第310話 龍を巡る①
~ドレイク視点~
――空を飛ぶのは、気持ちがいい。
竜化して飛べば、羽ばたくたびに空気が裂ける感覚が伝わり、高くから見渡す景色には自由すら感じられる。
今、目下に広がっているのは広大な樹海。どこまでも続く緑の海だ。
この深い森の先に、俺達の第一の目的地がある。
「ドレイク、疲れてはいませんか?」
背の上から、シンクねぇさんの声が響く。
普段は厳しいねぇさんも、二人の時はかなり優しい。元々他者を一番に気に掛けるねぇさんだからこそ、メイドという兄貴の側近のような立ち位置も難なくこなせるのだろうが、こういうギャップでドキッとしてしまう事もある。
度々見せる厳しさもまた然り。相手を想うが故に感じた事をそのまま伝える。
星覇のみんなも、それが分かっているからこそシンクねぇさんの事を尊敬し、その厳しさも素直に受け入れられるのだろう。
何より、シンクねぇさんは自分に対して一番厳しい。時々、ストイックを通り越して滅茶苦茶な事をしたりもするし、本人には口が裂けても言えないが、ドが付くほどのマゾなんじゃないかと思うことすらある。
反対に、敵と認定した相手に対しての容赦は一切ない。
ウィスロでは【凶星】なんて称号が付くほど大暴れしていたし、こちらはドが付くほどのサディスティックなんじゃないかと思う事もあるが……うん、これ以上は考えない方が良い。
それはそれでお茶目な一面だと思っておこう。
「無理は禁物ですよ。目的地に辿り着く前に消耗しては意味がありません」
「大丈夫っすよ! 体力には自信があるっす!」
考えていた事を悟られないよう声を張り、前を見たまま少し真面目に答える。
「それに、兄貴の隣に並べる強さを身に付けるって決めてるんっすよ」
「阿吽様やキヌ様も武京国へ行かれておりますからね。帰って来られたときに差が開いていたら落胆されてしまいます。わたくしも気合いを入れなければならないですね」
「ハハッ、そうっすね。兄貴達の事なんで、とんでもない事してそうっす。でも、属性龍に挑戦すれば、俺達も確実に強くなれると思うんで、次会った時に驚かせるくらいにはなりたいっすよね!」
「……最初は、地龍でしたね。その名の通り、わたくしの主属性と同じ地属性の魔法を操るのであれば、学びが多そうです」
「クエレブレ様が『最初は必ず地龍へ行け』って言ってましたからね。“他よりも話が通じる相手”って事でしたけど……、逆に他の龍は話が通じない相手も居るって事っすかねぇ?」
「そうでしょうね。その時は、真っ向から倒せばよいのです」
「……相変わらず豪胆っすね。まぁ、勝つまでやれば勝ちっすから! っと、そろそろ到着しますね」
視線を落とすと、森の奥に小高い丘が見え始めた。
長い時を生きた古龍の住処は、往々にして魔素が濃くなる傾向にあるらしい。それ故に周囲の魔物も活性化するそうなのだが、飛行できる俺は周辺の魔物を無視して目的地まで直行できる。
「……あれっすね」
少し高度を下げていくと、徐々に異様さが感じられてきた。
遠くからでは分かりにくかったが、小高い丘の中央にはわざと空けたかのように、大きな穴が口を開けている。
地面に降り立ち、竜化を解く。
大穴の入口に立ってみると、その異質さはより鮮明に感じられる。
何となくだが空気が重い。
加えて穴の奥から何かが脈打ってるような感覚が伝わってくる。
そして、この周辺だけ魔物の声が全く聞こえない。まるでこの場所を意図的に避けているように……。
シンクねぇさんも同じように感じているのだろうが、それでも普段と変わらない口調で淡々と言葉を発した。
「行きますよ、ドレイク」
「うっす!」
洞窟の内部は思ってたよりずっと広く、なだらかに地下へと道が続いている。
壁には淡く光る石が散りばめられており、薄暗さはあるものの視界は確保できる。
ただ、奥へと進むごとに、足元からズンズンと一定のリズムで伝わってくる、鈍い振動。
――洞窟自体が生きてる。
そんな気さえしてしまう。
そのまま二人横並びで歩いていくと、一際大きな空洞に出た。
その中心に見えるのは一つの影。そして微かに聞こえる太い声。
「――9987、9988、9989、9990……」
小さく息を整えながら、腕立て伏せをするその背中には巨大な岩の塊が載っている。
上下のリズムに合わせて響く振動。
相手もこちらに気付いているのだろうが、それでも腕立て伏せを止める気配はない。
思わず足を止めた。
地龍の住処でトレーニングをしている男――、その想像だにしていなかった状況に思考がフリーズしてしまう。
「――9998、9999、10000。フゥ……フィニッシュ! 今日も良い上腕三頭筋デース。胸筋のパンプアップもグッド。やはり積み重ねは裏切らないデスネ!」
背中の背負った岩が床に落ち、ズンッという一際強い振動が響く中、ソイツはゆっくりと立ち上がった。
そして、俺達の事よりも自身の黒光りした筋肉を優先して確認し始める。
ピクピクと筋肉を動かしながら、念入りに上半身を確認し終えると、ゆっくりと金色の瞳がこちらに向けられた。
――攻撃してくる気配はない。が、体が勝手に力んでしまう。
(……そもそも、コイツは誰だ?)
その答えは、意外にもすぐに出た。
「アナタ、氷の魔核……持ってマスネ」
いきなり言われた一言目に、胸の奥がわずかに熱を持つ。
「ああ」
短く返すが、既に会話の主導権は持っていかれた。
「オゥ。クエレブレに託されマシタか」
納得したように目を閉じ頷くと、一呼吸置いて再び口を開いた。
「ミーのネイムはランドバルク。今は人化していマスが、種族は……地龍、デス」
綺麗なサイドチェストのポージングと共にされる、流れるような自己紹介。
盛り上がった大胸筋、メロンのような三角筋、山脈をも連想させる僧帽筋。
そして何よりも、バッキバキに割れた腹筋と、あまりにも不自然な満面の笑み。
コイツが……地龍?
なぜ人化を?
それよりも、俺が氷の魔核を持っている事がどうして分かったんだ?
聞きたい事は、山ほどある。
――だが今は……それよりも先に、言うべき事がある!
「腹筋、板チョコかっっ!!!」
次話は5/15(金)投稿予定です♪




