第9話 フラグは圧し折れ!!
舞踏会以来、ディオンとリリアーナは、公宮内で注目の的だった。
あの場で、レオナルトがリリアーナを認めるような発言をしたため、リリアーナは公的に認められた存在となった。
ディオン公子の婚約者。
さすがに結婚は、私とレオナルトの後となったが、すでに彼と同居しているためか、リューネル伯夫人としての扱いを受けている。
そのことをこころよく思う者、思わない者。
公宮内は、ちょっとだけ荒れていた。
「お気になさることはございませんわ、姫さま」
そう言ったのは、一緒にお茶を飲んでいたブランシュ伯夫人。
公宮の一角にある庭園。
彼女に招待された私は、彼女とその取り巻き夫人たちと、お茶を優雅に味わっている。四阿の周りに咲いているのはバラではなく、クレマチス。バラから比べると少し華やかさに劣るけど、今の私には、こちらのほうが落ち着く。
給仕に淹れさせた紅茶が甘く香り立つ。お茶うけ!?は、私の焼いてきたパウンドケーキ。
「あのような者、親しくしてやる必要はございませんわ」
彼女がカップに口をつけると、周囲の女性たちも、一斉に同意したように首をふった。
「いくらディオン公子のご寵愛があっても…」
「身分をわきまえない者ほど、見苦しいものはございませんわ」
ねえ、と口々にささやきあう。
みんな、ここにいる人たちは、リリアーナのことをこころよく思っていない。
リリアーナが、ディオンの目に止まったことで一気に出世する、いわゆる「シンデレラ」状態になっていることが気に食わないのだ。
特に。
「どれだけダンスが踊れようとも、ドレスを着こなそうとも、所詮は庶民の出。いやしい血は隠せませんもの」
ブランシュ伯夫人が、一番容赦ない。
彼女の夫、ブランシュ伯というのは、貴族のなかでも筆頭に値する地位だ。
ディオンの持つ、リューネル伯は大公家の筆頭称号とブランシュ伯は、ほぼ対等。言うなら、左大臣と右大臣的な!? そういうポジション。
そのブランシュ伯の妻ともなれば、それこそ貴族の夫人のトップなわけで。そんな彼女からすれば、庶民出のくせに、ちょっとディオンに気に入られたからって、自分と同じ立場にリリアーナが登ってくることが許せないのだろう。リリアーナに対する批判は、とことん辛辣。
(でも…)
それでいいのかな、とも思う。
庶民であっても、ディオンに愛されているのは間違いないわけだし。
第三者、たとえばこの世界を小説かなんかだと思った時、彼女は、間違いなくヒロインで。出会ってしまった王子のために、ふさわしいだけの自分になろうとしている健気な乙女で。
多分だけど、そんな彼女だから、ディオンに以外にも彼女に惹かれる男性が現れそうよね。
リリアーナの窮地に、サッと手を差し伸べてくれる、そういう男の人。(この場合、女性ではないのよ) ディオンとゴールインするのは決まっているから、当て馬的に!? 「彼女が幸せならいいんだ」的なセリフを吐いて、取り巻くイバラから、彼女を守る騎士。きっと、おそらくイケメン。
………ん⁉
ちょっと待て。
その場合さ、彼女を守るって。取り巻くイバラって…。
(私たちのこと!?)
こうやって悪口言ってるわけだし。私、そのなかで、一番身分もあるし、イバラになりそうだし。
うわ。悪役令嬢、確定じゃない。
となると、その当て馬騎士は…。
(レオナルト!?)
ディオンと踊るリリアーナに見とれてたし。もしかすると、ディオンと同じで、レオナルトも、ああいう女性が好きのなのかもしれない。
この先、私(もしくは、ここにいる貴族夫人たち)が彼女にしたことに対して、「やめるんだ、エセル」とか、「きみたちのやった悪事は、すべてお見通しだ」とか言われるんだよ。
そして。
「エセル、きみがそんな女性だとは思わなかった」
なんて言われて、それこそ断罪イベント発生。
修道院送りか、祖国へ強制送還か。さすがに断頭台コースはないだろうけど。
考えれば考えるほど、いいことなさそうで、気分が落ちこむ。
「おいしい匂いがすると思ったら、ここだったのか」
突然、四阿を囲む茂みから声がした。
「ディオン公子…」
その声と現れた姿に、ブランシュ伯夫人が息を飲んだ。
「わたしたちにも少し分けてくれないかな、エセル。匂いに刺激されて、お腹がどうしようもないんだ」
ディオンがおどけたようにお腹をさする。
「そんな、無理を言ってはいけませんわ」
子供をたしなめるようにディオンに言うのは、寄り添うリリアーナ。
「ああ、でもエセルのケーキは絶品だって聞いたものだから。どうしても食べてみたいんだけど、ダメかな」
ディオンに引き下がる様子はない。それどころか、上目使いにこちらを見てくる。
「では、姫さま。わたくしたちはこれで失礼しますわ」
悪口を言っていた手前、バツが悪いのか。それとも、リリアーナと同席したくないのか。
ブランシュ伯夫人とその取り巻きたちが席を立った。
そそくさと、彼女たちが去ってゆく。
(ああ、ちょっと待ってよっ!!)
別に私は悪口を言ってたわけじゃないけど、こんなところに取り残されたって、具合が悪い。
元婚約者とその愛人。
どうやって何を話したらいいのよ。それに、さっきまでの話をもし聞かれてたとするなら、私、どう言いつくろえばいいのよ。
私の動揺など気づきもせずに、向かい合うようにディオンが空いた席に腰を下ろす。続いてリリアーナも。
「気を使わせてしまったかな」
夫人たちの去っていったほうを見て、ディオンが言った。悪口は、聞いていたのかいなかったのか。とりあえず、話題にするつもりはなさそうだった。
給仕たちが、新しい食器を用意し始める。
新しい紅茶と、切りたてのパウンドケーキ。
目の前に出されたそれを、当然といった顔で、ディオンが口にする。
「…ん、たしかにこれは美味い」
少し目を閉じ、味わったディオンが称賛した。
「ほんのり甘くてしっとりしてて。うん、みんなが欲しがる理由がわかるな」
そんな大げさな。
そう思いながらも、まんざらではない気分になってくる。
姫という立場の私がケーキを焼くなんて。
故郷に残してきた乳母は、このことにあまりいい顔をしなかった。料理は下々の者にまかせておけばいい。乳母はそういう考えの人だった。
でも私は、これだけは、パウンドケーキだけは自分で焼きたかった。
どうして、パウンドケーキだけ!? 子供の頃から不思議に思ってたけど、最近、その答えを自分で見つけた。
パウンドケーキは、前世の記憶。
お母さんから教えてもらった、唯一のレシピだったから。
たっぷりバターとハチミツを入れた、甘くしっとりしたパウンドケーキ。それが、ずっと好きだったから。姫という立場になっていろんなケーキを口にしたけど、私が一番好きだったのは、このケーキだった。
前世を思い返すと、ツンと鼻の奥が痛くなるけど、それでもこのパウンドケーキを焼くことはやめられなかった。
そのパウンドケーキを素直にほめられると、どうしようもなく照れる。
「紅茶、もう一杯いかが!?」
照れ隠しに紅茶をすすめる。
「ああ、いただこうか」
ディオンに続いてリリアーナにも。熱い紅茶の入ったポットを持って彼女に近づく。
この紅茶だって、パウンドケーキに最適なものを選んでる。ケーキをおいしいというのなら、これも味わってほしい。
微妙な空気も払拭できるし。
「ありがとうございま…あっ!!」
不意に動いたリリアーナの手がポットの端に当たった。
「大変っ!!」
リリアーナの手にわずかだが紅茶がかかる。あわてて引っ込めたリリアーナの手が、今度はカップにぶつかり、派手な音を立ててカップが地面で割れた。
「大丈夫かっ!?」
驚いたようにディオンが立ち上がった。
「え、ええ。大丈夫ですわ…」
リリアーナの声が震えている。やけどを負ったのだろうか。紅茶のかかった手をもう片方の手で押さえている。青ざめた表情が痛々しい。
「悪いが、失礼するよ。リリアーナ、早く医者に診てもらおう」
言うなりディオンがリリアーナを引っ張って席を立つ。
残された私は、どうしていいかわからず、そのまま二人を見送るしかなかった。




