第313話 龍を巡る④
~ドレイク視点~
巨大地底湖――ルミナトレン。
そこは、不気味なほど静かな場所だった。
天井にはヒカリゴケが綺麗に並び、鏡みたいに滑らかな水面がそれを反射する。
波一つなく、時間が止まっているのかと錯覚するほどの神秘的な空間。
なのに――
「なんか、落ち着かない場所っすね」
視線を動かすとどこか歪んで見え、整然過ぎるが故に上下の感覚すら曖昧になってくる。
「確かに……、妙な場所ですね」
この奇妙な感覚はシンクねぇさんも同じらしい。
その時突然、視界の外から声がした。
「はぁ……、だっるー」
――めちゃくちゃ気怠そうな声。
重みを全て削り取ったような……、言葉の意味すらも軽く感じさせる声音だ。
振り向くと、水面の上に誰かが座っていた。
細い肢体に長い髪。
整った顔に張り付く表情は、苛立ちを隠そうともしていない。
ただ、水面に座っているはずなのに、一切広がらない波紋がその異質さを強調させている。
「ってかさー、なにその力んだ歩き方。マジでウケるんだけどー」
「……あなたが、水龍ですか」
「はぁ? 見りゃ分かるでしょー?」
イラッとする。
めちゃくちゃイラッとする。
「申し遅れました。わたくしはシンクと申します」
そんな相手に対してもシンクねぇさんは綺麗なカーテシーと共に自己紹介を行った。
たしかに、どんな相手でも初対面は礼を尽くすのがねぇさんの流儀だ。
……この流れ、俺も全力の自己紹介をしておこう。
「俺は、ドレイクっす!」
ランドバルク直伝のフロントリラックスのポージング。
最初はやはり自然体の筋肉をアピールするべきだろう。
「……ドレイク、ポージングはやめなさい」
「え……、何でっすか?」
「やめなさい」
「うっす、やめるっす!」
シンクねぇさんから視線の圧力。
これは従った方が良い。
「あっそー、ウチはリヴィア。てかてかー、シンクちゃんカワイイねー。その服もめちゃめちゃアゲじゃん。でも、その無駄に緊張した姿勢だけは変えた方が良いよー?」
そう言うと、立ち上がったリヴィアは、こちらに視線をチラッと向け、再びそっぽを向く。
「ドレイク君だっけ? アンタは可愛くなーい。マッチョとか、マジないわー」
……俺は全否定かよ。
「シンクねぇさん、俺ちょっと泣きそうっす……」
「挑発に乗ったら負けです。それに、わたくしはドレイクのことカワイイと思いますよ?」
「えー? シンクちゃんそれマジー?? ってかー、その筋肉の仕上がり方さぁ……地龍んトコから来たんでしょ」
「ええ。半年間みっちり教えて頂きました」
「うわー、マジ無理。あの筋肉ダルマ、ガチキモいんだけどー」
(言いやがった……)
「基礎や理論は有用でしたよ」
リヴィアの発言に対し、すかさずシンクねぇさんが返す。
「そりゃそうかもだけどさー、全然可愛くないじゃん」
「それでも、わたくし達は強くなりました」
「カワイイこそ正義なんですけどー? ゴリゴリとかムリー」
「あなたの価値観なんて聞いておりません」
「シンクちゃん、真面目すぎぃ。疲れなーい?」
「疲れません。それに、あなたほど軽薄には生きられませんので」
空気がピリつく。
やばい。女子、怖い。
「まぁいいやー。で?」
リヴィアが肩をすくめ、長い髪の毛を指でクルクルと弄ぶ。
「やるの? やらないの?」
目を細めた瞬間――わずかに水面が歪んだように見えた。
「ねぇ。やれんのか、って……聞いてんの」
声のトーンが落ち、流れている空気がより一層張り詰める。
「愚問ですね」
「もちろん、やってやるっすよ!」
俺とシンクねぇさんの返事を聞くと同時に、リヴィアの姿が消えた。
「っ!?」
背後に気配。
振り向く前に、
「ほらほら、遅いってー。その筋肉は飾りー?」
「なっ……!?」
トンッ、と軽く押されただけで完全にバランスを崩し、踏んだはずの地面が水みたいに沈み込む。
ランドバルクとは別の強さのベクトル。地龍が“剛”だとするならば、水龍は“柔”と表現するのがしっくりくる。
「なんかさー。重そうなんだよねー、全部」
右から声。
振り向く……が、いない。
「こっちだって」
意識の反対側。
咄嗟に全身に力を入れるも、膝裏を小突かれカクンと力が抜ける。
気配が読めない。というか誤認させられる。
「あー、マジセンスない」
わざとイラつかせるような声が響いた。
その背後からシンクねぇさんが無言で迫り、大斧状態の変形巨斧を振り抜くも一瞬前までソコに居たリヴィアの姿が水に変わり霧散する。
「うんうん、シンクちゃんは分かってそうかなぁ?」
声がした先は地底湖の真ん中。水の上に立っているリヴィアの姿が目に入る。
(クソッ……!)
イラつきが収まらない。
リヴィアに対してというよりも、自分の不甲斐なさに対してイライラしてくる。
一足飛びでリヴィアへと肉薄し、赤鬼の金棒を振り下ろす。
すると、今度はリヴィアの右手に水が纏われ、攻撃の方向を少しだけ変えられてしまう。
攻撃が届かない、というよりも……。
当たっているのに――
受け流されている?
「はい、ダメー」
再び背後から声がすると、リヴィアの指先が軽く背中に触れた。
その瞬間、
視界が回転し、身体が宙を舞う。
「ぐっ……!?」
どちらが床か一瞬分からなくなった直後、背中から地面に叩きつけられた。
受け身も取る事ができず、息が詰まる。
「アンタさぁー」
ゆっくりと歩み寄られ、見下ろされる。
端正な顔が浮かべる表情は、完全なる余裕だ。
「ただ “ゴリ押そうとしてる”でしょ」
それは、完全に図星だった。
ハァー、と深いため息の後――
「それ、ダサいから」
立ち上がり、息を整え、リヴィアと視線を合わせる。
「……上等っすよ」
(今の俺、全然ダメっすね。ランドバルクから教わった事が全然活かせてない……)
一回心を落ち着かせる必要がある。
確かにリヴィアの言う通りだ。今の俺はダサい。
さっきの攻撃も、ただ力任せに振っただけ。ランドバルクなら、絶対にあんな打ち方はしなかった。
邂逅した初手からリヴィアにペースを持っていかれ、心まで乱され続けた。
……でも、ダサいままでは終われない。
思い出せ、ランドバルクの教えを。
叩き込まれた基礎を。
『激しい感情は時として爆発的な力になりマスが、コントロールできないようでは、本来の実力すら出せなくもなってしまいマス。熱い中にも冷静さは残しておきナサイ』
今思えばリヴィアの一言一言は、敢えて俺の感情を揺さぶり続けるものだった。
感情を乱され続け、実力を発揮できなかった。
『最も重要なのは目に見えているものではないデス。
技として使っているうちはまだ二流。
息をするように使えるようにナッテ、初めて古龍に届キマス』
身体の重心点を感じ取れ。
魔力を動かすときは、力強く……それでいて血液の流れのように滑らかに。
『常に力を入れる必要はアリマセン。力の流れに逆らわず、打撃の瞬間にだけインパクトを合わせマス』
一度脱力を挟み、呼吸を整える。
シンクねぇさんは変形巨斧をクルクルと回しながら、俺の初動に合わせようとしている。
深く集中している時のねぇさんの癖みたいなもの、調子は最上のようだ。
なら、俺は自分の事だけを考えれば良い。
『大丈夫、積み重ねは裏切りマセン!』
脳内では、満面の笑みを浮かべたランドバルクが背中を押してくれる。
赤鬼の金棒を軽く握り直し、両の足裏でしっかり地面を踏みしめた。
「っし、行くっすよ!!」
「……へぇ?」
空気の変化を感じ取ったリヴィアの目が、少しだけ細くなる。
「ちょっと、アゲじゃん」
どうも! 幸運ピエロっす!
ヘドバンしながらデスボイス出していた為か、次の日から喉をやられ体調崩してしまいました!(汗)
そのため数日執筆が出来ていないこともあり、来週の投稿を休ませてもらおうと思っております!
というわけで、次話は6/12(金)投稿予定です!
(間に合えば6/5に投稿します★)




