第22話 本当のアナタを教えて。
リリアーナという真犯人が捕まったことで、私の裁判は閉廷をむかえた。
もちろん、私は無罪。
牢屋ではなく、以前と同じ公宮の部屋に戻され、身だしなみを整えることもできた。
一緒に牢に入れられたラウラとマルガは先に戻っており、そして…。
「ちょっ、どうしてその衣装を用意しているのよっ!!」
トルソーに、あの花嫁衣裳を飾っていた。
「レオナルトさまから、式は予定通り行うから仕度をせよとのご命令がございましたので」
うそ。まさか。
気がつけば、公宮中、何事もなかったかのように、式の準備を続けている。式は三日後。なに一つ変わっていない。
「レオナルトッ!!」
勢い込んで、彼の執務室を訪れる。
「やあ、エセル、元気だね」
そこにいたのは、レオナルトだけじゃない。いつも通り、公子らしい服装に戻ったディオンもいた。
レオナルトは目を真ん丸にして驚いているが、ディオンは私の来訪を予想していたのか、余裕の笑みを浮かべていた。
「…説明、していただけますよね」
その笑顔、ホント腹立つ。こっちの顔が引きつるわ。
「まあ、落ち着いて座って。お茶でもどう?」
誘導されるままに長椅子に腰かける。反対側には、ディオンとレオナルト。優雅な手つきで、ディオンが三人分のお茶を淹れる。
「さて。まずは私から話させてもらうよ」
紅茶をひとすすりしてから、ディオンが切り出した。
「この騒動のキッカケは、エセル、きみだったんだ」
「わたくし!?」
「そう、きみ。前にも言ったと思うけど、私はきみと結婚するつもりがなかった。きみにふさわしいのはレオナルトだと思っていたんだ」
あの事件当日。ディオンは確かにそう語っていた。
「大公の位もレオナルトの方が適任だ。けど、私が長子で跡継ぎなのは変わらない。いくら、私が不適格だと自覚していてもね」
話を聞きながら、紅茶に口をつける。
公位継承は、よほどのことがない限り、兄弟の弟が優先されることはない。それは、たとえ兄が凡庸で、弟が優秀であっても、変わることのないルールだ。
「そこで、策を思いついたんだ。誰かとスキャンダラスな恋をしたとして、きみを大公位とともにレオナルトに譲れないかと。それらしい理由をつけて譲れば、上手くいくんじゃないかとね」
「つまり、リリアーナのことは…」
「完全なカモフラージュ。特別な感情は持ち合わせていないよ。外遊先で、やけに熱心に近づいてきたからね。地位目当てだって、なんとなくわかっていたし。適当に利用させてもらって、あとは年金でも渡して別れるつもりだった」
ちょっと、その扱いはヒドイ。
「帰国してから、レオナルトにもわけを話したけど…。まあ、叱られてしまったよ。きみを傷つけるなんて、何を考えてるんだってね」
ポリポリとディオンが頭をかいた。
どんな理由があるにせよ、私への仕打ちはヒドイし、リリアーナの扱いもあんまりだ。
「ただ、リリアーナの反応は予想外だった。最初はきみへの意地悪かと思っていたんだが、それだけじゃないって気づいたんだよ」
どういうこと!?
「リリアーナは、私ではなく、大公の妻、大公妃の地位を狙ってた。リューネル伯夫人じゃ不満だったんだ。だから、わざと馬を暴走させ、レオナルトに近づいた。きみをおとしめるため、みずから紅茶でヤケドを負ったし、階段から転げ落ちた」
すべてはエセルが大公妃にふさわしくない女性だと、レオナルトにも思わせるために。
「そして、自分が結婚予定となってしまったリューネル伯をきみに殺させることで、大公妃を空席として、自分がそこに収まろうと画策していた。まあ、その目論見は失敗したけどね」
ディオンが、軽く肩をすくめる。
「彼女がどうしてそこまで大公妃の位にこだわったのか。それはわからない。以前と同じ、姫としての地位と生活を求めたからなのか、それとも、フィリツィエの軍事力を利用してベルフォスカを取り戻そうとしたのか」
元姫君が革命を逃れたものの、庶民のような暮らしに耐えられなかったのだろう。ディオンに近づき、あわよくばと思っていたのかもしれない。それが、ディオンの大公位放棄で大きく予定が狂ってしまっていた。
「私は、こちらに戻ってから、彼女の素性を調べ始めていたしね。殺すことは、幾重にも彼女の得になることばかりだったんだ」
ディオンが、カップに残った紅茶を飲み干す。
「さて。私の話はここまでだよ。あとは、二人でゆっくりと話すといい」
そう言い残して、ディオンが立つ。
「ああ、そうだ。レオナルト。どうしてそこまでエセルが気になったのか、ちゃんとエセルに説明してあげなよ」
ドア際で、ディオンが軽く告げる。
パタリと閉じられた扉。
その扉に向けて、レオナルトが思いっきり顔をしかめた。
「レオナルトさま…⁉」
「あ、ああ。すまない」
私に向き直ったレオナルトが、深呼吸をくり返す。
そんなに話しにくいことなのかしら。
「エセル、きみは運命を信じるか?」
………………………。
……………。
……。
「………は!?」
なに、そのどっかのドラマか小説みたいなセリフは。
およそレオナルトらしくない。そんなことを言いそうなのは、どっちかというとディオンのほう。
「上手く言えないが…、運命とか、前世とか、生まれ変わりとか、その…、信じてもらえないと思うが、そういった類のものだ」
困り切ったように、レオナルトが頭をかく。
「ありえないと、自分でもわかっている。けれど、きみと初めて会った時、僕は、きみじゃないきみを知っている。そんな気分にとらわれたんだ」
「それって、どういう…」
思わず、身を乗り出す。
「小牧笑美」
え!?
「どうして、その名前を…」
それは、私の前世の…。
「有松商事株式会社、商品管理課庶務担当。資料作成のため、よく残業をする女性。入社三年目。肩口で切りそろえられた真っすぐな髪。やや小柄。同じ商品管理課の男性の仕事をよく手伝っていた」
レオナルトの説明は、フィリツィエ語じゃない。
それは。
「日本語…」
レオナルトが頷く。
「僕は、同じ会社で働いていた。安全管理、警備員だった。鳴海蓮。それが僕の名前だ」
同じ会社で⁉ レオナルトが!?
「いつも残業するきみを、知っていた。どうして残業しているのか、その理由にも薄々気づいていたんだ。あの男に利用されていることも…ね」
警備員なら、会社の裏、隠れた場所での情事はお見通しだったのだろう。
「きみが無理してがんばっているのに、あの男はって、腹を立ててた。男の本性をきみに教えてあげようか、利用されてるだけだって知らせてあげようか。何度も考えたよ」
レオナルトが、うつむき両手を組んだ。
「でも、真実を知ったら、きみが傷つく。あの日のように」
ギュッと手に力がこもる。
「泣きながら飛び出していったきみを、僕は追いかけた。追いかけてきみを守ろうとしたけど、…間に合わなかった」
その時のことを思い出したのだろう。レオナルトの眉間に、深いシワが刻まれた。
「車に轢かれそうになったきみをかばおうとしたんだ。けど、僕も一緒に轢かれてそのまま…」
「レオナルトさま…」
「まさか生まれ変わって、こうして出会えるとは、思いもしなかったけど。それでも、出会えたことは、本当にうれしかった」
ようやく、レオナルトが真っすぐに私を見た。
「リリアーナの思惑は早々に気づいたよ。だから、兄上とも相談して彼女を策にはめた。兄上が死んだことにして、きみを断罪すると見せかけた。ベルフォスカの大使も呼び寄せたし、かの国の毒薬についても調べたよ。きみを牢屋に入れたのは、リリアーナを油断させ、彼女の手からきみを守るためだった」
すまないと、レオナルトが頭を下げる。
実際、リリアーナは、ディオンが死に、私が冤罪で断罪されると思い、油断していた。
「兄上は、ああ言っていたけど、もともとこの事件は、僕たち兄弟が引き起こしたものだ。きみになんの非もない。だから…」
いったん、言葉が切られる。視線を、自分の手に落とす。
「だから、もし、きみが僕たち兄弟を嫌っているのなら、結婚をなかったものにしてくれて…、エセル!?」
レオナルトの言葉を遮るように、組まれたままの彼の手を取る。
「イヤ、ですわ」
その手をグッと引き寄せる。
「わたくし、今、運命に感謝しよう。そう思っておりますのに」
「エセル…」
「前世でも現世でも。わたくしをそこまで思ってくださっていたのなら、どうして、『幸せにする』とおっしゃってくださらないの⁉」
ちょっと拗ねたように言ってみる。
前世から、私のことを思ってくれていた人。恋なんて出来やしないと思っていた私のことを、ずっと思ってくれていた人。私の知らないところで、私のことを思ってくれていた。それが、どれだけうれいしいことか。彼はきっと知らないのだ。
「それは…、僕でいいのか!?」
だから、信じられないといったふうに、問いかけてくる。
「ええ。他に誰がいると!? わたくし、今ほどアナタの妻になりたいと思ったことは他にございませんのに」
本音を言うのは、正直照れる。けど。
「わたくしでよければ、アナタの妻にしてください。お慕いしておりますわ」
自然にこぼれた笑みとともに告げる。
「エセルッ…‼」
二人の間にあったテーブルの上で、ティーカップがけたたましい音を立てた。気がつけば、私はすっぽりレオナルトの腕のなかに収まっている。
「きみを愛してる」
「ええ。わたくしも。レオナルトさま」
彼の端正な顔を見上げる。
「二人で、前世の分も合わせて、幸せになりましょう」
レオナルトの整った指が頬をたどり、口唇をなぞる。
そっと触れるように与えられた口づけ。
その温かさ、柔らかさに、私はうっとりと身をゆだねた。
幸せの鐘の音が、公国中に鳴り響く未来を思い浮かべながら。
最終話です。
ちょっとしたトラブルから、まさかの二話同時投稿になってしまいました。('◇')ゞ
(R18の別話を、紛れ込ませてしまったので、本文、書き直し)
家族の「悪役令嬢サイコー‼」から始まったこの物語。
悪役令嬢!? どこがいいの⁉
わからなければ、書けばいい。
ということで、私なりの悪役令嬢になりました。
どっちかというと、「悪役令嬢」っていうより、ただ「悪役」っぽそうなポジショニングなだけだよね。
だって、人をイジメるのが悪役令嬢でしょ⁉ それをしなきゃ、タダの令嬢になってしまうし。その加減が難しい。
そして。このエセルには、歴史上、モデルとなった人物がいます。
ドイツ、ハノーヴァー選帝侯妃、ゾフィ・フォン・デア・プファルツ。イングランド国王ジョージ1世の母になります。この人、本当に婚約者(兄)から婚約破棄され、弟に嫁いでます。大公位も弟がもらった。(兄は、マジで貴賤結婚をかます)
ジョージ1世妃、ゾフィア・ドロテアの不幸のもととなるゾフィたちの因縁。
面白そうだったので、下地のネタとして使わせていただきました。
ということで、この物語は、終わります。
次回作は、いつだろう…。
また、歴史で面白いネタを思いついたら…かな⁉
お読みいただきありがとうございました。
令和2年6月 若松だんご 拝




