第16話 「悪役」で結構っ!!
自分がどうやって部屋に戻ったのか覚えていない。
気がつけば、心配そうに私を見るラウラたちの視線。
「リリアーナは、どうなったの…⁉」
ボンヤリと、二人に問いかける。
「軽い捻挫ですんだよ。数段、落ちただけだったからね」
知りたかったことを教えてくれたのは、部屋に入って来たばかりのレオナルトだった。
彼にしては珍しく、遠慮なく、私の部屋を訪れている。
「そう…、よかった」
本当は無傷ならもっとよかったのだけど、あの落ちかたで、それは難しいだろう。
レオナルトは、ゆっくりとこちらに近づいてくる。その顔は、少し困惑したような、怒っているかのような、そんな表情だった。
「エセル、教えて欲しい」
声も硬い。
「きみが、リリアーナを押したわけじゃないよね」
え……⁉
「きみが、階段からリリアーナを突き飛ばした。そんなウワサが出ているんだ」
そんな…。
大きく目を見開く。声が出てこない。
「そんなことありませんっ!! エセルさまは、そんなことをなさる方ではありませんっ!!」
私より先に叫んだのは、ラウラだった。マルガも大きく頷いている。
でも…。
(レオナルトは、ウワサを信じている…⁉)
だから、こうして問いかけに来ている。
一番信じてほしいと思う人が、こうして…。
「本当のことを話してくれないか⁉」
「…よく覚えてないわ」
違うと言ったところで、信じてくれるとは思いにくい。だからと言って、私がやったなんてウソもつきたくない。
「覚えていない⁉」
「ええ、気がついたら、彼女が階段を転げ落ちてたの」
私の答えに、レオナルトが乱暴に前髪をかき上げた。
「それでは、無実を証明できない。きみの名誉を守ることができないんだ」
無実を訴えることができない。そのことに、レオナルトが苛立っていた。
…無実!? 名誉!? 私は、もともと何もしていないわ。今までの数々のウワサだってなんだって。
それを面白おかしくウワサにしているのは、周囲の人たち。悪意あるウワサに傷ついてるのは、私のほうよ。ディオンに捨てられ、それだけでも苦しくてどうしようもないのに、リリアーナに関わる出来事で、さらに傷つけられる。
それを…。それなのに。
「もう、いいわ…」
「エセル!?」
「レオナルトさまも、ウワサを信じていらっしゃるのでしょう⁉」
私を信じてくれているのなら、こうやって問いただしに来たりしない。
「なら、わたくしがやった。そういうことにしてくださって結構です。わたくしが、リリアーナを好きになれないのは事実ですし。嫌っているのも本当です」
レオナルトは、何も言わない。
「狭量な女と、レオナルトさまがお気に召さないのであれば、婚約破棄してくださって構いません。わたくし、両国の友好関係だけは維持できるように、兄王を説得いたしますから」
言葉を重ねるうちに、感情は高ぶってくる。けど、頭はドンドンと冷静になっていく。
「さようなら、レオナルトさま。これ以上、お話しすることは何もございません」
泣きたくなるのをグッとこらえ、最後まで言い切った。
……終わった。なにもかも。
レオナルトが部屋を出ていっても、私は動けなかった。
この事件で、私の評判は地に落ちたことだろう。レオナルトとの婚約も破棄されるに違いない。
結婚式の準備を進めてくれていたみんなには申し訳ないけど、こればかりはどうしようもない。
(修道院生活っていうのも、悪くないかもね)
ルティアナに戻れば、スキャンダラスな王女として修道院に送られるだろう。新たに求婚してくれる人も現れない。腫れ物を扱うように、そっと放置されるだけの立場。
日がな一日、祈り、本を読む。たまに、そうね。パウンドケーキでも焼いて過ごそうかしら。誰に気を使うでもなく、生命終わるその時まで、静かに暮らすの。
心乱されることなく、傷つくことなく。静かに。
(結局、転生しても、幸せになれない運命なのね)
どうあがいたって、同じ道を歩んでしまう。恋しても報われず、誰からも愛されない。
「ラウラ、マルガ。こんなことになって、ごめんなさいね」
「姫さま…」
「ルティアナに帰ったら、アナタたちはステキな伴侶を見つけて幸せになってね」
「そんな。わたし、姫さまについていきますっ!!」
「わたしもっ、姫さまをおひとりになんてさせません」
二人が口々に言ってくれる。
「…ありがとう」
そう返事をするのが精一杯だった。
うれしいと思ってはいけないのに、胸が熱くなってしまう。
「ねえ、それ、片づけておいてくれないかしら」
部屋の一角、純白のドレスを指さす。
もう、見たくもない。私が私である限り、手に入れられない幸せの象徴。
「あと、帰国の準備も始めておいてくれないかしら」
婚約破棄となったら、すぐにでもここを出られるように。
兄に捨てられ、弟に見限られ。
もうこんな国、一秒たりとも居たくない。
「姫さま…」
震える手でペンを持つ。
ルティアナの大使に、兄王に。それぞれに事情を説明した手紙を書く。
どんな事情があれ、両国の友好だけは壊してはいけない。




