第5話 可憐な乙女とお嬢さま。
この国の公妃となる王女と、自国を亡命して外遊してた公子についてきた、貴族ではない娘。
この場合、年齢は関係ない。地位が、モノを言う。
当たり前だけど、私の方が身分が上。そして、話しかけるのも、私から。目下の者は、声をかけられるまで待たなきゃいけない。それが決まり。ルール。
なのに。
「あのっ、わたし、エセルさまにお詫びを申し上げたくてっ!!」
ルール、ガン無視。イキナリ声かけてきた。
これには、私を始め、付き添いの女官たちもあっけにとられてる。
「まさか、ディオンさまがあのようなことを言いだすなんて思いもしなくって。わたし、どうしたらいいのか、わからなくって…、その…」
勢いよく言いだしたものの、言葉を捜すように、だんだんと尻つぼみになっていく。
視線は泳ぎ、さまよう。祈るように組まれた手。
(なにが言いたいのよ)
軽くため息を吐きだしながら呆れる。
大切なフィアンセを奪っちゃって、ごめんなさい!?
女性として、とんでもない屈辱を与えて申し訳ない⁉
でもわたし、彼を愛してしまったの。だから許して!?
いずれにせよ、腹が立つ。
わざわざ言わなきゃいけないこと!? それ。
というか、こうして会うリスクもあるのに、どうしてこんなところにまで来てるのよ。悪いと思ってるのなら、部屋に引っ込んでればいいじゃない。バラが欲しければ、別の場所で摘んでこればいいじゃない。
そもそも、今いるこの庭園は、バラを摘んでいい場所じゃない。外国の大使をお招きすることもある、公式の空間。園丁たちが、丹精こめて育てて、最高のもてなしをと頑張ってる場所。そのバラを、勝手に切ってるなんて。園丁たちに許可、もらったの⁉
厚かましくない⁉
公宮の常識もルールも無視しちゃってさ。
これだから庶民ってヤツは。
多分、女官たちはそう思ってる。
私も、よく似た気分。
――気にしてないわ、ディオン公子と幸せになってね。
それとも。
――そうよ、アナタのせいで、わたくし、笑いものだわ。覚えていらっしゃい。
――アナタさえいなければ、ディオンさまはわたくしのものだったのよっ!! それを、それをっ!!(憎しみに大きく顔を歪める)
もしかして、そういう反応を期待してるの⁉
別に、私、ディオンを好きだったわけじゃないし。悔しいとか思ってないし。
結婚前に、あんな無責任なヤツだってわかって、むしろ良かったって思ってるぐらいだし。
せいせいしたと思ってるぐらいなんだから、優越感に浸ったような謝罪はされたくないのよね。
バカバカしくって、なにか話そうと必死なリリアーナを無視して歩き出す。
誰が、そんな予想通りの反応をしてやるもんですか。
話しかけてあげる義理もない。
彼女の脇を、彼女なんていないかのように歩いていく。女官たちも、同じように歩きだす。
そのうちの一人がリリアーナにぶつかったのだろう。軽く「あっ」という彼女の声と、地面に散らばったバラの花が見えた。
おそらく、嫌がらせ的に、ワザとぶつかったんだろうけど。
あー、それやっちゃうと、私、悪役令嬢っぽいじゃん。
でも、「大丈夫!?」とか声をかけるのもヘンだし、腹立ってるのは私も同じだし。彼女をそのままにして、庭園から立ち去る。
しばらくは、バラを見に来るの、控えようかな。
せっかくの満開の季節だけど、バラを見るたびに、この事件を思い出しそうで、あんまりうれしくない。
この事件は、あっという間に公宮中のウワサとなった。
ディオン公子の愛人と、捨てられた公妃の対面。
公妃は声もかけず、愛人を押しのけた。
愛人の謝罪を受け入れない狭量な公妃。プライドだけは一人前。
リリアーナの、身分を無視して話しかける不調法っぷりは、あまり話題になっていない。
みんな、「不幸な公妃」のほうに興味津々なのだ。
まあ、そうなるよね。
私、このままいけば「悪役」ポジションだもん。
純愛を貫く、ディオンとリリアーナを快く思わない女。
次は、どんな嫌がらせをするのか見ものだ。もしかすると、そんな性分なら、弟公子にも捨てられるかもしれないぞ。
………悔しい。
私、本当にディオンのことなんて、なんとも思ってないのに。
このままいけば、『ベルばら』のマリー・アントワネットのように、「本日のヴェルサイユはたいそうな人出ですこと」的なセリフを言わなきゃいけないのかな。
表面上だけでも、仲良くしてるフリをするために。
ホント、イヤになる。
今は、ディオンやリリアーナのことより、レオナルトといかにしてラブラブになるかが大事なのに。
「どうかされましたか⁉」
心配そうにラウラに声をかけられる。
ああ、ダメ。私、今、ため息ついてた。
「もしかして、あのウワサを気にしていらっしゃるのですか⁉」
そう訊ねるのは、マルガ。二人とも、ルティアナからついて来てくれているだけあって、私のことをよくわかってくれている。
「まあ、気にならない…と言えばウソになるわね」
だから、私もつい本音が出ちゃう。
「でも、平気よ。それより、仕立て屋が来たんですって!?」
強引に話題を変える。
「え、あ、はい」
「じゃあ、さっそくドレスの採寸に取り掛からなきゃ。舞踏会まで、あまり時間がないわ」
ウワサはあくまでウワサ。気にしてヘンな行動するより、普通に過ごしていればいいのよ、普通に。
とりあえず今は、レオナルトに惚れられるぐらい、最高のドレスを仕立ててもらわなきゃ。
リリアーナみたいに、可憐じゃない。
出るとこ出て、引っこむとこ引っこんだ、ナイスバデー。
キリッとした容姿で、妖精のようなはかなげな印象じゃない。どっちかというとリカちゃんじゃなく、バービー。
そんな私を引きたてるのは、彼女のような淡い色のドレスじゃないわね。多分、色のハッキリした原色のドレス。胸を強調したラインで、華やかなものがいいだろう。
パステルカラーに興味がないわけじゃないけど、似合わないものを手にしたって、サイコーの私にはなれない。
今は、レオナルトを堕とすために全力でぶつかっていくしかないんだから。
青いサテン生地ドレス。ふんだんに白のレースを使うことで華やかさのなかに清楚さを織り交ぜて。髪も共布で作った飾りをあしらう。谷間の存在する胸元に、薄いピンクのバラ飾りをあしら…うのはやめておく。その代わりに、ツバキをそこに配する。首には、大粒の真珠のネックレス。イヤリングもモチロンおそろい。
比べてもしょうがないのだから、私には私のドレスを仕立ててもらう。
公邸の準備さえすめば、ディオンもリリアーナも出ていくわけだし。ちょっとの間我慢すれば、そんなウワサも気にならなくなるわけだし。
そうよ。ちょっとだけ我慢すればいいのよ…、ね!?
思いながら、なぜかイヤな予感がした。




