第309話 星廻の刃
~阿吽視点~
ヒヒイロカネを國光に渡した翌朝、俺達は再び國光の工房へ出向いた。
昨日は、「集中したい」と半ば追い出される形で工房を出たが、その時の表情は返事をする余裕すら与えない程に鬼気迫るものだった。
俺ですらちょっとビビったし、キヌも珍しく目を丸くしていたほどだ。
それに反して、今日工房の戸を開けた時に飛び込んできた國光の顔は、宝物を自慢したい子供のような、それでいて気持ちを隠そうとしているような、とにかく説明できない表情をしていた。
「来たか、若造」
鍛冶場に足を踏み入れた瞬間、違和感が走った。
静かすぎる。……空気そのものが、どこか張り詰めている感じがする。
「……なんか、いつもと違くねぇか?」
思わず呟くと、奥に立つ國光がニヤリと笑った。
「感じるやろ。それが“答え”や」
そう言って、顎で示される。
視線を向けた、その瞬間。
「マジ、か」
理解した、というよりも直感が告げ、本能がそう断じた。
――コイツはとんでもない代物だと。
そこに在ったのは、一振りの大太刀。
机の上で枕布を敷かれ、ただその上に置かれているだけ。
なのに、周囲の空気が歪んで見える。
銀とも紅ともつかない光を帯びた刀身。
見る角度によって色を変え、まるで呼吸するみたいに明滅している。
生きている。
そんな錯覚すら抱かせる存在感だ。
「……これ、白鵺丸か?」
「そうや。お前の刀や」
國光の声がやけに軽い。
だが、その目は笑っていなかった。
試すように、値踏みするように、俺を見ている。
“もう分かってんだろ?”とでも言いたげだが、正直詳しい事なんか全然分からん。
とにかくヤベェもんっていう抽象的とも言えないほどの直感的な感覚くらいだ。
「触ってみぃ」
「あぁ」
短く返答し、一歩踏み出す。
近づくだけで、圧が強くなっていくが、拒否されている感じは全くしない。それどころか早く触ってくれという意思すらこの刀からは感じる。
手を伸ばし――柄を握る。
「っ……!」
軽……い? いや、違う。
部品どうしがピッタリと噛み合うように、俺と大太刀が一つになった感覚に陥る程、“合っている”。
握りの太さも、重心の位置も、刀身の長さも、何もかもが“ちょうどいい”。
「気持ち悪ぃくらい馴染むな」
「そらそうやろ。誰のために作った刀やと思っとる」
鼻で笑う國光。
そのまま、ゆっくりと持ち上げてみる。
抜き身の刀身は、見ているだけで、吸い込まれそうになる。
これが白鵺丸をベースに作られたものであることは持ってみたらすぐ分かった。
色々と分析しようとはしてみるが、思った以上の衝撃と嬉しさに上手く思考がまとまらない。
とりあえず……、鑑定してみよう。
「……鑑定」
【白鵺丸 星廻】
かつて“白鵺”と呼ばれた核と、最高純度の武鋼を以て二代目國光により打たれた一振り。
刃は使用者とともに成長を続けるが故に、完成形とはなっておらず、その在り方は使用者に依存する。
星々の運行の如く、力は巡り、還り、増幅される。
『星の導きは常に正しく、星の輝きはいつも気まぐれである』
《種別》大太刀
《レアリティ》解析不能
《特性》
・使用者制限:使用者は個体名、百目鬼 阿吽に限られる。
・使用者との魔力同調を行うごとに成長を続ける。
《固有能力》星廻
・流し込まれた魔力を刀身内で循環・増幅し貯留、もしくは使用者へと還す。同調率が一定値を超えた場合、それをトリガーとして次の能力を獲得。
《二次能力達成条件》
・魔力同調率が50%を超える。(現在0%)
「……は?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
書いてあることが全然理解できん。
いや、頭ではわかるんだが……、これが俺の思ってる通りの能力だとしたら、意味分からんくらい強すぎる。
「レアリティは“解析”不能、ねぇ……」
こんなことは初めてだ。鑑定結果が文字化けのように読み取れない事はあったし、隠蔽系の装備を着用している相手のステータスは『鑑定不能』と出た事もある。
だが、今回は解析不能。
(鑑定は行えた上で、解析ができないということか?)
だとすると余計に分からない。そもそも伝説級や神話級などの既存の枠から外れた存在だとするならば、この太刀のレアリティは神話級をも凌駕する可能性すら孕んでいるということになる……。
「面白ぇ」
口の端が勝手に吊り上がる。
試したくなる。
コイツと俺が、どこまでいけるのか。
「國光」
「なんや?」
「ちょっと試し斬り、していいか?」
「構わん。やってみぃ」
腕を組みながらニヤついた顔で顎をしゃくる。
その先には、大きめの岩が転がっていた。
「……とりあえず、軽くいくか」
構え、狙いを定め、深く考えずただ腕を振ってみる。
「……!?」
……軽い。
いや、軽すぎる。
斬った感触がない。それどころか、振った感触すらなかった。
何かを切ったときは必ず手応えが返ってくるはず。
素振りですら空気を切った感触はあるのに、だ。
不思議に思い、刀身に目をやると刃こぼれひとつなく、陽の光を綺麗に反射している。
だが、次の瞬間――
岩が、音もなくズレた。
まるで最初から別れていたかのように、滑るように。
「……え?」
遅れて、理解する。
切れている。
……いや、違う。
“斬られている”。
その切断面は異様なほど滑らかで、鏡のように光を反射している。
「……まだ、魔力流してねぇぞ?」
本当にただ振っただけ。技も何もあったものではない振り方だ。
……なら、魔力を流して斬ったらどんな事になっちまうんだ?
てか、そうだとするならこの切れ味は能力ではなく、刀としての性能ということになる。
二代目國光……、その腕を侮っていたのかもしれねぇ。
「おいおい……」
思わず笑みが零れる。
なんだこれ。
本当に意味が分からない。
「ただ斬れるとか、そういう話じゃねぇな」
「やろ?」
後ろから國光の声。
「そいつが、“お前の刀”や」
「……ああ」
納得した。
これは確かに、俺専用だ。
他の誰かが使える気がしない。
握り直すと刀が応えてくれているのが分かる。
試しに魔力を流し込んでみると、刀と身体が一体になっているかのように巡り、増幅され、戻ってくる。
「……最高かよ」
自然と笑みがこぼれる。
この感覚。
どこまででも行ける気がする。
「白鵺丸 星廻……か」
國光には俺達のクラン名が【星覇】であることはまだ伝えていない。
にもかかわらず、『星』を冠する銘が付いている。
これは何の縁か、運命か。
「わしは最高の仕事をしたぞ。あとはお前の腕次第や」
ニヤリと嗤う國光。
昨日、俺が言ったセリフをそっくりそのまま言い返してきやがった。
「ハッ、上等だ! “修羅咲祭”ぜってぇ優勝してきてやんよ!」
「若造が、大きく出たな。……だが、もしそうなったら、わしが阿吽の専属の刀匠になってやる」
どちらからともなく手を組み合う。
もうこれ以上の言葉はいらない。
俺の力を、白鵺丸の力を、武京中に轟かせてやろう。
そして、國光をクランに引き入れる。
俺は、二代目國光という男を、気に入っちまったんだからな。
次話は5/8(金)投稿予定です♪




