第308話 鍛刀②
~二代目 國光視点~
真っ赤に熱を帯びた白鵺丸を金床へと据え、その中心へ槌を振り下ろす。
想像以上に甲高く響いた一打目、それは新たな生を受けた赤子の産声のようやった。
(――絶対に殺さん。また“白鵺丸”として生まれ変わらせてやるからな)
十数回槌で叩き、また炉に戻していく。
強い部分は残し、余分は削る。
強く。
より強く。
それを何度も繰り返すうち、土台となる形が成形されていき、これが新たな刀の芯となる部分となる。
それは、新たな刀の魂。
続いて、その土台となる白鵺丸の上にヒヒイロカネを乗せ、炉へ入れ炭で蓋をする。
鞴で空気を送り込むと、火の色が変わりはじめてきた。
白と金そして紅が交差する炎。初めて見る幻想的な色彩に思わず見惚れ、一瞬時間が止まった感覚に陥った。
肌を刺す熱でふと我に返る。
空気を押し潰すほどの圧倒的熱量は、息を吸うと肺が焼けるよう。その中に、微かに甘い香りが混じりだした。
深く吸い込みたいと思わせる蠱惑的な芳香が充満し始めるが、集中を途切れさせるわけにはいかない。
この鉱石は五感で鍛冶師を誘惑してきやがる。
それを乗り越える事ができる者だけが本物だと言わんばかりに。
そのうち溶けたヒヒイロカネと芯が一つになり始めていく。
「ええ頃合いやな」
――カン!!
最初の一撃。
返ってくる感触が、普通の鋼とは全く違う。
骨の髄に響く振動から、『もっと打て』『もっと寄越せ』『お前の力はそんなものか』という鼓舞すら聞こえる。
「上等や」
歯の間から、息が漏れる。
打つ。
打つ。
打つ。
滴り落ちてくる汗をぬぐいつつ、熱された刀に藁を付け、粘土水をかけ、再び炉に入れる。
その工程を繰り返す毎に、ヒヒイロカネと白鵺丸は、高温の中で一体となっていく。
バチバチと激しく音を立てて舞う火花は、さながら夜空に咲く大輪の花火。
その光の中で橙に輝く金属は、炎の中で進化を繰り返していく魔物のようだった。
「我ながら、“白鵺丸”とはよぅ名付けたもんやな」
金床に上げ槌を打ち、引き延ばした金属を何度も何度も折りたたむ。
幾層にも重ねるごとに刀は強度を増し、硬く、しなやかになっていく。
――カン、カンッ。
視界が炎と溶けた金属の赤に染まる中、振り下ろした槌の音と振動、飛び散る火花の熱は間違いなく自分の身体に跳ね返ってくる。
それは今までに聞いたどんな音よりも激しく、どんな景色よりも鮮やかだった。
どれだけ時間が経ったかは曖昧だが……そんなもんは、とうにどうでもようなっとった。
ただ、この工程の一つ一つを、極限まで集中しとる今のまま完遂させたい。
(……まだや)
もう少し、まだ数歩、こいつは鍛えられる。
まだ浅い。
まだ届かん。
この鋼は、こんなもんやない。
もっと奥がある。
もっと、
もっと、もっと――
「……ここか」
素材が限界を迎えるギリギリ、鍛造の限界点。
その一線が見え、最後の一打を振り下ろす。
「これがお前の望んだ形か……。だいぶデカくなったのぉ」
太刀を越えて大太刀の部類や。取り回しは以前よりかなり難しくなるが、核にした白鵺丸が望んだ形ってことは、これが阿吽にとっての正解なんやろう。
もう一度炉で熱し直し、汲んできた井戸水の中に入れる。
ジュゥーという鋼の冷める音と共に蒸気が爆ぜ、白色が視界を覆った。
その数秒後、耳鳴りがするほどの静寂が訪れ、ゆっくりと水から引き上げる。
次いで、焼き刃土を刀身に塗り、再度焼き入れ、冷ますことで刃文を付けて行く。
そうする事で刀全体の硬度と靭性が保たれ、衝撃を吸収する役割を担ってくれるのだが……、
「こいつ……本当に、何から何まで……」
水から取り出してみると、綺麗な互の目が現れていた。
静かな波打ち際のような揺らぎ。それでいて確かに息づく妖のような模様。
見惚れるほどの美しさや。
この手にあるのは、もうただの鋼やない。
「……あとは、最後の作業工程である砥ぎだけか」
安心感と名残惜しさが同時に心中を駆け巡るが、ここから先も集中は途切れさせるわけにはいかない。
砥石に運び、静かに刃を当てる。
――シャリ。
金属と砥石が織りなす一音目。
それは、さっきまでの火祭が夢だったかのような、静かで穏やかな音だった。
「こいつを研ぐのに、余計な力はいらんな」
ただ自分の感覚を信じ、一研ぎ一研ぎ丁寧に通すだけ。
鋼の声を指で拾うたび、指腹から伝わる甘美な刺激。
研げば研ぐほどに澄んでいく輪郭。
押せば押すほど浮かび上がっていく刃文。
この数時間で、こいつは色んな表情を見せてくる。
扱いにくい程の激しい感情を見せたかと思えば、物静かで魅惑的な一面を覗かせる。
それでいて、底知れん包容力すら伺える。
(……ホンマ、最高の刀やな)
そうして短く、息を吐く。
しばらく呼吸すら忘れていたかもしれない。
「……完成、やな」
冷静になって、改めて思う。
わしは……、とんでもないモノを生み出してしまったと。
(斬ってみたいと思った事はあるが……、斬られてみたいと思ったのは――初めてや)
炉の残り火を受けて輝く刀身は、静かにそこに在るだけで、周囲の空気を支配していた。
銀とも赤ともつかぬその光は、見る角度によって微かに色を変え、まるで呼吸するように明滅している。
刃文に浮かぶ互の目は、ただの波ではなく――生き物の鼓動にすら感じさせる。
「……お前、これで良かったんやな?」
ぽつりと呟く。
返事などあるはずもない。
――なのに。
確かに“応えた”気がした。
握りに手を掛けた瞬間、指先から伝わるのは冷たさでも、温もりでもない。
これは、“意志”。
「阿吽……」
あの小生意気な若造の顔が、脳裏に浮かぶ。
無茶苦茶で、型破りで、誰よりも“自由”に振る舞う男。
この刀は、間違いなくあいつを選んどる。
ならば……、
「――使いこなしてみせぇや」
小さく笑い、刀を鞘に収める。
カチリ、とその音がやけに重く響いた。
それはまるで、何かが切り替わったような――
あるいは、封じたような。
どちらとも取れる、曖昧な音だった。
鍛冶場に残る熱も、匂いも、音も。
すべてがゆっくりと引いていく中で、ただ一つ。
大太刀だけが、そこに在り続けている。
「完成……、いや――ここからが、“始まり”か」
窓の外に目をやると、空には一際強く輝く星が瞬いていた。
それは宙の闇すら吸い寄せるほどに、強い存在感を放っている。
「この大太刀の銘は――『白鵺丸 星廻』や」
廻り、廻る、この星で――
阿吽と白鵺丸が、どんな物語を綴るのか。
残りの人生、刀匠として一番近くで読ませてもらうのも……悪くないかもな。
どうも、幸運ピエロっす!
プロット調整等の兼ね合いで1週お休みを頂きます!
次話は5/1(金)投稿予定です♪




