第10話 わかってくれとは言わないけれど。
――エセルさま、リリアーナ嬢に紅茶をかけたらしいぞ。
そんなウワサが公宮内に広まった。
この間のお茶会。私がわざとリリアーナに紅茶をひっかけたことになっているらしい。
――そういえば、以前、庭園で初めて会った時は、リリアーナ嬢を突き飛ばしたとか。
――仲良くしたいという申し出を承諾されていたが、やはり、内心穏やかではいられないのだろうよ。
――婚約破棄、そして大公位と「ワンセットで譲られた」からなあ。屈辱だったんだろうよ。
――次は、どんな仕打ちをするか、見ものだな。
そんなバカな。
たとえどれだけ大嫌いな相手でも、私、そんなことしないわよ。
ウワサを流してる連中すべての胸ぐらつかんで、叫んでやりたい。イジワルをするほど落ちぶれちゃいないって。
でも、ウワサってものは、誰が流しているかわからないからウワサなのであって。やっきになってもみ消そうとすれば、今度は、「やっぱりウワサどおりだったんじゃないのか」って疑われる。
リリアーナがやけどしたのは事実だし、そのときポットを持っていたのは私で間違いないから、どうしても、ウワサの根拠となりやすい。
リリアーナが周囲に、「悪いのはわたしです。ヤケドは、わたしが不注意だったからでエセルさまは関係ありません」って言ってるらしいけど。
(そんなの、逆効果だわ)
彼女が言えば言うほど、私が悪いんじゃないかって勘ぐられる。立場の弱いリリアーナにそうやって言えと、私が強要してるみたいで。
(勘弁してよ)
さらに悪役に近づいちゃうじゃない。こっちは本気で興味ないって思っているのに。
一部の人間、特にブランシュ伯夫人とその周囲からは、グッジョブッ!!的なことを言われたけど、それも勘弁してほしい。私、彼女を傷つける気なんて毛頭なかったんだから。よくやった!!なんて言わないでよ。
「エセルさまが、そんなことするはずありませんわ」
そう憤慨するのは、ラウラとマルガ。二人とも、私以上に、ウワサに対して腹を立てている。
「ええ、そうですとも。本当に気に入らないのであれば、ちょこっとヤケドさせるんじゃなく、頭から紅茶をぶっかけるでしょうよ」
……いや、それもどうかと。
ってか、あんたたち、私をそんなふうに見てたわけ!?
まあ、たしかに、そんなチマチマ攻撃をするぐらいなら、ドカーンッと必殺技でぶつかるだろうけど。トゥシューズに画びょう的な陰湿なイジメより、取っ組み合いのケンカをしたほうがマシ。
って、おいおいおいおい。
そんなことするつもり、ないんだってば。
イジメるつもりなんてないわけだし。
私のことを理解しているのかいないのか、微妙な侍女たちを放っておいて、ため息をもらす。
こんなこと、レオナルトに知られたくないな。
彼、そういうこと嫌いそうだし。
私がイジメてるって聞けば、せっかくの親密度がだだ下がりしそう。
でも…。
(聞こえちゃってるよね、おそらく)
これだけウワサになってるんだもん。レオナルトだけ知らないなんてことはないだろう。
(嫌われたくないな…)
あの、潔癖そうで生真面目なレオナルトに、そういう目で見られたくない。
レオナルトがこの件をどう思っているのか、わからない。
それが気になる。
誰にどう思われても、レオナルトにだけは、そんな女だと思われたくなかった。親密度とか、立場とかそういうのじゃない。彼にだけは、そういう目で見られたくなかった。
なぜだか、わからなかったけれど。
「図書室に行ってくるわ」
部屋でうつうつとしているより、ずっといい。
特に予定もないから、好きなだけ本を読んで過ごせる。
「オルランド、いる!?」
いつものように、司書長を呼ぶ。
「おお、おや、エセルさま、ようこそいらっしゃいました」
積み上げられた本のなかからのぞく、オルランドの人のいい笑顔。
「今日は、どのようなご用で⁉」
本の虫である彼は、きっと私に関するウワサを知らないのだろう。世俗に疎そうなオルランドだからこそ、以前と変わらない笑顔で、私を迎えてくれる。
「今日は、ちょっと物語を読みたくて…。ああ、大丈夫よ。自分で探すから」
「そうですか、では、ごゆっくり」
オルランドは、そのまま自分の読みかけの本に戻っていく。
そんな彼を横目に、私も本を選ぶ。
別にどの本が読みたいとかリクエストはなかった。ただ、イヤなことを一時だけでも忘れて没頭できれば。
適当に選んだ本を片手に、席に着く。
(あ……)
そこは、かつてレオナルトと向かい合って本を読んだ、あの窓辺の席。
(レオナルト…)
誰もいないその席から、目が離せない。あの時見た、彼の優しい顔。大公位への想いを語った声。
(あ、ダメダメ。考えちゃダメよ)
軽く頭を振って、手にした本を読む。
それは、ちょっとした娯楽小説で、ラノベに近い感覚の恋愛ものだった。
人一倍お人好しなヒロインが、とある事件をきっかけに男性と出会い、惹かれていく。二人は、些細なことで仲たがいをし、新たな事件に巻き込まれ、解決とともに、その絆を深めていく。
――もう僕には君と生きる未来以外考えることはできないんだ。いつものままの君でいい。そばにいてくれるだけでいい。君を、愛しているんだ。
――うれしい。わたしも、あなたとともにいたいの。あなたが大好きよ。あなたとなら、どんなことでも乗り越えてゆけるわ。
物語の恋は、胸が熱くなると同時に、うらやましくもなる、
いつか、ページの終わるまでにハッピーエンドをつかむことができるから。出会った男女は、必ずメデタシメデタシになれるから。
私の物語は、この小説のようなラストを迎えることが出来るのだろか。
いつか、私もこんな熱いセリフを囁かれたい。言ってみたい。
軽く目を閉じ、想像する。
けど、今の私に、そんな相手を思い浮かべることは難しかった。




