第11話 バカップル、おことわり。
――あの小娘は、どこまであつかましいのかしら。
そんなブランシュ伯夫人のトゲのある言葉が聞こえてきそう。
今日だって、ほら…。
チラリと、帽子の下から外をのぞく。
馬に乗った紳士淑女。馬を器用に操りながら留まる集団のなかに、ディオンとリリアーナがいた。
今日は、大公家主催の狩猟。
舞踏会同様、たくさんの貴族や大使たちを招いて、この広大な森を舞台にイベントが繰り広げられようとしてる。
そんななか、あの二人は、若い貴族たちに囲まれて、楽し気に談笑していた。
ディオンはともかく、リリアーナが乗馬できたことに、軽く驚いている。
彼女、庶民の出じゃないの⁉ 普通、庶民で馬に乗れるなんて男性でもめったにいないわ。
(必死に、マスターしたってことなのかしら)
ディオンについていくために。だとしたら、とってもいじましいけど。
(そこまでして、ついてこなくてもいいじゃない)
とも思ってしまう。
だって。この集まり、狩猟は、貴族のたしなみ、遊び、スポーツでもあるけど、それだけじゃない。そういった場を通して、諸外国の大使をもてなし、友好を深める外交の場でもあるのだ。
そういう場に、あえて出てこなくったっていいじゃない。舞踏会もそうだけど、狩猟だって、遊びを装った公式の場、なんだから。
たとえ、出てきたとしても、馬に乗るんじゃなくって、貴婦人たちが集まってるサロンのほうに行けばいいのに。私だって、この後レオナルトを見送ったら、そっちに向かうつもりだし。わざわざ馬に乗る必要なんてないのに。
まあ、私はレオナルトとの親密度を上げるためにも、滅多に会えない彼の近くにいたくてここにいるわけだけど。
「エセル」
ちょっと不満げに彼らを眺めるのをやめ、声の主をふり返る。
そこにいたのは、レオナルト。濃いグリーンの上着とベスト。白いズボンと長めのブーツ。栗毛の馬に乗った彼は、その…。
「レオナルトさま…」
しまった。
かけるべきナイスな言葉が出てこない。
ウッカリ見とれてしまったから。
ああ、もう。どうして乗馬服とか、そういう見慣れない服って、カッコよさをアップさせる効果があるのよ。どうしようもなくドキドキするじゃない。
自分を作る余裕もなくして、言葉が出てこない。
いつもなら、うわべだけでも甘い言葉を囁いたり、相手をほめたりできるのに。
たとえば、あんな風に。
「ねえ、ディオンさま、わたし、もう少しだけおそばにいてもよろしいかしら」
「どうして!?」
「せっかくの狩りだとは、殿方だけの楽しみだとはわかっているのですが…」
「リリアーナ…、危険だよ」
「わかっております。でも…、もう少しだけ、ディオンさまを眺めていたいんです」
「私だって、きみと離れるのはつらいな。でも…」
「ディオンさま…」
「今日の狩りの獲物は、きみに捧げるよ。きみのために、私は一番の獲物を仕留めてこよう」
「まあ、うれしいです、ディオンさま」
おいおいおいおい。
こんな人ごみのなかで、なにやってるのよ、あのバカップル。
みんなの注目の的じゃない。というか、よくもまあ、そんな恥ずかしいセリフがポンポンポンポン出てくるわね。
おかげで、こっちが気まずくなっちゃったじゃないの。
あれを上回るセリフなんて出てこなくて、レオナルトから視線を外す。彼も同じだったみたいで、互いに顔を赤く染めながら、あさっての方を見るしかなかった。
「レオナルト、エセルっ!!」
場を読まない、朗らかすぎるディオンの声が響く。
気がつくと、ディオンとリリアーナが近くまでやってきていた。
「今日は、いい天気だね。絶好の狩猟日和だ」
「ええ、本当に」
ディオン相手なら、するっと、いつもの社交辞令が出た。
「さあ、レオナルト、そろそろ狩りに出かけようじゃないか」
「ええ、兄上」
こら、お前が仕切るな、お前が。主催者はレオナルトなんだから。
「そうだ、エセル。リリアーナと一緒にご婦人方のサロンに行ってあげてくれないか!?」
「え!?」
「リリアーナも、きみがいてくれたほうが、なにかと心強いだろうし。頼むよ」
………あのなあ。
リリアーナがご婦人方の誹謗中傷に晒されないようにっていう配慮…、なんだろうけど。
(私の気持ち、立場はどうなるのよ)
二人、連れ立っていけば、私まで陰口の対象になるのよ⁉ 婚約者を庶民に奪われた、かわいそうな姫君って目で見られるのよ!? 比べられて、冷笑されて。ロクなことがない。
それに、まだこの間の「紅茶事件」のウワサも残っているのよ。どんな顔して連れ立っていけばいいのよ。
そもそも。どうして、私がアンタの代わりに彼女を守ってあげなきゃいけないのさ。
リリアーナに対する配慮の何分の一でいいから、少しは私のことも考えてほしいものだわ。
「わかったわ」
でも、ここでイヤな女になるわけにはいかない。レオナルトも見てる。狭量なヤツだとは、思われたくない。
「では、レオナルト。気をつけて。楽しんでいらして」
「ああ。ありがとう、エセル」
とりあえず、婚約者らしいセリフを伝える。これ以上のことを言える状況じゃないから、
ふんわりと微笑んで見せる。
レオナルトが、周囲に合図を送る。彼の馬が歩きだすと、周囲の紳士たちも、それにならって馬を森へと歩ませる。
男性同士、それぞれに談笑しながら、森へと姿を消してゆく。ディオンだけが何度もふり返って、リリアーナに手をふってたけど。…まあ、そのバカップルぶりはほっといて。
「行きましょうか」
私も女性のサロンにむかうために、馬首をめぐらす。
ちょっとここで早足で馬を駆けさせたらリリアーナ、困るかしら。
なんてイジワルを思いついたけど、やめておく。そんなの、やったところでむなしいだけだ。
彼女の速度に合わせるでもなく、ゆっくりと進めたのだけど。
ドンッ…。
一瞬、何が起きたかわからなかった。
私の馬にぶつかったなにか。
そして。
「きゃああああああっっ!!」
甲高い悲鳴。
ふりむけば、リリアーナの乗った馬が、森めがけて走り出してる。
馬に、必死にしがみつくリリアーナの背中が、あっという間に遠ざかる。
ちょっと、なにが起きたのよ、いったい。




