第12話 ナースなお仕事。
馬の背に、必死にしがみつくリリアーナ。
馬は、ものすごい勢いで森へと突進していく。
しがみつくだけのリリアーナに前は見えておらず、手綱も引けてない。
(マズいっ…‼)
このままじゃ、彼女、森に入っていってしまう。
狩りを始めた男性たちに撃たれるリスクがある。そうならなかったとしても、木に激突するか、バランスを崩して落馬してしまう。
自分の馬にムチを入れ、一気に駆け出す。
急いで、彼女と馬を追わなければ。
「リリアーナッ!!」
必死に駆けるけど、出遅れたせいか、なかなか追いつけない。みるみる間に、森が近づいてくる。
「リリアーナッ、身体をっ、身体を起こしてっ!!」
どんなに危険でも、馬にしがみついていいことはない。
そう忠告をするものの、まったく聞き入れる余裕はないのだろう。リリアーナは無我夢中で、馬の背にしがみついている。けど。
(鐙っ…‼)
横座りの彼女の身体がグラリと揺れる。足が鐙から外れているのだ。馬が大地を蹴るたびに、その上体が少しづつずり落ちている。
どうしよう。助けなきゃ。
そう思うものの、私の馬は追いつけない。器用に木立を抜け、走っていく彼女の馬についていくだけで精一杯だ。
彼女の行く先に、森の開けた場所があるのが見えた。数人の紳士が馬に乗り談笑している。
ただならぬスピードで突進してくる馬に、その集団が気づいた。
あわてて避ける者。驚き、手綱を引く者。
そして。
「リリアーナ嬢っ!!」
彼女を助けようとする者。
(レオナルト!?)
確認する間もなかった。
彼は、馬の腹を蹴ると、リリアーナに並走する。
「リリアーナ嬢、こちらへっ!!」
必死にがみつく彼女に手を伸ばす。
リリアーナは、もう落馬寸前。身体が馬にどうにかしがみついてる状態。
そんな彼女は、レオナルトの言葉が聞こえてない。
ズルッ…。
限界を迎えた身体が、馬から滑るように落ちていく。
「くそっ…‼」
レオナルトが、そんな彼女の身体に飛びつく。
(えっ…)
あっという間の出来事だった。
リリアーナを抱え込むようにして、レオナルトが地面に転がり落ちる。
騎手を無くした馬は、そのまましばらく走って行き、ゆっくりとスピードを落とす。
レオナルトたちも、地面の上で転がるものの、軽く砂煙りを上げて止まった。
「レオナルトさまっ!!」
「ご無事ですかっ!!」
動かない二人のもとに、人が集まってくる。
(どう…なったの⁉)
私も、力なくフラフラと馬から降りる。
先に、動いたのはリリアーナだった。
葉っぱにまみれたドレスのまま、身を起こす。軽く頭をふり、状況を確認するように辺りを見まわす。
「レオナルト…さま!?」
少しボンヤリした声で、リリアーナが呟く。
自分が誰に抱きかかえられ、倒れているのか理解したのだろう。
「しっかりなさってくださいっ、レオナルトさまっ!!」
動かない彼を、必死に揺さぶる。
「ダメよっ、動かさないでっ!!」
脳震盪を起こしているのかもしれない。レオナルトに意識はなかった。
「誰かっ、早く医者をっ!!」
呆然と立っていた貴族に、怒鳴りつけるように命令する。
数人の貴族が弾かれたように、きびすを返した。
「レオナルトさま…、レオナルトさま…」
嗚咽混じりのリリアーナの呼び声が森のなかでこだまする。
レオナルトのケガは、肩の打ち身と、何か所かの擦り傷だけですんだ。
リリアーナをかばいながらとはいえ、受け身をとって落ちたのが功を奏したらしい。
けど、そのケガがもとで、宮殿に戻ってからもレオナルトは目を覚まさなかった。発熱と、もしかすると頭を打っているのかもしれない。
安静にという医師の指示で、ずっと横たわるレオナルト。
(目を、覚ますわよね…⁉)
前世の私みたいにならないわよね⁉
気になって気になってしょうがない。
私にできることなんて、たいしてない。
だけど、なにかしてあげたい。
苦しそうな彼の額に冷やした布を置いてあげる。
それしかないから。それしかできないから、何度だって水に浸して絞ってのせる。
そうすることで、少しでも楽になれば。少しでもよくなれば。
「エセルさま、少し休まれては⁉」
看病し続ける私の後ろで、ラウラが心配そうに言った。
「そうですわ、ずっと付き添われていては、お体に障ります」
マルガが手を組んで、こちらをのぞきこむように見てる。
気がつけば、窓の外は暗い。部屋の中にはいつの間にかランプの明かりが灯されていた。
乗馬服から着替えもせずに、ヨレヨレの私を気にかけてくれてるんだろう。
でも…。
「エセル……」
かすかな、蚊の鳴くような声で名を囁かれる。
「レオナルト⁉ 気がついたの⁉」
ゆっくりと、レオナルトのまぶたが開かれる。緑の瞳が宙をさまよい、やがてこちらをとらえる。
「リリアーナは…、無事か⁉」
声に力はない。まだ、意識はハッキリしてないのだろう。
「ええ、アナタのおかげで。彼女はかすり傷一つ負ってないわ」
安心させようと、笑いかける。
「……なら、よかった」
大きく息とともに吐き出された言葉。
こわばっていた身体から、力が抜ける。
再び閉じられた彼の瞳。
気がかりなことを確認する。それが精一杯だったのだろう。
うっすらと開いた口唇から、規則正しい寝息がこぼれ始めた。
(ホント、責任感の強い人ね)
こんな状態であっても、誰かを気にするなんて。
額の布を水に浸す。
少しでも、そんな彼の役に立ちたい。
安心したレオナルとの寝顔は、先程までと違い、ちょっとだけやすらかだった。




