第6話 主役は誰⁉
あ……。
ざわつく会場。色とりどりのドレスを着た紳士淑女が、その騒ぎの原因にいっせいに視線を送る。
公宮の舞踏会。
滞在する各国の大使夫妻、貴族を招いた一大イベント。
その舞台となった大広間を、優雅に歩いてくる一組の男女。
彼らが足を進めるたびに、踊っていた人たちがダンスをやめ、道を作る。
私も、レオナルトに抱かれるようにして踊っていたのをやめ、その二人を見る。
あぜんとしているのは、私だけじゃない。
「兄上…」
レオナルトも思っていなかったのだろう。
近づいてくるその姿に、言葉がつげないでいた。
「やあ、レオナルト、エセル。いい夜だね」
私たちの驚きをものともせず、ディオンが爽やかに笑った。
「せっかくの舞踏会だ。私も参加させてもらおうと思ってね」
そう言うディオンの隣で、リリアーナが彼の腕に手を添えて立っている。
「彼女が、リリアーナ・カンパニエ。私の妻となる女性だよ」
紹介と同時に、膝を軽く曲げ頭を下げる。ドレスのスカートを少しつまみ、貴婦人らしい優雅なお辞儀だけど。
(どうしてこの場にやってくるのよ)
なに考えてるのよ、このバカップル。
音楽まで止まってしまった大広間で、みんなの視線が私たちに集まってる。
こんなの、みんなの好奇な目に晒されるだけ。どう受け答えしたって、明日には、公国内はもちろんのこと、大使たちによってスキャンダラスに、他国にまで伝えられてしまうっていうのに。
自分たちがウワサの渦中にあるって、思ってないの⁉
それに、そもそもリリアーナがこういう場に出るためには、主催者であるレオナルトの許可が必要なはずよ⁉ 国家元首たるレオナルトが彼女を認めて、はじめて公式の場に出られるのに。
自分が認めたんだからいいだろ。そう考えてるの⁉ ディオン。
だとしたら、どこまで傲慢でワガママなのかしら。
「ようこそ、兄上。リリアーナ嬢」
こわばった声のまま、レオナルトが二人を受け入れた。レオナルトも戸惑ってるみたいだけど、こうやって出てこられたからには、受け入れないではいられない。
「今宵は、お二人とも、楽しんでいってください」
レオナルトがリリアーナを認めるような発言をしたため、みんなの視線は、残る私に集中する。
捨てられた元婚約者が、どんな受け答えをするのか。みんな、興味津々。
「エセル。リリアーナは、まだ公宮のこともこの世界のこともよく知らないんだ。君のようなステキなレディに是非、ご教授願いたいと思ってる。二人ともよく似た年頃だし、この先、仲良くしてやってくれないだろうか」
ちょっ…。なに言い出すのよ、ディオンッ!!
アンタが私を捨てる原因になった女と仲良くしろと!?
どの面下げてそれをお願いするのよっ!!
隣に並ぶリリアーナも、不安げにこちらを見つめる。少し潤んだ瞳にシャンデリアの灯りが映る。
私とは違って、ふんわりとゆるくまとめ上げられた髪。チョコレートとか、キャラメルとか。ラノベとかなら、きっとそんな甘い形容詞で飾られそうな色の毛先が肩のあたりでゆれる。ドレスだって、柔らかそうな色合いの水色。妖精の羽根を思わせるシルクオーガンジーのリボンが背中に広がる。ホント、この会場の主役バリの衣装と髪型、存在感。
ここで彼女を認めなかったら、私、「悪役令嬢」決定よね。
ディオンと一緒に、有無を言わさず公式の場に出てくるなんて、あざとくない⁉
納得は出来ないけど、認めないわけにはいかない状況で。
……………………。
…………。
……………ん~~~~~~~~~っ!!
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
そう言うのが精一杯だった。
狭量だと言われても、まだ心の整理のついてない今は、彼女を受け入れるだけのキャパがない。私が捨てられる原因となった女性を「友だち認定」するなんて、ツラすぎて受け入れられない。
だけど、だけど、だけど。
「イヤです」なんて言ったら、悪者になるのは私だし。レオナルトだって困るだろうし。もしかすると、そんな心の狭い女、嫌いかもしれないし。
ここは、いつもの外ヅラで乗り切るしかない。
笑って。優雅に。余裕をみせるの。
私、別に気にしてませんってフリをするのよ。
悔しさに目が熱くなるけど、まばたきを減らすことで、なんとかこらえる。
震えそうになる身体を抑えるため、グッと拳を握る。
「よかったね、リリアーナ。じゃあ、私たちも踊ろうか」
私の返答に満足したのか、ディオンがリリアーナを伴って広間の中央に進む。私の葛藤なんて、絶対気づいてない。
彼女の腰にディオンが手を添える。もう片方の手を互いに取りあい、目線を合わせ微笑み合う。
と同時に、楽団が音楽を奏でる。
出だしはヴァイオリン。そして、続くチェロとフルート。
軽やかな調べにのせて、二人が踊る。
ディオンがリリアーナをクルッとふり回すと、彼女のドレスがフワリと広がった。
ドレスのリボンも相まって、妖精のようなかわいらしさがそこにある。
誰もが認める、完ぺきなまでのワルツ。庶民出の女と、リリアーナを蔑もうとしていた貴族までもがそのダンスに見とれている。
二人のためだけに奏でられた音楽。二人のために踊るのをやめた人たち。
きっと見えないキラキラが、辺り一面にふりまかれてるんだろうな。
音楽とともに二人が踊りきると、周囲の人たちから、感嘆の声と称賛の拍手があがった。
――今夜の主役は、ディオン公子と、リリアーナ嬢だな。
――庶民の娘などと思っていたが、あれはなかなか…。
そんな声も聞こえる。
私だって、レオナルトと完ぺきなダンスをしていたのに。
ドレスだって髪型だって。自分の魅力を最大限引き出せるような、ステキな仕上がりになっているのに。
美しい、素晴らしいって称賛もいただいてたのに。
負けてる。
今日は、私とレオナルトが親密になるための場ではなく、リリアーナの可憐さ、ディオンとの熱愛ぶりを披露される場だったんだ。
「エセル…⁉」
レオナルトから声をかけられたけど、まともに彼を見ることが出来なかった。
「私、…少し疲れたので、休ませていただきますわ」
そう言い残して、彼のそばを離れる。
もしかすると、レオナルトだってリリアーナみたいな女の子のほうが好きかもしれない。さっきだって、私以上に、二人のダンスに見とれていたし。
もしそうだとすると、私、一人で空回りしてることになる。
主役はリリアーナ。私は添え物。比べられることで彼女の魅力を認識させる、引き立て役。下手をすれば、悪役。
私が逃げるように会場を後にしても、レオナルトは追ってこない。
それが証拠だ。
いくら頑張っても、完ぺきな容姿を手に入れても、私じゃ物語の主人公になんてなれない。
リリアーナは、その持ち前の可憐さで、ディオンだけでなく、レオナルトの心も奪っていくのだろう。そうして彼女の未来は、完ぺきなまでのハピエンを迎えるのよ。
私と違って。
「ふっ……、くっ……」
誰もいない、暗い庭園の片隅。
我慢していた涙が、決壊したようにあふれ出す。
悪役令嬢の気持ちなんて、誰もわかっちゃくれないのよ。




