第18話 緊急事態っ!!
「きゃああああああっっ‼ ディオンさまっ!!」
リリアーナの絹を裂くような悲鳴。
「ディオンさまっ、ディオンさまっ!!」
頭を抱えながら叫び続けている。
いつの間に、彼女が近くにいたのか。
疑問に思ったけど、そんなことに構ってるヒマはない。
「牛乳ですっ!!」
先に走っていった給仕が戻ってきた。
ひったくるようにそれを受け取ると、ディオンに飲ませ、また吐かせる。
毒の回り始めた身体では、もう牛乳の効果は得られないかもしれない。でも一縷の望みをかけてくり返す。
少しでも毒の吸収が抑えられるように。そして胃を洗浄することで、毒が薄まるように。
「エ…、セル…」
ゼイゼイと苦し気な息の下、ディオンが私を呼ぶ。
「しっかりしてっ!! これぐらいのことで、負けてちゃダメよっ!!」
「レオ…、ナル、トを…、たの…」
ディオンの顔色は、土気色へと変化していく。
「ダメッ!! ディオンッ!!」
毒が抜けない。呼吸が止まる。
「レオナルトのためにも、ディオンッ!!」
脈を感じられなくなったその身体。
意を決して向き合う。
仰向けに寝かせ、シャツを裂き、胸を晒す。みぞおちの少し上、肋骨の下半分にあたる部分に掌底を当て、もう片方の手をその上に乗せる。
腕は真っすぐ。自分の体重をかけるように力強く、速く胸を押す。自分の鼓動と同じ速さで。
――心肺蘇生。
人工呼吸は、毒の危険があるため出来ない。
だから、これだけは。これだけは続けないと。
(ディオンッ、生きなさいよ、ディオンッ!!)
祈るような気持ちで、何度も押す。
(レオナルトのためにっ、お願いっ…‼)
必死になる私の視界がぼやける。
「エセルッ!! 兄上っ…‼」
ラウラたちが連れてきたのだろう。医師や薬師たち、そしてレオナルト。
「代われっ、エセルッ!!」
血相を変えたレオナルトと交代する。
心肺蘇生、彼は知っているのだろうか。
何の迷いもなくディオンの胸を強く押した。
その間にも、医師が薬を用意し始める。
「エセルさま…」
不安げなマルガの声。
「大丈夫、大丈夫よ…」
大勢の人に囲まれ、ディオンの様子はわからない。
ピクリ…。
一瞬、ディオンの投げ出された手が動いた気がした。
続いて、むせるようにせき込む音。
(……生き返った…!?)
組んだ両手に力がこもる。
「早く寝所にお連れしろっ!! 早くっ!!」
医師が周囲に指示を出す。担架に乗せられたディオンは、浅くはあったものの、呼吸をくり返していた。
(助かったの…!?)
その瞳は閉じられたままで、まだ予断は許さない。
けど、先ほどの状況よりはよくなっているはずだ。
「エセルさまっ…」
ラウラの声が聞こえた。
が、私の視界も真っ暗になる。
「エセルッ!?」
レオナルトの声も聞こえる。
けど、それが限界。
安心して気がゆるんだ私は、その意識を真っ暗な世界へと放りこんだ。
「ディオンッ…‼」
戻ってきた意識とともに、彼の名を叫ぶ。
「ああ、エセルさまっ…‼」
ラウラとマルガが心配そうにのぞき込む。
「ディオンはっ!? ディオンはどうなったのっ!?」
息を吹き返したとはいえ、まだ危うかったはずだ。
「それが……」
二人が顔を見合わせる。
まさか。
「仕度をっ!! 様子を見に行くわっ!!」
「お待ちください、エセルさまっ‼ 知らせがないだけで、きっと大丈夫ですわよ」
「落ち着いてくださいませっ!!」
あわてた二人が私の腕にすがる。
「姫さまも、お倒れになられたのですから、もう少し安静になさってください」
「でもっ…」
今、どんな状態なのか確認しなければ、落ち着いてなどいられない。
二人を振り切るように部屋を横切る。いつの間にか外は暗く、部屋にはランプの明かりが灯されている。あれからかなりの時間が経っていると思えば、よけいに焦る。
幸い、ドレスはあのときの汚れたものから着せ替えられている。コルセットがゆるめられ、クリノリンが外されているせいで、かなり野暮ったくなっているが、その分機敏に動きやすい。引きずりそうなスカートをたくし上げて歩き出す。
「お待ちくださいっ!!」
二人を無視してドアに手をかける。
ガチャ…。
私が回すより早く、ドアノブがひねられ、視界が開ける。
「レオナルト…さま!?」
ドアの向こうに立っていたのは、レオナルト。
険しい顔の彼の背後には近衛兵たち。
彼らの視線が私に集中する。
「あのっ、ディオンさまのご容態はっ!?」
知らせに来てくれたのだろうか。だとしたら、この表情は、まさか…。
「エセル・リーゼ・ルティナリア。フィリツィエ公子ディオン・エミリオ・フィリオンティーノ殺害の罪により逮捕する」
……え!?
殺害!?
逮捕!?




