地底湖全体を揺らし、叩きつけた水面から水柱が天井近くまで吹き上がった。
リヴィアの身体が数十メートル吹き飛び、水面を何度も跳ねながら転がっていく。そして最後は、静かに水中へと沈んでいった。
「……」
「……」
それまでの苛烈な攻防と一転して訪れた突然の静寂。
そうして、しばらくして。
――ぷかり。
水中からリヴィアは顔だけを水面に出してきた。
「いっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
突然の絶叫に、思わずビクッと肩が跳ねる。
「ねぇ! 普通あそこで加速する!? 意味分かんなくない!? 脳筋なの!?」
「脳筋じゃないっす」
「じゃあ、アレ何よ!?」
「ノリ……っすかね?」
「意味わかんな!! マジキモい!!」
「いや、そろそろガチでヘコむっすよ?」
その言葉の後。
リヴィアは大きくため息を吐いた。
「はぁ……、マジだる」
そして殴られた頭部を摩りながら、俺達を見る。
その顔は、最初より少しだけ柔らかかった。
「合格」
「……へ?」
「だから、合格だって~」
肩を竦める。
「ウチに一発入れたんだから、まぁ十分っしょ~?」
そう言って、ニマッと笑った笑顔はこれまでになく純粋なものだった。
「まぁ? まだ全然弱いけど? これ以上ココに居座られたくないしぃ~?」
飄々とした態度と口の悪さは変わらない。
だが、その言葉と表情には確かな俺達への評価があった。
「それで、次はどこへ向かうのが良いのでしょう?」
しばらく呆気に取られていると、シンクねぇさんが口を開き次の行先を聞いた。
……残された属性龍は、『樹龍』、『風龍』、『火龍』の3体。
「ん~、次って言われてもさぁ? ……もう、やめとけば?」
「急に歯切れが悪くなっておりますが、何か理由でもあるのですか?」
「だって、樹龍のジジィは今休眠期だから多分起きないよ? 風龍は今どこにいるか誰も分かんないし~」
「んじゃ、火龍っすね!」
「いやいや、アイツだけはやめときな~!」
「え? なんでっすか?」
「なんでって、二人とも死ぬから」
あまりにも自然に、まるで明日の天気でも話すように。
サラッと滅茶苦茶な事を言われた。
「さすがに、それは大袈裟じゃないっすか?」
半年間地龍に鍛えられた。
ギリギリだったが、水龍にも認められた。
言うなれば、2体の古龍にお墨付きをもらったと言ってもいい。
そんな今の俺達なら、すぐには勝てなくとも得られる物はあるはず。
「どうしても行きたいなら、別に止めないけどさぁ?」
「……一応、住処を聞いても良いっすか?」
「火山島。ここから海の方に出て、まっすぐ進めば数日で着くと思うよ~」
「であれば、どこかで休息は必要ですね。途中の島で野営を挟みつつ向かうことにしましょうか」
「そうっすね!」
俺達に立ち止まっている時間なんて無い。
行く先が明確であり、そこに強者が居るのであれば、行かないという選択肢は無い。
だが、それを聞いていたリヴィアの目は全く笑っていなかった。
「ハァ……、マジ気を付けなよ? 火龍だけはガチで頭おかしいから」
去り際に静かに放たれたその言葉の本当の意味を、この時の俺達はまだ理解できていなかった。
幕間である「龍を巡る」が6話も続きましたが、次話からは阿吽視点に戻り、いよいよ“修羅咲祭”へと進んでいきます! お楽しみに★
次話は6/26(金)投稿予定です♪




