第4話 一つ屋根の下って、…おいっ!!
自分のプライド回復のためにも。
私を捨てたディオン公子に「ざまあっ!!」するためにも。
レオナルトには、私に惚れてもらわなければ。
そのためには、まず、会って会って会いまくって、親密度を上げなくっちゃ。乙女ゲームでも、最初はそれでしょ。って、ここはゲームの世界じゃないけど。
とりあえず私は、時間さえあればレオナルトに会うことに決めた。
他愛のない話でもいい。会えば、それだけ密になれる。
幸い、というか、この先の結婚について話さなくてはいけないことがたくさんある。彼の戴冠式と同時に行われる、結婚式。本来なら、ディオンと私で行われるはずだった、戴冠式&結婚式。ディオンがレオナルトに代わるからって、私の方の準備に大きな変化はないのだけど。
レオナルトの方は、急な即位なわけで。服装だけじゃなく、さまざまな手配が必要となった。だって、彼、次男で跡継ぎじゃなかったから、準備はおろか、心構えもまだ難しいんじゃないかな。でも、譲られてしまったからには、任されてしまったからには、四の五の言わずにやるしかないわけで。
ちょっと同情する。
公宮内は、想定通りの忙しさに包まれていた。女官、文官はもちろんのこと、馬丁、園丁までもが張り切っている。
完ぺきな戴冠式を、最高の結婚式を。
誰もがそう思ってる。
イキナリの主役チェンジに、戸惑ってる場合じゃない。醜聞でしかないこの事件を笑いものにされないためにも、立派な式が必要なのだ。
恋愛のために長子が国家を捨てたのではなく、次子の方が能力的に優れていたから譲られた。恋愛を理由にするのは、建前だ。そう思わせないと、国としてのメンツにかかわる。バカにされる、ナメられる。
そのため、みんな、レオナルトを盛り立てようと頑張っている。
なのに、なのに、なのに。
その問題の発端となったあのバカ公子。ディオンはどこまでバカなのか。
――自分たちの公邸が用意できるまで、公宮の一角で暮らしたい。
それも、愛人(結婚してないからまだその立場)リリアーナと一緒に。
バカ!? バカなの!?
そんなことしたら、他国の大使とかこれから出入りするであろうたくさんの人に、好奇の目で見られるってわかんないの⁉
貴賤結婚、婚約破棄、相続放棄。そういうスキャンダルめいたことを起こしたんだから、大人しくどこか静かな場所にある離宮にでも引っ込んでいればいいのに。静かなところが苦手でも、とりあえず、レオナルトの戴冠、結婚が終わるまででいいから、離れていればいいのに。そうすりゃウワサの的にもならないのに。
ディオンが公宮で暮らすことに私は大反対だったけど、レオナルトはそうでもなかったみたい。
ディオンの要求に対して、アッサリと許可を出していた。
公宮のなかでも、やや中心から離れた部屋。それでも、日当たりはいいし、見晴らしも悪くないから、かなりの厚遇だと思う。彼ら専用に、口の堅い召使いをつけてあげてたし、御用聞きの商人もそういうのに手慣れた者だけを配した。
おそらくだけど。
生真面目なレオナルトは、兄であるディオンのワガママに逆らうことが出来ないんじゃないかな。そもそも、長子のいうことに従うのが次弟以下の役目だし。それはおそらく、生まれたときからレオナルトに刷り込まれた役割なんだと思う。
(ああ、もう。歯がゆいわね)
これから大公になるのはディオンじゃなく、レオナルトなんだから、たとえ兄であってもダメなものはダメだと、強気に出たっていいのに。そうできないところが、彼の美徳というか。
その控え目さ、強く出られたらイヤと言えない性格とか、理解できないでもないから、レオナルトに文句を言うつもりはない。
代わりにムカつくのは、ディオン公子。
大公の地位を弟に譲ったくせに、えらっそーに。愛人と一緒に暮らしたい!? バカ言うんじゃないわよ。
そんなの、もし、私が公宮内で、ばったりその女に会ったりしたらどうする気よ。
一応、部屋は離れているけど、そういう可能性だってあるのよ!?
バツが悪いとかそういうのじゃない。どういう反応を示すのか、そこに居合わせた全員の好奇の目に晒されてしまうんだから。私も、彼女も。
無頓着にもほどがある。
まあ、その女性が(ディオン公子とともに)大人しく部屋に籠ってくれていれば、問題はないのだけど。
そういう時に限ってさ。
バッタリ会っちゃうものなのよ。
今、みたいに。
「あ……」
公宮のバラ園の片隅。
私は、侍女を従えて歩いていた足を止めた。
バラの茂みのむこうにいたのは、れいの女性。
淡いピンクのドレス、白いレースの飾りつき。フワフワと線の細い、きゃしゃで優し気な印象。ボンネット帽からこぼれるようにのぞく、柔らかな栗色の髪。
白い肌に、やや大きめの栗色の瞳。
妖精とか、そういうイメージに近い。
昭和の少女漫画のヒロインみたいな印象。
その彼女が、幸せそうに微笑みながらバラを一輪、一輪カゴに入れていた。おそらく、自分たちの部屋を飾るバラを切ってるんだろうけど。
(どうしてここまで出張してるのよ)
彼女がいるこの庭は、公宮のなかでも、メインの庭園。大公はもちろんのこと、大臣、貴族、外交のために訪れた者など、身分ある者が憩うために存在する空間。今だって、大公妃となる私が散歩に利用するような場所なわけで。
公宮には、こことは別に、宮殿内を飾るための花を育ててる場所もある。庭のバラがよかったと言っても、もっと小さな別の庭園からバラを調達することだって出来る。確か、ディオン公子と彼女にあてがわれた部屋のそばにも、小さな庭園があったはずだ。
(……なんか、イヤミ!?)
わざわざこんな公的な空間にまでやってくるなんて。自分の存在を主張しているみたい。
彼女は、私に気づかずにそのままバラを楽しそうに切っている。
時折、バラに顔を近づけて、香りまで楽しんでいる。
「ん、んっ…」
私のお付きの女官が軽く咳ばらいをした。そうして初めてこちらに気づいたように、あわてて彼女が立ち上がった。
驚いたようにこちらを見て、にこやかだった顔を少し曇らせる。
「…エセルさま!?」
初対面だもん。自信がないのだろう。
不安そうに問いかけ、軽く首をかしげる。
はいそうですよ。私が、エセルですよ。
その、乙女らしい仕草に、ちょっとムカつきながら、心の中で一人ごちる。




