第297話 白鵺丸の状態
「……単刀直入に申し上げる。この刀、このまま使い続けるのは――危のうございます」
孫呂久の一言が持つ重みは、部屋の空気を一変させるには十分だった。
俺は白鵺丸へと視線を落とす。
パッと見には異常がない。
刃こぼれもなく、刀身の輝きも健在だった。
それでも、武京に向けて出発してから感じていた、あの言葉にしづらい違和感が脳裏をよぎる。
「折れかけてる、とかじゃないよな? 俺が使い手として未熟……なのか?」
そう問いかけると、孫呂久は首を横に振った。
「いいえ、むしろ逆です。私が見る限り、この太刀はまだまだ健在。阿吽殿との相性も良いのでしょう。……しかし、“器”としての限界が近いように感じるのです」
「器?」
「ええ。使い手の力が、刀の想定を超え始めている。言葉を選ばず申し上げると……阿吽殿、貴方はこの太刀にとって、既に“重すぎる”存在になりつつあるのです」
禅が、僅かに目を見開いた。
「……使い手の力が、刀の性能を追い越していると?」
「その通りです。この刀は弱っているのではない。むしろ、自らの性能の上限ギリギリまで力を発揮しようとしている。……本当に、良い刀ですよ」
その言葉は、不思議と腑に落ちた。
白鵺丸を握った時の、微妙な重さ。
抜き放つ瞬間の、軋むような感覚。
――あれは拒絶ではなく、追いつこうとする懸命な叫びだったのか。
「しかし、このまま使い続ければ……いずれは――」
続く言葉は、言われなくても理解はできた。
「……じゃあ、どうすればいい?」
俺の問いに、孫呂久は一瞬だけ言葉を探すように視線を伏せ――やがて、静かに口を開いた。
「この太刀を打った鍛冶師に、診てもらう他ありません」
「……二代目、國光か」
紡がれた名に、禅が僅かに反応した。
空気が、ピンッと張り詰める。
「あの刀匠、國光ですか……」
禅の声には、納得と同時に、どこか慎重さが滲んでいた。
「刀匠??」
思わず出た質問に、孫呂久が答える。
「刀匠とは、我ら鍛冶師の中でも刀のみを制作する者のことです。特に“魔刀”は制作工程が特殊なため、特殊な観察眼や隔絶した技術が必要となるのでございます」
「一口に鍛冶って言っても奥が深いんだな……。ってか、孫呂久は刀匠じゃないのか?」
「私の場合、専門は剣です。もちろん刀の知識はありますし、一般的な刀であれば制作や修繕も可能なのですが……、白鵺丸のような魔刀ともなると、やはり製作者でなければ触れないですね」
「そういうことなんだな。んで、その刀匠は今どこにいるんだ?」
「彼は、燼里町に居るはずです」
「燼里?」
その地名に首を傾げると、孫呂久は頷いた。
「簡単に申しますと“鍛冶師が集う街”です。武京国において、武具を極めようとする者が最後に辿り着く場所であり、『火と灰の町』とも呼ばれております」
その説明だけで、普通の場所ではないと分かる。
「ただ、彼は大変に気難しい男でしてな。今では、滅多に依頼を受けません」
「引退、してるのか?」
「いいえ。……ただ、選ぶのです」
孫呂久の目に、僅かな畏敬の色が宿る。
「槌を振るうに足る相手か、刀を預ける価値があるか……。それを、徹底的に見極めるのですよ」
つまり、白鵺丸を頼めるかどうかは分からない。
しかも一度見切りを付けられれば、顔すら見られなくなる可能性もあるわけか。
禅が、静かに俺を見た。
「阿吽……、簡単な道ではなさそうですね」
「分かってる」
それでも、迷いはなかった。
「このまま使い潰すつもりはない。白鵺丸は……俺にとって、ただの武器じゃねぇからな」
その言葉に、孫呂久は深く頷いた。
「……でしょうな。この太刀は、不思議と人を選んでいるように見受けられる。遠き日に國光殿が打った太刀が、巡り巡ってあなたの手に渡ったのも……とても偶然とは思えない」
そして、白鵺丸を一瞥してから、静かに続けた。
「これは鍛冶師の勘ですが……、この太刀を見て國光殿が何も感じぬとは思えません。それに、私も彼とは知らぬ仲ではないですからな。口添えくらいはできるかもしれません」
その一言は、俺の背中を強く押すものだった。
「燼里町、か……。すぐにでも向かいたいな」
俺がそう呟いたその瞬間、かすかに、白鵺丸が震えた気がした。
――まるで、自身が生まれた故郷を知っているかのように。
次話は2/13(金)投稿予定です♪




