第21話 暴かれた真実。
――エセル王女は苦しむ兄上を助けようとした。毒を吐かせ、息の止まりかけた兄上の蘇生を試みていた。この行動を、アナタなら、どのように解釈する!?
このレオナルトの質問に、リリアーナは答えられなかった。
普通、犯人ならやらない行動だ。正解など、想像もできないだろう。
「エセル王女は、仮にも一国の姫君だ。もし犯人だとして断罪するのならば、慎重を期したい。推論ではなく、論拠ある理由をいただけないだろうか」
レオナルトが、言葉を重ねる。
「それは…その…、エセルさまは、これまでにも、わたしに嫌がらせをなさっておりましたし…。ディオンさまを恨まれてもいるのではないかと…」
「嫌がらせ、とは!?」
「紅茶をかけられましたし、階段からも突き落とされましたわ」
ウソよ!!
思わず叫びたくなったけれど、グッとこらえる。
「だが、アナタは殺されていない。嫌がらせと毒殺は次元が違いすぎて、同列には語れないのでは!? もし、嫌がらせだけでエセル王女を犯人と決めつけたのなら、あまりにも短絡的ではないか⁉」
「それは…、そうかもしれませんが…」
レオナルトの整然とした語り口に、リリアーナは不満を覚えているようだ。
「それと、リリアーナ。きみに会わせたい人物がいるんだが、会ってくれるかな」
「え、はい」
私の裁判であったはずの会場が、いつの間にか、リリアーナを問いただす場に変化している。
再び従者が動く。料理長が去って行ったのとは反対の扉、廊下につながる大きな扉が重々しく開かれる。
……誰⁉
見慣れない衣装の人物が二人。フィリツィエやルティアナとは違う文化圏のもの。ゆったりとした締めつけの少ない衣装。肩には長いショールのような布が巻かれており、背中に向けて垂れ下がっている。片方の人物は、顔を隠すかのように、深く外套をかぶって、一歩下がった位置に立つ。
「お久しぶりでございます、姫君」
胸に手をあて、その異国の男性がリリアーナに頭を下げる。
「祖国を離れ、このような遠き地にいらしていたとは」
その言葉は、ベルフォスカのもの。
ニッコリ笑いながら男性が顔を上げると、リリアーナが震えだした。
「どうして…、ここに」
「大公殿がお教えくださったのです。姫君がこちらにおられると」
リリアーナが、レオナルトをにらみつける。
「ベルフォスカ大使殿。リリアーナ嬢は、アナタが捜しておられた姫君に相違ないか⁉」
「はい、アデリア・ユリアナ・ベルフォリア姫。前王家の姫君に相違ありません」
フィリツィエの言葉で、大使がハッキリと告げる。
「革命以降、どちらにおられるのか、みな心配しておりましたが。こうして捜しあてることができて、安堵いたしました」
「ちが…、違うわ。わたしは、そんな名前じゃない…」
リリアーナの声が、身体が震える。みるみる間に顔から血の気が引いていく。
「なにをおっしゃいますか。ディオン公子がアナタを見つけ、お知らせいただいていたというのに」
そうなの!? ディオンは、リリアーナがベルフォスカの姫だって知ってたの⁉
突然の展開に頭がついていかない。
ベルフォスカは今、前政権である先の王家が倒され、新たな立憲君主制政治が始まっていると聞いている。圧政に苦しむ民衆が立ち上がり、悪の象徴だった王家の人々はギロチンにかけられたと。その出来事は、前世で習った、「フランス革命」みたいだなって思っていたんだけど。
リリアーナは、その革命で生き残った、逃げ延びた姫君だったのだろうか。
「大使殿。もう一つ伺いたいことがあるのだが、よろしいかな」
「なんなりと」
「ベルフォスカには、『プレチオーゾの花』と呼ばれるものがあると聞いたのだが」
「はい、ございます。前王家が所有していたものですが」
「それがどのようなものか、ここにいるみなに説明してもらえないか」
「はい。『プレチオーゾの花』は、遅効性の毒薬でございます」
一瞬、広間がざわついた。
「無味無臭で、どのような食べ物にも混ぜることが可能です。また、それ単体では無害なのですが、胃液と反応すると毒薬に変化いたします。飲んですぐ症状が現れないことから、殺される側も、いつ毒を仕込まれたのか気づかずに死んでゆきます。ゆえに、ベルフォスカでは、貴人の処刑に使われておりました」
毒杯を渡され、飲めと言われて飲める人物はいない。だから、気づかれないうちにコッソリ混ぜて殺害する。そういう毒薬なのだろう。
「では、今回のディオン公子殺害に使われた可能性は、どうであろう」
「ないとは、言いかねます」
大使が断言した。
「そんなっ‼ わたしがその毒を使ったとお疑いなのですかっ!?」
リリアーナ、ううん、アデリア姫が叫ぶ。
「わたしがどうして、愛するディオンさまを殺すのです⁉ 証拠、証拠はあるのですかっ⁉」
広間をにらみつけるように見回す。
確かに。たとえ、リリアーナがベルフォスカの姫だとして、毒薬を使った証拠にはならない。それはあくまで推論だ。
「わたしが、毒を混ぜた何かをディオンさまに食べさせた。その証拠もなしに疑うなど、ありえませんわ」
ディオンはもういない。リリアーナが、食べさせてないと言えば、証拠は存在しないのだ。
ざわついた広間が、水を打ったように静まり返る。
その様子に、リリアーナが満足気に口角を持ち上げた。
「ふふっ…」
突然、大使の後ろに控えていた人物が笑いだした。
「な、何がおかしいのです」
リリアーナが声を尖らせる。
「ああ、いや失礼。きみのビスケットの味を思い出してね」
謝罪しながらも、笑いをやめない。スルリと外套を外し、笑った顔を見せる。
「………ディオン…、さま!?」
「なかなか個性的な味だったよ、リリアーナ。いや、アデリア姫」
「生きて……」
「うん。エセル姫のおかげでね」
いたずらっ子のような笑みを私に見せる。その姿はどこからどう見ても、ディオン公子、その人だった。
「エセルと会う前に、どうしてきみがビスケットをくれたのか、不思議に思っていたけど。そういうことだったんだね」
スッと、ディオンが懐から布に包んだ何かを取り出した。
「これは、その時のビスケットの残りだよ。エセルがケーキを焼いてきてくれるって思ったから、満腹にならないよう、残しておいたんだ」
ディオンは私のケーキを気に入ってくれていた。それを食べるために、ビスケットを控えていた。それが、結果的に彼の生命を救ったのだろうか。
「もし、これに毒が入っていないというのなら、アデリア姫、きみがこれを食してみてくれないか」
毒が入っていないのなら、無実を証明するためにも食べることができる。しかし、もし毒入りなら…。
ディオンがリリアーナに近づく。
震え、ペタリと座り込んだ彼女にビスケットを差し出す。
「さあ、アデリア姫」
「いやあっ!!」
ディオンの手をリリアーナが払いのける。砕けたビスケットが音もなく、床に散らばる。
それは、まぎれもなく、リリアーナがディオンを殺そうとした証拠。
「アデリア姫を拘束せよ」
レオナルトが冷たく言い放つ。
「はっ!!」
兵士たちがリリアーナを拘束し、乱暴に引っ立てる。
「アデリア姫、アナタを公子暗殺未遂の犯人として、国外退去を命じる。大使殿、彼女の身柄は、貴公に一任する。本国へお連れするなりしていただいて構わない」
「ありがとうございます、大公殿」
国に帰れば、リリアーナは前王家の生き残りとして、何かしらの処罰を受けるのかもしれない。恐怖の限界を超えたのか、気を失ったリリアーナが兵士に抱えられながら、広間から連れていかれた。ベルフォスカの大使もその後を追いかけるように退出する。
「……エセル、すまなかった」
台座を離れ、レオナルトが近づいてくる。
「リリアーナを油断させるのに、この方法しかなかったんだ」
言いながら、私の縄を切り落とす。
自由になる手。そして、事態が理解出来てくるほど、わけもわからず憤りが沸点を越える。
「最低っ!!」
思わず振り上げた平手が、彼の頬に命中する。
「…うわ、痛そ」
少し離れた場所で、ディオンが己の頬をさすった。




