第311話 龍を巡る②
~ドレイク視点~
「腹筋、板チョコかっっ!!!」
思わず叫んだ瞬間、シンクねぇさんの肘が俺の脇腹にめり込んだ。
「……ドレイク、相手に対する礼儀は弁えなさい」
「ぐふっ……! いや、でもアレは言わなきゃダメなやつっすよ!?」
小声で抗議するが、ねぇさんの視線は冷たい。結構怒ってるやつだ。
――が、
「フッ……」
低く、短い笑い声が響いた。
視線を戻すと、ランドバルクが僅かに口角を上げている。
「ミーの腹筋を真っ先に誉めるとは、良い感性デース。トレーニングの成果は、正しく評価されるべきデスからネェ。それに、アナタもなかなか良い筋肉をしていマスネ。バトルによって自然と身に付いたファイティングマッスル……。それはそれで、ビューティフルなものデス」
「いやぁ、それ程でもないっすよ。実はもうちょっとデカくしたいと――」
「ドレイク」
「はい、黙ります」
即座に口を閉じる。これが竜の生存本能ってやつだ。
ランドバルクは腕を組み、俺達を見下ろした。
「……それで、アナタたちは何をしに来マシタか?」
その一言で、空気が変わる。
軽口は通じるようだが――本質はそこじゃない。
忘れてはいけないが、ランドバルクは“古龍”だ。
明確に“強者”の側に立っている存在。
「修行、強くなるためでございます」
シンクねぇさんが一歩前に出て、迷いなく答える。
「属性龍との戦闘、及びその力の理解。氷龍クエレブレ様より挑戦の機会を与えられ、参じました」
「……ほぅ?」
ランドバルクの目が細くなる。
「つまり、ミーを倒しに来マシたか」
「はい」
迷いが一切ない即答。
その横で、俺はニヤッと笑った。
「負ける気なんてサラサラないっすよ」
「……オゥケー」
次の瞬間だった。
ランドバルクがパチンッと指を鳴らすと、洞窟全体が揺らぎ始めた。
そして、
――ズンッ
洞窟の壁や床、その全体が圧し固められたように性質が変化していく。
ゴツゴツとしていた地面や岩肌が、切り出した大理石のように滑らかに整えられ、踏んでみるとその硬度は数倍まで跳ね上がっている。
「っ……!?」
そして、視界が一瞬ブレるほどの圧。
ランドバルクは、ただ“立っているだけ”なのに、空間そのものが重くなる。
「軽いデスヨ」
低く響く声。
「覚悟も、力量もネ」
次の瞬間、姿が消えた。
「ドレイク!!」
「分かってるっす!!」
反射で横に跳ぶ。
直後、
――ゴォンッ!!!
さっきまで立っていた場所に、拳が叩き込まれていた。
ガチガチに硬化された床が抉れ、岩が弾け飛ぶ。
ただの一撃なのに、当たっていたら終わっていたと直感で分かる。
「うおっ……!?」
一旦距離を取るためにバックステップを踏むが、瞬時に方向転換したランドバルクが目前に迫った。
「速っ――」
「わたくしの事を、忘れられては困ります」
寸でのところでシンクねぇさんが間に割り込み、大楯状態の怒簾虎威で追撃にガードインパクトを合わせ、攻撃を弾き上げた。
「オゥ、ファンタスティックなガード、デス」
その力に逆らわず、そのままバク転をしながら体勢を立て直すランドバルク。
この一連の攻防で、明らかに足を引っ張っているのは――、紛れもなく俺だった。
悔しさがこみ上げてくる。
強くなった気で居た。今なら古龍とも戦える、そう思っていたのに。
現実はシンクねぇさんのサポートが無ければ、わずか5秒で勝敗は決していた。
……だが、凹んでいる暇なんてねぇ。
この5秒で自分とランドバルクの力量の差は分かった。
そもそも、俺達は今よりも強くなるために地龍に挑んでいるのを忘れてはいけない。
「さーせんっす! もう大丈夫っす!」
「謝っている暇があるなら追撃しなさい。今度はこちらから攻めますよ」
「うっす!」
シンクねぇさんの目配せとともに地面に魔法が展開され、岩柱が何本も突き上がる。
「――縛れ、【地縛檻】」
それらが一斉にランドバルクへと絡みつく。
が、
「悪くないデスが、ミーの筋肉を縛るには密度が足りてイマセンネ」
バキン、と音を立てて砕けた。
まるで枯れ枝でも折るかのように。
「……っ!」
ねぇさんはすでに攻撃魔法の準備に移っている。
精度が高い。速い。無駄がない。
それでも――
「遅いデス」
一瞬で詰められる。
気付いた時にはもう、ねぇさんの目の前にいる。
「させねぇよ!!」
ランドバルクの強さはもう嫌というほど理解らせられている。この場の脅威は俺ではなく、シンクねぇさんだと考える事も。
一気に踏み込み、赤鬼の金棒を振り抜く。
――当たった。
確かな手応え。
だが、
「なかなかグッドな攻撃デス。……が、これではまだ軽い」
止まっている。
ランドバルクの腕一本で、完全に受け止められていた。
「……マジっすか」
「パワーはありマス。しかし、練度が足りマセンネ」
掴まれ、そのままぶん投げられた。
「ぐっ……!!」
地面を転がり、何度もバウンドしてようやく止まる。
肺の空気が全部抜ける。
痛い。けど、それ以上に――
(通じてねぇ)
悔しさがこみ上げる。
圧倒的な防御力の前に、俺の攻撃が意味を成していない。
「ドレイク!」
「大丈夫っす……!」
全身の状態を確認しながら立ち上がる。
それほど大きなダメージではなかったはずなのに足が震えてる。
そんな俺達を前に、ランドバルクは構えもせず、ただ立っていた。
「カモーンッ!!」
その一言は、完全に“受ける側”。それほど余裕があるということだ。
「……上等っすよ!」
歯を食いしばる。
「何回でもやってやるっ!!」
「その心意気、エクセレント」
満足げに小さく頷くランドバルク。
でも、そこから先が地獄だった。
何度攻めても通らない。
魔法は弾かれ、受けられ、時にはそのまま利用される。
ランドバルクの魔法は地面そのものを操る。
いや、“操る”なんて生易しいもんじゃない。
まるで地面と一体化してるみたいに“馴染んでいる”。
どこにいても、足元が敵になる。
そして――何より無限にすら感じられる防御力。とにかく硬い。
何発入れても、効いてる気配がないのはさすがに堪える。
というか、俺達を倒そうと思えばもう何度も致命傷を与えれたはず。なのに、俺達はまだ動くことができている。
(明らかに……手加減されてんな)
「はぁっ……はぁ……っ……」
膝をつく。
視界が滲む。
横目で確認をすると、シンクねぇさんも肩で息をしていた。
――勝てない。
これは、今の俺達じゃ無理だ。
「……終わり、デスか?」
ランドバルクの声が落ちてくる。
責めるでもなく、ただ事実を確認するように。
悔しい。
けど――
「今は、……そっすね」
顔を上げる。
息を整える余裕なんてないけど、それでも笑った。
「その“今”が問題デス」
ランドバルクが近づいてくる。
重い足音。
だが、さっきまでの圧はない。
俺達の前で止まり、そう言った。
「最初がミーで良かったデスネ。他のドラゴンならファーストアタックでキルされてマシタ」
「うっす……」
「筋は良い。才能も感じられマス。……ですが、アナタたちは魔法を“技”として使っているだけデス」
クエレブレ様に魔法障壁を教わった時も同じことを言われた。
この1年で分かった気で居た。だが、まだまだ扱いきれていなかったということだ。
「魔法は、筋肉と同じデス」
両肘を曲げ、ダブルバイセップスのポージングを取り、肥大した上腕二頭筋を更に盛り上げながらランドバルクは語る。
静かに、だが力強く。
「魔法やスキルは、鍛えれば鍛えるほどストロングになりマス。しかし、それだけじゃ駄目デス」
ゆっくりと腕を開き次のポーズへと滑らかに移行する。
その動きに合わせて、周囲の地面がわずかに揺れた。
「柔軟でなければ、意味がないのデスヨ」
足元の岩が、滑らかに形を変え始めた。
まるで生き物のように。
「パワーに任せて振るうのはナンセンス。制御し、積み重ねることで、身体に馴染んでいき……」
腕を大きく回し、モストマスキュラ―のポーズを取る。
すると、地面から生えてきた岩の塊が姿を変え、両端でダブルバイセップスとサイドチェストのポージングをしたランドバルクの、テカテカに光る石像が並んだ。
「そうして初めて、ナチュラルに使えるようになりマス」
――なるほどな。
そりゃ、勝てねぇわ。
やってる事のレベルが違う。
「……それで、」
口の端を上げる。
「どうすればいいんすか?」
ランドバルクは、満面の笑みを浮かべると、
「決まっているデショウ?」
ドン、と胸を叩く。
「ひたすらトレーニング、デス!」
シンプルすぎる答え。
けど――
「ミーがアナタたちを立派なファイターに育ててあげマス。大丈夫、積み重ねは裏切らないデス」
振り返り、歩き出す。
そして、少しトーンを落として続けた。
「……裏切るのは、いつも自分の怠慢デスからネ」
その一言で、全部納得した。
シンクねぇさんと顔を見合わせ、二人同時に口を開く。
「「よろしくお願いします」」
「ハッハァー! では、まずは基礎から始めまショウ、身体強化スキルなしで、プッシュアップ1000回デスッ!!」
ただ、ランドバルクのバカでかい広背筋を見ながら、思う。
(シンクねぇさんまでマッチョになったら、兄貴たちにどう言い訳しよう……)
次話は5/22(金)投稿予定です♪




