第13話 素直になりたい。
翌朝。
レオナルトは、普段の朝と変わらない様子で、目を覚ました。
熱もひき、やや痛みは残っていたものの、それでも身体を起こすこともできた。
ただ、容態がどう変化するかわからないので、しばらくは安静にするようにと、医師から診断された。
とうぶんの間、戴冠式の準備も中止。政務も最低限のことをベッドの上から指示するだけとなる。
(それでも、無事だったらいいわ)
落馬事故は、とても危険だ。下手をすれば生命を無くしたり、二度と歩けなかったり。幸い、レオナルトにその兆候はないが、大事に越したことはない。
レオナルトも、素直に医師の判断に従っていた。
「それにしても、ようございましたわ、エセルさま」
私の髪を梳きながらマルガが言った。
「あのご様子なら、しばらくすれば元気になられますわよ」
「そうですわ。レオナルトさまはお若いのですから、早くよくなられますわよ」
小物を用意し始めたラウラと頷きあう。
二人もレオナルトの容態を心配してくれるけど、彼女たちの気持ちは、私とはちょっと違う。レオナルトが私の、主の夫となる人物だから気にかけてるだけで、レオナルト自身を特別に思ってはいない。まあ、人として⁉ 心配しないわけじゃないと思うけど、それは、どちらかというと、テレビの向こう、会ったことのないアイドルかなにかを心配するのに似ている。
「さあ、できましたわ」
鏡の向こうに、完璧なドレス姿になった私がいる。
事故直後は気にならなかったけど、意識の戻ったレオナルトに会うのに、ヨレヨレのままじゃあ、ちょっとね。
髪もくずれて、シワの入ったドレス姿を、目を覚ましたレオナルトに見られたくない。
好きになってもらうためにも、キレイな私でいなくては。
「じゃあ、行ってくるわね」
ラブラブ度を上げるには、なるべく二人きりのほうがいい。
侍女を部屋に残して、一人、彼の部屋に向かう。
それに。
私に付き添ったラウラたちも一睡もしていない。この時間だけでも二人を休ませてあげなくちゃ。
レオナルトの部屋は、公宮内でもやや暗い、北側の端の方にある。公宮の中心部は主となる大公と後継者のための空間で、次男以下は、その外れに部屋を持つのが慣例だからだ。
もうすぐ大公に即位するのだから、もっと堂々と中央部分を使えばいいのに、使い勝手がいいからと、レオナルトは部屋を変えようとしなかった。
おかげで、私の部屋からは、ちょっとだけ遠い。だって、私、未来の大公妃として、中央近くの日当たりのいい部屋をもらってるから。
いくつかの回廊を曲がり、目的の部屋に近づく。
私の訪問に気づいた衛兵が姿勢をただす。その姿に、軽く「ご苦労さま」と伝えてドアに手をかける。
「今、お見舞いのかたがいらしてます」
衛兵の言葉に、誰⁉と思いながら部屋に入る。
整然と片付けられたレオナルトの執務室。その向こう、彼の寝室から声が聞こえる。
寝室にまで見舞いを許すなんて、誰だろう。
よっぽど親しい、それこそ身内とかでなければ、寝室の出入りはできないだろうに。
疑問に思いながら、寝室のドアに近づく。聞こえてきたのは、フィリツィエの言葉ではない、別の言語。それも女性の声。
(ベルフォスカ語…⁉)
フィリツィエ西方にある国の言葉。リリアーナの祖国の…。
では、見舞客ってリリアーナなの!?
ドアを開けず、そのまま耳を近づけて確認する。
聞こえてきたのは、間違いなくレオナルトの声と、リリアーナだった。
「本当に、あのときは恐ろしくて恐ろしくて。生きた心地がいたしませんでした」
「ケガは、ないのかい!?」
「ええ、おかげさまで。すべては、レオナルトさまのおかげですわ」
「それはよかった」
レオナルトの安堵した声。ベルフォスカの言葉は、一応学びはしたものの、フィリツィエ語ほどマスターしていないので、微妙なニュアンスは、自分で補完するしかない。
「これからは、もう少し乗馬を学ばれてから、狩りに参加されたほうがいいようですね」
「え、ええ。…そうですわね」
リリアーナが言いよどむ。下手くそと、遠回しに言われて傷ついているのだろうか。
「わたしのせいで、レオナルトさまに、このようなケガをさせてしまったのですし」
リリアーナの声に涙が混じる。
「いや、ケガは気にしないでほしい」
レオナルトが焦る。
「いいえ、そういうわけにはいきませんわ。わたし、レオナルトさまがご無事かどうか。夜も眠れなくて。それで、こんな朝早くに見舞いにと…。ああ、本当にご無事で…」
リリアーナが声をつまらす。本当に泣いているのだろう。時折、嗚咽が聞こえた。
「リリアーナ…」
衣擦れの音がする。レオナルトか、リリアーナか。もしかすると両方か。二人が接近したように思えて、落ち着かない。
「アナタが無事なら、これぐらいのこと、なんでもない」
レオナルとの言葉が胸にささる。
どうしてだろう。
手をかけたドアを開けることもできず、私は逃げるようにその場を立ち去った。
どうして私が逃げなくちゃいけなかったのか。自分でも説明はできない。
普通に、気づかないふりして部屋に入ったってよかったのに。リリアーナと同じように、「レオナルト、元気になってよかった」って言えばよかったのに。
モヤモヤする気持ちを抱えたままの私は、それ以来、レオナルトが動けるようになるまで部屋を訪れようとしなかった。
またリリアーナの見舞いとブッキングしたくなかったから。
あれから。
リリアーナは、毎日、レオナルトの見舞いに訪れているという。
リリアーナだって、自分のせいで負わせたケガだからと、気に病んでいたのだろう。だから、あのとき、涙を流した。レオナルトの無事を喜んだ。
負い目を感じるからこその、毎日の見舞い、なんだろうけど。
私だって、婚約者として、一人の人間として、レオナルトの無事を喜んでいる。彼が意識を取り戻して、ホントに良かったって思ってる。
けど、見舞いは、リリアーナへの対抗心からの行動のように思えて、素直に行けなかった。
やだな。こんな自分。
思ったとおりに、素直に行動すればいいのに。
それができないことを歯がゆく思い、心がモニモニ、モヤモヤする。




