第14話 あま~いパウンドケーキはいかが!?
レオナルトは、3日ほどで動けるようになり、5日もすれば、公務の場に姿を現していた。
元気になった彼は、残っていた政務を精力的にこなしていた。
ちょっと声かけずらいほど、忙しそう。
「元気になられて、本当によかったわ」
久しぶりに会った彼にそれだけは伝えた。
ホントはもっとイロイロ語りたかった。できることなら、甘い雰囲気に持ち込んで、親密度だって上げたかった。
けど、それはできなかった。
彼が忙しいというのもある。執務室から、謁見の間、議会とまあ、居場所がクルクル変わるほど、忙しく動き回っている。
それに。
レオナルトのかたわらには、必ずリリアーナがいたから。
どうして彼女が!?
理由は、自分のせいでケガを負ったレオナルトの身に、またなにか起きてはいけないから…なんだそうだ。
落馬の後遺症が出ないとは限らない。だからいつでも彼を助けられるように、そばにいたいと、リリアーナが言い出したらしい。ディオンも、彼女の優しさからくるその行動を認めたようだ。
心配性だなと、レオナルトは笑うけど、あえてダメだとは突き放さなかった。気が済むまで、納得するまで彼女の好きにさせておくつもりらしい。
レオナルトがちょっとでもふらつくと、サッとリリアーナが手をのばす。
そんなリリアーナがいて、甘い雰囲気もなにもあったもんじゃない。
最低限の会話だけしか、レオナルトと交わすことはできなかった。
「久しぶりに、ケーキでも焼かれませんか⁉」
そう提案してきたのは、マルガ。
「そうですわ。あのパウンドケーキ、レオナルトさまにも味わっていただいてはどうでしょう」
ラウラもいいことを思いついたとばかりに言ってくる。
パウンドケーキかあ。
それしか作れない、アホの一つ覚えだけど、それでも気晴らしにはなる。
貴族の夫人たちにもおおむね好評なパウンドケーキだし、レオナルトも喜んでくれる…かな。
そう考えると、沈んでいた心が少しだけ浮き立つ。
さっそく厨房でパウンドケーキ作りにとりかかる。
小麦粉、砂糖に卵にバター。しっとりさせるためにハチミツも。
前世の世界と同じ材料がそろうので、正直助かっている。砂糖とか、手に入らない世界だったら。どっかの小説みたいに、前世の記憶を駆使して砂糖を作らなきゃいけなかったのかもしれない。
「できたわ」
焼きたてのパウンドケーキから、甘いバターの香りが漂う。厨房にいた料理長たちも、大きく息を吸い込んで、その香りを堪能する。
いくつか焼いたそのなかから、一番いいモノだけを包む。あとのケーキは、厨房を貸してくれた使用人たちへのプレゼントにする。
公妃自らのケーキと、感激されるけど、そこまでスゴイものを作ったわけじゃないから、ちょっとこそばゆい気持ちになる。
でも。
(レオナルトも喜んでくれるかな)
使用人たちほどでなくてもいいから、少しでもおいしいと思ってくれればいいのだけど。
そんな期待を込めて、執務室のドアを叩く。
「はい」
軽い返事とともに、顔を出したのは…。
(リリアーナ!?)
どうして彼女がここに!?
「今、レオナルトさまは、大臣の方と面会中です」
なんで、そんな秘書めいたことやってるのよ。レオナルトのケガへの介添人っていったって、そこまでやる必要はないんじゃない⁉
「リリアーナ、あなた、ケガはいいの⁉」
「ええ。レオナルトさまのおかげで…。わたしは無事ですわ」
なぜかポッと頬を赤らめた。…ちょっとムカつくんですけど。
「それは、レオナルトさまへの、差し入れですか⁉」
リリアーナが私の手の中のものに目をとめる。
「え、ええ。ちょっとたくさん焼いちゃったものだから」
とっさの言い訳。レオナルトのために焼いてきたのだと、素直に言えなかった。
「そうですか。きっとレオナルトさまも喜ばれますわ」
リリアーナがふんわりと笑う。
「じゃあ、あとで食べるように、渡しておいてくれないかしら」
「ええ、確かに。お渡しいたしますわ」
ドアのむこう、レオナルトに会いたかったんだけどな。彼がこれを食べてどういう反応をするか、見たかったんだけどな。
リリアーナがいる場所で、それはちょっと難しい気がしたから。
「では、わたくし用事がありますので」
そう言い残して、部屋を去る。
リリアーナが、ああしてレオナルトの執務室にいたことに、気持ちがモヤモヤする。
でも。
(レオナルト、喜んでくれたらいいな)
少しだけ期待して、廊下を歩く。
――私は知らなかった。
「誰か、来たのか⁉」
執務室の奥、大臣と話をしていたレオナルトがリリアーナに訊ねた。入り口でのやり取りが聞こえていたのだろう。
「いいえ、誰もいらっしゃっておりませんわ」
窓辺によったリリアーナがレオナルトに微笑みかける。パタリと窓を閉めると、リリアーナはレオナルトに寄り添った。
――私がレオナルトのために焼いたパウンドケーキ。
誰の口に入ることもなく、捨てられ、土にまみれネズミのエサになっていたことを。




