第17話 欲しかった言葉。
「姫さま、ディオン公子からのメッセージだそうです」
あれから数日後。帰国の準備も終わってぼんやりしていた私に、ラウラが差し出した。
薄くグリーンの葉の模様の入ったカード。正直、二度と見たくないムカつく筆跡。
――公邸が完成した。
引っ越す前に、一度きみとゆっくり話がしたい。
短くそう書かれていた。
指定された時間は、今日の午後。ちょうどティータイムのころだった。
庭園の四阿で。
あそこなら、人目も多くないからウワサにもなりにくい。
「ねえ、ラウラ。ちょっと厨房に行ってくるわ」
今からなら、パウンドケーキを焼くだけの時間はある。
これが最後だもん。最後ぐらい、美味しいものを作って、少しぐらい、私を捨てることを後悔させてやりたい。
それに、リリアーナのこともある。冷静に話をするのが難しくなった場合、ケーキが場をもたせてくれるかもという期待もある。
いつものように、料理長にお願いして、厨房を借りる。
オーブンに入れ、一番上手に焼けたものだけを残して、あとは全部、厨房の使用人たちへ渡す。忙しいかもしれない時間に、厨房を貸してくれたお礼も兼ねてる。
「ありがとうございます、姫さま」
「わたしたち、姫さまのケーキ、大好きなんですよ」
「また焼いてくださらないかしらって、いつも楽しみにしてるんですよ」
そう言われると照れる。まあ、姫という立場への、リップサービスも入っているのかもしれないけど。
(でも、私がケーキを焼くのはこれが最後かもしれないわね)
だって、近いうちに帰国するだろうし。もう二度と、この厨房を訪れることはないだろう。
それでも、私のケーキがここまで人気なのだと前世のお母さんが知ったら…、きっと喜ぶだろうなあ。このレシピ、お母さんからの直伝だし。
ちょっと胸の奥がツンとする。
ケーキの粗熱をとってから、皿に乗せ、四阿にむかう。
「あら…!?」
四阿には予想に反して、ディオンと、給仕一人しかいなかった。
「やあ、エセル。呼び出して悪かったね」
立ち上がった彼が、さりげなく私を席へとエスコートする。
「リリアーナは、いないよ。きみと二人だけで話したかったんだ」
そうか。いないのか。
ちょっとだけ肩透かしを食らった気分。
リリアーナと向き合うのは、ちょっと気合いが必要だったから。
「この間は、すまなかった」
……え!?
突然のディオンの謝罪に戸惑う。
「いや、この間だけじゃないな。これまで、私が戻ってからというもの、きみにはつらい思いばかりさせてきた」
「あ、いえ。頭を上げてください」
意味が理解できなかった。
ここに呼びだしたのは、リリアーナのケガのことで、私を非難するためじゃないの⁉
「リリアーナに嫉妬して、きみがさまざまな嫌がらせをしている。そんなウワサがあるけど、私はそうは思っていないんだ」
「…どうして…、ですか!?」
「きみは、そんな狭量な人じゃない」
断言された。
「きみは、気が強く、プライドも高い。理不尽な目に遭ったら、他人を攻撃するんじゃなく、見返してやろうと動くはずだ。ちっぽけなイジワルで満足するタイプじゃない」
うっ。その言葉、間違っていない。
実際、「ざまあっ!!」してやろうと思ってたし。
「そのあたりは、レオナルトもわかっているはずなんだ。ただ、アイツは大公として、事実を明らかにしなくてはいけない立場だったから、つい、きみを疑うような言葉を投げかけてしまったんだ」
そう…、なんだろうか。
ディオンも、そしてレオナルトも私をわかってくれてるの…!?
にわかに信じられなかったけど、それでも胸が熱くなってくる。
「アイツ個人としては、きみの無実を信じてる。きっと今も、きみを傷つけたって後悔してるはずだ。だから、婚約解消、ルティアナへ帰ると言わないでやってくれないか」
「でも…。こんなケチのついた私でなくても…」
「いいや。レオナルトには、きみしかいないよ、エセル。アイツは、きみに惚れているからね」
………は!?
「あの、それはどういう…」
その根拠はどこ!?
思わず、紅茶に伸ばした手が止まる。
「レオナルトからの手紙。アイツの手紙、いつだってエセル、きみのことばかり書いてきていたんだ」
え!?
「でも、それは、私がディオンさまの婚約者だから、その近況をお伝えしようとしていただけでは…」
「いいや、違うね」
アッサリと否定された。
「きみと図書室で会ったとか、庭園を一緒に散歩したとか、ダンスを踊ったとか。普段、国のことを報告する手紙だと、もっと味気ない内容なのにさ。きみのことだけは、どんなドレスを着ていたとか、どんなことを話したとか、ものすごく細かく書いてきてたんだ」
言いながら、ディオンが私の作ったケーキに手をつける。
「あれはきっとさ、きみと一緒にいるのがうれしくて、思わず書いたんだと思うよ。あのムッツリが、どんな顔して書いてたのか、ちょっと興味あるけどね」
レオナルトが!? 私との出来事を手紙に書いてたの!?
それは…、確かにどんな顔してたのか、結構気になる。
「そんなヤツだから、結婚しても、きみのことを大事にすると思うよ。この国だって、アイツなら、私より立派に治めていくことができるだろう」
「そんな…。ディオンさまだって、公子として立派に…」
「いや。私ではダメだよ。レオナルトほどの誠実さと、責任感を持ち合わせていないからね」
私の言葉に被せるように、ディオンが否定した。…まあ、そのセリフ、誠実さと責任感のなさは自覚しているのね。
「外遊に出た私より、レオナルトの方が博識だし、先見の明がある。彼なら、この先、国を良き方へとみち、び……」
「ディオンさま!?」
急にディオンの言葉が途切れた。
「……うぅっ…」
胸を掻きむしり、けたたましい音をとともに立ち上がる。
「ディオンさまっ!!」
次の瞬間、ディオンが大きく血を吐いた。グラリとその身体が床に崩れ落ちる。
「がはっ…‼」
あわてて駆け寄る。その顔は蒼白で、呼吸は浅く、荒い。
身体も時折痙攣をくり返す。
(まさかっ……‼)
「ディオンさま、吐いてっ!! 吐いてくださいっ!!」
必死に彼の背中をさする。
「誰かっ、お水っ!! いいえっ、牛乳を持って来てっ!!」
「はっ、はいっ!!」
私の声に弾かれたように、給仕が宮殿へと走り出す。
「ラウラッ、お医者さまを呼んできてっ!! マルガは、レオナルトさまにお知らせしてっ!!」
指示だけ下すと、何度もディオンに胃の中のものを吐かせる。
ドレスがよごれるのも気にせず、手近にあった水差しの水を大量に飲ませ、何度も吐かせる。
うまく吐けないなら、喉の奥に指を入れて無理矢理にでも。
早く、早く吐かせないと。
ケーキを喉に詰まらせた…、とかじゃない。
これは…。
毒。




