第15話 幸せになるおまじない。
レオナルトのケガも回復し、いよいよ戴冠式が秒読み段階となってくる。戴冠式はイコール、私たちの結婚式でもあるわけで。
レオナルトが大公に即位すると同時に、私も大公妃という立場になる。
(もうすぐ…なんだわ)
その日のこと、その先の未来のことを考えると、胸がドキドキしてくる。イヤなことも、最近のモヤモヤも全部どうでもよくなってくる。
部屋に置かれたトルソーには、式で着る予定のドレスが飾られている。
純白のドレスには、控え目ながらバラの刺繍が施されていて、ベールの刺繍と重なれば、初々しくも清純で華やかな印象になる。胸元から肩にかけて、レースが幾重にも重ねられていて、シンプルながらも、かなり高価。
あとは…。
トルソーの隣、小さなテーブルに用意されたリボンに目をやる。
「新しいもの、古いもの。借りたもの、青いもの」
前世で知った、幸せな花嫁になるためのおまじまい。
こっちの世界には、そういう風習はないみたいだけど、それでも、おまじないを試しておきたかった。
婚約破棄から始まった結婚騒動も、おまじないがあれば、幸せになれる気がする。
新しいものは、このドレス。古いものは、当日履くシューズ。靴擦れを起こしたくないという現実的な理由もある。
借りたものは、髪につける真珠の飾り。ブランシュ伯夫人に、おまじないを説明して借り受けた。
青いものは、サテン生地のリボン。手袋の内側、手首に巻いて式に臨む。
靴のなかに、6ペンス硬貨を…っていうのもあるけど、さすがにこの世界でそれは手に入らないのであきらめる。代わりに、小さな金貨をしのばせることにした。
「素敵なおなじないですわ。これからは、国中の花嫁たちが真似をいたしますでしょう」
ブランシュ伯夫人はそう言ってくれたけど…。
(でも、私が幸せにならなきゃ、真似しないよね)
ちょっと責任重大。
「ねえ、当日の晩餐会用のバラは準備できているかしら」
別のことを考えようとしたけれど、浮かんでくるのは式に関係することだけだった。
「白とピンクのバラを中心に集めてほしいって頼んでおいたけれど…」
園丁たちは、笑顔でそのお願いを聞いてくれたけど、公宮中を飾ろうとすれば、いったいどれだけのバラが必要となるのか、見当がつかない。
「足りなければ、他の花を加えるか…。百合とかいいかしらね」
純潔の証の花。少し季節が早い気がするけど、これも用意できるかしら。
「ねえ、少し園丁たちに会ってくるわ。状況を確認したいの」
「姫さま、少し落ち着かれてはいかがですか⁉」
部屋のなかを意味もなく歩いていた私に、マルガが苦言を呈した。
「そうですわ。みな、準備を抜かりなく行っておりますから、姫さまはもっと、ゆっくりなさっていてくださいませ」
ラウラも容赦ない。
「昨日も、晩餐会のお料理がっておっしゃって、厨房まで料理長を追いかけ回していたでしょう」
追いかけ回してって…。すごい表現だけど、反論はできない。
「それよりも、ほら。レオナルトさまが戻られたようですよ」
マルガにつられて、耳を澄ます。
窓の外、公宮の前庭のあたりが騒がしい。
今日、レオナルトは、戴冠式を挙げる大聖堂に出かけていた。式の手順など、細かいところまで司教と打ち合わせるためだ。
「エセルさま、せっかくですから、大広間でレオナルトさまをお迎えされてはいかがですか⁉ きっと喜ばれますわ」
ラウラの提案に、ちょっとだけ想像してみる。
――おかえりなさいませ、レオナルトさま。
――ただいま、エセル。
ちょっと恥じらいながら、目を合わせる。頬を染めながら寄り添えば…、うん。悪くない。結婚前の、幸せカップルみたい。
「そうね。会いに行ってくるわ」
提案されたから、会うだけ。
そんなふりをして、部屋を出る。
少し早足になってしまったけど、二人にバレてなければいい。でないと、恥ずかしすぎてどうにかなる。
「エセルさまっ!!」
大広間に続く階段の手前で、呼び止めたのはリリアーナだった。
ふり向いた私にむかって、急いで近づいてくる。
「あの、エセルさまにご相談したいことがあって、お部屋に伺おうと思っていたのですが、ここでお会いできてよかったです」
そう言って、微笑むけど…。
(いや、貴人の部屋を訪問するのに、前触れなしに来るつもりだったの⁉)
普通は、女官や従僕を通して、来訪の意を伝えてから来るものだ。イキナリ突撃されても、こちらにも都合ってもんがある。
「エセルさまたちの式のことで。わたしも参列させていただくのですが、どのような服装で臨めばいいのか…。ぜひお教えいただきたいと思って…」
伏目がちにリリアーナが語る。ホントに困ってる様子だけど。
(あのなあ…)
そんなの、私に訊きに来る!?
ディオンの所にも御用商人は出入りしているわけだし、そっちに訊いたらいいじゃない。
それに。
「そういうのは、女官長にでも相談したらいいわ」
どういうドレスがTPOにかなっているか。一番詳しいのは、女官たちだ。自分から直接相談しにくかったら、ディオンに間に入ってもらえばいい。
私に訊ねるより、そのほうがずっと簡単だろう。
階下の大広間が騒がしくなってきた。レオナルトと、そのお付きの人たちが、やって来たのだ。
じゃあねと、軽くリリアーナに挨拶を残して階段を降り始める。
「…エセルさまは、わたしがお気に召さないのですね」
背後からかけられた声に、足が止まる。
「リリアーナ…」
見上げた彼女の目に、涙があふれんばかりにたまっていた。
「仲良く…、していただきたいと…、そう願っておりましたのに」
声とともに、ポロポロこぼれ落ちた涙。
「そういうつもりじゃ…」
実際、仲良くなんてしたくない。仲良くなんてできない。
普通、略奪された側が、相手と仲良くなんて出来ないでしょ。
リリアーナ個人をどうこう言うのじゃなく、まだ、きちんと気持ちが整理できてないのだから。いつか、もう少し落ち着いたら、ちょっとは仲良くできるかもしれないけど。
「…失礼しますっ」
声をつまらせ、リリアーナが階段を駆け下りる。泣き顔を見せたくないのか、手で顔を覆っている。
ドンッと肩に彼女がぶつかった。
(えっ…⁉)
よろけた身体を立て直し、彼女を見る。
「きゃああああああっっ!!」
悲鳴を上げながら、リリアーナが階段を落ちていく。
とっさに手を伸ばすけれど、手は空をかき、ドレスの裾すらつかめない。
「リリアーナッ!!」
数段先、階段の下の方でリリアーナの身体が受け止められた。
「ディオンさま…」
ガッシリと受け止めたのは、ディオン。
私も急いで、二人のもとに駆けつける。
「リリアーナ、無事!?」
「触らないで…」
弱々しくリリアーナに告げられる。
「ひどいわ、エセルさま…」
それだけ言い残すと、リリアーナが意識を失った。
グッタリしたリリアーナを抱きしめながら、ディオンが私を見る。
その背後には、レオナルト。
彼も驚いたように、私を見ている。
二人とも、リリアーナが落ちたのは、私のせいだと思ってる⁉
周囲のざわつきよりなにより。
レオナルトの困惑したような視線が痛くて、私はその場から逃げ出した。




